34.精霊との親和度
アルトゥリアスの説得に成功したので、翌日から魔法の改良に取り組んだ。
いつもの川のほとりで、まずは改良の方向性を探る。
「さてと、まずアルトゥリアスは、どんな風に改良したいと思う?」
「そうですね。可能であれば、攻撃能力を高めたいですね。現状は敵の牽制と、防御くらいしかできていませんから」
「まあ、そうだよね。弓矢を混じえての攻撃はあるけど、それだけじゃ心許ない」
「ええ、多少、威力と精度が上がるぐらいですからね」
アルトゥリアスは最近、風魔法の応用で弓射の威力を増していた。
具体的には俺のアドバイスで、矢の前方の気圧を下げ、少しでも抵抗を減らすようにしている。
これで多少は矢の威力が上がったが、効果を及ぼせる範囲などせいぜい数メートルに過ぎず、劇的な変化には至っていないのが実情だ。
その他にも空気分子や気圧という概念を知ったことで、『突風』や『圧空障壁』の威力は増している。
特に『突風』なんかは、ただの強い風だったのが、ちょっとした打撃程度の威力にはなっていた。
とはいえ、やはり距離による減衰は避けられず、有効射程は10メートルぐらいでしかない。
「う~ん、難しいよね。過去の賢者なんかは、特別な方法を残してたりしないの?」
「数百年も生きた賢者が、嵐のような術を行使したとは聞きますね。仮に実現できても、迷宮内では使いにくいですが」
「ああ、例の”精霊暴走”みたいな感じね……」
「しんじゃう、でしゅ……」
数百歳の賢者でもその程度とは、期待はずれである。
エルフもわりと脳筋なのだろうか。
そんなことを考えていたら、自分のことについて話しているのを感じたのか、風精霊が姿を現した。
ちょっと透けた美少女が、優しそうに微笑んでいる。
「あ、そうだ。例えばシェールを先に送り出したら、そこで魔法を行使できないかな?」
そこでふっと思いついたことを提案してみたら、アルトゥリアスが眉をひそめながら訊き返す。
「どういうことです?」
「術を行使するのは精霊なんだよね? だったら精霊を遠くへ送り出して、そこで現象を起こせばいいじゃない?」
なんでこんなことを思いつかなかったのか、不思議な話だ。
しかしアルトゥリアスは全く違う意見のようで、真面目な顔で否定する。
「そんなこと、できるわけないじゃないですか。たしかに事象を改変しているのは精霊ですが、その起点になるのは、あくまで術者なのです。だから術者から離れた時点で、術は行使できません」
「え~、そうかなぁ? 少しぐらい離れていても、経路さえつながってれば、使えそうなもんだけど……試しに俺がやってみるよ。ガイア」
俺の呼び出しに応え、今度は地精霊が現れる。
黒髪に鳶色の瞳の美少女が、無邪気な顔を俺に向けてくる。
「あのさ、ガイア。あの石の所へ行って、それを持ち上げてみてくれないかな? 俺はここから魔力を送るから」
「??」
「やっぱり一発じゃ通じないか。実はこうしたいんだ」
俺は身ぶり手ぶりをまじえて、ガイアにやりたいことを伝えた。
するとようやく理解できたのか、彼女は大きくうなずくと、地面に消えていった。
それを見た俺も地面に手を当て、彼女の居場所を探る。
すると10メートルほど先の岩の下で、すでにガイアが待機しているのが感じられた。
「よ~し。それじゃあ、地中から土の柱を出して、石を持ち上げてみるよ」
地面に当てた手から、土柱のイメージと魔力をガイアに送ると、目標の石がグラグラ動きはじめる。
するとバレーボールほどの石が、土の柱によって30センチほど持ち上がった。
「うん、上手くいったな。こんな感じでシェールにも、お願いできないかな?」
思惑どおりにできたことに満足を感じながら、アルトゥリアスにも同様のことを提案してみる。
しかし彼は、想像以上に驚いていた。
「な、なんということをするんですか。そんなことは、絶対にできないはずだ!」
「ええっ、なんで、できないのさ。現実にできたじゃん」
彼の態度に違和感を感じて首を傾げていると、ガルバッドが補足してくれた。
「いや、精霊術でそんなことができるとは、儂も聞いたことがないぞ。魔術も精霊術も、術者が魔法の起点になるのが、常識なんじゃ」
「でもできたんだから、そういうことでしょ? 俺からすると、思い込みが強すぎて、今まではできなかったんじゃないかな?」
「思い込みですって?」
アルトゥリアスが意表を突かれたという顔で、問い返す。
「そう、精霊術はこういうもんだっていう、思い込み」
「いや、しかし精霊に魔法を使わせようという試みは、すでにされているのです。それは私だけでなく、過去の精霊術師もさんざん研究してきました。その結果、術者を介さない魔法は成立しない、との結論に至っています」
何かを冒涜されたかのような勢いで、アルトゥリアスが力説する。
だけど俺も引き下がるわけにはいかない。
「ふ~ん。まあそれくらいは、研究するだろうね。だけどそこに何かが足りなかったとしたら、どう?」
「一体、何が足りないと言うのですか?」
「そんなの、俺も知りたいよ……とりあえず思いつくのは、精霊との親和度かな?」
「親和度? 私とシェールの親和度が、低いとでも言うのですか? もう契約して50年にもなるんですよ!」
珍しく声を荒げるアルトゥリアスに、俺も挑戦的に返す。
「さあ? でも俺とガイアほどの関係を築けてるとは、思えないけどな」
「……また訳の分からないことを。ならばあなたは、どんなことをやっていると言うのですか?」
「しょっちゅう呼び出して、遊んでる。ついでに頭を撫でてやると、喜ぶよ」
「な……そんなことはやめなさいと、言ったではないですか」
実を言うと、俺はニケにせがまれて、ちょくちょくガイアを召喚している。
すると半実体化したガイアを相手に、ニケは遊び回るのだ。
俺もそんな彼女たちを微笑ましく眺めながら、適度に相手をしている。
最近はとうとう、ガイアの頭を撫でるまでになった。
これはよくニケにしてやるのを見て、ガイアがせがんできたからだ。
手に魔力をまとわせて撫でてやると、彼女は心地よさそうにしてるんだよな。
しかしアルトゥリアスは、そんな真似はやめろと言うのだ。
「なんで精霊と仲良くしちゃいけないのさ? ガイアだって大事な仲間なんだから、大切にするのは当然だろ!」
「精霊とは、神聖で崇高な存在なのです。それを犬や猫のようにかわいがるなんて、間違ってます!」
「い~や、間違ってるのはアルトゥリアスの方だね。そういう間違った思い込みがあるから、精霊術は進歩しないんだ!」
アルトゥリアスがあまりに頑固なので、俺も大声で返してやった。
すると見かねたガルバッドが、割って入る。
「待て待て! ケンカをしてどうする。2人とも少し、頭を冷やさんか」
「クッ、私は冷静です」
「本当か? 儂にはタケアキの言うことに、分があると思ったがのう」
「あたしも、そうおもう、でしゅ」
ガルバッドどころか、ニケにもダメ出しされ、アルトゥリアスが悔しそうな顔をする。
普段は冷静な彼にしては、珍しいことだ。
たぶん精霊術が絡むと、あまり冷静ではいられないのだろう。
そんな彼を見ていたら、俺も気持ちが落ち着いてきた。
「……あのさ、今までに精霊をかわいがって、何か悪いことでもあったの?」
「……いいえ。それは聞いたことがありませんね。そもそも、まともなやり取りができるのは、中位精霊以上です。以前も言ったように、中位以上の精霊との契約は、よほどの幸運が無ければ実現しません。そんな契約対象に対して、失礼なことはできなかった、というのが実情でしょう」
「あぁ、やっぱりそうなんだ。だったら俺のやってることが、間違ってるとは限らないんだよね?」
「……そうなりますね」
アルトゥリアスが渋々といった感じでうなずく。
俺は偉そうな言い方にならないよう注意しながら、改めて提案をしてみた。
「それならさ、アルトゥリアスもシェールと、仲良くしてみてよ。そのうえで離れた所で術が行使できれば、それは凄いことじゃないか」
「……少し、考えさせてください」
あいにくと即答は得られなかったが、考える余地はあるらしい。
願わくば、なるべく早く方針を転換して欲しいものだ。




