33.新たな挑戦
第3章の開始です。
俺たちは女王蟷螂との死闘を乗り越え、見事に6層を突破した。
クイーンの魔石とカマを回収すると、7層の転移部屋から地上へと帰還する。
速攻で魔石を売り払うと、俺たちは意気揚々とギルドへ報告に赴いた。
「ステラさん、俺たち、6層を突破したよ」
「これたおした、でしゅ」
ちょうど受付けにいたステラに話しかけると同時に、ニケがクイーンのカマを掲げてみせる。
するとステラは、期待どおりの反応を示した。
「ええっ、たったの4人で、クイーンマンティスを倒したって言うの? 信じられない……」
彼女はひどく驚きつつも、俺たちが非常識な実績を残しているせいか、頭から否定する感じではない。
ステラはため息をひとつ吐くと、事務的に仕事を始める。
「はぁ……クイーンのカマまであるんだから、事実なんでしょうね。さっさと冒険者証を出して」
「おっ、今日は素直だね」
「さすがに私も学習するわよ」
3層を突破した時に揉めたことを、からかい気味に示唆すると、ステラは渋い顔で応じた。
そのうえでみんなの冒険者証を回収すると、彼女は淡々と処理を行う。
そしてひと通りの処理が終了すると、営業スマイルで俺たちの昇格を祝ってくれた。
「はい、タケアキさんとニケちゃんは、とうとう6級に昇格です。今後もご健闘をお祈りしております」
「はい、ありがとさん」
「ありがと、でしゅ」
今回はスムーズに昇格できたので、気分良くギルドを去る。
そして馴染みの酒場で、祝杯を上げることにした。
「それでは6層の突破と昇格に、乾杯!」
「「「かんぱ~い!」」」
「クエ~♪」
そのまま勢い良く盃を空にすると、満足そうな声が上がる。
「プハ~ッ、勝利の後の酒は、また格別じゃ」
「うん、俺たちも昇格もできたし、これで文句なしの中級パーティだよね」
「きぶんいい、でしゅ」
しかしアルトゥリアスは、浮かれる俺たちをたしなめた。
「フフフ、浮かれるのもいいですが、この程度で慢心しないでくださいね」
「慢心って、どういうこと?」
「これから先は、ますます手強い魔物が出てきます。苦労して昇格しても、あっという間に命を落とす冒険者も、少なくないのですよ」
「まあ、それはそうだろうね……」
アルトゥリアスの言うことはもっともだが、そんな説教をガルバッドが笑い飛ばす。
「ガハハッ、そう脅かすでないわ。今までもさんざん危ない橋は渡ってきたんじゃ。そう変わらんぞ」
「あなたがそんなことで、どうするんですか。7層からは獣型の、凶悪な魔物が出てくるんですよ」
「ああ、そうらしいね。虫型から一転して獣型の魔物になるから、そのための作戦を練らないとね」
アルトゥリアスの説教が収まりそうになかったので、俺は強引に話題を変える。
するとニケが絶妙なタイミングで、その話題に食いついてきた。
「どんなまもの、でるでしゅ?」
「え~と、まず7層は影狼。オオカミ型の魔物で、暗いところに隠れていて、ふいに襲ってくるらしい。数も多いから、けっこう厄介だ」
「オオカミのまもの、でしゅか。ニケとにてましゅね。それから?」
「それから8層は短刀猪。イノシシ型の魔物で、今のゼロスぐらいの大きさらしい。その突進を食らったら、死んじゃうから気をつけろよ」
「きをつける、でしゅ。それから?」
「そして9層に出るのは、暴走牛だ。ウシ型の魔物で、こんなに大きいらしいぞ。大きな角を振り回して突進してくるらしいから、さらに要注意だ」
「わふ、おにく、いっぱいたべられる、でしゅ」
俺が大きく手を広げて大きさを示すと、ニケがよだれを垂らしそうな表情で、恍惚とする。
凶悪な魔物だと言っているのに、彼女にとっては食い物でしかないのか。
彼女の頭には今、肉の丸焼きが浮かんでいることだろう。
それを見たアルトゥリアスが、とうとう吹き出した。
「プッ、ニケさんらしいですね。しかし9層の話をするよりも、目前の敵です。まずは7層のシャドーウルフについて、対策を考えましょうか」
「うん、そうだね。まずシャドーウルフは、集団型の魔物だ。大抵は5匹前後の群れで、徘徊してるらしいけど、下手すると10匹ぐらいは集まるらしいね」
「それに加えて、強さもコボルドを上回るらしいですよ」
「うむ、そうらしいの。そんなのが10匹も出てきたら、儂らではとても太刀打ちできんぞ」
「たいへん、でしゅ」
「クエ~」
たしかに現状では、かなり分が悪い。
しかし俺には、戦力を強化する方策があった。
「まあ、新しいメンバーを探すってのは、今までと一緒だけど、それを待つだけってのも、芸が無いと思うんだよね」
ちょっともったいをつけた言い方に、アルトゥリアスが食いつく。
「ほほう、何か策があるようですね?」
「へへへ。と言っても、特別なことじゃないんだ。ちょっと本格的に、アルトゥリアスの風魔法を改良してみたいと思ってさ」
「私の魔法を、ですか?」
案の定、アルトゥリアスは懐疑的だ。
すでに俺が空気の概念を伝えて、ある程度の改良が進んでいるのだからなおさらだろう。
しかしそんなものは、まだまだ序の口なのだ。
「アルトゥリアスが警戒するのも、分かるよ。だけどさ、俺がちょっと異世界の知識を伝えただけで、あんなに変わったんだ。そこにガルバッドも加えて知恵を出し合えば、もっと凄いことができると思わないか?」
「むう……」
「ほほう、儂もか……」
渋い顔をするアルトゥリアスとは対照的に、ガルバッドの方は乗り気だ。
するとニケも我慢できずに、しゃしゃり出てきた。
「ニケも、ニケもいっしょに、かんがえる、でしゅ」
「ああ、そうだな。一緒に考えよう」
「ムフ~」
実際は期待してないが、適当に合わせて頭を撫でてやると、彼女は満足そうに笑みを浮かべる。
その横でアルトゥリアスは、少し考えてから口を開いた。
「確かに私だけで悩んでいても、さらなる改良は難しいでしょう。しかし、精霊術には精霊術なりに、守るべきものが――」
「何をくだらんことを言っとるんじゃ! おぬし、新しいものを見るために、エルフの里を出てきたんじゃろう? そのお前が変えることを拒んでいては、本末転倒ではないか」
「勝手なことを言わないでください。奇妙なものを作ってばかりで、里を追い出されたあなたとは、違うのですよ」
「なんじゃとう?」
いきなりアルトゥリアスとガルバッドがにらみ合い、剣呑な雰囲気になった。
何やら2人とも、それぞれが里を出た経緯を知っているようだ。
下手すると殴り合いにも発展しそうなので、俺はそれを止めに入る。
「まあまあ、ここは冷静になろうよ。俺たちは仲間なんだから」
「そうでしゅ。けんか、いけないでしゅ」
「クエ~」
ニケとゼロスの絶妙なフォローのおかげで、一気に場の緊張が解ける。
アルトゥリアスとガルバッドは、気が抜けた感じで苦笑する。
「ふむ、私らしくもなく、熱くなってしまいましたね。まあ、やるかどうかは別にして、いろいろと意見交換はしてみましょうか」
「うむ、儂も言い過ぎた。まあ、なんだ……儂のモノ作りの腕も、頼ってくれていいぞ」
「うん、よろしく頼むよ」
2人とも冷静に戻って、和解できたようだ。
このうえは、風魔法の改良を、大々的に進めてやろうかね。




