30.女王の脅威
迷宮で夜営をする決方針を決めると、俺たちはさっそく準備に取り掛かった。
迷宮内で食べる食料、調理道具、就寝用の寝具などを買い揃えると、荷物をメンバーに割り振る。
幸いにも、イノシシ並みに成長したゼロスに多くを積めたため、それほど負担は増えなかった。
ゼロスは背中に大きな荷物をくくりつけられて、まるで荷物が歩いているようだが、それほど気にしていない感じである。
元々、魔物は頑強なものだが、彼には毎日、俺が魔力を与えているため、並みより力が強いようだ。
おまけに言葉も大体は理解してくれるので、見た目以上に有能なメンバーだったりする。
そして誰よりもニケに懐いているので、本当に彼女の弟のようだ。
準備が整うと、俺たちは6層へのアタックを再開した。
まず4,5層を速さ重視で縦断し、6層へとたどり着く。
それから地図作成をしながら、適当な夜営場所を探した。
ここで頼りになるのが、ガルバッドだった。
彼は手先が器用なうえに、空間認識能力に長けているようで、地図をすばやく描いてくれる。
おかげで彼の加入前とは段違いに、探索速度が上がっていた。
新たな地図情報はギルドも求めているので、後で高く売れるかもしれないしな。
そんな探索の合間にも、しばしば暗殺蟷螂は現れた。
ただしニケの探知能力に加え、要所で地精霊を使うことで、敵の奇襲を防いでいた。
最初に出し抜かれたニケだが、その後はまずまずな探知実績を示すようになった。
ちなみにガイアを顕現させるには、俺の魔力を消費するため、怪しそうな場所に差し掛かった時だけ、彼女を呼ぶようにしている。
そうやって奇襲を防いでいたため、探索ペースは速かった。
おかげで1日めにして6層の前半を調査し終え、適当な夜営場所も見つけている。
上位の有力パーティーに比べても、見劣りしないほどの探索ペースらしい。
こうして夜営場所に到着すると、みんなが安堵の息を漏らす。
「フウッ、ようやくひと息つけるな」
「うむ、今日もよく働いたのう」
「いっぱい、たんさく、したでしゅ」
「ええ、お疲れ様です。ただし結界を張るので、タケアキは手伝って下さい」
「ああ、そうだね」
アルトゥリアスが結界を張るというので、俺も手伝いに駆り出された。
とは言っても、ほとんどアルトゥリアスのやることを見ているだけだが。
まず彼がキラービーから取ってきた魔石に、古代文字を刻んでいる。
それを後ろからのぞき込みながら、彼に訊ねた。
「その石は使い回しができるの?」
「いえ、魔力の容量によりますが、ひと晩ごとに替えた方がいいですね。途中で結界が切れたら、困るでしょう?」
「そりゃそうだよね」
そう話している間にも、アルトゥリアスは夜営場所につながる通路に、魔石を配置していく。
それが終わると、結界の呪文を古代語で唱えた。
『風の精霊シェールに、我は結界の維持を願う。結界内に侵入せしものあれば、疾く知らせたまえ』
そんな呪文を唱えると、今度は俺に魔石を渡してくる。
「さあ、同じように魔石を配置して、ガイアに結界の維持をお願いしてください」
「了解」
彼の言うとおりに魔石を置くと、先程の呪文の名前部分を、ガイアに置き換えて唱えた。
すると不思議なもので、魔石からこっち側の空間が、掌握されたような感じを受ける。
「これでこの空間には、風と地の結界が張り巡らされました」
「うん、なんとなく感じる。これなら奇襲を受けることも、なさそうだね」
「ええ、もちろんです」
奥の方に戻ると、ガルバッドが食事の準備をしていた。
鍋をコンロのようなものに載せ、湯を沸かしている。
それは”魔導コンロ”と呼ばれるもので、魔石を燃料とする携帯型の熱源である。
魔道具だけあって金貨1枚と、かなり高価だったが、探索中に温かいものを食えるのは大きい。
実は俺が日本から持ってきた荷物にも、携帯コンロが入っているのだが、燃料のガスが少ないので、魔導コンロを買った。
湯が煮立つと、ガルバッドが干し肉や野菜を入れ、調味料を入れてかき混ぜる。
やがて美味しそうな匂いが漂ってくると、ニケがよだれを垂らしそうな顔で、待ち望んでいた。
「さて、そろそろいいじゃろう。飯にするぞ」
「まってた、でしゅ」
「アハハ、あまりがっつくなよ」
ガルバッドが木の器にスープを盛って配ると、各人がパンを取り出して食べはじめる。
パンは固くて食べにくいので、適度にスープに漬けてかじる。
「うん、美味い。いい味でてるよ、ガルバッド」
「ハフハフ、おいしい、でしゅ」
「ハッハッハ、そうかそうか。儂の料理も、まんざらじゃあないのう」
そんなことを話しながら夕食を終えると、今度はお茶を飲みながら話をする。
「それにしても、今日は順調じゃったのう」
「うん、ガイアのおかげで、マンティスの奇襲を防げたのが大きいよね。ニケもよくやったしな」
「エヘヘ、がんばったでしゅ」
今日もガイアの活躍が大きかったものの、ニケも隠れた敵を察知する場面が増えてきた。
元々優れた能力があるとはいえ、彼女なりに努力しているのだろう。
おかげで通路で待ち伏せているマンティスを察知し、先制できることも増えた。
それを褒めながら、頭を撫でてやると、ニケは照れ臭そうに笑う。
そんな彼女の仕草がとてもかわいくて、場の雰囲気がなごんだ。
「この分なら明日にでも、最深部に行けるかもしれませんね。問題は守護者とどう戦うか、ですけど」
「あ~、うん。守護者は厄介らしいね」
「うむ、3体のマンティスじゃろう? しかもそのうちの1体は、指導個体らしいからの」
「うん、まるで女王みたいだから、女王蟷螂って、呼ばれるらしいよ」
「くいーんまんてぃす?」
「クエ~」
6層の守護者は3層と同様に、指導個体率いる3体のマンティスらしい。
これまた鬼のように強くて、何人も冒険者が命を落としているんだとか。
それらの情報を勘案すると、どうしても愚痴がこぼれる。
「どう考えても、手が足りないよなぁ」
「ええ、今の我々では、2体の相手がせいぜいでしょう」
「せめてもう1人、手練がおれば、なんとかなるんじゃがのう」
「クエ~」
またもやゼロスから抗議の声が上がったが、現状でゼロスが戦闘に役に立つ場面は少ない。
最近は荷物を持ってくれるので、助かっている部分も多いのだが。
「今はニケと一緒で1体の相手が限界なんだ。あまり無理はするなよ」
「クエ……」
俺が諭すと、残念そうにうなだれるので、ゼロスの頭をポンポンと叩いてやる。
とりあえず神妙にしているので、話題を戻す。
「まあ、何も見ないうちに悩んでも仕方ないよ。実際にクイーンマンティスを見て、決めようか」
「そうじゃの」
「それしかありませんね」
その後はとりとめのない話をして、夜の10時頃になると、眠りに就いた。
ちなみに俺が日本から持ってきた寝袋とエアマットは、羨望の的だった。
硬い地面に寝る負荷を、劇的に改善してくれる。
するとニケが物欲しそうな顔をするもんだから、結局いっしょに寝ることになった。
まあ、いつもどおりだ。
おやすみなさい。
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翌日は朝食を採ると、早くから動き出す。
外縁部を避けて最深部へのルートを進むと、お昼頃には守護者部屋を発見できた。
「さ~て、行きますかね」
「うむ、まずは様子見、じゃな」
「こんなことで、ケガをしないように、気をつけましょう」
「がんばる、でしゅ」
「クエ~」
扉の前に立って水晶に手を当てると、石の扉が横にスライドする。
その入口に踏み込むと、奥の壁面に灯りがともり、3体の魔物が登場した。
そのうちの1体は他よりふた回りは大きく、たしかに女王のような威厳がある。
「キシャーッ」
「ゼロス、いけ!」
カマを振り上げるマンティスに、ニケとゼロスが突撃した。
それと同時に、俺は魔導砲でスラグ弾をぶっぱなし、敵の動揺を誘う。
同時にガルバッドが前に出て、盾で俺たちを守ろうとする。
アルトゥリアスも風魔法を駆使して、女王を牽制しようとしていた。
しかしそんな意図は、いとも簡単に打ち砕かれる。
いきなり突進してきたクイーンのカマが、ガルバッドに振り下ろされた。
ガルバッドはそれを盾で受けたものの、あっさりと切り裂かれてしまう。
「ぐわっ、これはいかん。撤退じゃ!」
「了解。アルトゥリアスは援護たのむ」
「はい。『突風』」
「にげる、でしゅ」
とっさにアルトゥリアスの放った突風で、敵の動きがわずかに鈍る。
その隙に乗じて、全員が守護者部屋から逃げ出した。
どうやらクイーンマンティスは、想像以上に厄介な相手のようだ。




