29.迷宮での夜営
迷宮の第6層に侵入した俺たちは、さっそく暗殺蟷螂の洗礼を受けたものの、無事にそれを撃滅した。
さらに前方の部屋に2体のマンティスがいることを突き止めた俺たちは、作戦を練って突入する。
「1匹は頼んだぞ、ニケ。相手を引きつけるだけでいいんだからな」
「まかせるでしゅ」
「クエ~」
そう言うニケは、すでにイノシシ並みに大きくなったゼロスの背中に搭乗している。
ゼロスの突進力を利用して、敵を翻弄するのが目的だ。
おかげでニケだけでなく、ゼロスも鼻息を荒くしている。
そんな彼らに注意をして送り出すと、俺たちも部屋の中に突入した。
それと同時に、地の中位精霊ガイアが魔法を行使して、敵の位置をあぶり出す。
すると壁面の一部がグネグネと変形し、その中からマンティスの姿が浮かび上がった。
「キシャーッ!」
強制的に擬態を解除された2体のマンティスが、奇声を上げて威嚇してくる。
そして一方のマンティスに向かって、ニケを乗せたゼロスが駆けていく。
さらに手近なマンティスに対しては、アルトゥリアスの風魔法が炸裂する。
『突風』
「ギギギッ」
風に煽られてふらつくマンティスに、ガルバッドが駆け寄った。
そして敵の足に向けて戦斧を叩きつけるも、硬質な殻に跳ね返されてしまう。
そこで今度は俺が魔導砲を構え、スラグ弾を発射する。
――ズバンッ!
魔導砲のいいところは、面倒な動作や詠唱なしに発射できる点だ。
高速で発射された石の塊が、マンティスの胴体を打ち据えると、敵が身をよじる。
さらにガルバッドが攻撃を加えてる隙に、俺は弾丸を装填する。
アルトゥリアスも『突風』だけでなく、『圧空障壁』も駆使し、マンティスの行動を押さえ込んでいた。
彼らと連携し、俺は何発もスラグ弾をぶち込んでいく。
やがてその甲斐あって、ボロボロになったマンティスが、地に崩れ落ちる。
「よし、次だ。ガルバッド」
「おう、嬢ちゃんに負けとれんからのう」
彼の言うとおり、ニケは絶賛、マンティスを足止め中だった。
ピョンコピョンコ飛び回っては、ちょっとだけ攻撃し、すばやく離れる。
そのニケを追おうとすると、今度はゼロスがヒョコヒョコ走ってきて、足元をかすめて走り去る。
俺が指示したように、彼らはヒット・アンド・アウェイを繰り返し、牽制に徹していた。
「ニケ、ご苦労さん。こっちも倒すぞ」
「あい♪」
1体目を片付けた俺たちが乱入したことで、状況が一変する。
初っ端から攻撃力全開で、全員がマンティスに攻めかかった。
俺のスラグ弾が、ガルバッドの戦斧が、アルトゥリアスの突風が、マンティスの体に叩きつけられる。
さらにニケもナタを振るい、敵を傷つけていた。
そして5分ほどの戦闘の末、とうとう2体目のマンティスも崩れ落ちる。
予想以上に順調な戦闘だった。
「フウッ、さすがに2体目は楽勝だったな。これもニケのおかげだ」
「エヘヘ、ニケ、やくにたった、でしゅか?」
「もちろんさ。よくやったぞ」
いつものように優しく頭を撫でてやると、ちょっと照れくさそうに笑いながら、フリフリと尻尾を振る。
アルトゥリアスやガルバッドも、そんな彼女を微笑ましく見守っているし、弟分のゼロスも嬉しそうだ
ちょっと休憩してから魔石やカマを回収していると、さすがにいい時間になってきたので、地上へ帰還することにした。
マンティスの魔石は1個だけで銀貨7枚と、けっこうな値段だ。
さらに凄いのが両手のカマで、2本で銀貨40枚にもなった。
今回は3体を倒したので、合わせて銀貨141枚にもなる。
4,5層でも魔物を倒しているので、合計収入は軽く銀貨200枚を超えた。
6層に潜れるパーティーとしてはそれほど珍しくもないが、通常は8人以上での探索となる。
つまり1人あたりの収入としては倍以上なので、そんな状況をまた酒場で祝うことにした。
「それじゃあ、乾杯!」
「「「かんぱ~い」」」
「クエ~」
男性陣はビールを、ニケは果物ジュースを、一気に飲み干した。
「ぷは~っ、めいきゅうがえりの、ジュースがうまい、でしゅ」
「アハハ、ニケはがんばったからな」
「そうじゃのう、大したもんじゃ」
満足そうに口をぬぐうニケを、俺とガルバッドが褒めると、彼女はちょっと照れながらも喜んでいた。
アルトゥリアスもそんな彼女を、優しげに見守っている。
「それにしても、アサシンマンティスは強敵じゃったのう。キラービーとは大違いじゃ」
「そうですか? キラービー自体も、普通は相当な脅威ですよ。タケアキの魔導砲が無ければ、我々も苦労していたでしょうね」
「いやいや、アルトゥリアスの風魔法のおかげでしょ」
「それを言うなら、ニケとガルバッドもがんばっていますよ。特にガルバッドが加わって、安定性が増しましたね」
「いやいや、儂なんか……」
みんなで褒め合う俺たちを見て、ニケがバンとテーブルを叩いた。
「みんな、すごいでしゅ」
一瞬あっけにとられた俺たちだったが、次の瞬間には笑いはじめた。
「アハハッ、そうだな。みんなすごい」
「ガハハハハッ、そうじゃそうじゃ」
そんな風に騒いでいる俺たちに対し、周囲からはいろんな視線が向けられる。
それは成り上がりの俺たちを苦々しく見ているものもあれば、景気が良くて羨ましいといったものもある。
中には愛らしいニケを見て、恍惚としている者もいて、ちょっとヤバイものを感じてしまう。
あれには近づかないよう、ニケには注意しておこう。
「しかしこのまま6層を抜けるのは、難しそうじゃのう」
「ん~、そうだね。4,5層を経ていく分、余計に時間が掛かるのが痛いよなぁ。やっぱり、迷宮内の夜営も考えるべきかな?」
「そうですね。次の探索では6層の前半部分を調べて、適当な夜営地を探しましょうか?」
「う~ん……でも本当に、魔物が来にくい部屋って、あるの?」
夜営地探しを提案するアルトゥリアスに、俺はかねてからの疑問を投げかけた。
それは迷宮内には魔物が寄り付きにくい場所があり、そこなら夜営も可能だという噂に対するものだ。
もし夜営ができれば、その階層の探索に時間を割くことができ、探索効率も上がる。
しかし迷宮初心者な俺としては、どうしても不安が先に立ってしまうのだ。
「外縁部の行き止まり部分なら、ほとんど魔物は寄ってきませんよ。もちろん見張りは立てる必要がありますが、油断しなければそれなりに眠れるものです」
柔らかく笑いながら答えるアルトゥリアスに、俺はさらなる問題を突きつけた。
「う~ん、それはそれで、俺たちには難しいよね。たった4人しかいないんだから」
「クエ~」
「ああ、ゼロスもいるな。だけど見張りは無理だろ?」
テーブルの下で、ゼロスが俺の足を突いて抗議してくる。
こいつは俺たちの会話を、かなり理解しているようだが、だからといって見張りを任せられるとも思えない。
するとアルトゥリアスが、腹案を打ち明けた。
「実は見張りについても、目処がついているのですよ。私の風精霊と、タケアキの地精霊に、手伝ってもらうのです」
「え、いくら中位だからって、見張りを精霊に任せて大丈夫なの?」
「いえ、普通の見張りでなく、風と地の結界を張るのですよ。これならみんなが寝ていても、結界に侵入者があれば検知できます」
「あぁ、なるほど……」
さすがは賢者アルトゥリアス。
実に頼りになる味方だ。
彼の言うとおりに夜営ができれば、6層の探索も大きく進むだろう。




