26.ガルバッド
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「タケしゃま~、このひと、いきてるでしゅ~!」
キラービーの巣に取り残された冒険者を助けるため、俺たちはそこへ乱入した。
そして数十匹もの敵を殲滅すると、なんと冒険者が生きていることが判明した。
俺はすぐに荷物から治癒ポーションを取り出すと、ニケの下へ駆け寄る。
「うわっ、ひどくやられてるな」
「でも、いきてるでしゅ」
「そうだな。これなら多分、ポーションで助かるだろう」
俺はポーションの半分を冒険者に振りかけてから、彼の口にもそれを含ませる。
冒険者はドワーフの男性らしかったが、その体はキラービーにやられ、見事に傷だらけだった。
おそらくキラービーの針で刺され、動けなくなったところを、食われかけていたのだろう。
そんな悲惨な状況でも治してしまう治癒ポーションとは、凄いものだ。
これは薬草に魔法的処理を施したもので、尋常でない治癒効果を発揮する。
当然、それなりのお値段はするもので、今回はとっておきの金貨1枚のモノを使った。
その効果のおかげで、ドワーフはすぐに意識を取り戻した。
「か、カヒュッ……こ、ここは、地獄、か?」
「い~や、ここは迷宮の5層だよ。あんたは助かったんだ」
「…………まさか、あれだけのキラービーから、生き延びたと、言うのか?……ゲホッゲホッ」
するとそこにアルトゥリアスが近寄ってきた。
「そうですよ、ガルバッド。あなたは幸運の女神に、見放されてはいなかったようですね」
「……お前、ひょっとして、”暴風”のアルトゥリアスか?」
「ええ、お久しぶりです。しかし優秀な職人であるあなたが、どうしてこんなところに?」
何やらアルトゥリアスの名前に物騒な二つ名が聞こえたが、彼はにこやかに受け流し、逆に質問を返す。
するとガルバッドの顔が、くしゃりとゆがんだ。
「クッ……儂はある人物を追って、この町へ来たんじゃ。しかし手元が不如意になったんで、あるパーティーに入った。そしてノーブルハニーの需要が高まってるってんで、採りにきたんじゃ。ちょっとした小道具を作ってな。しかしあいつら、すぐにおじけづきやがって、とっとと退散しちまった。おかげでこのざまじゃ」
「そうですか……先ほど、逃げていったパーティーが、そうなのでしょうね。あなたの名前を聞いて、もしやと思い駆けつけたのですが、間に合って良かったですよ」
それを聞いたガルバッドの顔が、驚愕に染まる。
「お前、儂を助けにきてくれたってのか? こんな危険な場所に、なんでまた……いや、あんたらにとっては、さほど危険でもないんかのう? 全てのキラービーを、倒しておるからな。さすがは”暴風”のアルトゥリアスじゃ」
「フフッ、そんな昔の呼び名で、呼ばないでくださいよ。それにキラービーを倒せたのは、ここにいるタケアキ殿と、ニケさんのお力あってのものですよ」
「クエ~」
「これは失敬。ゼロスもいましたね」
「「アハハハッ」」
絶妙なタイミングでのゼロスの突っこみに、俺たちが笑っていると、ガルバッドが納得顔でつぶやく。
「……そうか。獣人の幼女を連れたパーティーが、ノーブルハニーを持ち帰ったと聞いたが、あんたらのことだったのか。そこに昔馴染みがいるだなんて、儂の悪運もなかなかのもんじゃのう」
「そうですね。ところで、小道具を作ったと言ってましたが、どんなものですか?」
「ああ、ただのハチ除けの煙幕なんじゃがな……」
そう言いながら懐から取り出したのは、長さ20センチほどの棒だった。
「これに火を着けると、キラービーの嫌う煙が出るんじゃ。これを巣にぶち込んで、ハチを追っ払おうとしたんじゃがのう……」
「予想以上の勢いで、キラービーが押し寄せた、といったところですか?」
「そのとおり。どうやらハチの防衛本能を、舐めすぎたようじゃわい」
「本当ですよ……」
自嘲気味に笑うガルバッドに、アルトゥリアスも首を振りながらため息をつく。
しかし俺はその煙幕に興味を覚えた。
それってけっこう、凄いことなんじゃないだろうか?
「ちょっと待ってください。ひょっとして、これである程度、キラービーを遠ざけられるんですか?」
「ん、ああ。多少は効果があるぞ。儂が生き残れたぐらいじゃからな」
ガルバッドによれば、キラービーに刺された人間は、即座に食い殺されるそうだ。
まるでピラニアのようにハチが群がって、その肉を食い尽くすとか。
それが傷だらけとはいえ、彼が生き残っていたのは、煙幕の効果がそれなりにあったからだと、言いたいらしい。
そんな話をしていると、ガルバッドの胸の辺りに、キラキラと輝く光が見えた。
それは今まで、仲間を見出した時の兆候だ。
たぶん自分にとって悪くない縁を示す、サインのようなものではなかろうか。
この世界に俺を招き入れたなんらかの意思が、関係しているのかもしれない。
そう考えた俺はアルトゥリアスに近寄り、内緒話を始める。
「実はこの煙幕、けっこう使えるんじゃないですかね? キラービーを倒すのは無理としても、群れの誘導には使えるかもしれない」
「……ふむ、これを使えば、5層内での移動も、速くなるかもしれませんね」
「でしょ。それとあの人、アルトゥリアスさんの知り合いなんですよね? 信頼できる人ですか?」
「ええ、職人らしい頑固さはありますが、気の好い男ですよ……ひょっとして、彼を仲間に誘うつもりですか?」
「いけませんかね? 戦力向上にも役立つと思いますけど」
「ふむ……ニケさん」
彼はちょっと考えると、ニケを呼んだ。
キラービーにとどめを刺して回っていたニケが、尻尾をフリフリさせながら寄ってくる。
「なんでしゅか?」
「このガルバッドを仲間にすると言ったら、どう思いますか?」
「ふえ……いいんじゃ、ないでしゅか。わるいひとじゃ、ないとおもいましゅ」
「フフフ、それなら問題ありませんね……ガルバッド、私たちのパーティーに入りませんか?」
アルトゥリアスはガルバッドに向き直ると、率直に彼を誘った。
するとガルバッドは、ひどく驚いた顔をする。
「い、いいんか? 儂は仲間にも見捨てられた、半端もんじゃぞ」
「ちょうど仲間を探していたところだったんですよ。あなたとは知らない仲でもなし、一緒にやりませんか?」
「う~む、それは願ってもないことじゃが……」
いまだに信じられないといった顔で、ガルバッドがつぶやく。
するとニケがスタスタと歩み寄って、彼の顔をのぞき込んだ。
「おじさん、なにしたい、でしゅか? あたしたちは、つよくなって、おかね、かせぐでしゅ」
「ほう、いかにも冒険者らしい目的じゃ……儂の方は、仇を探しておる。大事な人を殺した、仇をな」
「何かあったのですか? たしかあなたには、恋人がいたと聞いた覚えがありますが」
その質問で、ガルバッドは悲痛な表情を浮かべる。
「殺されたんじゃ。無残に陵辱されてな……」
「そんなことが……あなたの追う仇とは、誰なのです?」
「……ベルダインじゃ」
「ベルダイン! あの、”火竜のアギト”の?」
「そうじゃ」
ガルバッドの答えに、アルトゥリアスが驚いている。
「しかし私の知る限り、ベルダインはそんなことをする人物ではありませんよ。何か証拠があるのですか?」
「……いや、無い。事件のちょっと前にメルリー、儂の想い人と奴が会っていたらしいのと、その後すぐに奴が街を去ったことだけじゃ」
「それだけで仇呼ばわりとは、感心しませんね」
「仕方ないじゃろうがっ! 儂だってさんざん調べ回ったんじゃ。そのうえで、奴に話を聞くしかないと、判断したんじゃ」
その全てをぶちまけるような言葉に、アルトゥリアスは少し黙り込んだ。
そして俺の方に向き直ると、彼の判断を告げる。
「少々、厄介なことになっているようですが、やはり彼は有用だと思います。戦力以外にも、彼の職人の腕は役に立ちますからね。彼ほどの人物を埋もれさせるよりは、互いに協力し合ったほうがいいでしょう」
「俺にも異存はありませんよ。ガルバッドさん、迷いがあるのなら、しばらくはお試しってことで、一緒に行動してみませんか?」
「そこまで言ってもらえるんなら、断る手はねえ。いずれにしろ、あんたらには命の恩を返さなきゃいけねえしな」
「いや、そんなに大した――」
「いいえ、たしかさっきのポーションですら、金貨1枚ですからね。先は長いですよ、ガルバッド」
「む、むう、覚悟しておるわい」
大したことはしていない、と言おうとしたら、アルトゥリアスがかぶせるように、恩を売りつけた。
彼がそうまでするほどの価値が、ガルバッドにはあるということか。
いずれにしろ俺たちには大事な目的があるので、話を変えた。
「さて、話がまとまったところで、仕事に戻りましょう。ニケは魔石を集めてくれ。俺たちは巣の方を確認するから」
「あい。ゼロスも、てつだうでしゅ」
「クエ~」
「頼んだぞ。アルトゥリアスさん、巣を探しましょう」
「ええ、ノーブルハニーがあると、いいんですけどね」
俺たちは手分けをして、部屋の中を探し回った。
すると期待どおり、キラービーの巣が見つかる。
問題は、お目当てのノーブルハニーがあるかどうかだ。
俺は慎重に巣の一部にナイフを突き込むと、覚えのある豊潤な匂いが漂ってきた。
「あった、ありましたよ、アルトゥリアスさん。ノーブルハニーが」
「それは良かった」
「なんじゃとっ! くそう、あいつらさえ逃げなければっ!」
アルトゥリアスを呼んだら、ガルバッドまで付いてきた。
しかもしきりに獲物を逃したのを悔しがっている。
しかしさっきの連中では、たとえ逃げなくても、あの大群を退けられなかったのではなかろうか。
そんなことを考えながら、無造作に巣に手を掛けたら、ガルバッドの怒声が響いた。
「コラ~ッ! 何しとるんじゃっ?」
「えっ、何って、ノーブルハニーを採る準備を――」
「そんな雑にやる奴が、おるか~っ! 儂に貸せいっ!」
あっというまに、ガルバッドが巣の前に陣取り、解体を始めた。
ナイフでていねいに巣材を切り取っていく手際は、たしかに見事なものである。
あっけに取られて見ている俺たちを尻目に、あっさりとノーブルハニーの採取準備が整う。
「まったく。これだから若いもんには任せられんわい」
満足そうに汗をぬぐうガルバッドは、とてもいきいきとしていた。




