25.指名依頼
無法者の襲撃をはねのけ、さらにその対策も定着した頃、俺たちに指名依頼が舞い込んだ。
「俺たちに指名依頼、ですか?」
迷宮帰りに実績を精算しに行ったら、受付嬢のステラに捕まった。
なんと俺たちに、指名依頼が来てると言うのだ。
「ええ、端的に言うと、貴族の蜂蜜を採ってくる仕事よ」
「ああ、それ絡みか。たしかに俺たちは実績があるけど、あまり積極的にやりたい仕事でもないんだよなぁ」
「そうですね。今は6層を目指してるところですし」
俺のぼやきに、アルトゥリアスも同調すると、ステラが泣きそうな顔になる。
「ええっ、そんなこと言わないでよ。けっこう報酬も破格なのよ」
「そうは言っても、キラービーの巣は、マジでやばいんだって」
「たいへん、なんでしゅ」
俺が弱音を吐けば、ニケもまじめな顔でそれに同意する。
確かに一度はノーブルハニーの回収に成功した俺たちだが、あの時はよほど運が良かったことが、後になって分かってくる。
あれから何度も5層に潜っているのに、一向にノーブルハニーに遭遇しないのだ。
そのくせキラービーはしこたま出てくるものだから、命の危険を感じたのは1度や2度ではない。
そのため俺たちは5層の突破を優先目標にし、ノーブルハニーは後回しにしていた。
おかげで最近はキラービーの対処にも慣れ、6層への挑戦も視野に入ってきたところだ。
その辺の事情を話すと、ステラもため息を吐く。
「う~ん、それじゃ、無理強いはできないわね。だけどこれって、領主様からの依頼だから、誰かにやってもらわないと困るのよ」
「それだったら、もっと上の冒険者にお願いしてよ」
「それができたら、苦労しないわよ、もう」
痛い所を突かれたステラが、逆ギレで頬をふくらませる。
聞けばトップクラスの冒険者パーティーには例年、年末にハチミツ探しの依頼が出ているんだそうだ。
これにはこの町の特産である”貴族の蜂蜜酒”の生産を維持するという意義があるため、年に1度の奉仕活動みたいな形で、なんとか受けてくれるとか。
しかし今はちょうど年の半ばであり、とても頼めるような雰囲気じゃない。
5層のキラービー、しかもその巣の殲滅というのは、上位の冒険者にとっても容易な仕事ではないからだ。
そのため彼らはもっと実入りのいい深層の探索に勤しんでおり、そのペースを乱されるのを好まない。
ところがここに、ちょうど5層を探索している、腕利きのパーティーがいる。
なら奴らに頼めばいいではないか、とでもなったのだろう。
俺たちにとっては、迷惑な話でしかないのだが、そんな俺の心境を無視して、ステラが強引に話を進めようとする。
「さっきも言ったように、これは領主様の依頼だから、ここでやっておくと後々有利になるわよ。どう?」
「どうって言われても、命あっての物種からなぁ……」
ガリガリと頭をかきながら、俺はアルトゥリアスに視線を向ける。
すると彼はちょっと考えながら、こう言った。
「ステラさんもお困りのようなので、失敗した場合の違約金について、考慮してもらえばいいのではありませんか」
「違約金を考慮って、具体的には?」
「違約金は免除、もしくは極めて安くしてもらいます」
「ちょっと、勝手にそんなこと言われても!」
彼の提案にステラは抗議の声を上げるが、アルトゥリアスはすましたものだ。
「それならば、お断りするしかないですね」
「くうっ、憎らしい」
結局その後、ステラが上司に掛け合って、違約金の大幅減額で依頼を受けることになった。
通常は成功報酬の1割のところ、さらに10分の1で1パーセントだ。
成功報酬が金貨5枚なので、それでも銀貨5枚になるが、今の俺たちにとっては痛くない。
願わくば、成功裏に終わらせたいものだが。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
半ば強引に依頼を受けさせられた俺たちは、まずハチミツを収容するための容器を買い込んだ。
2リッターほど入りそうな小樽をひとつ買い、それをゼロスにくくりつけると、俺たちはまっすぐに5層を目指した。
ひと口に5層と言っても、その範囲は広く、数多くの部屋がある。
そして下層への最短経路というものは、多くの冒険者が通過するので、キラービーの巣はまずできない。
その前に殲滅されてしまうからだ。
ひるがえって最短経路から離れた辺境部分というか、外縁部分には、人が立ち寄らないので、巣ができている可能性は高い。
ただしその分、魔物の密度も高く、危険度も段違いだ。
「フウッ、やっぱり数が多いですね」
「ええ、予想されたとはいえ、厄介なものです」
「こまった、でしゅ」
「クエ~」
最短経路から外れて外縁部を目指した俺たちは、さっそく数十匹のキラービーに迎えられ、なんとか殲滅することができた。
回収した魔石を数えてみると、その数なんと40個を超えている。
それを倒すのに、散弾も10発近く消耗していた。
ちなみに今までは装弾ポーチが1個だったのを、2つに増やして腰にくくり付けている。
おかげでなんとか大群にも対応できたが、このままでは先が思いやられる。
そんなことを考えながら探索を再開していたら、ニケから警告が発せられた。
「なにか、ちかづいて、くるでしゅ」
「キラービーか?」
「……ちがうでしゅ。たぶん、にんげん」
そんなやり取りをしているうちに、俺の耳にも、騒々しい足音が聞こえてきた。
俺たちは顔を見合わせると、何も言わずに元来た道を引き返し、少し戻った分岐点で脇道に隠れる。
しばらく待っていると、ドタドタと走る音が近づいてきた。
「急げっ! 死んじまうぞ!」
「だから俺は嫌だって言ったんだ」
「だけど、ノーブルハニーを見つけたら、大儲けなんだぞ」
「だからって、キラービーの殲滅なんて、ムチャですよ」
「うるせえっ! ガルバッドの馬鹿が上手くやってれば、なんとかなったんだよ。俺は悪くない」
「そういえばあいつ、いませんよ。置いてっていいんすか?」
「知るかっ。運が良ければ、助かるだろうぜ。それよりもまずは、俺たちが生き残るんだ」
「うわっ、あいつら、追ってきやしたよ」
「ヤバいっ、逃げろ~」
10人近い冒険者が、ギャアギャア騒ぎながら、通り過ぎていった。
すると数匹のキラービーがそれに続き、奴らを追っていく。
「ずいぶん騒々しい奴らでしたね」
「まったくです。大方、ノーブルハニーを狙って潜り込んだはいいが、キラービーに手も足も出なくて、逃げ帰るところでしょう」
「そういえば誰か、残してきたとか言ってませんでしたっけ?」
するとアルトゥリアスが珍しく、ためらいを見せた。
「ひょっとして私の知り合いかもしれません。できれば助けたいのですが、付き合ってもらえますか?」
「アルトゥリアスさんのためなら、いくらでも」
「つきあう、でしゅ」
「感謝します」
俺たちはすぐさま、先ほどの連中が来た先へ向かった。
途中、何匹かのキラービーを倒しつつ進むと、やがて大きな部屋にたどり着く。
すると部屋の中の一角に、キラービーが群がっているのが見えた。
『突風』
アルトゥリアスの風魔法でキラービーが散らされると、地面の上に人が横たわってるのが見えた。
しかしその体はピクリとも動かず、生きているかどうかも怪しいほどだ。
しかもキラービーは周りにうじゃうじゃいるので、まずはそっちをどうにかしないといけない。
「彼を助けます。片っ端からハチを落としてください」
「了解。ついでにノーブルハニーが手に入ると、いいですね」
「その可能性はありますが、まずは敵を片付けましょう。『突風』」
アルトゥリアスが魔法でハチを誘導し、固まった所へ俺が散弾をぶっぱなす。
すると運よく10匹近い敵が、ボトボトと地面に落ちる。
気を良くした俺は、アルトゥリアスと連携を取りながら、バンバン散弾を放っていった。
ニケとゼロスも俺を守りながら、手近なハチをつぶしてくれている。
やがて手持ちの13発を全て撃ち尽くした頃には、飛んでいるハチはもういなかった。
「ふうっ、なんとか倒しきりましたね」
「ええ、でもいつ次が来るか分からないので、弾を先に作っておきましょうか」
「ええ、そうしましょう」
空薬莢を集めてアルトゥリアスに渡してから、俺も弾体を作っていく。
するとキラービーにとどめを刺していたニケから、声が掛かった。
「タケしゃま~、このひと、いきてるでしゅ~!」




