24.結成!”女神の翼”
無法者ルメイ一味の襲撃で、俺たちは迷宮内で危機に陥った。
しかしアルトゥリアスの奥の手、”精霊暴走”によってかろうじて危地を脱する。
そして後顧の憂いをなくすため、奴らにきっちりとどめを刺すと、俺たちは地上へ帰還した。
「迷宮でこれを拾いました」
冒険者ギルドの受付けに着いた途端、俺は10枚もの冒険者証を放り出した。
カラカラと積まれるプレートを見た冒険者たちが、ざわざわと騒ぎだす。
目の前にそれを出された受付嬢のステラは、一瞬ぎょっとした顔を浮かべたものの、すぐにプレートを確認する。
「これはルメイさんたち、”夜明けの巨人”のメンバーじゃないですか。何かありましたか?」
「ええ、迷宮内で襲われたので、返り討ちにしました。こっちの冒険者証も確認してもらえば、分かりますよ」
「ッ! 分かりました。詳しいお話を訊きたいので、別室でお待ちいただけますか」
俺たちの冒険者証も渡すと、ギルド内の会議室に案内され、しばし待たされる。
やがて血相を変えたステラと、その上司が駆け付けて、事情聴取が始まった。
俺たちは淡々と、さっきあったことを語る。
俺はいまだに疑問だったのだが、アルトゥリアスに言われたように、何も隠さずに事実だけを喋った。
さすがにアルトゥリアスの奥の手についてはぼかしたが、あとはありのままだ。
実際に俺たちの冒険者証に犯罪歴は見られなかったことから、それは事実として認められる。
逆にルメイたちにも犯罪履歴は発見されなかったそうだが、殺る前にやられたんだから、それは仕方ないだろう。
「今回はニケを人質に取って、貴族の蜂蜜を採ってこさせるつもりだったみたいですね。多少暴力を振るっても、殺さなければ犯罪歴はつかないんだって、自慢げに言ってましたよ。過去にも同じようなこと、してたような口ぶりでした」
「言われてみれば、不自然に姿を消したパーティーが、いくつかあります。私たちも疑ってはいたんですが、証拠が掴めませんでした……」
ステラが暗い顔で、そう答えた。
すると黙って話を聞いていたニケが、不思議そうに訊いてくる。
「わるいやつ、つかまえられなかった、でしゅか?」
「ああ、そうだな。ヌベルダスの加護も、万能じゃないんだよ」
「そうなんでしゅか。もっとみんな、なかよくできたら、いいのに……」
悲しそうな顔をするニケを見て、改めて何かできないかと考える。
そこでふと思いついたことを、口にした。
「そういえば、冒険者証の犯罪歴の確認って、設定を変えられないんですか?」
「設定、ですか? 例えば、どんな?」
「例えば、迷宮内でケンカしたら、履歴が残るとか」
「馬鹿な。冒険者のケンカごときに、いちいち関わっていられるかっ!」
ステラの上司が、一言の下に否定してきた。
しかしそこでステラが俺の意図に気がつく。
「そうか、迷宮内に限定するんですね?」
「そう。そもそも命の危険がある迷宮内で、ケンカをするのがおかしいんだ。そんなことするのは、よほど腹にすえかねた場合か、自身の戦力に自信のある場合でしょ。つまり今回のルメイみたいな奴らですよ」
「だからといって、いちいちギルドが冒険者のケンカに介入などはできん。そこは昔から不介入と、決まっておるんだ」
上司くんが、なおも抵抗しようとする。
そんな態度が頭にきて、俺もケンカ腰になった。
「これはただのケンカじゃなくて、弱小冒険者にとっては命の問題だ! あんたらがそうやって見過ごしてきたから、今回の事件は起こったんだぞ!」
「なんだと! 貴様、ギルドにケンカを売る気か?」
「ま、待ってください、チーフ。もっと落ち着いて」
ここでステラが仲裁に入る。
「タケアキさんも、落ち着いてください。何も対策しないとは言ってませんから」
「そこのおっさんは、やりたくないって、言ってるじゃん」
「おいこら、おっさんとは、儂のことか?」
「ワーッ、ワーッ。待って、待って。ケンカしないで」
俺がさらに煽ってケンカになりかけると、ステラが大声で手を振り回して制止する。
そんな彼女を見て、アルトゥリアスが助け船を出した。
「フフフッ、タケアキ殿も落ち着いて。要するに、我々のような弱小パーティーが、安心して迷宮に潜れるような対策が、取れるかどうかが問題なのです。ステラさん、実際に冒険者証の設定は、変えられるのですか?」
するとステラは彼の言葉に苦笑しながら、返答する。
「アルトゥリアスさんが弱小パーティーというのは、謙遜が過ぎませんか? まあ、それは措くとして、ギルドにある読み取り機の設定をいじれば、変更は可能です。今回は迷宮内でケンカ、具体的には相手にケガをさせれば、履歴が残るようにします」
「そんなことをしたら、我らの体がいくつあっても足りんぞ。俺はそんな変更、絶対に認めない」
上司が子供のようなことを言うと、ステラは底冷えするような目を彼に向けた。
「今回の対策をしっかりしないと、私たちは会員から見限られてしまいますよ。ただでさえ手数料が高いって、言われてるのに」
実際にギルドは仕事の仲介と、魔物素材の買取などで、安くない手数料を取っていた。
それはギルドを維持するために必要でもあるが、冒険者に便宜を図るための原資でもある。
アルトゥリアスが笑いながら、それを補足する。
「たしかに最初は仕事が増えるでしょうが、罰則なり罰金なりで規制すれば、いずれは落ち着きますよ。それにケンカをしたパーティーが戻らないなどの問題でも無ければ、それほど手間は掛からないでしょうし」
「そ、そうです。要は今回のように、グレーゾーンを使って犯罪が起きないようにすればいいんです。これくらいの対策は、やるべきだと思います」
「チッ……まあ、いいだろう。対策内容を書面にまとめて、提出しろ」
そう言うと上司は、席を立って出ていってしまった。
それを見送ったステラが、深いため息を吐く。
「ハーーーッ、また仕事が増えたわ。あのクソ上司」
「アハハ、ご愁傷様。迷惑を掛けたようなので、俺たちも相談に乗りますよ」
俺も日本で似たような目にあったことがあるので、ついつい同情的になる。
するとステラは、どこかさっぱりした笑顔で答えた。
「ありがとう……本当は、もっと早くやるべきだって、分かってたの。だからそのきっかけをくれたあなたたちには、感謝しているわ。本当に、ありがとう」
どうやら彼女も、弱者が虐げられる状況を薄々感じながら、悩んでいたようだ。
以前は俺に食ってかかることもあった女性だが、根はまじめなのだろう。
「それは良かった。俺たちも安心して迷宮に潜れるようになるなら、ごねた甲斐があったというもんです」
「アハハ、そうね。あなたたちが弱小パーティーってのは、納得いかないけど。10対3で戦って、無傷で生還したんでしょ?」
「ゼロスもいたでしゅ」
「クエ~」
ニケがゼロスを抱き上げて抗議すると、ステラが苦笑で返す。
「ああ、ごめんごめん。でもあまり変わらないわよ」
「ハハハッ、そりゃそうだ。だけど死にかけたのは、本当だから」
「本当に? あなたたちが死にかけてるなんて、想像できないんだけど」
「たった3人と1匹のパーティーに、何ができるって~の。あまり買い被られても、困るよな?」
「ムチャいうな、でしゅ」
「ええ~~」
ニケにとどめを刺されても疑わしそうな顔をしていたが、彼女はすぐに立ち直ると、改善案の相談に入った。
見た目以上にタフな娘らしい。
おおまかに改善案がまとまると、ようやく俺たちは宿へ帰った。
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それから10日ほど経つと、冒険者ギルドから新たなルールが発表された。
迷宮内での暴力行為の防止策だ。
それは俺たちの提案した、冒険者証への犯罪歴記録機能の改善に始まって、ギルドによる調査業務の追加が主なものだ。
これにより冒険者間のいざこざを減らすと共に、弱小冒険者の保護を図るのが狙いだ。
想定どおりにいくかはこれからの運用次第だが、多少の改善効果はあるだろう。
新ルールは概ね好評で受け入れられ、提案者のステラの株が上がったらしい。
もっとも、仕事が増えて大変だと、本人は愚痴っていたが。
そしてそのきっかけを作った俺たちも、それなりに有名になった。
圧倒的多数を返り討ちにした、少数精鋭のパーティーとして。
すでにちっちゃな幼女を連れている、変なパーティーとしては有名だったが、それに箔が付いた形だ。
そして有名になったからには、パーティー名を決めろという話になり、俺たちは考えた。
勝利の女神、幼女戦隊、精霊の…………
いろいろ考えたが、最終的に”女神の翼”に決まった。
俺たちにはニケという勝利の女神がいて、彼女と共に、どこまでも行く翼が欲しい。
そんな意味合いだ。
どこまで行けるかは分からないが、俺は彼女と共に、この世界で生きていく。
そんな覚悟を決めたうえでの命名でもあった。




