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迷宮へ行こう ~探索のお供はケモミミ幼女~  作者: 青雲あゆむ
第2章 下級冒険者編

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23.アルトゥリアスの切り札

「フフフッ、その言葉、そっくり返しますよ」


 ルメイたち、荒くれ冒険者に迷宮で絡まれながらも、アルトゥリアスは不敵に笑って返す。

 それを見た荒くれたちが、馬鹿にされたと思っていきり立つ。


「てめえ、状況が見えねえのか? なんだったら半殺しにしたうえで、置き去りにしてもいいんだぞ」

「フッ、大方、そんなことだと思っていました。殺しさえしなければ、冒険者証に犯罪歴が刻まれることはない。そう考えているんでしょう? おそらく今までにも何回か、同じことをしていますね?」

「へっ、さあな」


 アルトゥリアスの指摘に対し、ルメイたちはニヤニヤするばかりで明言はしない。

 しかしその表情から、奴らの犯罪性は明らかだ。


 冒険者ギルドに登録した時、犯罪を犯せば冒険者証に履歴が残るので、悪いことはしないように、と言われた。

 しかし現実に履歴が残るのは、明らかな殺人や窃盗ぐらいのもので、ちょっとケンカして相手にケガをさせたとしても、それは冒険者間の問題となる。

 おそらくルメイたちは、そんな制度の隙を突いて、犯罪を繰り返してきたのだろう。


 そして今日も奴らは暴力によって、俺たちに命令をしようとしている。

 仮に素直に奴らの言うことを聞いたとしても、無事に地上へ戻れるのかは、はなはだ疑問である。

 とはいえ、現状で大きな戦力差があるのは事実だ。

 ここをどう切り抜けたものかと悩んでいると、ニケが前に出た。


「ふざけんな! おまえらなんか、ギッタギッタに、してやるでしゅ」

「へっ、威勢がいいな、お嬢ちゃん。お前はノーブルハニーを採ってくるまでの、人質になるから、おとなしくするんだぜ」

「にゃにおうっ!」


 今にも飛び掛からんとするニケを、アルトゥリアスが手で制す。

 そして彼は不敵に笑いながら、奴らに要求を突きつけたのだ。


「まあまあ、ニケさん。こんな奴らの相手、するだけ無駄ですよ。ここは私に任せてください……それであなたたち、このままおとなしく帰りなさい。そうすれば、無かったことにしてあげます。これが最後通告ですよ」

「ギャハハッ、何いってんだよ、こいつ。頭おかしくなったんじゃないか」

「まったくだ。この状況で強がるなんざ、大したもんだがな」


 アルトゥリアスの最後通告を、ルメイたちが笑い飛ばす。

 俺から見ても、奴らの反応は当然のように思うが、アルトゥリアスはなおも余裕の表情だ。

 そして彼は肩をすくめると、仕方ないといった面持ちで言葉を続ける。


「ふうっ、仕方ありませんね。これだけはやりたくなかったのですが。シェール」


 彼は風の中位精霊シェールを呼び出すと、おもむろに彼女に手を添えた。


精霊暴走ラウフ・ハリブ!』


 その言葉と同時に、アルトゥリアスが膨大な魔力を、シェールに注いだのが分かった。

 そして次の瞬間、シェールを中心に、とんでもない暴風が発生したのだ。


「うわっ、伏せろ、ニケ」

「な、なんでしゅか?」

「クエッ?」


 俺はとっさにニケとゼロスをかばいながら、地面に伏せた。

 そうする間も迷宮の中には、猛烈な風が吹き荒れている。

 狭い空間なのでその勢いはとんでもなく、気を抜くと吹き飛ばされそうになるほどだ。

 俺は必死に目を閉じて、ニケとゼロスを抱えながら、地面にしがみついていた。


 その時間はひどく長く感じたが、実際は1分くらいだったのだろう。

 やがてふいに風が弱まると、さっきまでの喧騒が嘘のように引いていった。

 恐る恐る目を開けてみると、ほこりが立ち込めていて、何も見えない。

 するとすぐ近くで誰かが立ち上がり、服を払うような気配がした。

 俺も立ち上がって、そちらに近寄ると、案の定それはアルトゥリアスだった。


「アルトゥリアスさん、一体なんだったんですか? 今の」

「”精霊暴走”といって、私やあなたのように、中位以上の精霊と契約した者だけにできる、荒業あらわざですよ。ほとんどの魔力を消費するのと、術者自身も無傷では済まないので、めったにやりませんけどね」

「うわぁ……本当に荒業でしたね。それであいつらはどこに?」

「その辺でのびていると思いますよ」


 そんなことを話しているうちに視界が晴れ、周囲が見えるようになってきた。

 アルトゥリアスが言うように、ルメイたちはそこら中に寝転がって、うめき声を上げていた。


「ニケさん、生き残っている奴らに、とどめを刺してもらえませんか? 私はひどく疲れているのです」

「えっ、とどめって――」

「わかったでしゅ」


 アルトゥリアスの非情な指示に、ニケは躊躇ちゅうちょなく従った。

 彼女はナタを引き抜くと、近くにいる奴から順に、首をかき切っていく。

 あまりの事態にしばし硬直した俺は、すぐに抗議した。


「ちょ、ちょっと、いきなり殺すなんて、ひどいじゃないですか! それに、ニケに犯罪歴が付いてしまう」


 しかしアルトゥリアスは少しも動じず、不敵な顔で答えた。


「大丈夫ですよ。たとえ手を出していなくとも、彼らは犯罪を認めていました。そういう者への攻撃は、正当防衛として認められるんです」

「だ、だからっていきなり殺すなんて!」


 たしかに奴らは俺たちに暴力を振るおうとしていたし、ノーブルハニーを渡した後には殺されていたかもしれない。

 しかしだからといって、問答無用で殺すのには納得できなかった。

 そんな俺に対し、彼は冷徹な目を向けてくる。


「ここで彼らを見逃しても、また狙われるかもしれません。いや、確実に復讐されるでしょう。その時には奥の手も防がれて、私たちは殺されてしまうかもしれないのです」

「だからって……そうだ、奴らを地上へ連行して、衛兵に突き出しましょうよ」


 しかし彼は無情に首を横に振る。


「奴らの犯罪を、どう説明するのですか? その唯一の方法は、彼らを殺しても私たちには、犯罪履歴が残らないことを示すだけです」

「そ、そんな……だからってニケに、人殺しを……」

「ニケさんは分かっていますよ。これが私たちを、タケアキ殿を守るために必要なことなのだと、ね」


 そう言って目を向けた先で、ニケは淡々と、とどめを刺し続けていた。

 首筋の頸動脈をかき切っているので、彼女は返り血をいくらか浴びていた。

 そんな彼女に俺は恐れを抱き、そして次の瞬間にはそれを後悔した。

 そして最後のルメイにとどめを刺そうとするところで、彼女を押しとどめる。


「待て、ニケ。それは俺がやる」

「え、だいじょぶでしゅか? ニケは、へいきでしゅよ」

「いや、俺にやらせてくれ」


 そう言って歩み寄ると、ルメイがヒューヒューと息を漏らして、あえいでいた。

 暴風に吹き飛ばされた時に、肺でも痛めたのだろう。

 奴は俺に気づくと、最後の命乞いを始めた。


「ゴホッ、ま、待ってくれ。命だけは、助けてくれ。俺は、俺はこの町を出るから」


 そう言うルメイの瞳は恐怖にまみれ、ひどく哀れだった。

 それを見てわずかに決心が揺らいだが、俺は心を鬼にして槍を突きつける。


「ダメだ。お前の言うことは信用できない。恨むんなら、ケンカを売る相手を間違えた自分を恨むんだな」

「ま、待て、助けて、ぐええっ!」


 槍の穂先を奴の喉に付きこむと、ブスリという嫌な感触と共に、奴は息絶えた。

 その嫌な感触と断末魔の声に、俺はおののく。

 同時に込み上げてきた吐き気をこらえていると、ニケが心配そうに見上げていた。


「タケしゃま、だいじょぶ、でしゅか?」

「……ああ、大丈夫だ。心配かけて、悪いな」

「そんなこと、ないでしゅ。むりするひつよう、なかったでしゅ。ニケが、ぜんぶやったのに」


 そう言ってすがりついてくるニケの頭を、俺は優しく撫でた。


「いや、俺たちは対等な仲間だからな。ニケだけに嫌なこと、させられないよ。ニケの方こそ、大丈夫か?」

「へいきでしゅ。タケしゃまを、きずつけるやつ、いくらでも、ころせるでしゅ。だからタケしゃま、むりしないで」

「ああ、俺は大丈夫だ」


 そうやって互いを慰めているうちに、ルメイたちの体が迷宮に飲まれはじめた。

 奴らの下の地面が流動化すると、死体が溶けるように地面にしみ込んでいった。

 しばらく眺めているうちに、全ての死体が飲み込まれ、彼らの装備だけが残される。

 それを確認したアルトゥリアスが、俺たちに声を掛ける。


「さて、彼らの冒険者証と、めぼしい装備を持って、帰りましょうか」

「えっ、あいつらの冒険者証、提出するんですか?」

「もちろんですよ。冒険者の義務ですから」

「でもそんなことしたら、疑われるんじゃ……」

「大丈夫です。私たちのカードに犯罪歴が刻まれていないのは、私が保証しますよ。堂々と提出すればいいんです」


 俺の懸念を、アルトゥリアスは軽く笑い飛ばした。

 どうやら彼には確信があるらしい。

 過去にも似たような状況が、あったのかもしれない。

 結局、彼の言うとおりに物を回収すると、俺たちは地上へ帰還した。

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