23.アルトゥリアスの切り札
「フフフッ、その言葉、そっくり返しますよ」
ルメイたち、荒くれ冒険者に迷宮で絡まれながらも、アルトゥリアスは不敵に笑って返す。
それを見た荒くれたちが、馬鹿にされたと思っていきり立つ。
「てめえ、状況が見えねえのか? なんだったら半殺しにしたうえで、置き去りにしてもいいんだぞ」
「フッ、大方、そんなことだと思っていました。殺しさえしなければ、冒険者証に犯罪歴が刻まれることはない。そう考えているんでしょう? おそらく今までにも何回か、同じことをしていますね?」
「へっ、さあな」
アルトゥリアスの指摘に対し、ルメイたちはニヤニヤするばかりで明言はしない。
しかしその表情から、奴らの犯罪性は明らかだ。
冒険者ギルドに登録した時、犯罪を犯せば冒険者証に履歴が残るので、悪いことはしないように、と言われた。
しかし現実に履歴が残るのは、明らかな殺人や窃盗ぐらいのもので、ちょっとケンカして相手にケガをさせたとしても、それは冒険者間の問題となる。
おそらくルメイたちは、そんな制度の隙を突いて、犯罪を繰り返してきたのだろう。
そして今日も奴らは暴力によって、俺たちに命令をしようとしている。
仮に素直に奴らの言うことを聞いたとしても、無事に地上へ戻れるのかは、はなはだ疑問である。
とはいえ、現状で大きな戦力差があるのは事実だ。
ここをどう切り抜けたものかと悩んでいると、ニケが前に出た。
「ふざけんな! おまえらなんか、ギッタギッタに、してやるでしゅ」
「へっ、威勢がいいな、お嬢ちゃん。お前はノーブルハニーを採ってくるまでの、人質になるから、おとなしくするんだぜ」
「にゃにおうっ!」
今にも飛び掛からんとするニケを、アルトゥリアスが手で制す。
そして彼は不敵に笑いながら、奴らに要求を突きつけたのだ。
「まあまあ、ニケさん。こんな奴らの相手、するだけ無駄ですよ。ここは私に任せてください……それであなたたち、このままおとなしく帰りなさい。そうすれば、無かったことにしてあげます。これが最後通告ですよ」
「ギャハハッ、何いってんだよ、こいつ。頭おかしくなったんじゃないか」
「まったくだ。この状況で強がるなんざ、大したもんだがな」
アルトゥリアスの最後通告を、ルメイたちが笑い飛ばす。
俺から見ても、奴らの反応は当然のように思うが、アルトゥリアスはなおも余裕の表情だ。
そして彼は肩をすくめると、仕方ないといった面持ちで言葉を続ける。
「ふうっ、仕方ありませんね。これだけはやりたくなかったのですが。シェール」
彼は風の中位精霊シェールを呼び出すと、おもむろに彼女に手を添えた。
『精霊暴走!』
その言葉と同時に、アルトゥリアスが膨大な魔力を、シェールに注いだのが分かった。
そして次の瞬間、シェールを中心に、とんでもない暴風が発生したのだ。
「うわっ、伏せろ、ニケ」
「な、なんでしゅか?」
「クエッ?」
俺はとっさにニケとゼロスをかばいながら、地面に伏せた。
そうする間も迷宮の中には、猛烈な風が吹き荒れている。
狭い空間なのでその勢いはとんでもなく、気を抜くと吹き飛ばされそうになるほどだ。
俺は必死に目を閉じて、ニケとゼロスを抱えながら、地面にしがみついていた。
その時間はひどく長く感じたが、実際は1分くらいだったのだろう。
やがてふいに風が弱まると、さっきまでの喧騒が嘘のように引いていった。
恐る恐る目を開けてみると、ほこりが立ち込めていて、何も見えない。
するとすぐ近くで誰かが立ち上がり、服を払うような気配がした。
俺も立ち上がって、そちらに近寄ると、案の定それはアルトゥリアスだった。
「アルトゥリアスさん、一体なんだったんですか? 今の」
「”精霊暴走”といって、私やあなたのように、中位以上の精霊と契約した者だけにできる、荒業ですよ。ほとんどの魔力を消費するのと、術者自身も無傷では済まないので、めったにやりませんけどね」
「うわぁ……本当に荒業でしたね。それであいつらはどこに?」
「その辺でのびていると思いますよ」
そんなことを話しているうちに視界が晴れ、周囲が見えるようになってきた。
アルトゥリアスが言うように、ルメイたちはそこら中に寝転がって、うめき声を上げていた。
「ニケさん、生き残っている奴らに、とどめを刺してもらえませんか? 私はひどく疲れているのです」
「えっ、とどめって――」
「わかったでしゅ」
アルトゥリアスの非情な指示に、ニケは躊躇なく従った。
彼女はナタを引き抜くと、近くにいる奴から順に、首をかき切っていく。
あまりの事態にしばし硬直した俺は、すぐに抗議した。
「ちょ、ちょっと、いきなり殺すなんて、ひどいじゃないですか! それに、ニケに犯罪歴が付いてしまう」
しかしアルトゥリアスは少しも動じず、不敵な顔で答えた。
「大丈夫ですよ。たとえ手を出していなくとも、彼らは犯罪を認めていました。そういう者への攻撃は、正当防衛として認められるんです」
「だ、だからっていきなり殺すなんて!」
たしかに奴らは俺たちに暴力を振るおうとしていたし、ノーブルハニーを渡した後には殺されていたかもしれない。
しかしだからといって、問答無用で殺すのには納得できなかった。
そんな俺に対し、彼は冷徹な目を向けてくる。
「ここで彼らを見逃しても、また狙われるかもしれません。いや、確実に復讐されるでしょう。その時には奥の手も防がれて、私たちは殺されてしまうかもしれないのです」
「だからって……そうだ、奴らを地上へ連行して、衛兵に突き出しましょうよ」
しかし彼は無情に首を横に振る。
「奴らの犯罪を、どう説明するのですか? その唯一の方法は、彼らを殺しても私たちには、犯罪履歴が残らないことを示すだけです」
「そ、そんな……だからってニケに、人殺しを……」
「ニケさんは分かっていますよ。これが私たちを、タケアキ殿を守るために必要なことなのだと、ね」
そう言って目を向けた先で、ニケは淡々と、とどめを刺し続けていた。
首筋の頸動脈をかき切っているので、彼女は返り血をいくらか浴びていた。
そんな彼女に俺は恐れを抱き、そして次の瞬間にはそれを後悔した。
そして最後のルメイにとどめを刺そうとするところで、彼女を押しとどめる。
「待て、ニケ。それは俺がやる」
「え、だいじょぶでしゅか? ニケは、へいきでしゅよ」
「いや、俺にやらせてくれ」
そう言って歩み寄ると、ルメイがヒューヒューと息を漏らして、あえいでいた。
暴風に吹き飛ばされた時に、肺でも痛めたのだろう。
奴は俺に気づくと、最後の命乞いを始めた。
「ゴホッ、ま、待ってくれ。命だけは、助けてくれ。俺は、俺はこの町を出るから」
そう言うルメイの瞳は恐怖にまみれ、ひどく哀れだった。
それを見てわずかに決心が揺らいだが、俺は心を鬼にして槍を突きつける。
「ダメだ。お前の言うことは信用できない。恨むんなら、ケンカを売る相手を間違えた自分を恨むんだな」
「ま、待て、助けて、ぐええっ!」
槍の穂先を奴の喉に付きこむと、ブスリという嫌な感触と共に、奴は息絶えた。
その嫌な感触と断末魔の声に、俺は慄く。
同時に込み上げてきた吐き気をこらえていると、ニケが心配そうに見上げていた。
「タケしゃま、だいじょぶ、でしゅか?」
「……ああ、大丈夫だ。心配かけて、悪いな」
「そんなこと、ないでしゅ。むりするひつよう、なかったでしゅ。ニケが、ぜんぶやったのに」
そう言ってすがりついてくるニケの頭を、俺は優しく撫でた。
「いや、俺たちは対等な仲間だからな。ニケだけに嫌なこと、させられないよ。ニケの方こそ、大丈夫か?」
「へいきでしゅ。タケしゃまを、きずつけるやつ、いくらでも、ころせるでしゅ。だからタケしゃま、むりしないで」
「ああ、俺は大丈夫だ」
そうやって互いを慰めているうちに、ルメイたちの体が迷宮に飲まれはじめた。
奴らの下の地面が流動化すると、死体が溶けるように地面にしみ込んでいった。
しばらく眺めているうちに、全ての死体が飲み込まれ、彼らの装備だけが残される。
それを確認したアルトゥリアスが、俺たちに声を掛ける。
「さて、彼らの冒険者証と、めぼしい装備を持って、帰りましょうか」
「えっ、あいつらの冒険者証、提出するんですか?」
「もちろんですよ。冒険者の義務ですから」
「でもそんなことしたら、疑われるんじゃ……」
「大丈夫です。私たちのカードに犯罪歴が刻まれていないのは、私が保証しますよ。堂々と提出すればいいんです」
俺の懸念を、アルトゥリアスは軽く笑い飛ばした。
どうやら彼には確信があるらしい。
過去にも似たような状況が、あったのかもしれない。
結局、彼の言うとおりに物を回収すると、俺たちは地上へ帰還した。




