22.蠢く悪意
貴族の蜂蜜を売却した晩は、当然のように祝杯を挙げた。
そして翌日も迷宮に潜り、そこそこの成果を挙げて地上へ戻ると、昨日の影響がすでに出ていた。
行きつけの酒場が、早い時間から混みはじめていたのだ。
「うわっ、もうこんなに人がいる。これってひょっとして……」
「ええ、ノーブルハニー入りの蜂蜜酒が、お目当てでしょうね」
「すごいでしゅ」
実際に店頭には、”貴族の蜂蜜酒入りました”という張り紙があり、それにつられての人出なのは間違いない。
せっかくなので、俺とアルトゥリアスも1杯ずつ注文し、ノーブルミードを飲んでみた。
「……へ~、たしかに普通のミードより、味わい深い、のかなぁ?」
「そうですね。豊かな味と香りに加え、のどごしの良さは、格別と言ってよいでしょう」
「う~ん、言われてみれば、そんな気も……」
するとニケが物欲しそうな顔で、俺を見上げてくる。
耳がピコピコ動いていて、興味津々といった感じだ。
「ニケも飲んでみるか?」
「ちょっとだけ、ほしいでしゅ」
「それじゃあ、ちょっと飲んでみな」
「ありがと、でしゅ」
俺のカップを傾けてやると、ニケがそこから2,3口、ミードを飲んだ。
含んだ酒をむにゃむにゃと味わっているうちに、ほんのりと顔が赤らんでくる。
「なんか、ふんわりして、きもちいい、でしゅ」
「そっか。よかったな。これ以上は、もっと大人になってからな」
「あい♪」
その後もちょっと酔っぱらったニケを交えて、楽しく歓談していたのだが、そんな楽しい時間に、水を差す奴らがやってきた。
「おやおや、誰かと思えば、幼女使いの兄さんじゃないか」
「幼女を迷宮で働かせて、酒が飲めるなんて、いいご身分だなぁ」
そこには数日前に俺たちに絡み、ニケにぶっとばされた冒険者たちがいた。
相変わらず十人近い男が群れていて、むさ苦しいことこの上ない。
しかも俺のことを、幼女使いとか呼んでやがる。
頭にきたので、こちらも挑発的な言葉を返す。
「おお、そういうあんたは、ニケにぶっとばされた、ルメイさんじゃないか? もう殴られたところはいいのか?」
「んだと、コラ!」
若いやつが反応してつっかかってこようとしたが、ルメイがそれを制止する。
奴はニヤニヤしながら、話を続けた。
「ああ、別に大したケガでもなかったからな。ところであんたら、ノーブルハニーを手に入れたんだって?」
「……ああ、幸運に恵まれてな」
最初はとぼけようかとも思ったが、換金所で騒ぎになったので、否定しても仕方ない。
ニケみたいな幼女を連れてるパーティーなんて、他にないので、簡単に特定できるだろう。
「そいつはすげえ。いや、俺らもキラービーぐらいはどうにかなるんだが、さすがに巣までは近寄れなくてな。ぜひ、そのコツを訊きたいと思ったんだ」
「あいにくと、それは企業秘密だな」
「おいおい、そんなつれないこと言うなよ。同じ4層以下に潜ってる仲じゃないか。仲良くやろうぜ」
またもやルメイが、なれなれしく俺の肩に手を置いた。
するとニケがまた怒りかけたので、先回りして俺のひざの上にだっこする。
ちょっと酔ってるニケは、少し暴れたが、頭を撫でてやるとおとなしくなった。
「うにゃ~」
「別にあんたらと仲良くしたって、いいことなんかないからな。お互い、適切な距離を保ちたいもんだ」
「そんなこと言うもんじゃねえぜ。なんてったって迷宮では、何が起こるか分からないからな。いざという時のために、仲良くするに越したことはないと思うぜ」
そう言うルメイの顔は、親切というよりは、かたぎを脅すヤクザのようだった。
実際問題、奴は迷宮内での襲撃を匂わせているのだろう。
それが嫌なら、自分に協力しろってことだ。
ここでアルトゥリアスに目を向けると、笑顔でルメイたちに応じはじめた。
「それは同感ですね。私たちもせいぜい、準備はしておきましょう」
「それだったら、俺たちと――」
「いえ、お構いなく。あいにくと私たちは少人数で動くのが、性に合っていましてね。あなた方の手を煩わせる必要はありませんよ」
「いや、だから」
「お帰りください。周りの人たちが迷惑そうですよ」
「んだと、こら!」
「リーダー、まずいですよ」
ルメイがまた激昂しそうになったところを、手下が止めに入った。
実際に混み合った店内で、ルメイたちは迷惑がられているのだ。
周囲の厳しい視線に気がつくと、奴らは舌打ちを残して去っていった。
「ふう、なんとか引き下がってくれましたね」
「ええ、しかし油断はできません」
「ですね。そのうち迷宮の中で、実力行使に出る可能性もある」
「遠からず、そうなるでしょうね。その前に手を打たないと」
「手を打つって、どうやって?」
「それが分かれば、苦労はしませんよ。地道に仲間を探しましょう」
肩をすくめるアルトゥリアスに、それもそうかと思い直す。
するとニケが酔っぱらった勢いで、威勢のいいことを言った。
「あんなやつら、かえりうち、でしゅ」
「そう簡単にはいかないんだって。あまり油断するなよ」
「うにゃ?」
ニケは耳をいじってやると、気持ちよさそうに目を細めて、おとなしくなった。
彼女の言うように、簡単にいけばいいんだがな。
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その騒動があってから、しばしば怪しい奴を見かけるようになった。
そいつらは決まってこそこそと俺たちをつけ回し、動向を探っているようだ。
そんな状況で危険なキラービー狩りは難しいので、主に4層でソルジャーアントを狩るようにしていた。
その一方で新たな仲間を探していたのだが、なかなか良い人材に出会わない。
いろいろと言い寄ってくる奴らはいるのだが、そんなのに限って、欲の皮の突っ張ったのばかりだ。
そんな先の見えない状況に苛立ちつつ、俺たちは迷宮に潜っていた。
またもや4層でソルジャーアントを多数狩り、水晶部屋へ戻ろうとすると、嫌な顔に出くわす。
「またあんたらか? 悪いが疲れてるんで、通してくれるか?」
「へっ、そう邪険にするなよ」
そこには嫌らしい表情を浮かべたルメイたちが、水晶部屋への通路を塞いでいたのだ。
奴はニヤニヤしながら、俺に話しかけてきた。
「今日はノーブルハニーは採ってねえのか?」
「ああ、最近、身の回りが物騒だからな。5層の探索は控えてるんだ」
「ふ~ん、そうか……」
すると奴は、露骨に面倒くさそうな顔をしてから、抜け抜けと言い放つ。
「それじゃあ、今から取ってきてくれよ」
「はあ? 何いってんだ。今日は疲れてるって言っただろ。それにあんたらの依頼なんて、受ける義理もないね」
あまりに馬鹿馬鹿しいので、ぞんざいに答えると、奴が笑みを深める。
「おいおい、状況が分かって言ってんのか? お前に断る権利なんて、ないんだぞ」
「フヘヘッ、そうだそうだ」
「俺たちが優しく言ってるうちに、従った方が利口だぞ」
そう言いながら奴らは、俺たちを囲むように距離を詰める。
奴らは手に手に剣やメイスなどの得物を持ち、威嚇してきた。
つまり、そういうことか。
「俺たちに手を出せば、冒険者証に犯罪歴が残るんだろ?」
「なんのことかな? 俺たちはちょっとお願いしてるだけだぜ。場合によっては、痛い目にあうかもしれないがな」
「そうそう、冒険者証の機能も、万能じゃねえんだよ」
奴らがさも馬鹿にしたように、俺たちをあざける。
たしかにちょっとしたケンカぐらい、冒険者にとってはよくある話だ。
つまり殺さない程度に痛めつけて、俺たちに言うことを聞かせようという腹なのだろう。
するとアルトゥリアスが1歩、前に出た。
「ふむ、つまりあなたたちは、暴力で私たちを支配下に置こうと考えているのですね。どうせ今までも、似たようなことをしてきたのでしょう?」
「はんっ、だからなんだってんだ? 迷宮では強いもんが勝ちなんだよ」
「フフフッ、その言葉、そっくり返しますよ」
そう言ってアルトゥリアスは、不敵に笑った。




