20.殺人蜂の宝
酒場でひと騒動あってからも、俺たちは変わらずに迷宮に潜り続けた。
そのうち4層はほぼ探索し終えたので、次は5層となる。
しかし5層には、今までとひと味もふた味も違う難敵がいるため、進むには少し勇気がいった。
「ゴクリ……それじゃあ、行きますよ」
「ええ、行きましょう」
「そんなに、こわがること、ないでしゅ」
俺がこんなにもビビっているのは、ここに出る殺人蜂のせいだ。
こいつらは兵士蟻と同様に群れで動くだけでなく、空を飛ぶうえに、毒まで持っているという極めつけの厄介者なのだ。
4層まではなんとか人海戦術で抜けられたとしても、キラービーだけはそうはいかない。
下手をするとここで全滅する可能性も高く、中級冒険者への登竜門とみなされるほどだ。
そんな、厄介極まりない魔物の領域へ入るため、俺は階段を下りた。
幸いにもすぐにキラービーが出てくることもなく、ひとまず胸を撫でおろす。
「とりあえず、ここにはいないな。それじゃあ、慎重に進みますよ」
「ええ、守りは私に任せてください」
「とどめは、まかせるでしゅ」
「クエ~」
気楽に言葉を返す彼らをうらやましく思いながら、俺は慎重に歩を進めた。
しばし歩くと、まだ部屋にたどり着いてもいないのに、ブーンという羽音が聞こえてきた。
キラービーの襲来だ。
「来たぞ。迎撃態勢」
「了解」
「あい」
「クエ~」
俺の指示に従って、左横にアルトゥリアスが、右横にニケが立つ。
ゼロスも俺とニケの間から、顔を出している。
やがて10匹ほどのキラービーが、先の通路に現れた。
カラスほどもあるハチ形の魔物が、俺たちを発見すると、一斉にこちらへ襲い掛かってくる。
『突風』
アルトゥリアスの魔法で、キラービーの左側に風を叩きつける。
それにより一部の敵の動きが乱れ、通路の右側にハチどもが集まった。
――ズバンッ!
これ幸いと魔導砲をぶっぱなすと、多数の小石が宙を飛び、ハチの群れに当たる。
すると半分ほどのキラービーがダメージを受けたのか、フラフラと地面に舞い落ちる。
「ていっ」
「クエ~」
敵が地面に落ちるやいなや、ニケとゼロスがとどめを刺して回る。
ニケはナタでハチを斬り、ゼロスはその足で踏みつけている。
幸いにもキラービーはさほど頑丈でもないので、その攻撃だけで十分だった
その後もアルトゥリアスの援護を受けながら、全ての敵を叩き落とし、掃討が終了する。
「フウッ、とりあえず完勝でしたね」
「ええ、お見事でしたよ、タケアキ殿」
「いやいや、アルトゥリアスさんの援護のおかげですよ」
「とんでもない。私の術では、ああも見事に撃ち落とせませんよ」
アルトゥリアスがやけに持ち上げてくるが、それも無理からぬことだ。
普通の魔法、特に精霊術は、術の行使に時間が掛かるものなのだ。
彼の『突風』などはその中でも優秀な方だが、しょせん風である。
それに攻撃力はほとんどなく、今回のように少々押し返す程度のものだ。
しかしそこに魔導砲の散弾を組み合わせると、途端に使える魔法となる。
特にキラービーは風で動かしやすいので、1ヶ所に固めておいてからズバンって寸法だ。
弾の装填こそ必要なものの、そのすばやさは他の魔法の比ではない。
「タケしゃま~、ませき、とれたでしゅ」
「お~、けっこう立派な魔石だな。高く売れそうだ」
「あい♪」
褒められたニケが、尻尾をフリフリさせて喜んでいる。
そんな彼女の頭を撫でてから、俺も一緒になって魔石を回収する。
11匹ものキラービーから魔石を取ると、ちょっと休んでから前進を再開した。
やがて前方に見えた部屋の方から、多数のキラービーが飛び回る音が聞こえてくる。
「どうやらキラービーの巣があるみたいですね。ここはアルトゥリアスさんの魔法で押さえつけながら、通り抜けます?」
キラービーは迷宮の中に巣を作ることがあり、その場合は敵の数が格段に跳ね上がる。
おそらくその一部があぶれ、先程も襲撃してきたのだろう。
そんな厄介の元はスルーするに限ると思ったのだが、アルトゥリアスは首を横に振る。
「いいえ、せっかくなので殲滅してしまいましょうか。上手くすれば、お宝にありつけるかもしれませんよ」
「ええ~……強気ですね? いくらハチミツが取れるかもしれないからって」
キラービーは迷宮内の植物から、蜜を集める習性があった。
そのハチミツは滋養に富むうえに、実に美味な甘味料として、高い需要があるらしい。
たとえ水筒1本分のハチミツでも、金貨以上の収入になるといわれるほどだ。
しかしそれも、命あっての物種である。
「大丈夫ですよ。先ほどの戦闘から見て、上手くやれば殲滅も可能です。弾も多めに作りましたからね」
彼の言うように、散弾は多めに作ってあった。
通常はポーチに6発、インドラに1発で計7発のところを4発ほど余分に作って、ポケットに入れてある。
さっきの戦闘では、1発で5匹ほどのキラービーを落とせていたので、50匹以上の敵に対応できる可能性はある。
もちろん分散されると効率は落ちるが、アルトゥリアスの風魔法で操作できるので、やりようはあるだろう。
結局、俺たちはアルトゥリアスに乗せられて、キラービーの巣に挑むことになった。
「それでは行きますよ。『突風』」
部屋の中に入るやいなや、アルトゥリアスの風魔法が放たれる。
それによってキラービーが集まったところへ、散弾をぶっぱなした。
――ズバンッ!
数匹のハチが落ちるのを横目に、空薬莢を排出し、新しい弾丸を込めて狙いを付ける。
――ズバンッ!
今度も数匹のキラービーが落ちるのを見て、こっちもなんだか楽しくなってきた。
俺は調子に乗って何度も弾を入れ替え、キラービーに向かって散弾をぶっぱなす。
そうして10発も撃ち終えると、部屋の中に飛んでいる敵は、もういなかった。
「とどめでしゅ♪」
「クエ~♪」
地面に落ちたキラービーに、ニケとゼロスが嬉々としてとどめを刺していく。
そんな彼女たちを見て和んでいると、アルトゥリアスが話しかけてきた。
「想像以上に上手くいきましたね。さすがはタケアキ殿です」
「いや~、アルトゥリアスさんのおかげですって。このうえ貴族の蜂蜜が採れれば、言うことありませんね」
「ええ、私も楽しみですよ」
キラービーのハチミツは高級品で、貴族にも愛されるため、ノーブルハニーと呼ばれたりする。
キラービー自体が厄介な魔物なので、めったに採れることがなく、さらに希少価値を高めているんだとか。
魔石の方はニケに任せ、俺とアルトゥリアスはキラービーの巣に近づいた。
それは直径1メートルほどの球状の構造物で、迷宮の壁にくっついていた。
おそらくハチの唾液と土を混ぜたであろう素材は、暗褐色で硬質な輝きを放っている。
試しに拳でコンコンと叩いてみると、それほど強度はなさそうだ。
「それでは、壊しますよ」
アルトゥリアスがそう言ってナイフを刺しこむと、存外あっさりと刃が通る。
彼が慎重に巣を崩していくと、その中身が徐々に顕わになっていく。
そしてその最奥までたどり着くと、お目当てのものが見つかった。
「くんくん……あまいにおい、するでしゅ」
いつの間にか魔石を取り終え、近寄っていたニケがつぶやく。
そしてその香りはニケだけでなく、俺にも伝わってきた。
「ああ、ただ甘いだけじゃなくて、なんか気分の良くなるような臭いだな」
「あい♪」
キラービーの巣の奥では琥珀色の液体が、神秘的な輝きを放っていた。




