19.うるさい奴ら
4層の兵士蟻に対処できるようになった俺たちは、その後も4層をくまなく探索した。
さすがに4層ともなると、魔物との戦闘も面倒なため、普通の探索者は最短距離を目指す。
そのため下層への階段へ向かう最短経路を外れたところは、あまり探索されないのだ。
そんな空白地帯を求め、俺たちはあえて回り道をしていった。
なぜなら空白地帯の情報はギルドに売れるし、有用な植物や鉱石などを入手する可能性もあるからだ。
さらにはより多くの魔物を狩って、自身の強化度を上げられるとあって、俺たちは戦闘を繰り返した。
そして4層の奥深くで、思わぬボーナスを発見する。
「お、これって、薬草ですよね?」
「ええ、魔境でよく見る、”癒し草”ですね」
「いっぱい、あるでしゅ」
「クエ~」
とある行き止まり部分で俺たちは、大量の薬草を発見したのだ。
ヨモギに似たような草が、部屋の一角に繁茂している。
”癒し草”は治療ポーションの材料として売れるので、俺たちはしばし採取に勤しんだ。
こんな時のために持ってきていたいくつもの麻袋が、パンパンになる。
「フウッ、こんなとこかな。だけどほとんど取り尽くしちゃって、大丈夫ですかね?」
「こういうモノは取り尽くすと、また別の場所に移転するんですよ。迷宮の不思議なところですね」
「へ~、そんなもんですか?」
そんな話をしつつ、その日は癒し草を持ち帰るため、早めに地上へ戻った。
そして魔石の換金で銀貨30枚、癒し草の売却で銀貨50枚超の、高収入を手に入れたのだ。
低級冒険者の1日の収入としては、破格の高額である。
しかしそんな目立つことをしていれば、うるさい虫が寄ってくることもある。
「おう、お前ら。最近、4層でしこたま稼いでるらしいじゃねえか」
行きつけの酒場で祝杯を挙げていたら、見知らぬ冒険者が声を掛けてきた。
そいつらは7、8人の集団で、中でも体のでかい男が、ニヤニヤと嫌らしそうに笑っている。
そいつは茶色の短髪に派手なバンダナを巻いた、ムキムキの大男だ。
「え~と、どちらさんですか?」
「んだと? そんなことも知らねえのかよ。ったく。それじゃあ、聞かせてやるが、俺は赤牙団のルメイだ」
「……はあ。初めまして。俺はタケアキです。パーティー名は無いのであしからず」
正直うっとうしかったが、最低限の礼儀として俺も名乗る。
それで用は済んだとばかりに顔をそらしたら、ルメイはなぜか青筋を立てて、さらに絡んできた。
「舐めてんのか、こら! まだ話は終わってねえぞ!」
俺もそんな気はしていたのだが、面倒くさそうな予感しかしないので、あえてやってみた。
しかしそのまま帰ってくれるはずもなく、俺はまた嫌そうに顔を向ける。
「ハァ……まだ何か、ご用でも?」
「クッ、狙ってんのか、この野郎……まあいい、俺は寛大だからな。用事ってのはあれだ。お前らを使ってやるから、喜べ」
「間に合ってますので、他をどうぞ」
「そうだろう……って、なに断ってやがんだよ!」
「いや、だから間に合ってますって」
「間に合ってるじゃね~んだよっ!」
ブチ切れたルメイが、俺の肩に手を伸ばす。
馬鹿力でつかまれた肩の痛みに、俺が顔をしかめると、ニケがテーブルの上に飛び乗った。
「タケしゃまから、てをはなせ!」
ニケはそう言いざま、鞘が付いたままのナタを振り上げ、ビシッと突きつけた。
すると男たちは一瞬だけあっけに取られ、次の瞬間には大声で笑いはじめる。
「ギャハハハハ、タケしゃまだってよ。聞いたか、お前ら」
「ブハハハハ、噂には聞いてたが、こんな子供を迷宮に連れてくなんて、ひでえ野郎だ」
「しかも子供にかばわれてやがるぜ、こいつ。ママがいないと、何もできないんでしゅか~?」
あ、まずい。
そう思った瞬間、ルメイが斜め後ろにぶっ飛んだ。
”ブフォウッ”とか情けない声を上げながら、大男の体が宙を舞う。
そして次の瞬間、そこにあったテーブルを道連れに着地した。
盛大にテーブルをぶち壊しながら転がったルメイは、すでに意識を失っているようだ。
そしてこちら側には、毛を逆立てて怒るニケがいた。
ルメイも一体なにが起こったのか、分からなかっただろう。
奴はニケの振ったナタの一撃で、吹っ飛ばされたのだ。
一応、鞘がついたままで打ったため、致命傷には至っていないが、打たれた瞬間に意識が飛んだのだろう。
大慌てでルメイの手下が駆け寄り、介抱をする一方、手下の1人がいきり立つ。
「てめえ、うちの大将に何してくれてんだ?」
「そっちがさきに、てだしたでしゅ」
「ちょっと肩つかんだだけだろうが。ざけんじゃねえぞっ!」
とうとう敵の男がニケに、殴りかかってきた。
ニケはヒラリと床に降り立って、それをかわす。
すると周りにいた男たちも、それにつられて攻めてきた。
『突風』
ここでアルトゥリアスが風魔法を使い、強風で敵を押し返した。
普通なら店内がぐちゃぐちゃになるところだが、アルトゥリアスは魔法を細かく制御して、最小限の被害に済ませている。
この予想外の魔法攻撃に、さすがの荒くれどもも勢いをそがれたようだ。
おかげでしばしにらみ合いが続くうちに、聞き覚えのない声が掛けられた。
「おいおい、穏やかじゃねえな。一体なんの騒ぎだい?」
それは酒場に入ってきたばかりの集団だった。
その先頭に立つのはガッチリとした短躯の山人である。
よく見れば、その後ろにもドワーフが控えていて、ひとつのパーティーのようだ。
先頭の男がドカドカと店内に踏み込みながら、ジロリと周囲を見回す。
「ふむ……何やらいい大人が、子供をいじめておるようだな?」
「ち、違う。あっちが先に手を出してきたんだ」
「そうだ! うちのリーダーなんか、こうだぞ」
いまだに意識が朦朧としているルメイを指して、奴らが言い訳をする。
しかしそれに対して返されたのは、失笑だった。
「ハッ……だからって複数の大人が子供を囲むなんて、許される話じゃねえだろうに。せめて1対1ならまだしもな」
「ち、違うんだ、これは……」
敵の男たちは、ドワーフに対して妙に下手に出ていた。
不思議に思ってアルトゥリアスに視線を送ると、彼が事情をささやいてくれる。
「あのドワーフたちは、冒険者パーティー”火竜のアギト”ですよ。一旦、暴れ出すと手の付けられないことで有名なので、多少は遠慮しているんでしょう」
「はあ、なるほど……」
アルトゥリアスもこの町に来たばかりのはずなのに、やけに詳しい。
まあ、この世界に来たばかりの俺よりは、事情に詳しいのも当然か。
そんなことを話しているのに気がついたのか、ドワーフが俺たちにも厳しい目を向ける。
「そこの普人と森人にも、感心しねえな。そんな小さな子供を迷宮に駆り出すから、こんなことになるんだ。迷宮は遊び場じゃねえんだぞ」
その言葉にムッとした俺とニケが反論しようとするのを、アルトゥリアスが手で制した。
そして1歩前に出ると、ドワーフに話しかける。
「それは心外ですね、ベルダインさん。あなたの方こそ、見た目だけで判断しない方がいい。こう見えてニケさんは、立派な戦士なんですよ」
「……むう、お前、アルトゥリアスか? エルフきっての戦士が、こんなとこで何してんだ。しかもちんけなパーティーに加わって」
「ちんけとは、なおさら心外ですね。とはいえ、ケンカを止めてくれたのは助かりました。この場は礼を言っておきましょう……さて、すでにしらけ切ってますから、この場は仕切り直しましょう。私の方から、皆さんにビールを1杯ずつおごりますよ」
アルトゥリアスはドワーフとの会話から、あっさりとケンカを手打ちに持っていった。
当然、先に絡んできたパーティーが抗議の声を上げるが、周囲の人間に睨まれて口をつぐむ。
そのまま酒場の喧騒に紛れて、奴らは消えていった。
「ふう……助かりました、アルトゥリアスさん」
「いえいえ、私も無事に終わって、ホッとしてますよ。せっかくなので、飲み直しましょう」
「ええ、そうですね」
俺もホッとして酒を頼むと、ニケがしょんぼりしているのに気づく。
「どうしたんだ? ニケ」
「あたしのしたこと、よけい、だったでしゅか?」
「……そんなことないさ。俺を助けてくれたんだろ。だけど次は、もう少し穏便にやりたいな」
「おんびん、でしゅか?」
「ああ、まずは話し合いで片が付かないか、様子を見るのさ。そのうえでどうしようもなければ、逃げてもいい」
「きをつける、でしゅ」
「ああ、ほら、ニケもジュース飲め」
「あい」
ようやく笑顔の戻ったニケにホッとする。
しかし今後も似たようなトラブルはありそうだと思うと、気持ちは晴れなかった。




