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迷宮へ行こう ~探索のお供はケモミミ幼女~  作者: 青雲あゆむ
第1章 駆け出し冒険者編
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2.その名はニケ

 いきなり異世界に来てしまったらしい俺は、迷宮都市ベルデンの路地裏で、死にかけの浮浪児に出会った。

 たまたま持っていた串焼きをあげたら、その子はわずかな時間で食べつくしてしまう。

 それでも子供は肉の無い串をペロペロと舐めており、まだまだ食べ足りないようだ。


「もっと、食いたいのか?」

「う……たべたい、でしゅ。だけどあたし、おかねない、でしゅ」


 ひどく悲しそうな目をする子供を見ていたら、俺の庇護欲ひごよくが、無性にかき立てられた。

 実は俺は、あまり親の愛情を与えられたことがない。

 両親ともに自堕落で計画性のない大人だったため、俺は幼い頃から苦労してきた。


 それはもう、近所に住んでた大人の助けがなければ、とうに餓死していたかもしれないほどだ。

 おかげで俺は早いうちから家事を覚え、家の中を切り盛りしてきた。

 幸いにも学校の成績は良かったので、奨学金をもらって大学までは行けた。


 さらにわりと大手のメーカーに就職できたのは、ほとんど奇跡といっていいだろう。

 しかしそれについて、両親にはこれっぽっちも感謝してない。

 幼児をほったらかして、パチンコに行くような奴らは、死ねばいいと思う。

 すでに連絡を絶って何年も経つが、今頃は何をしているのやらって感じだ。


 そんな生活をしてきたせいか、俺は困っている子供に弱い。

 迷子の子供を見つけると、いてもたってもいられなくなって、一緒に親探しをしてしまうほどだ。

 そして今、俺の目の前には、飢え死に寸前の子供がいる。

 ならばやることは、ひとつだろう。


「ちょっと待ってろ。串焼き、もっと買ってくるからな」

「あ、しょんな……」


 俺はダッシュで串焼き屋の前に行くと、追加で4本買って、また路地に戻った。

 そこにはちゃんと子供が待っていたが、ひどく困惑しているようだ。


「ほら、食え。お金のことは気にするな」

「え、だって、しょんなわけに、いかない、でしゅ」

「いいから、気にするなって。お前の食いっぷりが気に入ったんだ。ほら、食え」

「だ、だけどぅ……」

「子供が遠慮すんなって。大した額じゃないしな」


 なおも遠慮する子供の手に串焼きを押し付けると、俺はその頭を撫でた。

 すると子供はくしゃりと顔を歪めると、泣きながら肉を食べはじめる。


「はぐ……おいしいでしゅ。えぐっ、ひっく……もぐもぐ」


 涙を流しながらも、子供はよどみなく肉をたいらげていく。

 俺はそんな様子を見ながら、不思議と幸せな気持ちで、子供の頭を撫でていた。

 やがて4本もあった串をたいらげた子供が、満足そうにおなかを撫でる。


「はふぅ、おなかいっぱい、でしゅ。こんなにたべたの、ひしゃしぶり、でしゅ」

「そうか。しかし本当によく食ったな……」


 2本も食えば大人でも満腹になりそうなボリュームの串を、5本もたいらげたのだ。

 5歳程度の幼児にしか見えない体のどこに入ったかと、不思議になるほどだ。

 しかしまあ、ここはファンタジーな異世界だ。

 何か特殊なからくりでも、あるのだろう。


 やがて突然気づいたように、子供が俺の顔を見上げてきた。

 それはぱっちりとした、ワインレッドの瞳だ。


「あ、あの、ありがとう、ごじゃいました。おにいしゃんのなまえは、なんていうでしゅか?」

「え、お兄さんだなんて、上手だな。俺は自他ともに認めるおっさんだから、おじさんでいいぞ。俺の名前は、タケアキだ」

「たけあい、しゃま?」


 子供が回らない口を必死に動かして、俺の名前を呼ぼうとする。

 しかしタケアキでは呼びにくそうだ。


「ちょっと呼びにくいか? それならタケでいいぞ」

「タケ、しゃま……タケしゃま……タケしゃま」


 子供は何回か俺の名前を口にすると、嬉しそうにニパっと笑った。

 それは何か大事なものを手に入れたような、そんな顔だった。


「そういえば、お前の名前は?」

「あたしは、ニケ、でしゅ」

「ニケ、か……たしか俺の故郷にも、そんな名前があったな。ギリシャ神話の、勝利の女神の名前だ」


 そう言うと、ニケが嬉しそうに顔を輝かせた。


「あっ、おとしゃんも、しょんなこと、いってたでしゅ。ニケは、ろうじんじょくの、えいゆうのなまえだって」

「へ~、そうなのか。お父さんは、ニケに強くなって欲しかったのかもな」


 ニケに合わせるつもりでそう言ったら、彼女は途端に顔を曇らせた。


「……あたし、つよくなんか、ないでしゅ。だれよりも、ちいしゃいから、いみごって、よばれたでしゅ」

「ん? いみご……ああ、忌み子か。そいつはつらかったな。それで、ニケのお父さんとお母さんは?」


 するとニケはさらに顔を歪め、涙を浮かべる。

 その時になって俺は、彼女の頭に犬のような耳が付いていることに、ようやく気づいた。

 これはひょっとして、ケモミミってやつか?

 たしか狼人族って言ってたな。


「おとしゃんも、おかしゃんも、しんじゃった、でしゅ。めいきゅうに、いったまま、かえってこなかった、でしゅ」

「……そ、そうだった、のか。悪い。嫌なこと訊いちゃったな」


 それ以上は何も言えず、俺は黙って彼女を見守るしかできなかった。

 ニケはしばらくスンスンと泣いていたが、やがて涙をぐしぐしとぬぐうと、再びワインレッドの瞳で見上げてきた。


「た、タケしゃまは、これからどうしゅる、でしゅか? なにか、ニケにできること、ないでしゅか?」

「あ~……そうだな。ちょっと物を売ってから、宿を探そうと思ってたんだ。どこかいい宿とか、知ってるか?」

「しょれなら、しってるでしゅ。ニケが、あんない、しましゅ」

「ああ、頼むよ。それと途中で、こんな物を売りたいんだけど、なんかいい店はないかな?」


 俺はバックパックから服を取り出して、ニケに見せた。

 それは防寒用のフリースだが、この気候なら当分必要なさそうなものだ。

 すでに手持ちの金がほとんど無いので、これを売って金に換えようと考えていた。

 ニケは珍しそうにフリースを触りながら、考える。


「たしかに、これなら、うれしょうでしゅね。あたしのしってる、ふくやしゃん、いくでしゅ」

「お~、そうか。頼むよ」


 話が付いたので、俺はニケの案内で動きはじめた。

 さすがはこの町の住人だけあって、ニケはスイスイと進んでいく。

 身なりは汚いが、たっぷりと食べただけあって、足取りもしっかりしていた。


 それにしても、チョコチョコ歩くたびに、フリフリと揺れる尻尾が、凄くかわいい。

 さらに頻繁に振り返っては、俺の姿を確認してくるのが、なんともいじらしかった。

 それはまるで、少しでも目を離すと、俺が消えてしまうのを、心配しているかのようだ。


 そうして5分ほど歩くと、古着屋らしき店にたどり着く。


「ここでしゅ……おばしゃん、いましゅか~」

「まあ、ニケちゃんじゃないの。久しぶりね~。だけどその恰好かっこう、どうしたの?」

「……あたしのことは、どうでもいいでしゅ。おきゃくしゃん、つれてきたでしゅ」


 なにしろニケときたら、どろどろに汚れているうえに、ボロきれを体に巻き付けているような状態だ。

 古着屋のおばさんも、気にはなるだろう。

 しかし彼女はそれを無視して、俺を紹介した。


「お客さんって、あなたのこと?」


 おばさんが戸惑ったような顔をしているので、俺は要件を切り出す。


「あ、どうも。実はちょっと、買ってもらいたいものがあるんですけど」

「何かしら…………ちょっと、何よこれ?」


 俺がフリースを見せると、おばさんが食いついてきた。

 大した代物ではないが、何しろ異世界の製品だ。

 独特な風合いや肌触りは、とても珍しいだろう。

 しばらくそれをいじり回していたおばさんは、悩まし気な視線を俺に向けてくる。


「こんな服、初めて見たわ。ニケちゃんの紹介だから、高く買ってあげたいけど、うちもあんまり余裕ないのよねぇ…………銀貨30枚が精一杯、かしら」

「銀貨30枚、ですか……」


 日本で数千円のものが3万円相当なら、けっこうな利益ではある。

 しかしこの世界では他に手に入らないものとしては、微妙な気がした。

 そんな俺の迷いを察したおばさんが、思わぬ取引きを提案する。


「それで足りなきゃ、ニケちゃんの服を付けるわ。こんな格好させておくなんて、ちょっとひどいんじゃない?」

「え? いや、彼女とはさっき出会ったばかりで、俺の責任じゃ――」

「おばしゃん、タケしゃまのしぇいじゃ――」

「だまらっしゃい! こんなかわいい子に、乞食みたいな恰好させておけないわ。いいわね?」

「え、ええ~?」


 おばさんはそう言うと、ニケをさらって奥に引っ込んでしまった。

 俺は何も言えず、しばし待たされることとなる。

本日の投稿はここまでとなりますが、第1章の終わりまでは1日2話のペースで投稿予定です。

もしよろしければ、ブクマ、評価していただけると幸いです。

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