12.初めての魔法
俺たちは迷宮で出会ったアルトゥリアスと意気投合し、彼をパーティーに迎え入れることになった。
その翌日には、俺たちの戦力を高めるため、郊外で魔法の練習をしようという話になる。
城壁を出た俺たちは、しばし森の中に分け入り、適当な場所を探した。
やがて川のほとりの開けた場所を見つけたので、ひとまずそこに腰を落ち着ける。
「さて、それでは魔法の練習を始めましょうか。ところでまず、魔術と精霊術の違いはなんだか、分かりますか?」
「え~っと、たしか、個々の魔力によって事象を改変するのが魔術で、それを精霊に頼るのが精霊術、でしたよね?」
俺は昨日聞いた、魔法関連の知識を絞り出した。
基本的に自身の魔力で事象を改変するのが魔術で、少量の魔力と引き換えに精霊に事象改変をお願いするのが精霊術だ。
ちなみに精霊は地水火風の4大属性に、光と闇属性が有名どころだが、その他にもいろいろあるらしい。
ただし魔術にしろ、精霊術にしろ、無から有を作り出すことはできない。
必ず改変すべき資源が必要で、土や水、空気や火が身近に必要になってくる。
それから物理法則を大規模に無視した改変なども、まず実現できない。
例えば俺が、”風で物を切ることはできないんですか?”と聞いたら、”どうやって風で切るんですか?”と、真顔で聞き返されてしまった。
まあ実際に鎌鼬みたいな現象は、人間の勘違いだったって話だしな。
おそらくやってやれないことはないが、それには膨大な魔力がいるとか、極めて狭い範囲でしかできないんじゃなかろうか。
そんな話をしながら、アルトゥリアスは先を続ける。
「魔術は己の魔力で事象を改変するので、すばやく精密なコントロールができます。対する精霊術は、精霊に事象改変をお願いするので、魔力は少なくて済みますが、瞬発力と緻密性に欠けると言えますね。もっとも、熟練すればその欠点も、かなり改善されますが」
「なるほど。それで俺は、魔術を教えてもらえるんですかね?」
「いえ、両方を試してみて、見込みのある方を伸ばしましょう」
「えっ。でもほとんどの人族は、精霊との交信ができないんですよね?」
アルトゥリアスの意外な言葉に、俺は疑問を投げかける。
すると彼は意味ありげに笑いながら、首を横に振った。
「まあ、普通はそうなんですが、ゼロスのなつき方から見て、タケアキ殿は精霊とも相性がいいと思うんです」
「ああ、そうなんですか。へへ、ちょっと楽しみだな」
するとそれを聞きつけたニケが、話に割り込む。
「それなら、ニケは? ニケは、どうでしゅか? あたしにもゼロス、なついてるでしゅ」
「ああ、いや、残念ながらニケさんからは、そういう雰囲気を感じませんね」
「……やっぱ、だめでしゅか」
耳をペタンと伏せてしょげるニケを見て、アルトゥリアスが慌ててフォローする。
「しかしニケさんはたぶん、肉体強化が得意なので、そちらでがんばればいいでしょう」
「……しかたないでしゅ。あとでおしえてほしい、でしゅ」
「ええ、もちろん。それではまず、タケアキ殿の適正を見てみましょう。手をこうやってから、『風』と唱えてください」
アルトゥリアスは右手を胸の高さに掲げ、手のひらを上に向けた。
俺もそれにならい、『風』と唱えてみる。
なんでもこの言葉は古代語らしいのだが、それによって手の上に、何かが現れたような気がした。
「あ、なんか手に乗ってる?」
「おおっ、やはり才能があるようですね。今、あなたの手の上には、風の低位精霊が乗っています。それに魔力をあげながら、お願いをすると聞いてくれるのですよ。例えば『風よ吹け』と言えば、風が吹きます」
「そ、それじゃあ、やってみます。『風よ吹け』」
緊張しながら呪文を唱えると、その場に突風が発生した。
それは周囲に渦巻き、ゴミや砂埃を巻き上げる。
おかげで俺たちは、埃だらけになってしまった。
「ブハッ、ペッペッペッ……す、すみません」
「ゴホッ、ゴホッ……私も説明が足りませんでした。もっと風の方向とか魔力の量とか、意識するべきことは多いんです。しかし最初からこれとは、やはりタケアキ殿は見込みがあるようですね」
「そ、そうなんですか?」
おだてられて喜んでいると、ゴミだらけのニケが、恨めしそうな眼を向けてくる。
「タケしゃま、ひどいでしゅ」
「あ~、ごめんごめん。次は気をつけるよ」
彼女に付いたゴミを払い、頭を撫でてやると、ようやく彼女の機嫌が直った。
その後、俺は個人練習に入り、アルトゥリアスはニケに、肉体強化の魔法を指導することになった。
俺は少し彼らから離れ、風の精霊術を練習する。
幸いにも俺は精霊との相性がいいらしく、様々な指示を出すことで風魔法を制御できた。
例えば風の方向は手で指示し、その速度や範囲は渡す魔力量で調整する、といった具合だ。
しばらく続けていると、ニケの方も一段落したので、少し休憩を取る。
「だいぶ感覚はつかめたようですね」
「ええ、それなりに制御できるようにはなりました」
「こんなに早くできるなんて、大したものですよ」
「え~っと、これって、早いんですかね?」
「ええ、エルフでも、まず精霊を呼ぶのに苦労します。たとえ呼べたとしても、意志の疎通も楽ではありません」
「タケしゃま、すごいでしゅ」
目をキラキラさせながら俺を見るニケの視線が、ちょっとこそばゆい。
それをごまかすように、彼女の頭を撫でながら訊いてみる。
「まあな。ニケの方はどうなんだ?」
「……これからでしゅ」
するとニケが、ふいっと目をそらしながら答える。
どうやら、あまり上手くはいっていないらしい。
あまり追い詰めてもいけないので、アルトゥリアスに話を振ることにした。
「そっか。そういえば、さっき風の低位精霊って言ってましたけど、中位とか高位もいるんですかね?」
「ええ、そうですよ。おっしゃるように、中位精霊、高位精霊と呼ぶべき存在がいます」
「へ~……どう違うんですか?」
「精霊の知能レベルと、使える魔法の威力が変わってきますね。基本的に低位精霊は、動物並みの知能しかありません。だから術の行使には細かく指示を出さなければいけないし、単純な魔法しか使えません」
「なるほど。それが中位だと、どうなるんですか?」
「中位精霊ならば、小さな子供ぐらいの知能があります。なので合図などの約束ごとを決めておけば、自律的に動いてくれますね。これが上位精霊になると、大人並みの知能を持つので、さらに頼りがいがあります。魔法の威力も、別格と言っていいでしょう」
「へ~、凄いんですね」
それを聞いて、俺もニケも目を丸くしてしまう。
するとアルトゥリアスが、クスクス笑いながら、言葉を続けた。
「なんだったら、見てみますか? 私の契約精霊を」
「えっ、アルトゥリアスさん、精霊と契約してるんですか?」
「ええ、中位精霊ですがね。シェール」
アルトゥリアスが宙に向かって呼びかけると、ヒュッと風が吹いて、彼の横に小さな女の子が現れた。
ただしその体は透けていて、実体はあやふやだ。
「この子が私の契約精霊、シェールです」
彼に紹介されたシェールは、ニコニコと笑っていた。
それはたしかに10歳くらいの背丈で、体には布のようなものを巻きつけている。
背の中ほどまである髪の毛が、ユラユラと揺らめいていた。
「へ~……精霊術師になると、みんな契約できるんですか?」
「とんでもない。低位精霊と契約するだけでも、大変なんですよ。私がシェールと契約できたのは、長年の苦労と、大きな幸運のおかげですね」
「へ~、なんかコツとかって、あるんですかね?」
「そうですねえ……」
アルトゥリアスはしばらく考えていたが、やがてきっぱりと言い切った。
「ないですね。どれだけ技能が優れていても、精霊に会えなければそれまでですし、さらに契約できるほどの相性も必要です。まあ、運によるところが、大きいですね」
「そ、そうなんですか。ちなみに上位精霊と契約してる人ってのは、いるんですか?」
「私の知る限りでは、いません。過去の大賢者と呼ばれるような人が、契約を交わしたという記録があるぐらいですね」
なぜか楽しそうに笑っているアルトゥリアスに、さらに質問を重ねる。
「なるほど……それじゃあ、複数の精霊と契約することは、あるんですか?」
「複数属性ですか……それも過去の賢者がしていたという記録だけで、実例はありませんね」
それを聞いたニケが、俺の方を見て言う。
「タケしゃまなら、できるでしゅ」
全く根拠のないであろう願望を受け、俺は適当に合わせてニケの頭を撫でる。
「アハハ、そうだな。できると、いいな」
「できましゅよ、タケしゃまだから」
できればその期待に応えたいとは思うが、まずは最低限の精霊術を身に着けるのが先決だ。




