11.精霊術師アルトゥリアス
「どうでしょう。しばらく私と一緒に、迷宮探索をしませんか?」
迷宮で俺たちの窮地を救ってくれた森人のアルトゥリアスが、意外なことを言いだした。
「え、一緒にって、俺たちとですか?」
「ええ、実は私もこの町に来たばかりで、一緒に迷宮に潜る仲間を探していたんです。あなたたちも戦力不足のようなので、ちょうどいいと思いましてね」
そう言ってアルトゥリアスは、優雅に微笑んだ。
その幻想的と言っていいほどの笑顔に、あっさりと受け入れそうになるところを、俺はギリギリで思いとどまった。
「……それはとても、魅力的な提案ですね。だけどそのぅ……簡単には決められないというか……」
「私が信用できませんか?」
「い、いや、そんな……」
彼に静かに問われ、思わず口ごもる。
実際にはそう思っていたからだ。
いくら命を救われたとはいえ、単純に彼を善人だと見るわけにはいかない。
世の中には簡単に嘘をつく人もいるし、俺たちと組みたい理由もよく分からない。
「……その、なんで俺たちなんですか? たぶん、アルトゥリアスさんほどの人なら、引く手あまたでしょう? 正直、わざわざこんな弱小パーティーに同行を望む理由が、分かりません」
ちょっと無礼だとは思いながらも、俺は率直に疑問をぶつけた。
すると彼は、苦笑しながら答える。
「フフフ、弱小パーティーとはご謙遜ですね。たった2人で3層まで潜れる冒険者なんて、そんなに多くはありませんよ」
「え、そうなんですか? ニケは両親と3人で潜ってたらしいから、そんなもんだと思ってたんですけど」
するとチビチビと水を飲んでいたニケが、首を横に振った。
「ちがいましゅ。ふつうは5にんいじょうで、たんさくするでしゅ」
「そうですよ。迷宮のルールで10人を超えることはできませんが、できるだけ多くのメンバーを集めるのが、探索の常道です」
「え、いや、それはそうだろうけど……大勢集まれば、面倒ごとも増えますよね?」
「ええ、それも事実ですね。よほど仲が良いか、リーダーが上手くまとめていないと、揉め事は起きます。しかしそんな面倒事も、命あっての物種です」
アルトゥリアスはそう言いながら、緑色の瞳をひたと俺に向けた。
なんだか責められているような気分になった俺は、ふいと目をそらす。
「たしかに、安全を確保するのは大事ですね。だけど今日みたいなことは、めったにあるわけじゃないし、そんなに焦って決めなくても、いいかなって……」
特に理由があるわけでもないのだが、なんとなく人を増やしたくなかった。
それはニケとゼロスだけで、気楽に探索するのが、楽しかったのもあるだろう。
そのためアルトゥリアスの申し出が渡りに船だと思いつつも、素直に受け入れられなかった。
そんな、煮え切らない俺を見て、アルトゥリアスがため息を吐く。
「ハァ……やはりそう簡単には、信じられませんか。実際に新人を食い物にする冒険者も、一部にはいますからね。でもこれだけは信じて欲しいのですが、私はただ珍しいものが見たいだけなのです。あなたのように不思議な魔力をまとった人と、日に日に強くなる少女の行動を、間近で見たいと思ったのです。そのためには積極的に協力するのも、やぶさかではありませんよ」
「ええっ、なんですか、それ?」
彼の予想外に熱い言葉に、変な声が出た。
しかし驚きながらも俺は、彼の行動原理が少し理解できたような気がした。
言ってみれば彼は、自身の興味のためには、多少の労苦をいとわないタイプなのだろう。
おもしろいものが見れるならば、それを優先する趣味人、と言い換えてもいいいかもしれない。
それが分かってみると、彼の提案は急に魅力的に思えてきた。
そのうえで改めてアルトゥリアスを見てみると、彼の心臓の辺りに、キラキラと光が発生する。
それは以前、見たことのある光だ。
俺が初めてニケを見つけた時と、ゼロスの卵を見出した時だ。
なぜそんな光が見えるのか、原因は不明だが、俺にはそれが、悪いことだとは思えなかった。
すると黙って話を聞いていたニケが、口を出す。
「タケしゃま、このひと、うそ、ついてないと、おもうでしゅ」
「クエ~」
それに続いてゼロスさえも、ニケに追随するように鳴く。
それを聞いてすっかり肩の力が抜けた俺は、改めてアルトゥリアスに向かい合った。
「分かりました。とりあえず1週間ほど、一緒に探索してみましょうか」
「おおっ、引き受けてくれますか。よかったよかった。それならばせっかくなので、乾杯しましょうか。おーい、お姉さん」
「は~い」
その後、アルトゥリアスは強引に飲み物を取り寄せると、乾杯を望んだ。
俺たちは苦笑しながらも、ビールとジュースで乾杯に応じる。
するとアルトゥリアスはとても嬉しそうにビールをあおり、ジョッキを空にした。
それに感化されたニケも、ジュースを一気に飲み干している。
やがて出てきた料理を突きながら、俺たちは気楽に話を続けた。
「アルトゥリアスさんは、魔術師なんですよね?」
「いいえ、私は精霊術師ですよ。魔術というのは、人族が精霊を介さずに事象を改変する技ですね。それに対して我らエルフは、精霊を介して事象を改変します」
「へ~、それは人族には、できないんですか?」
「できる者が全くいないとは言いませんが、極めて少ないでしょうね。精霊との交信には、それなりの資質がいりますから」
するとガツガツと肉にかぶりついていたニケが、彼に質問する。
「モグモグ……それならまじゅつは、できるでしゅか?」
「う~ん、ニケさんのような獣人族には、難しいでしょうね。その代わりに体内の魔力を活性化させて、身体能力を上げる術には長けていると聞きますよ」
「んぐっ……それ、おしえて、ほしいでしゅ」
するとアルトゥリアスが、興味深そうな目をニケに向けた。
「私の見たところ、あなたはすでに魔力で強化しているようですよ。そうでなければこんなに小さいのに、魔物と戦えるはずがない」
「そうなんでしゅか?」
ニケがいまいちピンとこない、といった感じで首を傾げる。
そんな彼女の口元についた肉片を取ってやりながら、俺も話に加わった。
「そういえば、ニケはこれでも、10歳なんですよ。なのにこんなに小さいなんて、大丈夫なんですかね?」
「ほう、そうなんですか……そういえば獣人種は、強い個体ほど成長が遅いと聞いたことがあります。成長に必要な食料や魔力が足りないと、そうなるようですね」
「あ~、やっぱそうなんですか。実は彼女と出会った翌日に、急に大きくなった気がしたんだけど、気のせいじゃなかったんだな」
思い当たることがあったので納得していると、アルトゥリアスがその話を聞きたがった。
そこでニケが親を亡くし、困窮していたところを救った話をする。
するとアルトゥリアスは、またもや興味深そうにうなずいていた。
「ふ~む、なるほどなるほど。実に興味深いお話ですねぇ。飢え死に寸前だった彼女が、翌日にはピンピンしていたと……それはおそらく、タケアキ殿に魔力を分け与えられたから、なのでしょうねぇ」
「えっ、別に俺、ニケには何もしてないですけど」
「その晩は同じベッドで、寝たんですよね?」
「ええ、今もそうですけど」
「ああ、やはり。おそらくニケさんは、睡眠時に魔力を吸い取っているんでしょう。それも無意識に」
「ええっ、マジですか?」
「ふえっ! ニケ、なんかわるいこと、してるでしゅか?」
意外なことを言われ、ニケが泣き出しそうな顔になる。
それを見たアルトゥリアスが、慌ててとりなした。
「ああっ、いえいえ、そう心配することではありません。タケアキ殿も、せいぜい体がだるいぐらいの影響しか、ありませんよね?」
「あ~、言われてみれば、初日の朝はだるかったですね」
「ほら、こんな感じですから、心配することはありませんよ……それにしても、体が成長するほどの魔力を分けてあげられるなんて、タケアキ殿はよほど魔力が多いんですね」
今度はアルトゥリアスが、感心したような顔を俺に向ける。
「そ、そうなんですか? ついこないだまで、魔力すら認識してなかったんで、よく分かんないですけど」
「その歳になるまで、魔力を認識したことがなかったんですか? 失礼ですが、どんな所に住んでいたのでしょう?」
「あ~、それは……遠い、所ですね。すごく遠い所です」
出身を問われた俺は、あいまいにごまかすしかできなかった。
地球の日本などと言って分かるとも思えないし、異世界から転移したらしいことも、言っていいのかどうか、分からなかったからだ。
するとアルトゥリアスもそれ以上は突っこまず、話題を変えてくれる。
「ふむ、遠い所、ですか……いずれにしろタケアキ殿は、強い魔力を持っています。よろしければ私が、魔法の手ほどきをしましょうか?」
「ええっ、アルトゥリアスさんは、魔術はできないんじゃなかったんですか?」
「いえ、魔術を含め、ひととおりの知識はあります。ひょっとしてタケアキ殿なら、精霊術も使えるかもしれませんし」
「それならぜひ、お願いします。実は魔法、使ってみたかったんですよね」
「ええ、構いませんよ。私も楽しみです」
そう言ってアルトゥリアスは、楽しそうに微笑んだ。
するとニケも耳をピコピコ動かしながら、彼にせがむ。
「ニケは? ニケもなにか、できないでしゅか?」
「ええ、ニケさんもいろいろ、試してみましょう」
「やったでしゅ!」
「良かったな、ニケ」
ガッツポーズで喜ぶニケの頭を、撫でてやると、彼女が嬉しそうに笑う。
そんな俺たちを見てアルトゥリアスも、満足そうに笑っていた。