最終話.女神と共に生きる
特級冒険者パーティー ”聖銀の重撃”が、アダマンタイト武器欲しさに、俺たちを襲撃してきた。
今までで最強といえるその敵を、俺たちは辛くも撃退する。
しかしその代償も大きく、ゼロスという仲間を失ってしまった。
彼の喪失に、ひどく落ち込むニケを励ましながら、地上へ戻ると、即座にギルドに襲撃を通報した。
「はあ? ”聖銀の重撃”に襲われて、彼らを返り討ちにした? 馬鹿なこと言わないでよ」
しかしそんな話が、やすやすと受け入れられるはずもない。
最初に打ち明けたステラは端から冗談だと思っているようだし、周りで聞いていた人間も疑わしそうな顔をしていた。
「馬鹿も何も、事実だからな。これが奴らの冒険者証に、証拠の装備だ。公正な調査を頼む」
「えっ、ちょっと……これはアガルドさんの……」
俺はカウンターの上に、奴らから回収した冒険者証と、アガルドのミスリル剣を提出した。
アガルドの剣は有名なので、ステラもすぐにそれに気づいた。
しかしそれでもすぐには受け入れられず、彼女はうろたえるばかりだ。
やがて騒ぎを聞いたギルド長のガイエンが、駆けつけてきた。
「これは何事じゃ? タケアキ」
「”聖銀の重撃”に襲われたんで、奴らを撃退しました。調査をお願いします」
「なっ、何を言ってるんじゃ、お前たち……とにかくこちらへ来い!」
ガイエンは慌てつつも、俺たちを会議室へと引っ張り込んだ。
どうせこうなると思っていたので、さっさと従うと、仲間たちも黙ってついてくる。
「まずは詳しく事情を話せ。”聖銀の重撃”を返り討ちにしただなどと、ちょっと信じがたいぞ。何があった?」
会議室に入るやいなや、ガイエンが詳しい説明を求める。
俺はこれ幸いと、胸の内をぶちまけた。
「何があったって、以前伝えたじゃないですか。王都でアガルドに、迷宮産の武器を見せろって迫られたって。そしてそれを拒んだために、あいつらはこの街まで押しかけてきて、とうとう襲撃に及んだんですよ!」
「むう……たしかにその話は聞いたが、本当にそこまでするか?」
「現実に起きたじゃないですか! 疑うんなら、俺らの分も含めて、さっさと冒険者証を調べればいい!」
「ま、待てタケアキ。落ち着け。落ち着くんじゃ」
俺の予想外の勢いに、ガイエンが必死に落ち着かせようとする。
しかしそんな言葉で、おとなしくなんかはしていられない。
「こっちには死者も出たんだ。これが落ち着いてられるか!」
「死者だと? しかしお前らは、9人そろっておるではないか?」
「たしかに人間は生き残ったよ! だけど駄獣のゼロスが、犠牲になったんだ。俺たちを助けるためにな。見てくれよ、これを」
そう言って俺は、ニケが抱いている角を指差した。
それはゼロスの遺体から、形見として持ち帰ったものだ。
すると俺の声に反応したニケが、またグスグスと泣きだした。
「えう~~……ゼロスぅ~」
「だ、駄獣じゃと? そんなもの――」
そんなものどうってことないだろう、とでも言いかけたのだろう。
そんなガイエンに、俺たちの視線が突き刺さる。
さすがに彼も、それ以上はまずいと悟ったのか、咳払いをして言い直した。
「ンッンン……そうか。お前らにとっては、重要な仲間じゃったな。しかし駄獣1匹の犠牲と引き換えに、”聖銀の重撃”を返り討ちにしただと? お前ら、それほどに強いのか?」
「……紙一重の勝利だったけど、結果的にはそうなりますね」
「マジか……」
ガイエンはそうつぶやくと、しばし思案を巡らせ、また口を開いた。
「いずれにしろ”聖銀の重撃”を全滅させたからには、このギルドだけで話は済まん。ある意味、王都のギルド本部は彼らの後ろ盾みたいなもんじゃからな。こちらから連絡を入れて、共同で調査ということになると思う」
「でしょうね……ところで、それについて、ちょっと気になる話があるんだけど」
「なんじゃ、それは?」
訝しそうに聞くガイエンに、俺は思い切って打ち明けた。
「あいつらが俺たちを襲撃したのって、明らかに犯罪なんですよ。だから冒険者証を調べられたら、一発で罪に問われると思います。普通は」
「ふむ……そうなのか?」
「ええ、あのやり方じゃあ、一発アウトですね。それでいながら堂々と襲ってきたってことは、何かもみ消す手段を持ってたんじゃないかなって……」
「っ! まさか、ギルド本部に協力者がいるとでも、言うのか?」
「さあ? でもそれぐらいじゃないと、おかしいですよね? もし襲撃が成功したら、この街の追求は強引に振り切って、王都でもみ消す。それぐらい考えてても、不思議じゃない感じだった」
「むう……もしもその推測が当たっていれば、由々しき問題じゃぞ」
ガイエンは眉間にシワを寄せながら、しばし黙考すると、決心したように顔を上げた。
「分かった。王都へ連絡はするが、本部との抗争も覚悟しておこう。お前らを特級に認定した我らは、ある意味一蓮托生じゃ。もし守れなければ、我らも信用を失うからな」
「感謝します。くれぐれも、よろしくお願いしますよ」
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その後、予想どおりにギルド本部との争いは発生した。
ギルドの副本部長とかいうのが、ベルデンに乗り込んできて、事件を調査しはじめたのだ。
しかしその調査方針は、明らかに俺たちを悪と決めつけたものだった。
もしそれを予想して、備えていなければ、まんまと犯罪者に仕立てられてしまったかもしれない。
しかしベルデンのギルドと協力して、事に当たったため、いいようにやられることはなかった。
そうして事態が膠着していた中で、ガイエンの打っていた手が功を奏する。
「副本部長、あなたと”聖銀の重撃”の間の、癒着の証拠が見つかったそうですぞ」
「なんだと、そんな馬鹿な!」
「馬鹿なも何も、こうしてあなたの逮捕命令が来ております。おとなしく縛についていただこう。おい、彼を拘束しろ」
「な、何をするっ! やめんか、馬鹿もの!」
思っていたとおり、”聖銀の重撃”は冒険者ギルドの幹部を抱き込んでいたそうだ。
特級冒険者ともなれば、それがもたらす利権も大きいので、群がる輩も多いのだろう。
副本部長をはじめとする数人のギルド関係者は、アガルドたちから利権を受け取る替わりに、違法行為に手を染めていた。
重撃の連中と組んで利権を独占するだけでなく、犯罪のもみ消しなども行っていたようだ。
同じ特級パーティーである俺たちに、そんな話がなかったのは、ベルデンが地方の都市だというのが大きいだろう。
それにステラを巻き込んで体制を見直してあったので、自浄機能が高かったのもあるかもしれない。
結果的に、今回の事件で王都のギルド本部も体制が刷新されたので、多少はマシになったはずだ。
まあ、俺たちは王都に関わるつもりはないので、あまり関係はないのだが。
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そしてそれから1年。
俺たちは相変わらず迷宮に潜っていた。
「”女神の翼”が、戻ってきたぞ~」
「マジかよ。また何かやったのか?」
「さあ? でもいろいろと成果は出してるからなぁ」
そんなざわめきに迎えられながら、俺たちは深層から帰還した。
そして鮮紅色の大きな魔石を取り出すと、買い取り所のカウンターに置く。
「15層の炎竜だ。買い取りを頼む」
「ふぁ、ふぁいやーどらごん?」
「ああ、そうだ」
「……しょ、しょ、承知いたしました。少々お待ち下さい……ギルド長を呼べ~!」
その後はまた大騒ぎになった。
ファイヤードラゴンといえば、ほとんど伝説上の魔物なのだから、それも無理はないだろう。
しかし今の俺たちは、それを倒せるだけの力をつけていた。
1年掛けて13層と14層を攻略し、ようやく15層までたどり着いたのだ。
そしてそこで、ファイヤードラゴンを倒してきたのだが、ここまでは長かった。
14層では巨大な飛竜が出てきたため、その攻略にさんざん苦労したからだ。
しかし俺たちはたゆむことなく努力と工夫を重ね、ワイバーンにも負けないほどの実力を身に着けた。
そのうえで、ようやく15層までたどり着き、そこでファイヤードラゴンと遭遇して、それを打ち破ったのだ。
おかげでまた事情聴取に時間を取られ、開放されたのは数時間後であった。
ある意味、ドラゴンと戦うよりも消耗したな、と思っていたら、涼やかな声が掛けられた。
「お疲れ様です、タケ様♪」
「ああ、ニケも今日はよくやってくれたな」
「ウフフ、大したことないです」
そう言って笑うのは、成長したニケだった。
以前は4頭身の幼女で、たどたどしい言葉遣いだったのが、たった1年で大きく成長した。
今は身長が150センチほどで、6頭身の美少女だ。
相変わらず動きやすさを重視したショートボブの髪型だが、以前とは比べ物にならない色っぽさが感じられる。
手足もスラリと伸びて、スタイルも抜群だ。
俺自身は毎日一緒にいたから、それほど気にならなかったが、いつの間にか彼女は、この街のアイドル的な存在となっているらしい。
なぜ彼女が急に成長したかといえば、それは1年前にゼロスを失い、彼女に自立心が芽生えたからではないかと思っている。
あの時のニケは、数日間落ち込んでいたものの、ある日から急に前向きになった。
その後は幼児言葉も徐々に改められ、メキメキと成長していったのだ。
おそらく、もっと強くなろうという、彼女の覚悟が急成長につながったのではないだろうか。
そんな彼女を横に乗せながら、俺たちは竜車で自宅へ向かっていた。
車を牽いているのは、新たに買った模倣竜だ。
あいにくとゼロスほど賢くはないが、ニケに懐いてよく働いてくれる。
そんなことを考えていたら、ニケがふいに声を上げた。
「タケ様、魔物の卵が売ってます」
「……ああ、ほんとだ。ていうかあれ、ゼロスを買ったときの商人じゃないか?」
「そうかもしれませんね……そうだ、ちょっと見ていきましょうよ、タケ様」
「ん~、そうだな。みんな、ちょっと寄り道していいか?」
「おう、構わねえぜ」
車を止めると、ニケがさっそく店に駆け込んで魔物の卵を物色しはじめる。
俺も遅れてそこに追いつけば、商人が声を掛けてきた。
「”女神の翼”のタケアキさんじゃないですか。いつもお世話になってます!」
「やあ、久しぶり。最近はご無沙汰だったけど、元気にしてた?」
「もちろんです。タケアキさんが駄獣の卵を買った店ってことで、けっこう賑わってるんですよ。できれば、また買ってくださいね」
「へ~、そうなんだ。まあ、いいのがあればね」
そう言って、なんとなしに卵に目をやると、懐かしい感覚が蘇った。
あるひとつの卵が、キラキラと金色の光を放ったのだ。
それはニケを始めとする仲間たちと出会った時の、幸運のサインだ。
俺は即座にそれに手を伸ばすと、商人に声を掛ける。
「これを買うよ。お釣りはいらないからね」
「えっ、こんなに? ちょっとタケアキさん!」
「いいのいいの。これからもがんばってな」
上機嫌な俺は、商人に大銀貨を渡すと、さっさと竜車に乗り込んだ。
するとすぐに追いついてきたニケが、目をキラキラさせながら訊ねる。
「タケ様、見えたのですか?」
「ああ、例の光が見えた。こいつは俺たちの仲間になる」
「さすがはタケ様です。名前はゼロスにしましょうね」
「う~ん、それは生まれてから、考えようか」
そうは言ったものの、ニケはゼロスにする気満々だ。
とても嬉しそうに、尻尾をフリフリさせている。
そんなところは、昔と同じままだ。
俺は彼女の頭をなでながら、ふと考えた。
なぜ俺は、この世界に来てしまったのか、と。
しかしすぐにその無意味さに気づき、苦笑した。
そんなことはどうでもいいじゃないか。
今、俺の周りには信頼できる仲間がいて、そしてなによりもニケがいる。
さらにゼロスの生まれ変わりまで加わるなら、もう何も言うことはない。
ならばこの世界での生を、まっとうしようじゃないか。
俺の勝利の女神と共に。
完
以上、完結です。
といっても、大した区切りもついておらず、唐突な打ち切り感を覚える方もいるでしょう。
しかしながら、作者の中ではこれ以上書くのが難しい状況です。
そもそも本作は、けなげな幼女を描いてみたいという意図に基づいて始めました。
いろいろ足りないのは自覚しておりますが、それでもニケの中で大きな変化が起こり、彼女は大人への階段を踏み出しました。
作者的には、なんとかここまでたどり着いたというのが、本音であり、完結もほぼ予定どおりだったりします。
ぶっちゃけ今回も、エタの危機に何回か陥りましたけどね。
個人的には、よくここまで持ってきたという感慨でいっぱいです。
何作も並行で書いてる作者さんって、本当にすごいですね。
今後はまた新作に取り組みつつ、本作も手直ししていきたいと思ってます。
また別の物語で出会えることを願って、筆を置かせてもらいます。
今までお付き合いしていただき、ありがとうございました。