10.迷宮の罠
3層に潜りはじめてから5日間は、慎重に探索を進めた。
1匹か2匹の人狼を確実に倒しながら、パーティの連携を高めたのだ。
おかげで俺の強化度がひとつ上がり、ゼロスとも連携が取れるようになった。
それと同時にゼロスは、たったの5日でまたひと回り大きくなっていた。
最初はポメラニアン程度だったのが、今はブルドッグ並みの大きさだ。
これも俺たちが、こまめに魔力を与えているおかげだろうか。
3層をほぼ探索し尽くした俺たちは、今日はいよいよ守護者に挑もうと、迷宮を進んでいた。
1層を簡単に踏破し、そろそろ2層奥の階段にたどり着こうかという頃、俺たちはおかしな犬頭鬼に遭遇した。
「タケしゃま、あのコボルド、なんかへんでしゅ」
「ん?……たしかにでかいのが1匹、混じってるな。いずれにしろ、倒すしかないだろ」
「そうでしゅね」
その部屋には3匹のコボルドがいたが、その中の1匹だけ、頭ひとつ分大きく、しかも色合いが濃かった。
しかし、どうせでかいだけだろうと考えていた俺は、さして危機感もなく敵に向けて駆けだした。
するとその途端、大きなコボルドが天に向かって吼えたのだ。
「アオアオォォーーン」
「うわっ、いきなりでかい声で吠えやがって」
「とにかく、たおすでしゅ」
すぐに気を取り直して戦闘に入ったものの、そのコボルドたちはしぶとかった。
通常は勝手に攻めかかるだけの雑な攻撃が、連携の動きを見せたからだ。
どうやらそれは、大きなコボルドの指示によるもので、俺たちはザコの1匹すら倒せずにいた。
そのうちに、さらなる異変が発生した。
「タケしゃま。まわりから、コボルド、あつまってくるでしゅ」
「なんだって!」
そう言われて、ようやく俺も異変に気がついた。
今、俺たちが戦っている部屋には、3つの通路がつながっているが、その全てから騒音が聞こえてきたのだ。
やがてそれぞれの通路から、コボルドがあふれ出した。
「やばい、ニケ。壁を背にして守れ」
「あい」
「クエ~」
それまで戦っていたコボルドを振り切ると、俺たちは壁を背にして敵を迎え撃った。
しかし、コボルドの総数は20匹を超え、絶望的な状況になりつつある。
さらにはそいつらが組織的に俺たちを包囲するときては、覚悟を決めるしかなかった。
「ニケ、なんとしても、あの通路に逃げ込むんだ。生き残るぞ」
「あたしが、タケしゃま、まもるでしゅ」
なんとか通路のひとつに逃げ込もうと、隙をうかがっていたら、一斉に敵が襲いかかってきた。
俺は必死に槍を振り回して遠ざけようとするも、あっというまに10匹近いコボルドに囲まれてしまう。
さらに多数のこん棒が、俺に向かって振り下ろされ、激痛が体中に走る。
「グッ、ガッ……くそう」
「タケしゃまっ! どけえっ!」
「クワアッ、クワッ」
同時にニケにも多数のコボルドが群がり、彼女との距離が離れてしまう。
彼女は必死に俺に近づこうとしているものの、多数の敵に阻まれていた。
ゼロスもウロチョロと駆け回ってはいるが、ほとんど助けにならない。
やがて俺の膝にいいのが入ったため、立っていられなくなり、俺の姿勢が低くなる。
すると頭が下がったところをガツンと殴られ、意識が遠のく。
もうこれで死ぬのかと考えながら、地面に倒れる途中、聞きなれない声を聞いた気がした。
『突風!』
しかし俺の意識はそこで、プッツリと途切れた。
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誰かが泣きながら、俺を呼んでいる。
しかし俺の体は何かに捕らわれたようで、自由に動かない。
やがて視界に急激に光があふれ、俺の意識が覚醒した。
「グハッ」
「タケしゃまっ!……よかった、ほんとに、よかったでしゅぅ……ビエ~ン」
「クエ~」
気づけば俺は迷宮の床に横になっていて、ニケが泣きながらすがりついていた。
俺はズキズキする頭に手を当てながら、記憶を探る。
「……そうだ、俺はコボルドに殴られて……ニケが助けてくれたのか?」
「グスグス……ちがうでしゅ。あのひとが、たすけてくれたでしゅ」
ニケの視線の先に、見知らぬ男性が立っていた。
彼はスラリとした体に革の鎧を身に着け、弓を左手に持っている。
その顔はまるで芸術品のように整った容貌で、緑色の瞳と肩まで掛かる金髪がまぶしい。
そしてそれ以上に特徴的なのは、柳葉のように尖った耳だろう。
それは地球のファンタジーにも登場する、森人という存在だ。
「あ、あなた、は?」
俺がかすれる声を振り絞って訊ねると、彼は柔らかく微笑んだ。
「私の名はアルトゥリアス。たまたま通りがかったので、少し手助けをさせてもらいました」
「あ、ありがとうございます。俺の名は、タケアキ、です。この子は――」
「ニケでしゅ。このこは、ゼロス」
「クエ~」
なおもグスグス言いながら、ニケが名乗り、ついでにゼロスも紹介する。
すると彼は優しそうに笑いながら、それに応える。
「知っていますよ。ちょっと前から、気になっていましたからね」
「え、俺たちが、ですか?」
「ええ、不思議な魔力をまとった人族と、生命力に満ちた獣人の女の子は、よく目立ちますから」
「そ、そうなん、ですか。あ、ちょっと、待ってもらえ、ます」
俺はバックパックから水筒を取り出して、水を飲んだ。
いがらっぽくなっていた喉が、ようやく楽になる。
さらに俺は迷宮の壁にもたれかかると、話を続けた。
「本当に、助かりました。普段はコボルドぐらい、なんてことないのに。なんか急に集まってきちゃって……」
するとアルトゥリアスは、さもあらんといった表情で答える。
「ああ、知りませんでしたか。普段は弱い魔物でも、あのような指導個体が発生すると、危険になるものなのですよ」
「指導、個体?」
「ええ、今回で言えば、コボルドリーダーですね。この手の個体は、普段はいないのですが、忘れた頃に発生するので、”迷宮の罠”と呼ばれることもあります」
「”迷宮の罠”……それは言いえて妙ですね。危うく死ぬところだった。最近はワーウルフにも慣れて、調子に乗ってたのかな……」
俺が自嘲気味にそう言うと、アルトゥリアスも苦笑する。
「まあ、私も独りで潜ってますから、人のことは言えませんがね」
「え、でもアルトゥリアスさんは、魔法か何か、使ってましたよね? ずいぶんとお強いんじゃないですか?」
すると彼は首を横に振りながら続ける。
「たしかに今回は魔法で崩せましたが、それは敵の意表を突いたからですよ。私が最初にあれと出くわしていれば、どうなっていたか分かりません」
そう言うアルトゥリアスの顔には余裕があり、額面どおりには受け取れなかった。
たしかに迷宮で絶対はないだろうが、俺なんかよりはるかに落ち着いていて、実力があるように見える。
彼だったら、単独で”迷宮の罠”を食い破ったのではないだろうか?
そんな風に思えた。
それからコボルドの魔石を回収すると、通常のものが10個に、大きなものが1個手に入った。
アルトゥリアスが弓矢でリーダーを仕留めたおかげで、半分ほどのコボルドは逃げ出したらしい。
おかげで俺は命拾いをし、再び日の出を拝むことができる。
しかし俺の体はあちこち殴られ、ボロボロだったため、その後はまっすぐに地上へ帰還した。
そして魔石を換金する際に、コボルドリーダーのことを告げると、周囲がにわかに騒がしくなった。
そのまま別の部屋へ連れていかれ、状況を聴取される。
どうやら過去、指導個体の発生で全滅したパーティは多いらしく、その傾向と対策を知るために情報を集めているそうだ。
そんな事情聴取から解放され、ようやく宿へ帰ろうとしたら、アルトゥリアスに昼食に誘われた。
俺たちも腹が空いていたので、気軽に近くの飯屋に入る。
そして適当に料理を注文したところで、意外な提案を持ち掛けられた。
「どうでしょう。しばらく私と一緒に、迷宮探索をしませんか?」