99.貧しい大人にも愛の手を
俺たちが浮浪児を助けたおかげで、大人の貧民が自分たちにも支援してくれと、冒険者ギルドに泣きついたらしい。
ステラから協力してくれと頼まれた俺は、まず貧民の話を聞く場を設けてもらう。
孤児と違って大人であれば、別に支援などいらないとは思っていたが、まずは話を聞いてみることにしたのだ。
「それでは会議を始めます。今日は特級冒険者パーティー”女神の翼”のリーダー、タケアキさんに来ていただきました」
ステラの仕切りで会議が始まり、紹介された俺は軽く頭を下げる。
するとボロボロの貧相なおっさんが、馴れ馴れしげに話しかけてきた。
「ようやく俺たちの話をまともに聞いてくれる気になったか。頼むぜ、英雄さんよ」
「別にあんたらを助けると、決めたわけじゃない。とりあえずは、話を聞こうってだけだ」
軽く突き放してやるとムッとしていたが、ステラが構わずに話を進める。
「ご存知のように、こちらのバルディさんらが、貧民街への支援要求を訴えています。それについて、すでに孤児の支援に動いている”女神の翼”と連携できないか、話し合うのが今日の目的です」
「頼むぜ! 子供ばかり助けてないで、俺たちも助けてくれよ」
「階層更新の英雄様なら、それぐらい安いもんだろう」
ステラの言葉にかぶせるように、男たちが騒ぐ。
いずれも貧相な格好をした連中で、たしかに窮乏はしているのだろう。
しかし、あたかも俺が支援するのは当然みたいな態度は、いささか以上に気に障る。
ただし、ギャアギャア騒いでいるのは前の方の数人だけで、その後ろにはバツが悪そうな顔をしている者もいた。
おそらく窮乏はしているが、それなりに良識のある者たちなのであろう。
一部のうるさいのに、引っ張られてきたというところか。
「貧民街への支援なら、すでに俺たちは浮浪児の自立支援を行ってる。これ以上、何か必要だとも思えないんだがな」
「そんなことはない。聞けば孤児には、住居の面倒をみて、さらに装備の無償貸与と、探索の訓練までしてるそうじゃないか。ぜひそれを、我々にも適用して欲しい」
「そうだ、一部だけ優遇するなんて、不公平だ!」
こいつらは、なんでこんなにえらそうなのか?
そんな思いを呑み込んで、俺は説明を試みる。
「孤児ってのは知識も体力も少ないから、まともな仕事には就きにくい。おまけにあんたらみたいな大人に搾取されたりもするから、あえて保護してるだけだ。いい年した大人の面倒まで、見るつもりはないぞ」
「な、俺たちを侮辱するのか! 俺たちだって働けるものなら、働いている! 貧民だからといって差別する社会が悪いんだ!」
「そうだそうだ! 恵まれない我らにも、愛の手を!」
相変わらず上から目線で訴える男どもを、俺はジロリとにらみつけた。
「大方、搾取できる子供が減ったから、新しい食い扶持を探してんだろ?」
「な、なんのことだ?……何も知らないくせに、偉そうなことを言わないでもらいたいな」
「偉そうなのは、てめえだろうが。てめえらの素性なんざ、とっくに割れてんだぞ」
「……な、なんのことだ?」
「お前らが、子供たちから金や食い物を、巻き上げるようなクズだってことだ」
「な、なんだと。言いがかりだ! 聞いたか、みんな。今、俺は特級冒険者から、ひどい侮辱を受けたぞ!」
最も偉そうにしていた男が、図星を差されて逆上しやがった。
しかし俺は今回の会議の前に、孤児たちから事情を聞いていたのだ。
それによると、目の前にいる男たちは、子供たちから上前をかすめていたらしい。
子供たちが働いたり、かっぱらいをして稼いだものを、なんやかやと因縁をつけ、巻き上げてたって話だ。
しかし俺たちが浮浪児をまとめて引き取ってしまったため、収入が減ったのだろう。
そこで自分たちも甘い汁を吸うため、ギルドにねじ込んだというのが、真相と思われる。
その事実を指摘され、逆ギレする男たちとにらみ合う俺に、ステラが仲裁に入った。
「まあまあ、タケアキさん。そういう人もいるのかもしれませんけど、実際に困っている人もけっこういるんです」
「それは知ってるけど、それこそ領主様の出番じゃねえ?」
「いや、それはそうですけど……タケアキさんの影響も、皆無ではないですよね?」
「なんだよ、それ?」
ステラが言うように、本当に困っている人が、この街にたくさんいるのは知っている。
孤児たちもガリガリの栄養失調だったが、貧民街に行けば、たとえ親がいてもガリガリに痩せてる子なんてザラだ。
それは大人でさえまともな職に就けず、貧窮している家庭が多くあるってことだ。
しかしそれこそ、政治の話であろう。
いち冒険者の俺を、頼りにしないで欲しい。
とはいえ、ここで突き放しても、ステラが困るだけなので、多少は前向きな話をしてやる。
「仮に装備の貸与をするとして、どうやって運営していくんだ?」
「そう、ですね……もし装備を貸すとしたら、人数によっては莫大な資金が必要になります。なので装備を1日いくらかで貸すような、レンタル方式にしてはどうかと考えています」
「レンタル方式ねえ。だけどこいつら、そんな金持ってないだろう?」
「うっ、それは……」
俺の指摘にステラが口を濁せば、また貧民どもが騒ぐ。
「勝手に決めつけるな! 金くらい、少しはあるぞ。しかし最初は無償で貸し出すべきだ」
「そうだ。子供に無償で装備を貸してるんなら、俺たちにも貸してくれていいだろう」
などとまた偉そうに要求する奴らに、俺は呆れの目を向ける。
「言っとくが、ガキたちにだって、無償で貸してるわけじゃないぞ。ちゃんとあとから代金は回収する予定なんだ。それはそうと、こいつらだとレンタル品ですら、売っぱらっちまいそうだな。持ち逃げの防止策も、何か考えるべきじゃないか?」
ステラにそう振ると、彼女は少し困った顔で答える。
「持ち逃げ、ですか?……仮に他の街へ逃げても、冒険者証で管理できるので、そこまで心配しなくてもよいと思うのですが……」
「本当にそれだけで、防止できる? 例えば他人の冒険者証を使って借りに来たら?」
「……他人の冒険者証ですか? しかしそんなことを言ったら、何もできなくなりますよ」
「まあ、そうだけどさ。そもそも迷宮に入るたびに貸与と返却を繰り返すのって、けっこう手間だよね? 管理する人員や部屋も必要になるんじゃない?」
「え~と……それもそうですね」
イメージとしてはスキー場のレンタルシステムだけど、運営するにはかなりの手間とスペースが必要だろう。
そんな負担、とてもギルドでは負いきれないはずだ。
するとそれを聞いていた男たちが、またぎゃあぎゃあと騒ぐ。
「そんなに神経質になる必要はないだろうが。我々だって、きちんとルールは守るぞ」
「そ、そうだ。これは慈善事業なんだから、もっと人を信頼してだな……」
調子のいいことを言っているが、こいつらを見てる限り、まったく信用できない。
俺はため息をつきながら、持ち帰りを提案する。
「何かいい手がないか、仲間と相談してみるよ。そっちもいくつかのパターンを検討して、数字を出しておいて欲しい」
「分かりました。それでは今回はこれでお開きとします」
「おい、こら、待て――」
騒ぐ馬鹿どもを無視して、とりあえず会議は終了した。
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自宅へ戻ってくると、さっそく仲間を集めて意見を募る。
「というわけで、一部の貧民が、自分たちにも支援しろって、騒いでるんだ」
「そんな奴ら、放っとけばいいじゃねえか?」
のっけから放置を提案するルーアンに、俺は苦笑しながら答える。
「それも手なんだけど、実際に困窮してる人たちも、けっこういるんだ。たとえ親がいても、その日の食事に事欠く子供だって、いるよな? ニケ」
「あい、ひんみんがいには、いっぱいいるでしゅ。できれば、たすけてあげたい」
優しいニケが、ちょっと悲しそうに言う。
彼女が浮浪児だった時に、悲惨な光景はいっぱい見てきただろう。
しかしルーアンは、なおも突き放した言い方をする。
「そんなの、貴族とか領主がなんとかする話じゃねえか。俺たちみたいな冒険者の仕事じゃねえぜ」
「いえ、それを言うなら、特級冒険者になった我々は、準貴族に相当するので、まったく関係なくはないですよ」
「うっ……それはそうだけどよう」
冷静なアルトゥリアスの突っこみに、ルーアンは口ごもる。
するとガルバッドも、支援に前向きなことを言いはじめた。
「ホッホッ、それに儂らが孤児を支援したことが、きっかけでもあるんじゃろう? まったく無関係というわけにもいかんじゃろう。それでタケアキ、おぬしはどうしたいんじゃ?」
「そうだなぁ……せっかくだから、最低限の装備を貸し出して、冒険者になるしきいを下げられないかとは、考えてる」
「最低限とは、どういう意味じゃ?」
「とりあえず迷宮の1層や2層でなら、魔物を狩って稼げそうな装備さ。例えば革の防具に戦棍なんてどうだろう。それを徹底的に安く作って、初心者に貸し出すんだ。もちろん後からお金は回収するけど、たまに持ち逃げされても惜しくないぐらい、安い方がいいな」
「ほほう……しかし装備を貸すぐらいでは、厳しいんじゃないかのう。迷宮は危険じゃぞ」
「そこは指導する冒険者を付けてしのぐのさ。例えば、初心者セットを借りた人間は、ある程度強くなったら、この指導役を格安で引き受ける決まりにするとか、どう? うちの孤児たちが率先してやれば、後の人間もやるでしょ」
すると横で聞いていたルーアンも、興味を示しはじめた。
「へ~、それならいいんじゃねえか。しかしいくら安い装備っていったって、それなりに金は掛かるだろ? また俺たちで出すのか?」
「それはまず、領主様にお願いしてみる。だけど俺たちも出さないと、厳しいんじゃないかな。孤児のために、お金を出してもらったばかりだから」
「う~ん、だけどこれで俺たちにメリットなんか、出てこねえよな? 領主様やギルドは、収入が増えるかもしれねえけど」
「アハハ、そうだね。多少は名声が高まるだろうけど、それ以外は諦めるしかないよ。だけど特級冒険者として、多少は気前のいいとこ見せとかないと、ねたまれることもあるだろうから」
「あ~……それもそうだな」
今回の試みが上手くいけば、冒険者の裾野が広がるため、領主やギルドの収入は増える可能性はある。
しかし俺たちの場合、代金を後から回収するにしても、返す前に冒険者を辞めたり、迷宮の中で死んでしまうかもしれない。
そもそも初心者は継続的に発生するわけだから、回収金は後進に回される可能性が高い。
つまり俺たちが出した金の回収は、最初から望めないと思っておいた方がいい。
それでは俺たちにメリットが全く無いかといえば、俺はそうでもないと思っている。
なんだかんだいって、成り上がった俺たちは、周囲にとって妬み僻みの対象だ。
場合によってはそんな小者たちから、思わぬ攻撃を受けることもあるかもしれない。
そんな時に名声を高めておくのは、決して無駄ではないと思うのだ。
そういう意図を説明して、最終的に仲間たちの協力は取り付けた。
初心者セットの構成については、ガルバッドが近くの武具屋と相談してまとめてくれることになったし、指導役の設定も改めてギルドと相談する予定だ。
後は領主の子爵様に、また出資のお願いに行くだけだ。
面倒な話だが、これもまた乗りかかった船というところか。




