9.ワーウルフとの遭遇
魔物のゼロスを加えた探索行は、思いのほか順調だった。
それまでは2人でこなしていた戦闘を、ゼロスが一部とはいえ肩代わりしてくれるようになったからだ。
現状ではポメラニアン程度の大きさしかないゼロスだが、彼の戦意は旺盛である。
「クエ~ッ」
「よし、そっちは任せた、ニケ」
「あい、タケしゃま」
2層に出てくる犬頭鬼にも、ゼロスは果敢に突っこんでいった。
そこで生じた敵の隙につけ込んで、俺とニケが敵にとどめを刺していく。
おかげで4匹のコボルドにも、危なげなく対処できるようになっていた。
「ふうっ、昨日よりもやりやすいな」
「あい。ゼロスの、おかげでしゅ」
「ああ、そうだな」
「クエ~」
俺たちはすばやくコボルドの魔石を回収すると、休憩がてらゼロスに魔力を注いでやった。
これはゼロスが戦闘後に消耗していたため、試しに魔力を与えると、みるみる元気になったからだ。
それからは1戦が終わるたびに、ご褒美として軽く魔力を注ぐことにしたのだ。
今も彼は気持ちよさそうに目を細め、魔力を受け入れている。
その後も俺たちは順調に2層を探索し、コボルドを狩りまくった。
おかげでその日は初めて、魔石の売却益が銀貨20枚を超えた。
2人と1匹の稼ぎとしては、破格といっていいであろう。
上機嫌で宿に帰る途中、ゼロスの卵を買った屋台が目に入った。
するとニケがゼロスを抱え上げ、屋台に駆け寄っていく。
「たまご、かえったでしゅ」
「クエ~」
「おお、この間、卵を買ってくれたお客さんだね……フムフム、模倣竜、かなぁ。でもちょっと違うような気もする。ちょっと貸してもらえる?」
「いいでしゅよ」
すぐにニケを思い出した商人が、ゼロスの種別を判別しようと試みる。
彼はゼロスを受け取ると、あちこちひっくり返して観察を始めた。
そこへ追いついた俺が、声を掛ける。
「こんちは。これって、フェイクドラゴンっていうんですか?」
「ええ、たぶん、そうだと思います……地竜に似てるので、フェイクって言われちゃうんですけどね。でも性質がおとなしくて、力が強いので、荷運びには向いた魔物ですよ。使い道が多いので、まあまあ当たりじゃないですかね」
「へ~、それなら買ったかいがあったな」
「もちろんでしゅ。ニケのおとうと、でしゅから」
「アハハ、そうだったな」
ゼロスは荷運びに使えそうだと聞いて、少し安心した。
俺たちはゼロスを使った探索を思い描きながら、宿へ帰った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日も2層に潜り、とうとう3層への階段にたどり着いた。
「よし、今から3層へ潜るぞ」
「あい♪」
「クエ~」
少し休憩を取ってから階段を下りると、今までどおりの通路が広がっていた。
そこをニケの先導で進むと、とある部屋の中に、毛むくじゃらの魔物が佇んでいた。
あれこそが3層の魔物、”人狼”だ。
遠目にはコボルドに見えなくもないが、その身長は170センチほどもあって、体つきもたくましい。
全身は黒っぽい毛皮に包まれ、鋭い牙がズラリと並んだ狼の頭部に、ふさふさとした尻尾が特徴的だ。
その手足にも鋭い爪が生えており、コボルドとの戦闘能力の差は、比べるべくもない。
そんな1匹の魔物が、早々に俺たちの気配に気づき、待ち受けていた。
「ゴクリ……油断するなよ、みんな」
「あい」
「クエ~」
次の瞬間、ワーウルフが俺たちに向かってきた。
同時にニケが正面から迎え撃ち、ゼロスは左側方に回り込む。
俺はニケの右後ろに陣取って、槍を構えた。
「ガウッ!」
「ていっ!」
突っこんできたワーウルフに、ニケがナタを振るうも、敵は軽やかにバックステップでかわした。
そのため前のめりになったニケを、ワーウルフが爪に掛けようとする。
しかしそこをすかさず俺が槍で牽制し、ニケへの攻撃を防ごうとした。
おかげでニケは無事だったものの、今度は俺が敵の標的になってしまう。
「ウガ~!」
「うわっ」
俺に殴りかかってきた爪を、かろうじてバックラーで防いだ。
しかしとっさの攻撃に、俺がバランスを崩してしまう。
「クエッ!」
「ウガッ」
敵の爪にやられる、と思ったところへ、ゼロスが頭突きで妨害に入る。
もちろんワーウルフはなんの傷も負っていないが、敵はわずかにひるんだ。
その隙を逃さず、ニケがワーウルフに斬りつける。
「たあっ!」
「グアアッ……ガルルル」
「タケしゃま、きずつける、ゆるさないでしゅ」
「クアァ」
痛手を負ったワーウルフが後退し、憎しみの目を向けてくる。
それに対して、ニケも真っ向からナタを突きつけ、殺気をぶつけていた。
ついでにゼロスも小さいなりに、敵意を放っている。
その後は俺とゼロスが敵を牽制しながら、ニケが敵に致命傷を与える形になった。
小さなニケが中心になっているのは、傍から見れば奇妙な光景だろう。
しかし彼女が俺よりもすばやく、力が強いのも事実だ。
やがて傷だらけになったワーウルフの首筋に、ニケのナタが食い込んだ。
「グアア、ガアッ……グウウ……」
「ハア、ハア……やっと、死んだ?」
「しんだ、でしゅ」
「クエ~♪」
敵が崩れ落ちるのを見て、ようやく倒したことを実感する。
さすがは3層の魔物だけあって、破格の強さだ。
しかしたったの2人で倒せたのだから、俺たちは誇ってもいいと思う。
「うわ、おおきなませき、でしゅ」
「おお、本当だな。これは高く売れそうだ」
「クエ~」
ワーウルフの胸からほじくり出した魔石は、コボルドよりふた回りは大きなものだった。
これだけでも、いかにワーウルフが強いか分かる。
その後も休憩を挟みつつ、ワーウルフを4匹狩ってから、地上へ戻った。
ワーウルフの魔石は1個で銀貨2枚なので、今日も稼ぎは銀貨10枚を超える。
3層の敵は手強いが、なんとかなりそうだ。
そんな手応えを感じた日だった。