1.異世界転移ってやつ?
このお話は拙作の”新大陸攻防記”の主人公が、もっと文明的な世界に転移したら、という物語です。
もちろんヒロインのニケも出てきます。
どうにも”新大陸攻防記”の世界設定では書き続ける自信がなかったので、あえて舞台を変えてみました。
主眼は主人公の成長ですが、ニケちゃんのかわいらしさを前面に押し出していけたらな、と思ってます。
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その日、俺は趣味のキャンプに出掛けていた。
俺の名は御門武明。
35歳、未婚で、中堅どころの部品メーカーに勤めているエンジニアである。
会社はそれなりにでかいだけあって、ブラックというほどでもないが、係長として忙しい日々を送っている。
たぶん課長クラスよりはましだろうが、上からは叱られ、下からは突き上げられる、辛い役どころではあるが。
最近はそこに働き方改革なんていう動きが加わり、さらにストレスが増しやがった。
仕事は減らさないくせに、残業だけ減らせって、無茶苦茶だよな?
たしかに日本式労働には無駄も多いと思うが、それは長い歴史の積み重ねであって、労働者に押し付ければ済む話じゃないと思うんだ。
日本の経営者は、現場に甘えすぎだと思う。
そんな激務の中、珍しく年休が取れたので、週末の休みにくっつけて、2泊3日のキャンプ旅行に出掛けた。
ちょっと大きめのパックパックに道具を詰め込んで、気楽なキャンプ旅行としゃれこむのだ。
普通はキャンプ場を利用するとこだが、俺は独りになりたい派である。
そのためわざわざ人の来ないようなところへ出かけて、キャンプをする。
たまに野犬とかサルが出てくるが、俺はあまり気にしない。
夜中に野犬が唸りながらテントの周りをうろついたり、サルに食料をさらわれたこともあるが、それも今はいい思い出である。
さすがに熊とかはやばいので、事前に情報を集めて遭遇しないよう、気をつけているけどな。
そしてもうじき目的地に着こうかという頃、ふいに周囲に霧が立ち込めた。
いくら山では天気が変わりやすいといっても、これは異常である。
俺は不穏なものを感じて、しばし足を止めて様子をうかがった。
すると前方が明るくなってきたので、そちらの方へと足を進める。
やがて霧が薄くなり、無事に抜けられたと安堵した瞬間、俺は違和感を感じた。
「あれ? どこだ、ここ?」
それまで林間の小道を歩いていたのに、急に開けた場所へ出たのだ。
俺の記憶では、この辺にこんな場所はなかったはずだ。
さらにいえば、周囲の植生も変わっている。
日本でよく見る人工林ではなく、自然な雑木林に変わっており、少し先には草原が広がってすらいた。
あまりの事態に動転した俺は、しばし周囲をキョロキョロと見回し、立ち尽くすしかできない。
しかしやがて、数キロ先に人口の建造物らしきものがあることに気づいた。
それは城壁に囲まれた街のようであり、日本では決して見ることのなさそうなものだ。
「おいおい、なんだよ、あれ? まさか異世界に転移したとか、言うんじゃねーだろうな」
俺は苦笑いしながら、最近のマンガやラノベに出てくる設定を口にした。
するとその途端、俺の脳裏に記憶が浮かび上がったのだ。
「なんだ?……迷宮都市 ベルデン? あの町は、ベルデンっていうのか?」
ベルデンなんて町、今まで聞いたこともない。
いや、それよりも迷宮都市だって?
迷宮って、よくあるファンタジー設定だよな?
頭がこんがらかってきた俺は、とりあえずその場に座り込んで、頭の中を整理してみた。
誰かに問いかけるように疑問を口にしていくと、頭の中に答えが浮かんでくる。
もちろん全てに答えがあるわけではないが、おおよその状況はつかめた。
それによると俺はやはり、異世界に転移してしまったようだ。
俺のいる場所は、とある大陸の南東部にあるフィルネア王国。
その中で迷宮を核にしてできあがった町が、目の前にある迷宮都市 ベルデンらしい。
迷宮ってのは地下に広がる不思議空間で、その中には魔物やお宝がある。
魔物は魔石を内包した生物で、凶暴なモンスターらしい。
そして魔石とは魔力を内包した石で、魔法の触媒とか魔道具の燃料になるんだとか。
「ハハハッ、本格的にファンタジーじみてきたな……夢なら早く覚めてくれよ……」
俺は自分の頬をつねったりしながら、しばし途方に暮れていた。
しかしどれだけ経っても状況は変わらないので、やがて意を決して町に向けて歩きだす。
少し歩くと道にぶつかったので、そこをたどって町へ向かった。
およそ30分ほども歩くと、ようやく町の門にたどり着く。
「う~ん、ヨーロッパ風っていうのかな? 少なくとも石造りなんだから、日本じゃないわな」
近くで見た町の城壁は石造りで、高さは4メートルほどもあろうか。
そんな壁が延々と続いているので、かなり大きな町なんだろう。
入場待ちらしき列に並んで待っていると、やがて俺の番がきて、衛兵に話しかけられた。
「身分証は?」
「あ~、いや、まだ持ってないから、入場料を払います。いくらですか?」
「銀貨1枚だ。名前は控えさせてもらうぞ」
「名前はタケアキです。それじゃあ、これで」
なぜかズボンのポケットに入っていた銀貨を取り出すと、衛兵にそれを渡した。
この衛兵とのやり取りも、なんとなく自然に出てきたものだ。
どうやら俺の頭の中には、この世界の常識らしきものが刷り込まれているらしい。
そもそも今のやり取りだって、日本語と異なる謎言語で交わしたのだ。
異世界語が刷り込まれてるんだったら、常識も含まれていておかしくない、のかな?
ちなみに銀貨1枚は、日本なら千円ほどに相当するようだ。
門を抜けると、そこはちょっとした広場のようになっていて、多くの人が歩いていた。
食い物や雑貨を売ってる屋台も、いくつか見える。
そんな中から美味そうな臭いが漂ってくると、俺の腹がグ~と鳴った。
「そういえば昼から何も食ってなかったな。何か腹に入れるか」
空はまだ明るいが、時刻は夕方に近い感じだ。
俺は臭いを頼りに歩きだし、肉の串焼きを売ってる屋台に近づいた。
「これって、なんの肉なの?」
「ああ? これはいろんな野鳥のもんだ。1本で大銅貨5枚だが、どうだ?」
「ふ~ん、じゃあ2本もらおうかな」
「おう、まいど」
大銅貨10枚で銀貨1枚に相当するので、俺はまた銀貨を取り出して、彼に渡した。
ちなみに大銅貨の下には銅貨があって、価値は10分の1。
さらに銀貨の上には大銀貨、金貨、白金貨という貨幣があって、それぞれ10倍に価値が上がっていく。
もらった串焼きの1本をさっそくほおばってみると、なかなか美味い。
味付けは単純な塩味だが、脂がのっているし、肉も硬くない。
そのボリュームもけっこうなもので、200グラム近くあるだろうか。
物を食いながらうろつくのもなんだったので、俺は路地に入って広場を眺めていた。
そうして1本を食べきってから、ふと後ろに目をやると、何かキラキラするものが目に入る。
おやっと思って目を凝らすと、そこにはボロくずやゴミが転がってるだけで、特に光り物はない。
不思議に思ってしばらく眺めていると、ボロくずの辺りがまたキラキラと光った。
気になって近寄ってみると、ようやくそれが、ただのボロくずでないことに気づく。
それはボロくずに身を包んだ、小さな子供だったのだ。
「おい、大丈夫か?」
まるで死んだようにピクリとも動かないので、声を掛けながら右手を伸ばす。
体育座りのようにして膝の上に伏せていた頭に触れると、弱弱しいうなり声が聞こえてきた。
「ウ~ッ……」
うなりながら頭を上げたその子は、ひどく汚れていた。
顔は泥だらけで、髪もボサボサ。
着ている服は何ヶ月も洗ってないようで、まさにボロくずでしかない。
「あ、ああ、起こしちまったか? 悪いな……おい、どうした?」
今にも死にそうな子供が、俺の左手をにらみながら、よだれをたらしはじめたのだ。
俺の手にはまだ食っていない串焼きがあり、それが欲しくてたまらない、という感じで、ワインレッドの瞳がぎらついていた。
「あ~、なんだったら、食うか?」
「ガウっ!」
なんとなくかわいそうになって、左手を前に出した途端、串焼きは奪われていた。
けっこうなボリュームがあるそれは、瞬く間に食い尽くされ、ただの棒になる。
しかし子供はまだまだ物足らないようで、串をペロペロ舐め回している。
そんな仕草がひどくかわいらしくて、俺はその子を放っておけなくなった。