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第23話 (一号)

 ああムカつく。なにがお兄ちゃんだ。

 この、助けてもらえるのが当然っていう顔が心の底から気に入らない。今まではそうだったかもしれないが、俺はお前を助けない。期待するだけ無駄だ。

 どうしたものかと、ミライとレンを交互に見る。ミライと人間の女はじっと廊下の奥を見ている。そっちからクリーチャーが追ってきているのだろう。レンは、驚き半分呆れ半分といった顔で苦笑いしている。

 この世の中に、自分を害するものがあるだなんて思ってもいないんだろう。

 羨ましい。もっと俺が強かったら、他の仲間たちもまだそういう顔をしていたかもしれない。俺だって、怖いことや痛いことなんか知らずに生きていたかった。

 バカなやつだ。よりにもよって俺に助けを求めるなんて。

 突進してきたクリーチャーは、俺の目の前でピタリと止まった。これが狙いか。クリーチャーが俺には攻撃しないことに気づいた。案外小賢しいやつだ。

 俺はミライの首根っこを掴んで持ち上げた。母猫に運ばれる子猫のようで、ちょっと間抜けだ。

「俺がお前を助けると思うか? このままクリーチャーの口に放り込んでやる」

 ミライの目に恐怖の色はない。バカにしてるのか、このやろう。

「あなたは私を殺さない。だって、私はあなたにとって、唯一の同族だもん。こんなにたくさんの骨の山を作ってまで欲しかったものを、そう簡単に壊すとは思えない」

「はははっ、大した自信だな。根拠はなんだ?」

「私を殺したいんじゃなくてレンを傷つけたいんでしょう? あなたの殺意は、私には向いてない」

 ほう。考えなしのバカだと思ったが、案外聡いじゃないか。

「それもそうだな。じゃあ、お前の進言通り、さっさとレンを殺すことにするか。それで、俺とお前で仲良く暮らすんだ」

「それは嫌。私はレンに死んで欲しくない」

「注文の多いやつだな。ちょっとくらい妥協しろよ。俺たちみたいな、不幸な生まれ方をした奴はどう頑張っても苦労の多い人生を送ることになるし、手に入れられるものなんかたかが知れてるんだ」

「嫌だよ。私は、私の生まれが不幸だとは思わない。だから、あなたのその意見には賛成できない」

 お前になにがわかるっていうんだ。

「……ほんとに羨ましいぜ。随分お気楽な育ち方をしたんだな。お前は何をしに来たんだ? 俺を嘲笑いに来たのか?」

「違うわ。あなたとレンは一度落ち着いて話をするべきだと思ったから、連れて来たの。ちょっとでいいから、お話してみてくれない?」

「話なら今終わった。もう用はない。殺す」

 本当は、まだ聞きたいことがないでもないけど、些細なくだらないことだ。もういい。聞いたって仕方がない。

「うん。いいよ。君が僕を殺しに来るのを待ってたんだ。君が僕を殺して、ミライをさらって行ってくれればいいと願ってた」

 両手を広げて、無抵抗を示しながら、レンは一歩一歩こちらへ近づいて来る。

「やってくれ。痛くしてもかまわないから。どこを切りたい? 腕? 腹? 首? それとも首を絞めるかい? 頭を叩き潰してもいいぞ。そこの怪物の餌にするっていうのもいいな」

「……クリーチャー。やれ」

 静かに告げた言葉に従って、クリーチャーはレンの方へ向かっていく。グパッと体が大きく二つに割れて、人間一人くらい簡単に飲み込めそうな大口が現れる。口の中で不規則に並んだ歯が、唾液でテラテラと光る。

 レンの手元で何かが光ったのが見えた。マントの長い袖に隠れているけど、あれは瓶だ。中に何か、入っている。

 しまった。罠だ。

「レン! やめて!」

 ミライがレンに飛びついて、その手から瓶を奪い取った。取り返そうとするレンの手から遠ざけるために、瓶をやみくもに放り投げる。

 ガシャン、と音がして壁にぶつかった瓶は割れた。砕けた瓶から中の液体がこぼれ落ち、液体がかかった床がボッと燃え上がる。火炎瓶だ。

「ミライ! なにをするんだ!」

「それをクリーチャーのお腹の中で破裂させる気だったんだね。そのために、自分を食わせようとした」

「そうだ。火は全てを分解して塵にする。あれは殺さないといけない。僕も死にたい。それなら、こうするのが一番合理的だろう」

 船の床が、みるみるうちに火に包まれていく。部屋の中が熱くなり、息が苦しくなってくる。鎧が熱を吸い込んで熱い。

 頭に血が上っているせいなのか、炎の熱さのせいなのか、カーッと体が熱くなる。

 地面を蹴ってレンに飛びかかった。剣を抜いて、勢いよく振り下ろす。レンは後ろに飛びすさりながら懐から次の瓶を取り出してクリーチャーに投げつける。瓶を真っ二つに切ると、そこから炎が吹き出した。

「そうやって! また俺たちを殺すのか! 全部お前が始めたくせに!」

「残念なことに、生まれて来ちゃいけなかった命っていうのは、あるんだよ。そういう奴は生きていても苦しむだけだ。早く楽にしてやったほうがいい」

 踏み込んで剣を振り下ろすたびに、巻き起こった風で炎が揺れる。

「俺だけは、こいつが生まれてきちゃいけなかったなんて言わねえよ」

「うん。君はそう言うと思った」

 絶対に許さない。


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