からくり仕掛けの歪な令嬢
出だしがちょい重なのでご注意ください。
誰かが、「彼女は私が守ってやらなくてはいけないんだ」と云った。
真っ直ぐな目にわたくしは映っていなかった。
誰かが、「何故そんな酷い事を?」と云った。
憎しみの篭った目。
誰かが、「謝ってくださればそれで良いのです」と云った。
嘲り笑う目。
誰かが、「お前など、獣の餌になるがいい!」と云った。
正義感で満たされた目。
誰かが、「よくも我が家に泥を塗ってくれたな、恥晒しが。さっさと消えて野垂れ死ね」と云った。
道端の邪魔な石ころを見るような目。
誰かが、誰かが、誰かが……。
誰、が?
「目覚めたかい、アイ」
きらきら、しているの。
きらきら、きらきら。
これはなんだったかしら。……ああ、お兄さまの瞳ね。まるで宝石のよう。
「おはようございます、お兄さま」
「ああ、おはよう」
お兄さまはわたくしの手を優しく取って、ニコリと微笑む。
「身体の調子はどうだい?」
「……少し、軋んでいるような気がするわ」
「そう。そろそろ油をささなくてはいけないかな」
お兄さまとわたくしは、お揃いの髪の色をしているの。
いえ、わたくしの髪はお兄さまが伸ばしていた髪を切って埋め込んだと言っていたから、おんなじ髪ね。
つやつやと滑らかな触り心地の、この黒い髪がお気に入りだと言ったら、お兄さまは、大事に、大事にお手入れしてくださるの。
「夢は見たかい?」
「見たような気がするわ。皆がわたくしを責めるの」
「そう……。もし、もっと詳しく夢を見られたら教えてね」
「ええ」
責められるのは少し辛いけれど、お兄さまが望むのなら、わたくしはきっと、夢の全貌を思い出すでしょう。
わたくしは薄暗い部屋を見回す。
硝子の柱の中には、溶液に浸されたわたくしの出来損ない達が揺蕩っている。机の上には色々な色の目玉の入った瓶がある。見慣れた部屋。
わたくしはお兄さまの最高傑作。
この部屋はわたくしとお兄さまの小さな楽園。
わたくしはこの部屋から出る事は許されていないの。お兄さま以外の人に会った事もないわ。
けれど、お兄さまがいるのだから全く苦ではないの。
「アイ。明日はお前に会いたいという人が来るから、眼の色をとっておきに替えようね」
「わたくし、お兄さま以外の人に会った事ないわ」
「大丈夫。お前は人造人間なんだから、隣国の王子だって何も言わないよ」
「そうなの?よく分からないけれど、それなら安心だわ」
わたくしに会いたいなんて人がいる?そんな事どうだっていいわ。お兄さまといられれば、それで。
人の魂を込めた人造人間を造り上げる事に成功したという、隣国の公爵の子息の元へ、とある国の王子とその婚約者は向かっていた。
「そのホムンクルス?って男なの?女なの?」
馬車の中、甘ったるい声で王子にそう尋ねながらしなだれかかるのは、王子の新たな婚約者。つい先月、ようやく婚約に漕ぎ着けた子爵令嬢であり、王子の庇護は厚いものの、その下品な態度や、人望が高かった元の婚約者を嵌めて追い落としたとして、貴族達からの人望は無いに等しい。
「雌型だという話だ。もし雄型だったとしたら、君に惚れてしまうかもしれないから一安心だ。そんな事になったらきっと、その人形を壊してしまっていただろうからな」
「んもう!アーったらぁ」
馬車から漏れ聞こえてくる会話に、騎士達は苛立ちを密かに募らせる。
「なんて頭の緩い会話だろうな」
「シッ!殿下に聴かれたら俺達なんか即死刑だぞ。あの方だって国外追放されたんだ」
「……知ってるか?あの方、殿下の差し向けた追っ手にやられて亡くなったって噂だぞ」
「嘘だろ……ファンだったのに……」
馬車は進む。
わたくしはとっておきの瞳に合わせた、お気に入りの紫色をしたドレスをお兄さまに着せてもらって、初めて外に出たの。
外は元々あんまり興味はなかったのだけれど、きらきらしすぎていてあまり好きじゃないわ。
お兄さまの瞳は好きなきらきらだけれど、このきらきらはなんだか嫌な気分になるの。まるでいつも見る夢みたいな嫌な気分。
不思議ね、夢の内容はいつもあまり覚えていないのに。
「大丈夫かい?アイ。あの部屋から出るのは初めてだけれど、おかしな部分とかは?」
「大丈夫よ、お兄さま。なんだか夢を思い出して嫌な気分になるけれど、それだけ」
「そう。……実験は成功かな」
お兄さまがわたくしには聞こえない声で何か呟いたけれど、きっとわたくしに必要な事ならば聞こえるように言ってくださるから、わたくしにとって大事な事ではないのね。
お兄さまに手を引かれて入った部屋には、たくさんの人がいたの。
お兄さま以外の人に会うのは初めてだから、大丈夫かしらって心配だったのだけれど、思った以上に何も感じなかったわ。
どこかで見たような顔の人ばかりな気がするのは、うまく人の判別が出来ていないのかしら。お兄さまに後で言わなくっちゃね。
「さ、アイ」
お兄さまに背中をやんわりと押されたから、前にでて教えてもらったお辞儀をしたのだけれど、誰も何も言わないの。なんだか全員びっくりしたような顔をして。変なの。
「ジュリエッタ……?」
ソファーに座っている男の人と女の人は瞬きもせずにわたくしを見つめているから、わたくしは少し怖くなってお兄さまの後ろに隠れたの。
そうしたら男の人の方が突然剣を抜くものだから、とても驚いたわ。
「ジュリエッタ!貴様何故生きている!確かに殺したと報告が……」
「アーったら落ち着いてよぉ。ジュリエッタは死んだのよ?ちゃんとあたし達で死体も確認したじゃない!」
「そ、そうだったな……おい、何故人造人間をその顔にした?不愉快だ」
ジュリエッタ、死んだ、アー。
突然視界が晴れたような、靄がかかっていた頭がすっきりしたような気分になった。
隣のお兄さまはわたくしの変化を面白そうに眺めている。止めるつもりはないようだ。
「……そうですわ、殿下。貴方が差し向けた刺客はどんな指示を受けていたのか、顔を滅多刺しにしてきましたのよ。痛かったわ……とても、ね」
瞬間、弾かれたように王子と子爵令嬢の顔がこちらを向く。
「貴様、やはりジュリエッタ……!?」
にこりと笑みを浮かべてみせると、2人の顔が蒼白になり、子爵令嬢に至っては「ヒッ」と引き攣れた悲鳴を上げた。
「あら、わたくしも随分と嫌われているようで……名残惜しいですが、わたくしはお暇させて頂きますわね。お兄さま、よろしくて?」
「いいよ、アイ。いつもの部屋にいておくれ」
「ええ」
わたくしはとびっきり綺麗なお辞儀をして部屋を出た。なのでその後の騒動は知らないし、興味も無い。
ただ、生前の記憶が戻った事で少しお転婆になったとお兄さまは苦笑なさっていたけれど。
人造人間を見てくると、意気揚々と隣国へ行った筈の王子と婚約者は真っ青な顔で自国へ戻り、終始何かに怯えていたという。
しかし、当初は戸惑っていた城の者達の間で『王子が婚約破棄した令嬢を殺害していた』という噂が事実として広がり、王子は急速に立場を危うくしていった。
それこそ侍女達の噂話に上る程に。
「ねえ聞いた?王子様の話」
「あー、あの見る目無い王子の?」
「シッ!誰かに告げ口されたら元婚約者のあの方みたいに殺されちゃうよ!」
口の前で人差し指を立てる侍女の表情はしかし、どこかおどけた雰囲気だった。
「えっ、やっぱ本当なの?あの話」
「まーねー、そもそも国外追放も陛下の目を盗んで無理矢理やったでしょ?しかも今回隣国に人造人間見に行った時の護衛が聞いたんだって。はっきり本人の口から『殺した』って」
「うっそぉ……」
「ついでにそれを知ったあの方の信奉者達が騒いで、陛下も王子様を見限ったって話」
「え、王子様どうなるの?」
「子爵令嬢との婚約はもう白紙なのが決まってて、それから多分だけど離宮に軟禁らしいよ」
「まあ、ひと1人殺してるんだから、ねえ」
訳知り顔で頷く侍女の向こう側から、厳しい事で有名な侍女頭が鬼の形相でやって来るのを見て、侍女達は素早く業務に戻った。
しかし、王子がどうなろうと『ジュリエッタ』は死亡したし、『アイ』には全て関係の無い事だ。
今日もアイは最愛のお兄さまと、眼の色を選ぶのだった。




