花さ○か爺さん
真剣に読まないようにシリーズ第2弾。
口に飲み物を含みつつ、お読みください。
「 ─── 違うっ!」
憤りも甚だしく、勢いよく立ち上がり、掴んだ何かをくるめて床におもいきり力強く叩き付けた。
乾いた音が辺り一面に鳴り響く。
興奮ぎみに肩で息を切らすも、流れ落ちる汗など一切構わずに。
一先ず、机の上にあった可愛らしいデザインのマグカップに手を伸ばし、既に温もりを失った珈琲を口にする。
「 ─── 違うっ!」
刹那、あまりの不味さに舌先は拒否反応を起こし、彼は咄嗟に手にしていたマグカップを庭先に投げ付けた。
メジャーリーガーの名投手を想わせる程の豪速球。
ならぬ、豪速マグカップである。
当然、其れは見事に割れ砕かれ、一切合切が哀しげに大地に突っ伏していた。
「 ─── 違うっ!」
「 ─── 違うっ!」
「 ─── 違うっ!」
「 ─── 違うのじやあああっ!」
彼は一心不乱に慟哭を撒き散らかす。
だが、しかし。
庭で飼っていた犬はおとなしいものだった。
まるで、やれやれ、またいつものことだ、と謂わんばかりにプスンとため息を漏らしていた。
そんな日常に、ふと脅威は訪れる。
両拳で激しく叩かれる玄関の扉。
インターホンが備え付けられているというのに。
思わず、彼は身を震わせ、恐る恐る耳を澄ませるのだ。
どんどんどん! どんどんどん!
「花作家爺さぁぁぁんっ! いるんでしょぉぉぉ!! 閉め切りなんですがぁぁぁっ!!」
─── 花作家爺さん ───
「ちっ! もう担当がきおったのか!」
忌々しげに、玄関の扉の表側にいる担当を睨み付けるお爺さん。
彼はこう見えて、この世界では有名な小説作家なのだ。
先程、殴り書いて捨てていた文面でさえ、かなりの印税が見込める代物である。
しかし、お爺さんは親指の爪をガミガミとかじりながら、どうしたものかと思案に耽る。
正直言うと、まだ一ページも書き上げていなかったのだ。
やがて、艶やかな白髪は頭の上に、ピカッと電球が灯をともした。
ぽんっと手を鳴らし、お爺さんは屈伸運動に励み、ややもして見えもしない勤勉な担当に別れを告げる。
「では……サラバじゃっ!!」
誰かが言った。
橋の傍らに立て掛けられた看板を見て。
『 ─── このはし、わたるべからず ───』
……なら、大ジャンプすれば良いじゃない。
お爺さんは凄まG脚力で部屋から飛び降りて、一瞬にして広い庭の隅まで音もなく移動したのだ。
そして、趣味の盆栽を片っ端から優しくも荒々しく薙ぎ倒し、現れたのは塀のごく一部の小さな隠し扉。
其れを目にしたお爺さんは頗るいやらしい笑みを浮かべ、懐から取り出したるは、黄金に光輝く鍵。
てってれーーー。
『さいごのかぎ』。
それを手に取り、鍵穴に填めて、慎重な手つきでくるりと廻す。
かちり。
しめしめ、といった具合で徐に隠し扉を解除し開けて、その身を縮め通り抜けようとした。
だが、日頃の不摂生が祟ったのか。
メタボリックなまではいかないにしても、弛んだ腹でつっかかえてしまい、動く度に、細い空間はギリギリとお爺さんを締め付ける。
「痛たたたたっ!!」
腹と背中を擦る痛みに耐えきれず、思わず悲鳴は鳴り響く。
そして、気付けば目の前にはギラギラと殺気を放つ一人の男の革靴があった。
恐る恐る顔をあげる。
「逃げられるとお思いですかあ~……?」
コマンド『にげる』。
しかし、まわりこまれてしまった!
「くっ……煮るなり焼くなり好きにしろ!!」
塀の隙間に挟まり、一切身動きのできないお爺さんはやけくそになり横たわる。
「原稿は……?」
予測もついていように、担当は一応進行状況をうかがうのだ。
「…………」
沈黙は肯定なりき。
分かってはいたのだが、やれやれといった風にため息を深く吐き、担当はがっくりと項垂れる。
「ったく……もうっ! しょうがないですねー……」
だが、切り替えが早いのが取り柄なのか。
老人作家を助けるべく、彼は隙間からその身体を引っこ抜こうとした。
「ぬぐわあッ! 痛だだだだだだッ!!」
ガリガリと和服諸とも身も引き裂かれ、辺り一面に血飛沫が舞い散る。
「コロ助か!! いや、違う。殺す気かッ!!」
ボケるあたり、まだ余裕があるようだ。
花作家爺さんは歯をくいしばり、命の恩人になるかもしれない担当にやり場のない怒りをぶつけた。
「いや、だって仕方がないでしょう。押すか、引っ張るか。なら、引っ張ってみればいいじゃない」
まるで、何かの標語を掲げるように、当たり前かのように彼は告げる。
そして、何事もなかったかのように再び、幼気な老人を引っ張るのだ。
「うぎやああああああ ─── ぁぁぁぁぁ ── ぁぁぁ ─」
鳴り止まぬ絶叫は、山びこのように響きわたって逝った。
やがて、血溜まりの上に、成りを潜めたお爺さん。
夥しい数の烏が上空で旋回しては、横たわる其れを今か今かと待ち焦がれている。
突如。
カッと瞳を見開き、まるで糸で吊るされた傀儡人形のように飛び起きた花作家爺さんは勇ましく吼えるのだ。
「ワシゃ生きとるわいッ!! ガアアアッ!!」
出血多量で亡くなっていてもおかしくない。
その生に対する執着心は『鷲巣』に匹敵するのではないだろうか。 ざわ。
「まあ、何にせよ。よかったよかった! さ、作業場に戻りましょう!」
パンパンと手を打ち鳴らし、お爺さんを誘導させる担当にしぶしぶ従い、再び隠し扉へと顔を突っ込もうとしたので。
手練れの暗殺者を彷彿させる勢いで、担当が爺を気絶させた。
「 ─── ここは ───」
見知らぬ天井ではなかったので、最後まで告げることも赦されず。
敷かれた布団の上から、ゆっくりと身を起こし、傍の丸い机の上に置かれていたトマトジュースをストロー越しに吸い込んだ。
「ぶほッ!! ぶほッほッホ……ッ!!」
あまりにも勢いよく吸い込んだせいで気管に詰まり、咳き込む。
これは罠だったのかと思いつつも。
状況を鑑みて、辺りの様子をうかがう。
─── 奴がいない。
千載一遇のチャンスは、今再び魂を蘇らせる。
飯はまだかのう、と縁側に顎を乗せて媚びる素振りの飼い犬を余所に。
そろり、そろり、と音を立てずに庭先に躍り出る。
「ふむ。気配がない。はて……?」
再び部屋に戻ろうとした花作家爺さん。
だが、ふと違和感を覚えて軒下を見やる。
何だろうかと、屈み、やがてその場で腰を抜かしてしまったのだ。
「し……しし……死んどる……っ!!」
ててててっ。
ててててっ。
てーてーーー。
火曜サスペンス劇場。
第9641話。
タイトル。
『湯けむりなどないお色気皆無、尋常劇場、〆切を毎度の如く逃げ切る花作家爺さん。茶番を繰り広げていたら、気づけば縁の下で担当がおなくなりに成り果て、その地面には謎の書き置きが残されていた件。そこには衝撃のメッセージが……』
其の意図を汲み取り、彼の意思を引き継ぐ。
花作家爺さんは、灰となった彼を庭にあった今にも枯れ果てそうな大木に降り注いだ。
掛け声はこんな具合だった。
「枯れ木に花を咲かせましょう♪」
確かに花は咲いたかもしれない。
だが、其の樹は決して春を思わせる桜などではない。
一気に成長した大木が花を咲かせ、やがて種子が、粉末が盛大に放出される。
「ぶわーーーくしょい!! ぶわーーーくしょいっ!!」
杉花粉である。
愛犬は既にその場から退避していて、お爺さんを冷静に観察しながら、ふと何かを思い出すのだ。
『確か……いじわるじいさん、最後は牢屋に容れられるんだよな……』
─── 完 ───
最後までおつきあい、誠にありがとうございました。
登場人物。
花作家爺さん(花粉症)。
担当サン。
愛犬ぽち(花粉症)。
のちの将軍様(重度の花粉症)。
家政婦(逃亡中)。
隣のイサ○カ先生(逃亡中)。
激しい突っ込みは遠慮させて頂きたく存じ上げます。
( ノ;_ _)ノ