姉妹、廃病院を探索しない 5
次回以降しばらく、水曜日の投稿ができなくなります。
同時に執筆している公募用の作品に集中しすぎたことと、リアルも多少忙しかったことから、書き貯めをすり減らしすぎたのが原因です。本格的に大ピンチになる前に手を打ちます。ごめんなさい。
お気に入りに入れてくださるなどして読んでくださっている皆様には申し訳ない限りです。なるだけ早く元の投稿ペースに戻すので、どうかこれからもお付き合いいただけますと幸いです。
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「千春ちゃん! 千春ちゃぁああんっ!」
壁を見詰める茜の背後で、瑠璃の焦り切った声音が聞こえて来る。
「ダメだよ千春ちゃん! それはダメ! 不必要だからっ! そんなことしたらダメだからぁああ!」
「わたしは平等で献身的な性の女神です。満足させると決めたからにはありとあらゆる手段を使って満足させます。この子のおちんちんも他のおちんちん同様に扱ってこそ平等でしょう」
「だからってそんな……いくらなんでも」瑠璃は絶叫した。「そんなことしたら……だめだしょーっ!」
『ちょっとショッキングだと思うのでお二人は後ろ向いててください』と千春に言われた。『本当にまずいことしそうになったら止められるように』と従わなかったのが瑠璃で、その判断は彼女の中では的中したことになる。
「見るなと言われたら私は見ませんし、その方が自分でやっていることですから私は止めませんが」茜は引き攣った表情で冷や汗をかいていた。「あの、千春さん? そこまでやる必要ってあるんです?」
「ありません。ふつうに擦ってたらふつうに××します」千春は言った。「犬さえ大人しくさせられるなら誰にでもできます。ここまでやる必要はありませんが、徹底的な奉仕はわたしのポリシーなのです」
「エキセントリックな友人をお持ちですね」茜は瑠璃に言った。
「良い子なの。優しくてとっても良い子なの」瑠璃はそう言って顔を両手で覆う。「軽蔑しないであげて。これは千春ちゃんなりの誠実さなのっ!」
犬の荒い息遣いが聞こえて来る。千春は母親のような声音で話しかける。
「どうですかぁワンちゃんさん。あなたがどれだけのメスと交わったかは分かりませんが、こんなのはきっと初めてでしょぉお? 二度と他の犬と交尾なんてできないですねぇ。わたしの匂いだけで発情するようにしてあげますからぁ……ほぉら、よし、よし、よし、よし、よし!」
世にも情けないきゃぅんという音が発せられると、瑠璃が悲鳴をあげた。
「終わりましたか?」何が終わったのかは聞かずに茜。
「はぁい。もう大丈夫でぇす」語尾にハートマークを付けて千春。
「だ、ダメだよ千春ちゃんっ。ほら、顔拭いてあげるからじっとしててっ」瑠璃は焦った声を出した。「口の周り舐めないっ! ちゃんと吐き出した方が良いからぁっ!」
茜が振り向くことを許可された頃には、ドーベルマンは完全に千春に服従を誓っていた。媚びるような視線を千春に向けながら、ハアハア息を吐き出して足元にまとわりついている。
妙な臭いがこびり付いた分娩室内で女三人見つめあう。一人はニコニコ笑っていて一人は泣きそうに顔を覆っていて一人は表情を引きつらせていた。
「ありがとうございます瑠璃さんハンカチ汚してまで拭いてもらって。あなたって本当優しいですねぇ」ニコニコ笑いながら千春。妙な粘性の液体で汚れたハンカチを手にしている。「これは洗ってお返しします」
「あげる」瑠璃は即答した。
「どうもありがとうございます。それではワンちゃんも篭絡できたことですし、この子連れて逃げますか」言いながら犬の頭を撫でる千春。「さっきからどうしたんですかワンちゃんさん? またしてもらいたいですか? だったらここを出るまでわたし達の言うこと訊いてくださいねぇ」
「いくら従順になったと言っても、バカになっちゃあ意味ないんじゃないです?」と茜。
「瑠璃さんなら犬の躾け方を知ってます。幼い頃犬を飼えない悔しさを紛らわす為に町中の犬と仲良くなった実績があります」と千春。「ですよね瑠璃さん? 小一時間で『お手』を仕込めるあなたにかかれば、この子を連れ歩くくらい楽勝では?」
「そうね。千春ちゃんが従順にさせてくれたし……」瑠璃は顔を上げる。「ほらワンちゃん、私達に従えばあなたは助かるの。言うこと聞いて?」
三人は犬を連れ、分娩室を出た。
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リードなしで犬を連れ回すというのは相当な神業だと思うのだが、瑠璃は上手なものだ。瑠璃が『待て』と言えば犬もちゃんと待つし『行け』と言ったら歩き出す。まあ何もしなくても千春の足元で鼻をひくつかせている時間の方が多いのだが。
ある時、唐突に犬がその場で脚を止めた。
三人は揃ってドーベルマンを見詰める。「どうしたの? 来ないの?」と口にする瑠璃を茜は制した。
「何かに気付いたのかもしれません」と茜。「犬の嗅覚と聴覚は卓越しています。このまま歩けばまずいと考えているのかも」
その時だった。
暗闇の向こうに足音が聞こえた。懐中電灯を持っていた瑠璃が慌ててスイッチを切った。
「なんだ浅黄?」暗闇の向こうから青年の声がする。「なんか光ってたよな?」
「気の所為じゃない?」と少女の声。「それより、犬はどこなの?」
「完全に見失った。病院っていうのは一階だけでも広い」
「お兄ちゃんどっちが先見付けるか勝負しない?」
「やめとけ。離れ離れになるのは危険だ」
「子ども扱いしないでよ。自分が迷子になりたくないだけでしょ?」
「そうとも言うな」媚びるような笑い声。「兄ちゃんを一人にしないでくれよ。俺こんな暗いとこで一人にされたらちびっちまう」
「なっさけなっ」
ふざけたやり取りである。気の抜けた兄妹の会話。痛めつけた犬を放って追い回すという遊び方もたいがい狂っているが、輪をかけてイカれているのはそんなことに興じながらごく普通のやり取りを行っていることだ。
「……バレてはいないようですね」千春は声を潜めた。「なるほど。自分をこんな風に痛めつけた人達と遭遇はしたくない訳ですね」
「でもどうする?」と瑠璃。「ここを進まないと出られないよ。どこか物陰でやり過ごすとか……?」
「作戦があります」茜は持っていたスピーカーを叩く。「このスピーカーをどこかに設置して、反対側に隠れます。スピーカーに気を取られている内に、その背後を通り抜けます。あとは犬と一緒に全力逃走」
「「了解」」
犬は抱え上げ、忍び歩きでその場を去る。真っ暗なのでそれぞれに手を繋ぎ合った。先頭の茜が握った千春の手は吸い付くようにしっとりとしていた。
T字路の一方にスピーカーを設置しスイッチを入れる。反対側の道で三人と一匹が息を顰めた。
「ねえお兄ちゃん」向こうから歩いてくる少女の声。「なんか聞こえない?」
「あん?」青年の声。「なんも聞こえねぇぞ、浅黄」
「お兄ちゃん、鈍い」
「いや本当に何も聞こえ……あ、いや」青年は黙り込む。「なんで赤ん坊の泣き声が?」
「幽霊とかじゃね?」
「そりゃあないだろ。誰かガキでも連れた奴が肝試ししてんのか?」
「見に行く?」
「人と会ったらまずいし、もうお開きにすべきじゃないか?」
「えーつまんない。つかそれ犬どうすんの? 動物虐待の証拠そのものだよ? 先生にも迷惑かかっちゃうじゃない?」
「そりゃあまずいな」青年の溜息。「浅黄、おまえ車で待ってろ。俺が犬捕まえて来る」
「は? 一緒に行くし」
「もしもの時は俺が罪全部被ってやるって話だよ。高校中退したいか、おまえ?」
「そりゃやだけど」
「なら言う通りにしてくれよ。な?」
「……ん。分かった。ありがとう。気を付けてね」
「へいへい」
相手は二手に分かれるらしい。青年の足音は一歩ずつこちらに向かい、そしてスピーカーの方へと折れた。
「行きます」
茜の合図で瑠璃が懐中電灯を点け、三人が一気に走り出す。足音に気付いた青年が懐中電灯をこちらに向けるが、もう遅い。
途中、兄と分かれていた妹の方がこちらに気付いて振り向く。視線を瑠璃の抱えている犬の方に向けると、両手を広げて立ちふさがった。
勝気な目をしていて、髪を二つ結びにした少女である。生意気で子供っぽい雰囲気を感じるのは、兄に対する甘えた言動を聞いていたからかもしれない。
「ちょっとあんた達その犬返しなさ……」
「いやです」
吠える少女の顔面に、茜は強烈なラリアットをお見舞いする。一メートルほどすっとんだ少女は、顔を押さえてその場で蹲った。
「いった、いったぁっ!」少女はもだえ苦しむ。「ちょっと! お兄ちゃん! お兄ちゃん来て! ヤバいっ!」
言われるまでもなく追いかけて来る兄の足音を振り切って、三人は病院の出入り口から飛び出した。
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ひたすら土の上を走り続ける。元より人気のほとんどない田舎道だ。どこまで逃げれば安全という訳でもない。それでももうここまで来れば追って来ないだろうというところまで走った時、最初に根を挙げたのは千春だった。
「もう……無理ですっ。ひぃ、ひぃ、ひぅ……」膝をついて息を吐く。「タフですね……お二人とも。……はぁはぁ」
「いや、私もそろそろ限界だったし」瑠璃もその場で腰を折り曲げる。「茜さん、良く平気ですね」
「鍛えが入ってますからね」茜は胸を張る。息一つ切らしてはいない。
ただまあ犬を抱いていながら千春よりも長く持った瑠璃は体力もある方だろう。反対に千春はややフィジカルに欠けると言えそうだ。走るのも一番遅かったし、途中で何度か転びそうになっていた。
「体力はともかく、あなた達二人ともしっかりしてますよ。冷静だし、判断力もあって、ええ。お二人のお陰で乗り切れました」
これが例の姉妹とだったら茜が正面からあの兄妹とぶつかり合う展開にしかならなかっただろう。緑子は走れないし、紫子は千春と比べても運動能力に欠ける。そしてどちらにしろスイッチが入ってしまえば足手纏いじゃ済まない。
あの二人がドタキャンしたのはだから、良いことだったのだろう。あの危険な兄妹から姉妹を遠ざけておくことができた。瑠璃と千春と会ったことと合わせて、今度話をしてやろうと思った。
「東条さん、あなたは本当に頼りになったよ」と瑠璃。「ありがとうね。私達、あなたに助けてもらったわ」
「わたしも感謝します」と千春。
「HAHAHA苦しゅうありません。それで……その犬はどうしましょうか?」
そこで沈黙が下りる。
犬は全身ボロボロに痛めつけられていてこのまま野生に返して良いものかも分からず、かと言って施設暮らしだと言う二人にこの犬を飼う余地はなさそうだ。茜もアパート暮らしであり同様のことが言えた。
「本当にボロボロ」瑠璃が心を痛めた声で言った。「治療が必要ね」
「自然に任せるのも一つの選択肢でしょう」茜は言う。「彼の生命力を信じるのです」
「無理だよ。歯が何本も折られてる。きっと狩りもできない」瑠璃は溜息を吐いた。「いいわ。私に任せて。きっと先生を説得して、一日だけでも置いてもらう。そして、学校の友達に連絡して飼い主を探すわ」
「わたしも貢献しますよ」と千春はニコニコ。「わたしに『三回タダ』と言われれば何でも言うことを聞く男子はたくさんいるのです」
「そういうのはダメよ。ちゃんと最後まで面倒を見る保証がないと」瑠璃は苦笑した。「でもありがとう」
「施設まで送りますよ。何があるか分かりませんし」と茜。「どうせこの犬連れてバスは乗れないでしょうしね」
「そうね。あーあ。事情説明しても、先生には怒られるんだろうなあ」と瑠璃。
「小さな命を守る為なら仕方がありませんよ」と千春。「この犬名前何にしましょうか?」
「それはこの犬を引き取ってくれた人が考えてくれるんじゃない?」
「ふむ。わたしちょっとそれ楽しみだったんですが……まあ言われてみればそうですかね?」
「じゃあそれ考えながら帰ろっか」と瑠璃。「千春ちゃんなんかある?」
「『悪魔』と描いて『ディアボロ』というのは?」
茜はずっこける。「そっち系かー」という瑠璃の苦笑が夜道に響いたところで、この話はおしまい。
次回以降しばらく、水曜日の投稿ができなくなります。
リアルの事情とか同時に書いてる公募用の作品とかの所為で多少忙しかったことから、書き貯めをすり減らしすぎたのが原因です。本格的に大ピンチになる前に手を打ちます。本当ごめんなさい。
お気に入りに入れてくださるなどして読んでくださっている皆様には申し訳ない限りです。なるだけ早く元の投稿ペースに戻すので、どうかこれからもお付き合いいただけますと幸いです。