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東条茜、うんこをする 1

 イ〇ンモールのゲームセンターでワニ共をハンマーで撲殺していた東条茜は、携帯電話がポケットの中で震えだしたのに気が付いた。

 前半で二つもミスしてしまっており、『本日のスゴウデ』を更新するには心もとないペースだ。途中でやめても良い。しかしそれではせっかくの百円が無駄になるし、負けるゲームでも最後までやることは大切だと思い直す。失敗を糧に次で勝てるかもしれない。

 そうとも、ワニ〇ニパニックより重要な用事などこの世には存在しない。茜は最後の一匹までワニを殺しつくして、まだ電話が鳴り続けているのを確認してしぶしぶ電話に出た。

 「私です」

 「……は? えっと、東条さん?」

 「そうです。私こそがツカント王国が誇る黒龍軍が隊長、ドン・アッカーネです。この電話にかけてこられるということは、あなたただものではありませんね? まさか、ギャリクソン大帝の手のものですか?」

 「あー。その声とわかんなさは東条さんね。良かった。電話をかけちがった訳じゃなさそうね」

 「その東条というのは確かに私のことですが、かくいうあなたは何者ですか?」

 「茶園よ。あなたのクラスの級長。声くらい覚えててよね」

 「ああ。あの赤い髪留めとメガネの人ですか。すいませんちょっと声の聞き取りにくい場所にいましてね」

 「……そうね。なんだか騒音が聞こえて来るわ。東条さん、今どこにいるの?」

 「獰猛な悪しき人食いワニの多く生息する原始の河川です」

 「ゲームセンターね。『ワニ〇ニパニック』でもやってるの?」

 「あは。そのとおりです」言いたいことが伝わって茜は笑顔になった。

 「…………楽しそうで何よりだけど、今日は夏期講習の日でしょう? 忘れてしまっていたのかあえてサボっていたのか、それをまず聞かせてくれる?」

 「忘れていましたし、仮に覚えていたとしても、ワニ〇二パニックを超えて重要な用事とは見なさなかったでしょうね。どちらの場合であれ、私はこの時間にここにいたことでしょう」

 「……」茶園は諦めた様子だった。「東条さんにとっては、夏期講習なんて参加しなくても大学受験なんて楽勝でしょうから、『出ないと自分の為にならないわよ』とか、そういう話はしないわ。モラルの話もね。けどね、ワタシはあなたのクラスの級長で、立場上、クラスメイトにはきちんと講習に出てもらわなくちゃ困る訳よ。だからこれはワタシの方から東条さんにお願いする形になるのだけれど……お願い、学校に来てくれない?」

 「良いでしょう」茜は常人が電話越しで偉そうにできる限界を超えて偉そうにして言った。「あなたの誠意ある話し方がとても気に入りました。よろしい、その夏期講習とやらに出て差し上げましょう」

 「……まずは職員室に寄って遅刻届をかくこと。いいわね?」茶園の溜息が聞こえて、電話が切れた。

 ゲームセンターを後にする茜。止めて置いた原動機付自転車にまたがろうとすると、背後から声がかかった。

 「お、あかねちゃんやん」幼馴染の西浦紫子である。背が低く小学生のような顔をしているのが特徴。双子の妹で同じ顔をした緑子を後ろに連れていて、その手には毒々しいパッケージのペットボトルを持っていた。「ゲーセン来とったんか。帰るところか?」

 「えぇまあ。高校の夏期講習というのに出るのです。進学校ですからそういうのもあるんですよ」

 「ほーん。コーコーセーって奴やもんなぁあかねちゃんは」フリーターである紫子はうんうんと頷いた。「勉強できて羨ましいわ。ウチなんか割り算できひんしな。高校生いうたらアレか? 割り算でも分数の奴とか、三ケタの筆算とか、そういうんやるんか?」

 「それはお姉ちゃんが特殊なんだと思うよ」背後で小さな声を出したのは妹の緑子だ。彼女はいつも姉の後ろに隠れている。「というか、分数も三ケタの筆算も、小学生の時に習ったような……」

 茜より一つ年下のこの二人にはなんだか複雑な事情があるらしく、高校どころか小中学校すらまともには通っていないような様子がある。今は郊外の四畳半で二人暮らしをしているようだ。

 「ともかく勉強がんばりや。これあげる」そう言って、紫子は茜に持っていたペットボトルを差し出した。

 「なんですかこれ? 〇〇ター〇ッ〇ー?」

 「お、そない読むんかそのアルファベット」紫子は首を傾げる。「ビレッチヴ〇ンガードで偉いたくさん並んどったけん買うてみたんやけど、一口飲んだらなんか変な味してな。ウチの好みやないんやけど捨てるんももったいないけん、あかねちゃんにあげるわ」

 「ただの廃棄ですか。渡す相手本人を目の前にそんなことを言うなんて……」茜は笑顔になる。「おもしろいですね! いいでしょう飲ませていただきます」

 「覚悟しとき? ホンマにまずいけん! ほなな」

 「またねー」緑子が姉の後ろでこちらに手を振ってくれた。歩き去っていく小柄な双子を見送ってから、茜は原付の前ポケットにペットボトルを突っ込んで学校へ向かった。


 △


 原付を校舎の前に停める。遅刻届にワニ共との戦いの様子を細かい文字で一千文字程にまとめてから、自分の教室に向かった。

 「東条?」教室に入ると、クラスメイトの白石がつんけんした視線を向けて来た。教師に多少注意されつつもやり過ごせるぎりぎりの明るさで髪を染めた女だ。だが茜にはどうしてもそのカラーが大便のそれにしか見えず、そのことを本人に伝えてからというもの、何故か険悪な関係になってしまっていた。

 「ねえ、無視しないでよ。のうのうと遅刻だなんて。調子に乗ってんの?」

 「何を批判されているのか理解できませんが、気に入らないことがあるなら喧嘩は買います。今日は何をします? 指相撲? にらめっこ? それとも古今東西なんてどうでしょうか。テーマはそうですね、無能な助っ人外国人とかどうでしょう? まずは私から。ランサ……」

 「あんたのそういうふざけたところがこっちは気に入らないんだけど」白石は茜の胸倉をつかみ上げて言った。こいつ口くせぇな。「正直に白状しな? カナコの中絶費用の件、チクったのってあんたでしょ?」

 「そうですが、何か?」茜はとぼけた顔で笑う。

 夏休みに入る前のことだ。年上の大学生と遊んで迂闊にも妊娠してしまったカナコこと青島加奈子が、親友であるこの白石に泣きついたのが事の始まり。親に言わずに子供を降ろす為には金さえあれば良いと考えた二人は、クラスの女子達と徒党を組んで『カンパ』をやり始めた。

 『カナコがこれからもみんなと学校に通えるように、皆で三千円ずつお願いします!』などとメールを回し、名簿を作って一人残らず回収を始めた。最初はどーせ企画倒れで終わるだろうと静観していた茜だったが、どうも青島と白石を中心に集金グループが形成されてしまい、茜が気付いたころにはかなり本格的に集金は進んでしまっていた。アホかと思った。

 「あんたの所為でカナコは退学になったのよ? 責任とれるの?」

 「申し訳ありません。しかし私は中絶反対派でして」茜は平然とほらを吹く。

 「あ? あんたの自分勝手な主義は知らないけど、高校生で妊娠なんかしたら本人も子供も人生ぶっ壊れんのよ。バカじゃないの?」

 「子は親を選べません。しかし自分は変えられます。どんな境遇に生まれようとも、人はなりたい自分になりますし、幸せを掴めます。命を受けた以上、ちゃんと産まれてこの世を生きたいものでしょう」

 「カナコの人生はどうなる訳?」

 「そっちは本当にどうでもいいです」茜はにっこり笑って言い切った。「まあ、これは非常にデリケートな問題ですし、私が中絶反対派というのも今思いついてテキトウに言ったことなので、議論はしませんよ」

 「じゃあなんで邪魔したんだよ!」

 「三千円あればワニ〇二パニック三十回できるじゃないですか!」茜は唐突にブチギレて白石の腕を掴んで自分の胸から離させ、逆に相手を壁に追い込んだ。「私は原始の河川の覇者なのです! あらゆるワニを駆逐し君臨する女王なのです! その地位を守るのに私がどれだけの労苦を支払っているか、あなたには分からないでしょうね!」

 正直処女の茜には堕胎にまつわるモラルなんて良く分からない。自分にとって一番大切なのは自由だと分かっているので、子供を産むどころかセックスもしないかもしれない。だから関係ないと言えば関係ない話だった。しかしこんなことに金なんて本当は出したくない人間は山ほどいただろうし、簡単にやめさせる手段があるのならやめさせたまでだ。

 「何やってるんだ?」いつの間にやって来た教師が恐る恐ると言った様子で声をかけた。「東条、おまえ遅刻だな?」

 「はい! 先生、こちらが遅刻届です」ニコニコ笑って、教師に遅刻届を渡す。遅刻理由のところを見て軽く溜息を吐いた教師は、顎をしゃくって「席に付け」とあきらめたように言った。喧嘩は黙殺されたらしい。

 その後は淡々と授業は進んだ。夏期講習は以前やった個所の反復なので正直茜には退屈だ。たいていの者はそれでも真面目に勉強しているが、しかし茜と同じような考えのものもいるようで、茜に次いで成績の良い茶園などは数学の授業中に英単語カードなど開いているし、白石などは不真面目に携帯電話をいじくっている。茜もポケ〇ンGOがしたかったが叱られたくないので我慢した。

 当然休み時間中に予習復習なんて空気にはならず、白石とその仲間たちなどは忙しく教室を出たり入ったりしている。茜は喉の渇きを感じた。なんか買おうかなと思ったが財布の小銭はゲーセンで使い切っており一万円しかない。そう言えば紫子からもらった〇〇ター〇ッ〇―を原付に忘れて来たことを思い出し、取りに行く。

 原付にたどり着いて、喉の渇きに任せてぐびぐびジュースを飲む。酷い味だった。紫子は食べ物飲み物には感謝する性分で、物をまずいとかあまり言わない性格だが、なるほどそんな彼女が批判するだけのことはある。

 「というかこれマジで飲み物か?」茜は人前以外では口が悪くなる。「下剤みたいな味するぞ。酷いな」

 下剤といえば、こないだ凄まじい即効性を誇る新しい成分が発見されたとか、テレビでやってたっけ……。などと思いながら、ペットボトルを持って教室に戻る。結構な距離がある。廊下を歩いている途中、強い腹痛を感じて茜は壁に手を付いた。

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