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姉妹、落とし穴にはまる 2

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 ホムセンに寄って大きな段ボール二枚とバケツとロープ買ってからチャリ二ケツで山の麓へ向かい、二人で山を登る。片脚引きずってる緑子のペースでも十分ほどで目的地へたどり着けた。そこには姉妹の腰くらいの穴がぽっかりと開いている。大きい。

 「……これに落ちたのお姉ちゃん?」なんて酷い子供達だろう。

 「せや! 悪魔やあいつら!」紫子は拳を握りしめた。「うぅ……せっかく気持ちよぅに遊んどったのに……」

 「仲良くする振りして裏切るのって一番残酷だよね……。可愛そうなお姉ちゃん」緑子は目を伏せる。「きっと暗黒魔族マルディシオの子供達の生まれ変わりだよ……」

 「な、なんや、その暗黒魔族とかいうの?」紫子は目を剥いた。

 「お姉ちゃんの前世が水と空気を作った女神だったって話はしたよね?」緑子はさも当然のことのように言い始めた。

 「えぇ……。い、いや、ごめん、初耳やな?」紫子はどういう訳か冷や汗を垂らしながら表情を引きつらせた。

 「そうだっけ? お姉ちゃんはね昔ねカストルっていう名前の女神様でね、創造神ゼルギウスの娘として妹のポルックスと一緒に生まれて来たの。毎日を穏やかに生きていたお姉ちゃんだけれど、ある日父のゼルギウスが趣味の競馬に専念する為に天界からいなくなっちゃって……」

 「神様が競馬とかするん!? ……も、もうちょい設定を精査せんかったら……」

 「ゼルギウス亡き後、優しいお姉ちゃんはね、下界の生き物達の為に自分の血と吐息で清潔な水と空気を作ってあげたんだ。でも下界で人々の悲鳴を糧に生きていた悪魔のマルディシオにとって、善の女神であるお姉ちゃんは敵だったの。それでマルディシオは自分の産んだ六十六人の悪魔の子供達を差し向けて、お姉ちゃんの命を狙ったんだ」

 「……水と空気作ったり悪魔に命狙われたり、ウチ、偉いたいそうな存在やったんやなぁ」

 紫子は困惑した様子だった。お姉ちゃんなんだからそれくらいすごい存在で良いのに。

 ちなみにカストルの双子の妹ポルックスが緑子の前世であることは言うまでもない。何の神話の本を読んだ時に囚われた妄想なのかは想像にお任せする。カストールとボリュデウケースは姉妹ではなく兄弟だったとかは些細なことだ。

 「マルディシオの子供達との戦いは、人間の英雄ガルダが加勢してくれたのもあってお姉ちゃんが勝利するんだけれど、お姉ちゃんは優しいから情けをかけて命を助けてあげたの。でも魔族達はその恩を忘れて、生まれ変わってからもお姉ちゃんを目の敵にするんだ……。許せないよ」

 「ま、まあ。あんな奴ら信じたウチが悪い。ウチの味方はおまえだけやで緑子」

 「うんお姉ちゃん」緑子は笑顔になる。「それで……どうするの?」

 「……この落とし穴をビッグに改良する」紫子はほくそ笑んだ。「そしてボスジャリの『ケンちゃん』をおびき出し嵌める。マルディシオの子供達かなんか知らんけど、そうすることでしかウチの傷付いた心は癒されんのや……」

 昔母親に捨てられた経験からか、信じた心を裏切られることに紫子はかなり繊細だ。それを怖がって人と距離を詰めないまである。ここ最近はそれでも寛解傾向にあったのだが、この一件は紫子の心を閉ざさせたらしい。本気で傷心している。小学生相手に哀れである。

 紫子は一心不乱に穴を拡張し始めた。緑子の役割はというと紐付きバケツに紫子が詰めた土を引っ張り上げて捨てるというものだ。割としんどいが姉のやることに寄り添うのは当然のことだ。

 空は色濃い夕焼けに染まっていきカラスの鳴き声が耳朶を打つ。山の中を吹き抜ける風は土の香りを乗せていて懐かしい感じがした。もう秋も深まって来た季節だというのにたくさん汗をかいていて、それはなんだか不快じゃない。

 緑子の手を借りて穴から這い出した紫子はなんだかやり切った清々しい表情を浮かべていた。

 「穴掘りってなんか子供の頃の遊びみたいだね」緑子はちょっと嬉しくて笑った。

 「別に子供しかやったあかん訳やないやろ」

 「そうだけど。でもやっぱり大人になるにつれ意味もなくこういうことはしなくなるじゃない。ちょっと寂しいかも。今日はお姉ちゃんと楽しかったけど……」

 「寂しがることあっかだ。子供は子供なりに楽しんだし、大人は大人でしかできん楽しいことがあるわ。歳とか関係なく今を精一杯楽しんだらえぇんやで。そしたら婆さんになる頃には等しくえぇ思い出のはずやわ。ウチらずっと一緒なんやけん時間は死ぬまであるで」

 「お姉ちゃん、好き!」

 「HAHAHA。それにな緑子、この落とし穴はあくまで仕込みの段階や。これにボスジャリを嵌めるんが本番なんやで……」

 ほくそ笑む紫子が見下ろす落とし穴は深さ一メートルを遥かに超える狂気の産物であった。『落ちた時できるだけ痛いように』という正気を疑う目的で穴の底をしっかり踏みしめ硬くするという工夫まで成されている。すべては紫子の復讐心の産物である。

 「穴の底から出られず命乞いをするボスジャリの姿を見るんが楽しみやで……。明日も付いて来い緑子。な?」

 「うんお姉ちゃん」イエス・マム、くらいの条件反射で緑子は返事をした。


 〇


 公園をうろつくジャリ共の多くは背の低い低学年で、どこかまとまりなく落ち着かない様子で不器用な遊びをしている。先に授業を終えた低学年達が公園に集まり、自分達の指導者たる高学年の子供が来るのを待っているという様子だった。

 そのわずかな時間こそ紫子の狙う隙である。ジャリ共の中に昨日紫子を嵌めやがった一員を発見すると、舌なめずりしてにじり寄った。

 「よう」紫子は子供の肩に手を置いて声をかける。

 「え? ちょ……何?」ジャリは紫子を覚えているようで少し気まずそうな表情をこちらに向けた。

 「五百円やるけんちょっとこっち来て」ただ付いて来いと言っても警戒されるが、五百円くれると言われれば従わざるを得ない。完璧な作戦だ! 紫子は自分の明晰な頭脳に感心しきりだった。

 「…………」しかしジャリはぽかんとした表情で首を横に振った。「い、いいです……」

 逃げるように立ち去って集団に紛れていく。紫子は腕を組んで首を傾げた。

 「なんで逃げられたんやろ……。なあ緑子どう思う?」

 「うんとね、お姉ちゃん」緑子は苦笑した。「一言で言うと……『不審者』」

 「……ああなるほど。利巧な子やな。ウチが子供の頃やったら五百円くれるや言われたらムッチャ喜んで付いてったのになぁ」

 「昔そういうことなかったっけ? 二人で遊んでたら、お小遣いくれるからっておじさんの家に連れて行かれて、なんか写真とか一杯取られて……最後なんでかお風呂入らされて千円くれた」

 「せやせや。えぇ人やったな!」紫子はそう言って笑う。

 「……後であかねちゃんに話したら警察に通報してたけどね」緑子は表情を俯かせる。「今時の子は警戒心が強いんだろうね。学校の帰りの会とかで『怪しい人に付いて行かないで』って言われてるの。……わたし達と違って親がしっかりしてるのもあるかもしれない」

 「なんか工夫せんとあかんかなぁ。ええと……」

 紫子は公園を見回した。見覚えのあるジャリを発見する。

 そいつは最初に紫子に声をかけたジャリだった。思えば見覚えはそれだけじゃない気がする。『タカシ』という名前で呼ばれていて常にケンちゃんと一緒に行動する下っ端だ。今は生意気にもスマートホンを操作しながら公演中を歩き回っている。

 「おうタカシ」紫子は声をかけた。「何やっとるん?」

 「え? は……いや……」タカシはびくついた様子で紫子を振り返った。「えっと……ポケ〇ン」

 「おー。ポケ〇ンGOかぁ。えぇなあ」紫子はフレンドリーを装ってニコニコする。偽るのが得意な性分ではないので傍から見るととっても白々しい笑顔だ。だが当の本人は名演技のつもりでいる。「それならなぁ。向こうの方、向こうの山の方、ミュ〇ツー出て来たでぇ。一緒に行かん?」

 「え? 本当? 行く行く!」

 不審者のお手本のような誘い方だったがタカシはそれを上回って間抜けであった。紫子はタカシの手を引いて小山の方へ連れて行った。緑子がためらいがちについてくる。

 小山の落とし穴のあるところに到着する。わくわくとした様子でスマホを持って歩き回るタカシに「こっちこっち」と手招きをする。タカシはキャッキャと笑いながら近づいて来た。そこに落とし穴があった。

 「うわぁああああ!」タカシは落とし穴にかかって落ちた。

 「っしゃぁ! 大成功や!」紫子はガッツポーズをかました。

 タカシはせいぜい膝までの小さめの穴で尻餅を着いて驚きの呆然としている。ケガはなさそうだ。

 大ボスケンちゃんには一メートル超級のビッグ落とし穴がふさわしかったが、前座のチビジャリに対してそれを使用するのはもったいない。小さめの落とし穴を急遽拵えて予行練習としたのだ。結果は大成功だった。

 「な、なに、この落とし穴……」タカシは困惑している。

 「HAHAHA。昨日の仕返しやザマ見ろ」紫子はそう言ってタカシを見下ろす。「バーカバーカ」

 「わ、わー。引っかかったー。えへへぇ」タカシはどういう訳か嬉しそうな表情すらして見せた。邪気のない素直な良い子だ。「ね、ねぇ。ちょっと立ち上がるから手ぇ貸して……」

 「おっと、簡単には出せへん」紫子はにやりと笑う。「出してほしかったら言うこと聞けや。ここにケンちゃんを呼び出せんか? あの木の近くにもう一個すごい落とし穴用意しとるんやけど、そいつにケンちゃんを嵌めたいねん。逆らうとえぇことないでぇー?」

 「で、でも。ケンちゃんを騙したりしたらおれ怒られるよ」

 「あんたは脅されただけや」

 「でも……」

 「五百円やるけん」紫子はポケットから五百円を取り出した。

 「本当? やるやる!」タカシは現金な子供だった。

 タカシはスマートホンを取り出すとケンちゃんに向けてメッセージを打ち始めた。子供同士で一丁前にラインなんぞやっているらしい。他人がやっているのを見たことがあるが、物事を伝えるのにいちいち文字を打つのは面倒だろうに、何故電話よりもこれを使うのか紫子にはちょっと理解できなかったりする。

 「『ここにミュ〇ツー出る』って言っておいたよ」タカシはおずおずと紫子を見上げる。

 「ふふふ……利巧な子は好きやで」紫子は満足げに頷いた。

 「……この子はあんまり賢くなさそうだからそれで騙せたけど」緑子はおそらく悪意なく言った。「そのケンちゃんって子は、高学年生で、いってみればガキ大将なんだよねぇ。簡単に騙されるかなぁ」

 しばらくしてケンちゃんからメッセージが返って来る。『ウソつけスクショ見せろよ』

 「なんやこれ?」紫子は首を傾げる。「すくしょ?」

 「スクリーンショットじゃないかな。ミュ〇ツー見付けた画面を送ってくださいって言ってるよ」緑子は言う。

 「え? 無理やん。ホンマにミュ〇ツー出る訳ないのに。うわ、どないしょどないしょ……」紫子は狼狽える。想定外だ。

 直接ケンちゃんをおびき出すのは難しそうだしついでに言うとその勇気もないので、まずは手下の子供を篭絡しそいつに呼び出させるというのが紫子の作戦だった。我ながら素晴らしい策士ぶりだと自画自賛したものだったが、しかしケンちゃんの頭脳はその上を行った。このままでは作戦失敗に終わってしまう。

 「……うーんとね」緑子は少しだけ唸ってから。「なんとかなるかも……。ちょっとスマホ操作させてくれない?」

 紫子はタカシからスマホを取り上げて緑子に渡す。

 緑子はそこで驚くべき行動に出た。それは紫子には想像もできない程の英知に満ち溢れた高度な技術だった。見ていて何をしているのかも分からない程だ。なんと緑子は、存在しないはずのミュウツーを捕獲したかのような画面を作り出し、ケンちゃんに向けて送信したのだ!

 「すごいなぁおまえ!」紫子は妹の頭をポムポム叩いた。緑子は褒められてうれしそう。

 まあ実際はなんてこともなく、検索エンジンで『ポケ〇ンGO ミュウツー』で検索してコラ画像を引っ張って来ただけなのだが、幸いなことにケンちゃんはネット慣れしていなかったらしく、紫子と同様あっさりと騙されてのけた。

 『すげぇじゃん! 今すぐ行く!』というメッセージが届く。姉妹は快哉をあげた。何故かタカシも笑った。

 これ執筆したのが今年の三月とかなんですけど、今のポケモンGOってミュウツーって実装されてるんですかね。

 インストールしたっきり遊び方がしっくりこなくて一匹も捕まえずにやめちゃったんですよねぇ。ちょっと後悔してます。ただ田舎だからどのみち全力で楽しむって訳にはいかなかったでしょうけども。

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