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姉妹、落とし穴にはまる 1

 〇


 公園のベンチに一人腰かけ、ドッチボールをする子供達を眺めていると、奇妙な寂寥感に襲われる。小さな運動場に棒きれで線を引いただけのコートを跳ね回る子供の中に、どうしても昔の自分や妹を探してしまうのだ。過去に縋りつく程現状を憂えている訳でもないが、しかし二度とあの頃に戻ることはないという現実に寂しさも覚える。

 「あ、あの」

 ぼんやりとしていた紫子に話しかけて来る子供がいた。低学年くらいの男の子で媚びたような表情を浮かべている。

 「なんや?」

 「さっきから見てるよね。その……一緒にやる?」子供はおずおずとした口調で言った。

 「は? えーっと……」紫子は面食らう。「なあボク、ウチ大人やで?」

 「え? そうなの? 見えないけど」

 「バカにしとんのか!?」チビで童顔の紫子はそう言って目を剥いた。

 「ご、ごめ……」男の子は泣きそうな表情を浮かべる。

 「あ、いや……」紫子は後悔して首を振った。この少年に悪意はない。「ごめんごめん怒ってないで。うーん、そうやなー。うん。じゃあちょっとだけ混ぜてもらおうかなぁ……」

 「本当! じゃあこっち来てね……」

 紫子は子供達から歓迎を受ける。彼らのやり取りを聞く限りだと、元々人数と戦力が拮抗しておらず、そこで先ほどからずっとゲームを眺めていた紫子に声をかけたという状況らしい。

 「なあおまえ何年?」ジャリ共の中でも上級生らしきジャリに舐めた口を効かれる。

 「十六」紫子は答える。

 「十六年生?」ジャリはそう言って笑う。こういうくだらなさはいかにも子供らしい。

 「十六歳や」 

 「嘘。四年くらいに見える」

 「バカにしとんのか?」外野に配属された紫子は手にしたボールでそいつの顔面を勢いよくスナイプした。

 「ひでぶっ」

 年甲斐もなく正確無比に放たれたボールは狙い通りにジャリの顔面に直撃する。遠投の成績は学年で下から二番目だったが制球力はそこそこの紫子だった。歓声が上がる。

 最初は『付き合ってやっている』くらいのつもりだったが、遊んでいる内に普通に楽しくなって来た。紫子は昔は望んで外野に行ってボールを投げるのが好きで、まあまあ良いスコアをあげていたもんだった。今もその腕前は衰えておらずジャリ共相手に百発百中。

 「十六年生、すごーい」妙な綽名を頂戴した紫子は小学生たちから称えられる。

 「HAHAHA。ウチはドッチボール二段や。なあボクらえぇ子達やな。かいらしいで」

 「ねえ十六年生、俺らの秘密基地いかない?」

 「秘密基地? いや実はウチなそろそろ帰らんと……」

 「えー行こうよ行こうよー」ジャリ共に縋りつかれる紫子。

 寂しそうな顔でまとわりつかれると弱い。この短期間で自分の何がこのジャリ共の心をつかんだのかは知らないが、懐かれるのは気分が良いしもう少し付き合ってやろう。

 ジャリ共の秘密基地とやらは近所の小山にあるらしい。思い出すのは昔緑子や茜と作った秘密基地だ。茜がホムセンで段ボールを買って来てまでクオリティを追及した為、結構充実した基地になったことを記憶している。

 山道を登る小学生の後ろを進む。年の功は自分にあるはずだ。どれ、どの程度の秘密基地なのか見せてもらおうではないか。場合によっては私財を投げ打ってクオリティを高めてやっても良い。紫子はその時割と無邪気に状況を楽しんでいた。

 「なあ十六年生」ジャリ共に声をかけられる。「なあ、あの木、なんか変じゃねぇ?」

 「うん?」紫子は首を傾げる。子供のこんまい手が示している木の方に視線を向けるが、特に変なところはない。

 「見て来てよ」

 「ええ? ウチが?」

 「そうそう。十六年生が」

 「まあえぇけどやな……」あの木がどう琴線に触れたのかは分からないが、極端なわがままでも無い限り子供の言うことは聞いてやるもんだ。子供というのは独自の感性があるものだし、近づいて見てみれば彼の思ったことにも共感しうるかもしれない。

 そう思い、木に駆け寄った紫子の足元が急に崩れた。

 「ほへぇ!?」

 地面に穴が空き紫子の小さな体が宙に浮いた。ずどんという衝撃を全身に感じ、何かと思うと土の中で尻餅を着いている。何もないところにいきなり穴が空いてそこに落ちたのだ。紫子は困惑する。結構深いしでかい。腰くらいまである。地面が柔らかくなければふつうに大けがだ。

 「ひっかかった!」ジャリ共は手を叩いてわめきたてた。「ひっかかった! ひっかかった!」

 「え……ちょ……なにすんねん」落とし穴か? いや待て仲良くなったはずなのにどうしてこんな目に合わされなければならないのか……。

 「上手くやったな、おまえら」木の陰からニヤニヤとした笑いを貼り付かせた大柄な影が現れる。身長は百五十センチくらい、でっぷりとした体つきの高学年らしきそいつは一目して如何にもなボスジャリ。その顔付きに、紫子は見覚えがあった。

 「貴様は……ケンちゃん!」紫子は目を剥いた。過去にこいつに羽交い絞めにされて池に投げ捨てられた苦い経験が紫子にはある。

 「よう『十六年生』」ケンちゃんはニヤニヤ笑いで自分を見下ろす。「ドッチボール、楽しかったか?」

 「な、なに、あんた。これあんたが掘ったん? こんな深いんあぶな……わっぷ」

 上空から砂が降り注ぐ。ケンちゃんが地面を蹴ったのだ。

 「ハハハっ。落とし穴、大成功!」ケンちゃんは呵々大笑して手下共の手を引き、走り始めた。「逃げろーっ!」

 一人取り残され、穴の中で青い空を見詰めながら、紫子は呆然とした。

 「ウチは……ウチは……そうか。弄ばれたんやな」

 太陽に向かって吠える。

 「ちくしょぉおおおおおお!」

 その目には涙が浮かんでいた。


 ×


 などという目に紫子があっていることを知らないのは、自宅で姉の帰りを待つ緑子である。造花の内職を進めながら鼻歌を歌う。

 「お姉ちゃんまだかなぁ」時計を見る。いつもならもう帰っている時間だ。「寄り道するなら連絡してくれても良いのになぁ。何かあったのかなぁ……」

 玄関の鍵が回る音がする。緑子は歓喜の表情で造花作りを放り出し、新妻のような足取りで姉を迎えに行く。

 「お姉ちゃぁん」緑子はニコニコしながら玄関に立った。「おかえりなさぁい……」

 現れた姉は全身土塗れだった。

 「お姉ちゃん!?」顔に若干泣いた跡がある紫子にただならぬものを感じて緑子は目を剥いた。

 「緑子……緑子、ウチ、弄ばれたよぅ」紫子はそう言って緑子に縋りつく。「悔しいよぅ悔しいよぅ……」

 話を聞いた。どうも街の子供に遊ばれて落とし穴に掛けられたらしい。心の純粋な姉を弄ぶとは酷い連中である。緑子は熱心に共感して話を聞いてやり、姉の頭を両手で抱いた。

 「つらかったねお姉ちゃん。せっかく一緒に遊んであげたのに酷いねぇ」

 「うん、うん。……許せへん」紫子はそこで唐突に喚き始めた。「報復してやるー! ちくしょー!」

 落ち込む時は落ち込むが簡単にスイッチが切り替わるのも昔からだ。長所だと思う。紫子は押し入れを開け放つと大き目のスコップを取り出して玄関に戻って来た。スコップはこないだゴミ置き場に落ちていたのを拾って来たもので、多分なんか武器に改造する予定だったのだと思う。

 「緑子、緑子付いて来い」

 「うんお姉ちゃん」『イエス・マム』くらいの条件反射で答えてから首を傾げる。「ど、どうしたの? どこへ?」

 「やりかえーす!」紫子は声高に宣言した。「このままじゃ済まさへんぞー! ムッチャでっかいん掘って落としたるー!」

 相当悔しかったようだ。緑子は姉の気持ちに寄り添うべく、両手を握りしめて「うんお姉ちゃん」と頷いた。

 タイトルに番号振り忘れてたんで改稿で直しました。

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