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姉妹、女王の座を賭けて戦う 2

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 「しかし、ただやるのもおもしろくないですね」提案するのは茜だ。「罰ゲームとかアリにしません? 敗者は勝者の提案する罰をなんでも一つ呑むのです」

 「ええで。負ける気ないし」紫子は了承した。

 「おや本当に良いのですか? 私本当にすごいこと提案しますよ? お嫁にいけなくなっちゃいますよ紫子ちゃん?」

 「いうたやろ、『負ける気ない』って」紫子は余裕の表情で笑う。「で? どっちからやるんや?」

 「……私です」茜は言って、ポケットからコインを取り出して機械に投入した。

 ぎゅいんぎゅいんと飛び出してくるワニ達を、茜は両手で持ったハンマーで丁寧に叩き潰していく。まだまだここは序盤戦、ワニの出現スピードもゆっくりだ。

 「でもあかねちゃん、叩き方に迷いがなくて確実だね。まるで、どこから出て来るのか分かってるみたい」緑子は言った。

 「分かっとるで」紫子は言う。「序盤は完全にパターン決まっとるからな。そのとおりに叩くだけやから、ここでミスするようならまず戦いの土俵にすら立てへん。強者同士の戦いではノーミスで当然なんや」

 なんか壮大だなぁ。

 一瞬、凪の時間があった。ワニの出現が停止したのだ。故障かと思って目を見張る緑子だったが、その直後、五つある隠れ穴から一斉にワニが出現した。

 「こっからやな」紫子は目を輝かせ、不敵な表情を浮かべる。「お手並み拝見といこうかな?」

 一斉に五匹も出現したのでは流石の茜も万事休すかと緑子は思った。しかし茜は中央のワニから順に、右手で三匹を、左手で二匹を、まるでピアノを演奏するかのような優雅な動きで叩きのめしてしまう。

 「すごい……っ」

 「まあここも、五匹出るってわかっとるし、直前で体制作れるから十分対応できる。というより、できなきゃ話にならん……」紫子は腕を組んでいた。「せやけどこっからは別や! ランダムな上出現が早い。記憶だけじゃどうにもならん領域……どうするつもりや?」

 「私を見くびらないでほしいですね」茜は言った。

 その言葉どおりに、茜は見るも止まらぬ速さでワニを叩きまくった。常人離れした反射神経と運動能力のみを頼りに、激しく音を立ててワニを撲殺する。さっきまでの動きが優雅なピアノ演奏だとすれば、この動きはさながら一流ドラマーのスティック裁きである。

 「は……早い」緑子は圧倒されるしかない。

 「いや……雑や」紫子はせせら笑う。「ワニの出現を見るや否や本能で叩きにいっとるだけ……。それで間におうたとしても先が続かん。戦略性も糞もない」

 そうなのだろうか……? 確かに茜の動きは凄まじく俊敏だが、しかし出て来るワニすべてに食らいつこうとするあまり、右手で左側のワニを叩くなど無理な姿勢を強いられる局面も多い。姿勢を立て直す為に大きな失点を強いられる場面もちょくちょく見られ、ロスに繋がっているようだった。

 汗を飛ばしながら最後に出て来た三匹を叩き終え、茜はふうと息を吐く。『得点』のところには、『96』の文字が表示されていた。

 「ほれ見たことか」紫子は笑う。「たいしたことない」

 「……まあ。こんなところでしょうね」茜は息を吐きながら言った。「『102』というのは私にとって会心のスコア……この96でも私にとっては十分上出来なのです。しかし紫子ちゃん、あなたのアベレージがどのくらいかは知りませんが、あなたにだって調子の悪い時や大きなミスをすることはあるはず。二回やって二回とも完全なパフォーマンスができるか? そうとは限らない、私はそこに勝機を見出しているのですよ……」

 「それが十分なんやな。『この程度のスコアなら調子なんて関係ない』。楽勝や」

 「舐めた口を……」

 「舐めとるのはそっちや。こともあろうにウチに『ワニ〇二パニック』で喧嘩売ったこと、後悔させてやるで」

 言って、紫子は茜を押しのけるように機械の前に立つ。

 「見とけや。これが王者の技や」

 紫子はコインを入れ、両手に持ったハンマーでワニを叩き始めた。

 序盤はあくまで小手調べ。紫子程のプレイヤーがここではミスをしない。前半戦の終了を告げる五匹同時出現も難なく突破する。

 真骨頂が発揮されるのは後半戦だ。不規則に、しかも高速で現れるワニ達を、紫子は意外な程余裕のある動きで叩いていく。そこに茜のような激しさや獰猛さはない。悠長にすら感じさせる静かな動きだったが、しかし叩きミスはほとんど見られず、加算される得点のペースは茜のそれをはるかに上回る。計算されつくした合理的な動きがそこにあった。

 「うっわなんだこれ」茜は目を剥いた。「はっや。キンッモ」

 「キモいとはなんやキモいとはっ!」紫子は怒鳴りながらも手は休めない。まるで自身がワニ〇二パニックの機械の一部かのように精密に手を動かす。「コツはなぁ! 常に先読みをして行動することなんや。次にどっから出て来たらどんな体勢で、どっちの手ぇでどんな順番で叩くか、常にアタマの中で練っておくことや! 所詮穴は五つしかないんやけん、パターンの数は知れとる。ムチャクチャ早いから捨てなあかんワニもあるが、それも含めてあらゆるケースを想定した総合的な判断力が、このゲームには求められとるんや!」

 なんて奥が深いんだろう。緑子は感動した。茜は腕を組んで憮然とした様子を装っているが、しかし額に浮かんだ冷や汗からして、紫子の絶技に狼狽しているのがアリアリだ。

 最後の三匹まで安定した動きで叩き終えて、最終的なスコアは『109』と出た。茜のスコアより13ポイントも差がある。圧勝だ。

 「ざっとこんなもんかな」紫子は僅かに息を乱しながら言った。

 「すごい、すごいよお姉ちゃん!」緑子は興奮して言った。

 「……なるほど。流石に私がライバルと認めただけのことはありますね」言いながら、茜は台の前に立つ。「一本目は取られましたが……。まだ次があります」

 「ん? まだやるんか?」紫子は二ヤニヤとした表情を浮かべる。「力の差は見せたやろ? 恥かく前にやめとけ。今なら罰ゲームは軽めのにしといたる。キャットフード食べさすくらいで勘弁しといたるでHAHAHA」

 「割と酷いんじゃないかなそれ……」緑子は言った。お腹壊してしまうのはちょっとかわいそうだ。

 「……いいえ。動物のエサを食べるのはあなたです」茜は言った。「私はあなたと違って優しくありませんからキャットフードじゃ済みませんよ。紫子ちゃんにはカブトムシゼリーを一袋しゃぶってもらいます」

 「は? 勝てるとでも思うとんのか? 知っとるやろうがウチのハイスコアは116、今の109なんて調子良かった内にも入らん。『ぼちぼち』ってとこや。ウチに勝とうと思ったら最低でも三桁には達っさんと話になれへん。102出すんがやっとのあかねちゃんに、一発でそれは難しいないか?」

 「できますよ? ……手段を選ばなければ、ね」

 「……っ!」紫子はまさかと言う顔で唇を噛む。「あ、あんた、まさか、『アレ』をやる気か? 自ら邪道に堕ちるつもりか……? 」

 緑子には何を言っているのか分からない。ただものすごくシリアスな空気になっているので黙っていた。自分がなんか言ったら多分場が白けるし。好きなだけ小芝居させてあげようと思った。

 「……『ワニ〇二パニック』は結果が全て。最後に表示される得点のみが正義なのですよ」

 「やめろ……っ! 正気に戻れ!」

 「勝利の為に手段を選ぶのは愚かです!」茜はそう宣言し、台にコインを放り込む。「滅びなさい! 屈するのです……闇の力を前に!」

 茜はなんと、ハンマーを手に取らず、素手でワニ達を叩き始めた。何たる外道だろう! 緑子は驚愕する。確かにこれならハンマーと比べはるかに繊細な動きが可能だが、しかしもともと『これで叩いてください』と用意されたハンマーを捨てるなどと、明らかにレギュレーション違反! 台のイラストにもハンマーを持った原始人達が描かれているというのに、この女はあろうことかそのハンマーを使わないという暴挙に出たのだ!

 「『叩く』のではなく『撫でる』ような形でワニを倒せる訳やから、同時に多数出現したワニへの対応力は跳ね上がる……。しかし、これは邪道なんや……許されざる悪の道なんや……」紫子は歯をかみしめてぷるぷる震えている。「こんなことが……こんなことが許されていいのか……」

 「ルールを決めたのは私です。私は『ハンマーを使わなければならない』などと一言も言いませんでしたよ?」茜は余裕の笑みでワニ達を倒していく。手の平どころか時に肘まで用いる悪辣ぶりに、緑子は激しく身震いした。この人は……この人は悪魔に魂を売っている!

 最後の一匹を叩き終えて、茜は満足した表情でスコアを確認する。『117』それは絶望的な数字だった。

 「お姉ちゃん、この数字って……」

 「ウチのハイスコアより一つ上……」紫子は戦慄する。「これを……一発で更新せなあかんのか、ウチは?」

 「……紫子ちゃん」茜はその表情に憐憫すら込めて話し始める。「確かにあなたはワニ〇二パニックを極めた人間と言えたでしょう。しかし……この戦いは既に『ワニ〇二パニック』ではない。お互いの尊厳を奪い合う『殺し合い』なのですよ。最後にものを言うのは技量や経験などよりも、各々が持つ覚悟の強さ……魂の強度なのです。ならばあなたは私には勝てない」

 「ウチは……ウチはあかねちゃんには敵わんいうんか? 小さな頃、『けんけんぱ』でも『ゆびすま』でも適わなかったのと同じに……あかねちゃんには勝てへんいうのか……?」

 「残念ですがそれが現実です。認めなさい。そして跪くのです。負けを認めれば命までは取りません。さあ!」

 「……逃げへん。ウチは逃げへん」紫子は覚悟に満ちた足取りで台へと向かう。「確かに一発で自分の最高記録を2も上回るのは不可能に近いかもしれん。それでも……ウチは逃げへん。戦う。あかねちゃんに勝つ!」

 「愚かな! やれるものならやってみなさい!」

 「うぅおおおおお!」雄たけびと共に、紫子はコインを投入した。

 正々堂々とハンマーを手に取った紫子は、目を血走らせこれまでにない集中力でワニを叩き始めた。その動きには機械のような正確さと同時に、獣のような獰猛な荒々しさをも兼ね備えていた。

 限界を超えている……緑子にはそう見えた。先ほどまでの慎重で安定したプレイが王者の戦い方なら、今の紫子の戦いは挑戦者のそれだ。自身の限界に挑戦し、上回ろうとする命がけの戦い。

 それは功を奏した。積み上がっていく得点ペースは先ほど素手でプレイした茜のそれに勝るとも劣らない。今日緑子が見た中で、スコアの伸び自体は一番だったが、しかしプレイ内容はというと危なっかしくて見ていられない。体勢を何度も崩しかけ、汗を飛ばし、顔を赤くし、転びそうになりながらワニを倒すその姿は狂戦士のそれでしかなかった。

 「お姉ちゃん……がんばれっ!」緑子は言った。

 ついにミスらしいミスもなく、紫子は最終局面を迎えた。最高速度に達してから出現するワニの総数は決まっている。そのラスト三匹を残して紫子はノーミス、点数は115点という状況……この三匹を叩けば紫子の勝ちだ!

 「いえ……叩けない」茜は言った。「紫子ちゃんの短い手では……その体勢から三匹は叩けない。一匹でも離れたところに出現すれば終わり……私の勝利です」

 そのとおりだった。左端のワニをどうにか叩くため、紫子の全身は左側に大きくずれている。これでは右端のワニは叩けない……。

 「頼む」紫子は言った。「頼む……右に……右に来んといてくれぇ!」

 しかし無情にも、一匹のワニが右端の隠れ家から飛び出した。紫子は絶望の表情を浮かべ、茜は勝利の確信を表情に滲ませる。紫子は転びそうになりながら咄嗟に他の二匹を叩いたが、その体勢からは最後の一匹は絶対に叩けない……。

 「お姉ちゃん!」緑子は叫ぶ。「負けちゃダメっ!」

 その小さな手が右端に出現したワニに振り下ろされた。『機械を強く叩かないでください』の注意書きに抵触しそうな勢いでぶつけられた緑子の拳は、最後の一匹を力強く粉砕した。

 あっけにとられた様子の紫子と茜。静かにスコアが表示される。『118』

 「……勝った!」緑子は汗ばんだ姉の手を握り、歓喜の表情でぶんぶん上下に振った。「勝った! 勝ったんだよ! お姉ちゃん!」

 「ひゃ、ひゃくじゅうはち……」紫子は呆然とした様子で、更新された『本日のスゴウデ』を眺める。「そうか……これはウチのスコアや。ウチが……勝ったんや! あかねちゃんに! ウチが、『ウチら』の勝利や、緑子! でかしたで!」

 「いえーい!」そう言って手を高く掲げる緑子。「ひゃっほぉおお!」姉妹の呼吸ですかさずそれに自分の手をぶつける紫子。

 「「わーい! わーい!」」

 「認めねぇよ!?」ひきつった表情で言ったのは茜だった。「いやいやいや。これは紫子ちゃんと私の勝負でしょう? ダメじゃないですか緑子ちゃん手出しをしちゃ? これは無効です、最後の1点は無効……いいえ、あのワニを叩きそこなえば『噛まれた数』が増えて1点の損失になった訳ですから、都合2点が差し引かれて116点が正確な記録。私の勝ちということに……」

 「いうてウチら、ニコイチやし?」紫子は鼻を高くして、妹の肩に手を回した。「妹の力はウチの力て・き・な?」

 「そうだそうだー」きゃっきゃと笑う緑子。

 「だいたいな、自分がいうたんやろ? 『最後に表示されたスコアが全て』って」紫子は笑う。「ルール決めたんはあかねちゃんや。そのあかねちゃんが確かにそういうたんや。で、今の『本日のスゴウデ』はウチの……『ウチらの』記録や。これが『結果』なんちゃうかな? ん?」

 「うーん。詭弁なような……?」茜は腕を組んで首を捻る。

 「確かにウチは『あかねちゃん』には勝てへんかった。一対一ではあかねちゃんのスコアに適わんかった訳やけんな。せやからワニ〇二クイーンの座はあかねちゃんに譲る。でも経緯はともかくスコアで上回った以上『賭け』には勝った。それは認めてもらえへんやろか?」

 「口が達者になりましたね、紫子ちゃん」茜は溜息を吐いて肩を竦めた。「しかし、いちいち反則だのと言っていられないのも確かでしょうね。ほら、中学生男子あたりが三人組くらいで叩いてることって、ちょくちょくあるじゃないですか? 寄ってたかれば当然良い記録は出る訳ですけど、しかし機械にそれを反則と判定する機能はない訳で……。だから、結局ワニ〇二パニックはどんな手段を使おうとも高いスコアが出すことが全てのゲームなのですが……紫子ちゃんは今日まで正々堂々とした手段でそれに勝ち続けて来た。私もワニ〇二クイーンを目指したものとしては、タッグプレイに文句をつける訳にはいかないでしょうね」

 「それでこそ次期クイーン……いや、今季クイーンや!」紫子は茜にハンマーを渡す。「受け取れや。『女王のハンマー』や。このゲーセンの『ワニ〇二パニック』は、あかねちゃんに任せたで」

 ただのハンマーにしか見えなかったが、茜はそれを恭しく受け取って嬉しそうに微笑んだ。

 「任されました。しかしたとえ私が女王になっても各上はあくまであなた。女王として『本日のスゴウデ』を挑戦者から守りながら、あなたの背中を追い続けることにします」

 「心意気やよし! さて……ところで『賭け』にはウチが勝った訳やが……罰ゲームか」紫子は楽しそうな顔をする。「ホンマに食ってもらおうかな、キャットフード。どないしょかな?」

 「お姉ちゃん。それはちょっとかわいそうだよー」緑子は言った。「お腹壊しちゃうよ。やめてあげよう?」

 「緑子は優しいなぁ。感謝するんやであかねちゃん」

 「お慈悲をありがとうございます」茜は恭しく頭を下げる。「それで、どういたしましょう?」

 「ほな一発ギャグ!」紫子は人差し指を突き出す。「おもっしょいことせぇや!」

 「えぇ……。そんなこといきなり言われても……」と沈んだ声を出したかと思いきや、茜は笑顔になる。「あります!」

 「見せてみぃ!」

 「良いでしょう。笑い転げなさい!」

 茜は両手を合わせて天高く掲げると、体をびしっと伸ばして緑子たちから見て左方向にほんの少しだけ体を捻じ曲げた。

 「六時二分!」

 一瞬、空気が硬直した。どうやら、茜の細い身体の腰から上で『長針』、腰から下で『短針』を表すことで、時計を表現したギャグなようだ。茜は『どう? どう?』と言わんばかりの期待に満ち溢れたニコニコ顔で緑子たちの大爆笑を待ち受けている。

 紫子は苦笑がちに言った。「センスないなー自分」

 「は? 何故? こんなにおもしろいのに?」茜は『六時二分』をしたまま意外でたまらないといった表情で言った。

 「わたしは面白いと思うけどなー」緑子は言う。「『六時二分』なのに、本当は『五時五十八分』の角度なところとか、すごくおもしろいよ!」

 「さ、さすがは緑子ちゃん。見る目がありますねHAHAHA……」などと言いながら、茜は冷や汗を浮かべる。緑子にはその冷や汗がの意味が分からないが、実際のところただ単に体を曲げる方向を間違えただけである。

 「……まー今日のところはそれで勘弁しといたる」紫子は緑子の手を引いた。「ほな、自分ら銭湯行って来るで。あんたは罰ゲームってことで閉店までそうしとってなー」

 「へ? 閉店まで?」茜は焦った表情になる。「いや、私そろそろおしっこしにいこうかなと考えていた塩梅なんですがそれは。私みたいな美少女がゲーセンの真ん中でステキなギャグをしながら失禁なんて、未来永劫語り継がれちゃいますよ?」

 「ほな十分で勘弁しといたる。自分、昔から賭け事には真面目やもんな。実行できる範囲の罰はやり遂げるって信じとるで! ほなな!」

 言いながら、紫子は緑子の手を引いてゲームセンターの外へと歩いていく。緑子は手を引かれながら茜の方を振り向いて、「ばいばーい」と手を振った。

 「え? いや、ちょっと。銭湯行くんだったら私も連れてってくださいよ私の部屋シャワーしかないんですから。待った、待った待った。おい待てこら×すぞ! ああ待って本当に待って。そうだアレださっき拾ったメダルゲームのメダルがあるんですミニゲームしませんか一緒に楽しいですよ」

 「せぇへん! あんた足早いんやけん追いかけてこいや!」

 紫子がそう言って、『六時二分』状態の茜を置いて二人は店を出る。本当は茜の勝ちだったのに、紫子のあの詭弁で納得してくれて、罰ゲームにまで付き合ってくれるあたり器は大きな人である。変わってるけど。

 二人で自転車に乗り込みながら、紫子は嬉しそうに言った。

 「いやー初めてあかねちゃんに勝てた気がするわ! 気分ええで。しかしあかねちゃんもなー暇やなぁ毎日毎日ウチの記録に挑戦しとったなんて」

 「どうかなー」緑子はくすくすと笑う。「あかねちゃん、単にお姉ちゃんと遊びたかっただけかもしれないよ?」

 「ウチと?」紫子は首を傾げる。

 「うん。多分、どうにか記録を塗り替えて、驚いてるお姉ちゃんの前に、勝ち誇って登場したかったんだろうね」

 「なんやまた手間のかかった……。ふつうに『一緒に遊ぼう』っていやええやろうに」

 「あかねちゃん、そういう芝居がかったこと好きだし、少し照れ屋さんだから。だから、今日はあかねちゃん、楽しかったんじゃないかな?」

 「まー確かに絶好調やったしなー」紫子は言う。「銭湯でまた会うやろから、夕飯さそったろかな? 今度はスマ〇ラで叩きのめしたるでー」

 「そうしようそうしよう」

 自転車に乗った二人が風を切りながら銭湯へ向かって行き、この話はおしまい。

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