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姉妹、お菓子くれなきゃ悪戯する 2

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 「あかねちゃんにお菓子出すなら注意せぇ」と言ったのは姉の紫子である。「一まとめに皿に盛ると『早いもの勝ちの論理』を適用してくる。一人分ずつあらかじめ分けて出すんや。あの人はあれで縄張りは守るからそれでおとなしいなるで」

 緑子はクッキーをいくつかずつ小包に入れて年長の友人二人に差し出した。紫子が食べるように促すと、茜はばりばりと一つかみで大量を豪快に、ハイカワさんは一つずつ機械的で素早い動作で口に入れる。

 「あっま」茜はそう言って口を覆った。「上手に焼いてあるのは分かるんですが……砂糖入れ過ぎじゃないですこれ?」

 「えー、ムッチャ美味いやん」紫子はそう言って小首をかしげる。「甘い方がええやん。なあ北野さん」

 『あなた好みに作ってあるんでしょうね』北野はノートにペンを走らせた。『少しコセーテキ』

 緑子は姉専用のパティシエであり料理人だ。紫子が何を好み何を嫌うのかというのが絶対的な正義なのである。世間一般の基準なんてものは介在する余地がない。姉の称賛を得る為にレシピ本の記載の三倍の砂糖を入れるくらいのことは、緑子にとって当たり前のことだ。

 「緑子の料理は世界一や」紫子は本心からそう言ってくれる。「お菓子はうんと甘いんがえぇ。緑子はそれが分かっとる。施設におった頃調理室の砂糖盗んで来たったら喜んだもん」

 「一緒に舐めたよねお姉ちゃん。おいしかったなぁ」うっとりした表情の緑子。

 「本当においしいのです? ただの砂糖が?」と茜。

 「おいしいよぅ」姉が自分の為に盗って来た秘密のお砂糖だ。素敵な味に決まっている。

 「…………まあ、食べ物のようなものは人間の主観のみが評価を決めるのですから、必ずしも有名スイーツ店の商品だけが美味な訳ではないのでしょう」茜はそう言ってクッキーを一口食べる。「成長期に入った頃は、良く父に内緒で棚や冷蔵庫漁ったものです。カップラーメンの美味かったこと」

 茜が勝手にテレビを付けると、ニュース番組でハロウィンが特集されていた。繁華街を仮装した若者たちが練り歩き、楽しく盛り上がる反面トラブルも起きているとのこと。

 「ここに北野さんが行ったらおもしろいんじゃないですか?」そう言って茜は北野の肩を叩く。「ここのペイントなんか肉がただれて骨がむき出しになってるみたいで非常に完成度が高い。私達をビビらしておわりっていうのももったいないのでは?」

 「あかねちゃんビビっとったもんなー」と紫子。「あんたがマジでこわがっとるとこなんか始めて見た」

 「あかねちゃん、殴ったり蹴ったりして勝てる相手は怖がらないけど、ユーレイとか妖怪とかはダメだもんね」と緑子。「わたしが怪談の話とかすると普通に怖がってくれるし」

 「……あなたの怪談はふつうに無茶苦茶怖いですけどね」茜は額をぽりぽりとやる。「頼りないところを見せてしまいました」

 「北野さんの勝ちやであれは」紫子は顔をしかめる。「怖すぎや。テレビに映っとる誰にも負けてへん」

 『本当にいく?』とメモに描いて見せるハイカワさん。『車なら出せるけど。あかねさんのフランケンも、あなた達のジャックランタンも、とてもキュートよ。楽しいと思うわ』

 そう言われ、緑子は自分が繁華街の様子を映すテレビに視線をやった。

 仮装をした若者たちの練り歩く繁華街はまさに百鬼夜行、クリーチャーたちがひしめく恐ろし気な様相と化している。だがどの仮装を見てもハイカワさんのゾンビにはかなわない。きっと皆が一目置いて道を開けるはずだ。

 緑子ならどんなイベントごとも姉と二人で楽しめればそれで満足だ。だがハイカワさんは今日の為にとても一生懸命に自分にペイントを施して来たのだ。自分達を怖がらせて写真に撮って、それで終わりというのも確かに寂しいのかもしれない。

 「行って見ないお姉ちゃん?」緑子は言った。「きっと楽しいよ」

 「え? ウチはえぇけどでもおまえ人込みとか……」

 「お姉ちゃんいたら大丈夫だよ。今日すごく調子いいんだ」

 「…………ほうか。ほな行って見るか」紫子は笑って頷く。「じゃあ準備せんかだ」

 「決まりですね」茜はそう言って立ち上がった。「目にもの見せてやりましょう!」


 ×


 やたら完成度の高い長身のゾンビにフランケンシュタイン、双子のジャックランタンという四人組が怪異達のひしめく繁華街へと降り立った。

 冗談抜きで怖いハイカワさんがいれば回りは勝手に道を開けてくれた。不躾にカメラを向けようとする者たちにハイカワさんはそっけなくピースサインをくれてやっている。

 「楽しそう、ハイカワさん」緑子が言った。

 「そうなん? ならええけど……あの人無表情やからなぁ」と紫子。「おまえは楽しい?」

 「楽しいよー」ニコニコと緑子。「お姉ちゃんは楽しい?」

 「まあええ気分かもな。こういう仲良し集団でなんかするみたいなん、長いことなかった気ぃするし。施設とか学校での集団行動ってホンマに苦手やったけど、今は楽しいわ。好きな相手ばっかやし、おまえもおる」

 「北野さんも茜軍団に加えましょう。得難い人材です」茜は上機嫌に言った。

 『コーエーにぞんじます』ハイカワさんはノートにそう書き記した。

 茜は自分が先頭でありさえすれば人付き合いをしない訳でもない。ハイカワさんのことは気に入っているらしい。ハイカワさんはハイカワさんで、一歩退いて自分達を観察している分には楽しいようだ。

 「茜軍団といえば」と緑子。「あかねちゃん、胡桃さんには声かけなかったんだね」

 「そうでもないですよ」と茜。「あなた達の家に来る時誘ってみたんですけど、予定があるからとか言って断りやがりましてね」

 『イガイね』とハイカワさん。『カレ、あかねさんにはぞっこんなのに』

 「まあ大方ネットでハロウィン配信でもするつもりなのでしょう。どーせアイツは教室じゃ落伍者ですからね。私以外に面と向かって遊ぶ相手なんていませんよ」

 茜軍団ってそういう集まりかもなぁと緑子はふと思った。とうの茜は孤高の人間で子分はともかく対等な友人は求めていないし、紫子は職場でのことを詳しく話してくれるが友達と言える人はいないらしく、緑子自身は姉にしがみ付いて生きているだけで人との関わりはほとんどない。ハイカワさんは謎めいているが、だがあまり社交的でないのは確かそうだ。

 「んなこというて、実はちょっとやきもちなんちゃう?」紫子がそこでからかうように言った。「浮気でもしとらんかホンマは心配やとか?」

 「笑止」茜は鼻で笑った。「私は自身の魅力に絶対的な自信を持っています。奴に不貞を働く気など起きるはずもありません」

 「アハハっ。そない言いきれるんはあかねちゃんのすごいとこやで」と紫子。「まあでも胡桃さんは誠実な人や。浮気みたいな酷いことはせぇへんやろ」

 などと言い合いながら歩いていると、目の前を仮装した二人組が横切った。

 茜軍団四人組は硬直した。

 魔法少女マジカルキューティに登場するキューティブラックの恰好をした胡桃南が、眼帯を付けたパイレーツ衣装の女性と一緒に歩いていたのだ。

 黒い眼帯をして頭にはどくろの描かれた海賊帽子、右手はフックになっていて左手には長剣を持っている。背はあまり高くなく、百六十センチ程度の胡桃と並んでも身長差がある。百五十センチあるかないか。華奢な身体をしていたが顔立ちは良く整っていて、胡桃と同年齢だとするとやや大人びている。

 肩を並べる二人の距離は近く、如何にも仲睦まじそうだ。熱心に話しかける黒い魔法少女に、パイレーツが深い親愛を感じさせる表情で頷いている。互いの頬やら肩やらに魔法のステッキや長剣を突きつけ合ったりして楽しそうなその様子は何とも言えず、健全で綺麗な親密さに満ち溢れていた。

 緑子はまずは姉の表情を伺う。ポカンとした視線が向かい合うと、二人は阿吽の呼吸で同時に茜の方を見た。

 真っ青になっていた。本物の幽霊を見た時みたいに、信じられないとばかりの表情で固まっていた。フランケンシュタイン博士に見捨てられたことに気付いた時の怪物は、おそらくこんな顔をしたのではないだろうか?

 「あ、あかねちゃん?」緑子は気遣って声をかける。「そ、その、あの……ええと。だ、大丈夫。ま、まだ浮気とか決まった訳じゃないから。確かめてみよう? ね?」

 「確かにただ女の人と歩いとるだけや。判断するには早い。早いけども……」紫子はそう言って腕を組み、下を向く「けどもしこれがホンマに浮気なんやとしたら、ウチ胡桃さんには幻滅や。浮気とか不貞とかそういうんって人をものすごい深く傷付けると思うねん。それも自分のことを一番強く愛している人間のことをや。絶対したあかんことやで、ホンマに」

 「そ、そうだよねぇ」緑子は顔を伏せる。「わたしも、お姉ちゃんを男の子に盗られたらきっとその人殺しちゃう……」

 「お、おう」真顔で言った緑子に紫子は表情を引きつらせる。「大丈夫やで緑子。ウチおまえ以外のこと嫌いやし。どこへもいかんけんな」

 「うん! お姉ちゃん大好き」

 紫子は友人すら自分と共通の人間しか作らない。口には出さないが、自分の嫉妬心に気遣ってくれているのだ。そこまでしてくれる姉のことは大好きだし信用するに決まっている。この人は絶対に自分とずっと一緒にいてくれるのだ。

 双子のジャックランタンは微笑みを交わして手を取り合った。そのくっつきあう二つの小さな体を、フランケンの怪物がまとめて羽交い絞めにした。

 「いちゃついてんじゃねーよてめぇら!」怪物は涙を流していた。「ちくっしょう! ちくっしょう! あの野郎! あの野郎! 殺す! 殺してやるマジで! 許せねぇ!」

 『おちつきなさい』ゾンビがメモ帳にそう書いて見せ、ジャックランタンの双子を揺さぶり続ける怪物の肩を掴んだ。『二人のいうとおり。まだきまったわけじゃないわ』

 「男子高校生なんてぇ肉欲の塊みてぇな存在が、何の邪な感情もなく女と二人で歩く訳ないでしょうが!」茜は鼻水をずるずるしながら酷い声で吠えた。「私の誘いを断って別の女と! ……うぅ、ショックだぁ。私ふつうに胡桃くんには好意あるのに……」

 言いながら膝を降り、顔を覆う茜の右肩を緑子は両手で握ってやり、左肩を紫子はぺしぺし叩いてやった。

 「かわいそうなあかねちゃん」と緑子。

 「……ホンマやで。あの女がナニモンか知らんけど胡桃さんももうちょっと考えて行動せんかったら。黙って他の女と遊びに行くとかそーとー不誠実やで。しかも実際にバレて恋人をこんだけ傷付けとる」と紫子。

 『じじょうをきかないと』ハイカワさんは冷静だった。『しゃくめいすることくらいは許してあげましょう。ねぇあかねさん』

 「……あいつ結構口が達者なんですよね」茜はそう言って立ち上がる。「真顔で白を切り続けるくらいのことはしてきますよ。それにもし本当にただの友達なんだとしても、私がそれを確信できなければ意味がないのです。…………ああちきしょう、なんでったってこの私が他人のことでこんな気持ちになってるんですか!」

 茜の信条は天衣無縫の唯我独尊、周囲の人間などどうでもよくてひたすら自分に正直な性質だ。これまで他人のことで心を動かされたことなどほとんどないに違いなく、嫉妬心というのもひょっとしたら初めて経験することなのかもしれない。

 「あかねちゃん、ホンマに胡桃さんのこと好きなんやなぁ……」と紫子。

 「あかねちゃんは本当に気に入った人しか周りにおかないから。わたし達にも優しいし……胡桃さんのことだって」緑子は顔を伏せる。

 姉妹は茜との付き合いが深い。彼女の傷心には共感するし寄り添う気持ちだ。胡桃のことだって酷いと思うし真実を確かめたいと強く思う。

 『とことんといつめてみるしかないわよ』とハイカワさん。『何ならあたしたちもいっしょに。なっとくいくまで話しましょう。ねぇ?』

 「……いいえ」茜は首を横に振った。「どうせ何を聞いたって納得できるはずがありません。ここは行為で示してもらうしかないでしょう」

 「行為で?」紫子は首を傾げる。「土下座でもさすんか?」

 「いいえ。あの女性と、この私と、彼がどちらを本当に大切に思っているのかを、彼自身の行為で示してもらうのです。そして私を取ったなら釈明の余地あり、あの海賊女を取ったならギルティ、有罪確定とします。罰は万死に値しましょう」

 「万死にって……まあ、あかねちゃんがマジで敵に回ったら、命くらいは覚悟せなあかんやろうな」と紫子。「ほんでなんするん? どうせアホなことするんやろうけど、今回ばかりは手伝うで?」

 「そう言ってくれると思っていました」言いながら、茜は涙を拭い、腕を組んで胸を張った。「ナイスなアイディアがあるのです。全員の力が必要です。紫子ちゃん緑子ちゃん北野さん、力を貸してください」

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