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姉妹、女王の座を賭けて戦う 1

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 「お姉ちゃん。おねえぇちゃん。朝だよー」

 などと緑子は、タオルケットを跳ねのけてものすごい体勢で眠っている紫子に声をかけた。基本的に緑子はどんな状態のお姉ちゃんも大好きだが、中でも眠っている時に紫子が行う軟体動物染みた動きは一種芸術的ですらあり、これをつい眺めてしまうことが緑子の入眠困難に拍車をかけている。

 「むにゃむにゃ。あと二時間寝かしてくれ」

 「お姉ちゃん。そこは五分くらいにしとこうよー」

 「ほんなら五分」

 「よくそんな寝れるねー。……昨日寝たの九時なのに」

 朝の八時である。十一時間という狂気じみた睡眠を得てさらにまだ眠ろうとしている紫子とは対照的に、緑子は一睡もできていない。眠れない癖眠っていない分の疲労はしっかりと感じるという、毎度のことながら地獄のようなコンディションだ。次寝れなかったら鎮静剤飲もうかな、強いからあんまり飲んじゃダメって言われてる奴だけど。

 「じゃあもうちょっとごろごろしててよ。わたしごはん作ってるねー」細かい作業を集中してやることに困難を抱える姉に炊事洗濯掃除は不得手であり、主に緑子の領分になっている。自信も持てているし、楽しい。

 「すまんなぁ」

 「いいよー。目玉焼きとサラダとお味噌汁とかでいい?」

 「こないだベーコン買うたやろ? あれ目玉焼きに敷いてくれ」言いながら紫子はタオルケットを自分の身体に巻き付けるような動きをする。

 「いいよー。お味噌汁の具は?」

 「ナスはやめろ。それだけや」

 「はーい」

 てな訳でてきぱきと料理を進めていると、その内おいしい匂いに釣られて紫子が起きだした。

 「うーん。前と比べたらマシになったけど、ナンボでも寝てまうん治らんなぁ」紫子は布団を片付けながら目に涙を浮かべてあくびをしている。「無気力やぁ無気力。朝は特にやぁ」

 「でもお姉ちゃん、もうお薬飲んでないんでしょ? すごいじゃない。わたしなんてお薬ないとほとんど寝れないよ」

 「そんなん緑子には緑子のペースがあるんやから気にせんとゆっくり治しや。しっかし、同じ屋根の下に不眠と過眠が両方住んどるんもおもっしょい話やで」言いながら、紫子は緑子を手伝おうと台所に歩いて来てくれた。こうなると主導権を譲ってしまいたくなるのが緑子の性格だが、紫子は味噌汁の作り方すら微妙なので、こっちが指示を出すしかない。

 とりあえず「お茶出して」と言っておこう。それが終わったら「お箸出して」だ。

 食事が完成する。紫子は朝からもりもり食べて「おまえの飯が一番やわぁ」と笑顔。緑子はとてもうれしい。自分なんかでも生きていて良いんだなという気分になる。

 「お姉ちゃん。今日はなにかあるの?」

 「こないだ面接したバイトの合格通知が今日やねん。ダメやったらまた履歴書描かんとやから受かりたいな」紫子はこないだバイト首になったばかりで目下職探し中だ。「ウチ履歴書描くん嫌いやー。ホンマ嫌い。細かい字ぃ書くんすごい苦痛。ウチ漢字も緑子に教えてもらわんと書けへんしなぁ」

 「小学校の漢字もだいたい無理だもんね」緑子は悪意なく言った。

 「うぐぐ。でもウチが小学生だったのって何年も前やん? 何年も前に教わったことやろ、忘れへん? 『機械』とかホンマどうなっとんって感じなんやけど」

 「それはお姉ちゃんが特殊なんじゃないかなぁ……」

 「漢字とか『模様』やん? 『模様』を記憶し続けるのって割とキツいで?」

 「大丈夫だよお姉ちゃん。お姉ちゃんは本当は記憶力だって良いんだよ。だって『じゅげむ』全部言えるんだもんすごいよ!」エールを込めて緑子は言う。

 「……なんかずれとるよなーおまえは」紫子は笑う。「ほなごちそうさん。さて……今日も行こうかな」

 「行くって、どこに?」

 「イ〇ンのゲーセン」紫子はにやりと笑う。「バイト探しの空き時間におもっしょい日課があるねん。緑子も来るか?」

 「毎日ゲームセンター行ってるんだ。たくさん寝てるのに意外と暇なんだね」緑子は無邪気に感想を言った。

 「それで悪意ゼロやけんすごいわ自分」紫子は苦しそうに胸を押さえて言った。なんだろう、まずいこと言ったかな?


 ×


 「「ひゃぁほおおおお」

 紫子がこぎまくる自転車の荷台は好きな場所だ。緑子の知っている一番のスピードだし、姉にしがみ付いていると外に出ていてもなんだか安心できる。

 姉に続いて緑子はゲームセンターに入る。紫子がまず向かったのは『ワニ〇ニパニック』と書かれているゲームだった。

 なんだか見覚えがある気はするが、やったことはないゲームである。『叩いた数』『かまれた数』『得点』とそれぞれ表示があり、さらにそれらの斜め上には『本日のスゴウデ』と書かれた表示もある。開店直後だからかいずれの数字もゼロである。

 「大事なのは『得点』と『本日のスゴウデ』や」紫子は楽しそうに言う。「『得点』はようするにゲーム全体のスコアのことや。んで、その日のハイスコアが『本日のスゴウデ』として表示される。ウチはひとたびプレイすれば必ずこの『本日のスゴウデ』を更新し、それを丸一日誰にも破らせへんのや!」

 「え? どうしてそんなことができるの?」

 「ウチはこのゲームが達人級に上手い! 一回やったら、夕方もう一回見に行く。朝一番でウチがプレイしたスコアがそのまま『本日のスゴウデ』として残っていたらウチの勝ち。更新されてたら負け。しかしウチは今のところ常勝無敗! ワニ〇ニクイーンという訳やな!」

 「お姉ちゃん、やっぱりお仕事ないと暇なの?」 

 「ガハッ!」紫子は吐血しそうに胸を押さえてせき込んだ。「ゴホッ、ゴホッ!」

 「でもなんかすごいよお姉ちゃん。お姉ちゃんはこのゲームが、このあたりの人で一番上手だってことだもんね。えへへへ」自分のことのように嬉しい緑子。なんだって容量の悪い自分には、どんなことでも『一番』というのはすごいことに思える。

 「ま、まあな。HAHAHA」紫子は気を持ち直して言う。「ほな早速プレイしよかっ!」

 「どういうゲームなの?」

 「ワニが出て来るけ、ハンマーで殴ってやっつけるんや」

 シンプルな説明だがそれだけ単純なゲームなんだろう。ハンマーというのは台においてあるこの布製の奴だろうか。相手はワニなのにこんなので倒せるのだろうか。多分、ものすごく強くたたくんだろうなと緑子は思った。

 「早く叩かないと、ワニに噛みつかれる。そうすると得点が減る」

 「え? 噛むの!?」緑子は恐れおののいてその場で身を退いた。「じゃあ、すごく伸びて来るんだね、この子たち」

 「あ? 伸びて来る?」

 「いやだって、『噛みつかれる』ってことは、ワニの人形が顔とかお腹とかに『みょーん』って伸びて来るんでしょ?」言いながら、緑子は台から距離を取る。「痛いのかな? 怖いなぁ。気を付けてねお姉ちゃん」

 「ホンマ天然やのー自分。いうてこれゲームやからな? 『噛まれた』ということになるだけや。実際に噛まれる訳やないやろ」

 「え、そうなの?」

 「……現実にワニの人形があるけんホンマに噛まれるように思ったんかな? そこはそういう『設定』なだけなんやな。ゾンビが襲い掛かって来て殺されるようなゲームもあるけど、あれも『設定』にすぎんから怖ないやろ? それと一緒や」

 「あ、そうだね。じゃあ安心だね。えへへへ」

 「ああいうゲームは平気なのに、これは怖がるんやけん、よう分からんわぁ……。ウチ、ああいうんは緑子がやってるの見てるだけで怖いんやけど」

 「ゾンビってうねうねした動きがおもしろいじゃない? 寝起きのお姉ちゃんみたいで可愛いよ」

 「えー? ウチの寝起きってあんななんー? えー嘘やろー?」

 「それじゃあお姉ちゃん」緑子はエールを送った。「ワニ退治がんばって」

 「ま、まあ、せやな。えぇとこ見せたらんとあかんでぇ。ふふふ」

 上機嫌に、紫子はコインを投入した。古臭い音楽と共に、ワニ達が次々と穴から顔を出す。

 目にもとまらぬ速さで出て来るワニ達を、紫子は両手に持ったハンマーで難なく叩いていく。なるほど、上手だと自分で言うだけのことはある。どこからワニが出て来るのが分かっていて先回りしているかのようだ。

 最終的に『101』という得点が表示される。緑子はニコニコしながら称賛した。

 「すごいお姉ちゃん! 101点だって! 101点! 100点より1点多いよすごいよ!」

 「うーん……微妙」紫子は苦々しく言った。「良いとこ見せようとして力んだかも。まあ三桁ならやり直す程やないし、これでいいかな?」

 「え? 微妙なの」100点と言えばテストの満点だしそれより一点多いなら絶対すごいのに。

 「110点はないと『調子良い』には入らんかな。ちなみにウチのハイスコアは116やで」

 「あんまりミスとかしてるみたいに見えなかったのに、まだ上があるんだね」

 「せやなー。まあ多分120くらいが理論値かな?」紫子は目を細くして言う。『理論値』なんて言葉がスラスラ出て来るのに、『四』より上の数字が漢字で書けない紫子が緑子は大好きだ。

 「夕方に見に来るんだよね?」緑子は少し興奮していた。ようするに姉とゲーセンで遊べて嬉しいのだが。「その時も連れて来てもらっていい?」

 「ええでええで」紫子は自分のしていることに興味を持ってもらえてうれしそうだ。「まあ絶対更新されてへんけん。見とれよー」

 「うん! 楽しみ!」

 という訳で、二人は勝利を確信しつつイ〇ンモールを立ち去った。


 ×


 落ちる方が難しいスーパーのレジ打ちに合格したことで、姉妹は手を叩き合って狂喜乱舞した。お祝いということで昼食はちょっと豪華にした。

 上機嫌なまま夕方になり、話していたとおりに二人乗りでイ〇ンに向かう。ゲームセンターでワニワニパニックのコーナーに向かった二人は、信じがたい光景を目にした。

 「え? 嘘?」緑子は目を疑う。「こ、更新されちゃってる……」

 『本日のスゴウデ』のところに紫子のスコア『101』はなく、代わりにさらにそれを一つ上回る『102』が表示されている。誰かが更新したのだ。

 「あー。ついにやられたかー」紫子は苦い表情をする。「調子悪かったしなー。でも負けは負けやな。ワニ〇二マスターは返上かなー。悔しい」

 「で、でも、101点でもすごい記録なんだよね? いったい、誰がそれを……」

 「私です!」

 背後から嬉々としたでかい声が聞こえて、びっくりした緑子は思わず紫子に飛びついた。

 そこに立っていたのは茜である。この間再会した過去の幼馴染で、緑子にとっては紫子以外では唯一単体で恐怖を感じない人間だ。普段から自信満々の表情を浮かべている彼女だが、今日はいつもよりドヤ顔三割マシである。

 「いやぁ。ゲーセン通いの長い私ですから、毎朝ワニ〇二パニックをプレイして快記録を残していく『何者か』がいることは分かっていました。それが紫子ちゃんだということも。その常勝記録、このとおり破らせていただきました」

 「……自分、そのいつの間にか後ろに立っとるのマジでやめてくれんか?」紫子は緑子の後頭部を撫でて落ち着かせながら言う。「妹がビビるやろが」

 「……あかねちゃん、毎日ゲームセンター来てるんだ」姉に頭を撫でられながら気持ちを落ち着けて緑子は悪意なく言う。「友達いないもんね」

 「あぐふっ」茜は応えたように吐血するような音を発した。

 「しかし暇やなー自分。けっこう良い進学校通っとるんとちゃうんか?」

 「勉強とは自分を高め目標に近づく手段です。私の今の目標はワニ〇二パニックを制することですから、その為にはゲーセンに来るしかないのですよ」

 「アホ」

 「ところで紫子ちゃん。……私、勝ちましたよね?」茜はにやにやとした表情で心底嬉しそうに言った。「いやぁ、また勝ってしまいました。もうね、敗北を知りたいみたいな? もう誰も私を止めることができないみたいな?」

 「……ま、現にスコア更新された訳やしな。しゃーねぇよ。あんたの勝ちや」

 「悔しいでしょうね。悔しいでしょうねぇ紫子ちゃん。下剋上くらって悔しいでしょうねぇ。奢る平家は久しからずと言いましょうか? HAHAHA」

 「ホンマうっとうしいな自分」

 「ふふふ。まああなたもすごかったですよ。しかし最後に笑うのは常に私だということです。それは覚えていてくださいね? HAHAHA……」

 「お姉ちゃんは負けてないもん!」

 普段出すことのないような大声で、顔を真っ赤にして緑子は言った。

 「ま、負けてないもん。お姉ちゃん負けてないもん」

 「み、緑子? おまえ、どうした?」紫子は僅かに困惑していた。茜も意外そうな表情でぽかんとしている。それだけ緑子がこんなに感情をあらわにすることは珍しいのだ。

 「聞いてあかねちゃん? お姉ちゃん、今日は調子悪かったの。普段はこれよりすごいスコアたくさん出せるの! だから……お姉ちゃんはまだ負けた訳じゃないんだよ」

 「……はあ。確かに最近見る『本日のスゴウデ』の中でも控えめな数字ではありますね」茜は頷く。

 「そうはいうても、ウチが自分で決めたルールやしなー。朝一回やって、夕方までに更新されへんかったらウチの勝ちいうんは」紫子は肩を竦める。それから唇を捻じ曲げると、なんだか好戦的な笑顔を茜に向けた。「でも、妹がこんな悔しそうにしとるのに、黙っとるわけにもいかんわな」

 「……良いでしょう」茜は腕を組んで言う。「では改めて勝負しましょうか? ルールは私が決めても良いですか?」

 「ウチが決めれる立場やないやろ。好きにせぇや」

 「一度ずつゲームをプレイし、スコアの高い方の勝ち。これを二本先取としましょうか」茜は指を二本立てて突きつけた。「ただし、今現在の『本日のスゴウデ』は私です。経緯はともかくとして、とにかく今現在勝者の立場にいるのは私ですから、この分は一つアドバンテージとさせていただきましょう。つまり、私の1勝0敗の状況からの二本先取という訳です」

 「ようするに、一回ずつやってスコアの高い方が勝ち、というのを二回やって、ウチが二連勝すればウチの勝ち、あかねちゃんがいっぺんでも勝てばあかねちゃんの勝ちいうことやな」紫子はふふんと鼻を鳴らした。「えぇハンデやな!」

 「ふふふ。そんな大口を叩いたこと、後悔させてあげましょう」茜はハンマーを一つ手に取って紫子に突きつける。

 「望むところや」紫子は同じようにハンマーを手に取って茜に突きつけた。

 にわかに話が盛り上がって来た。宿命のライバル同士の対決が蘇った感じだった。緑子は、手に汗握るその戦いを見届けることを心に誓った。

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