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姉妹、猫殺しと対決する 後編11

 描きダメは十五万字程度あるんですが輪ゴムで遊ぶのに夢中になって今この時間まで投稿忘れてましたサーセン。

 こういうことあると予約投稿でいいやってなるんですよね。

 △


 上坂深紅を打倒した茜の傍に、遠距離から胡桃が放り投げられ地面に叩きつけられた。

 「はあ?」

 茜は目を剥いた。口から血を流し学生服の膝を擦りむき、満身創痍という恰好の胡桃が、息も絶え絶えに膝をついて立ち上がろうとしている。しかし震える脚は生まれたての小鹿のようでとうてい立てるとは思えない。

 まさかこいつ負けたのか。こいつが負ける程の相手なのか、あの外人は。……そう思い、茜はリチャード・ブラウンの方を見た。

 「ナイススピリッツ! デース!」無傷のリチャードはそう言って胡桃に向けてパンパンと手を叩いた。「大人になったら兵隊になりナサーイ! 日本だと自衛隊デスカー? アナタ将来有望デース! ワタシまったく遊んでマセン、なのに二分も持ちマシタ。スゴーイ!」

 「……胡桃さん。良く戦ってくれました」茜は胡桃の前に立ちはだかり、リチャードを睨みながら言った。「後は私に任せなさい」

 「……ダメ、だ。茜さん……」胡桃は息も絶え絶えに言う。「そいつはおかしい。そいつと戦っちゃいけない。北野さんと逃げて」

 「リチャードさんはアメリカの元軍人さんでぇー」離れた位置で見物していた虹川憩がニコニコと話す。「父の意向であたしがアメリカの方に勤務してた時に知り合いましたぁ。PTSDの患者さんでぇ、あたしが治療にあたったんですよね」

 「ワタシ、そこで女神に出会いマシター!」リチャードはそう言って両腕を振り上げる。ごつごつした筋肉が大きく盛り上がる。「ワタシ戦場でたくさん戦いマシタ。ストリートファイトなんか目ジャナーイ! 本当の殺し合いに何度も何度も勝利しマシタ。上官は言いマシタ。『ライク・ア・マーダーマシーン!』殺人機械のワタシを心から受け入れてくれたのは、女神だけデシター! 忠誠を誓いマース!」

 リチャードは拳を握りながら、余裕を持った足取りで茜に近づいてくる。冷や汗が流れる。目の前の男は全身が筋肉で体重は茜の二倍以上はある。間違いなく、深紅を遥かに凌ぐ強敵だろう。

 距離を詰めたリチャードは茜に向けて『軽く』ジャブを放って来る。躱してカウンターをと思っていたが、それがあまりにも素早いので両腕を使って受けるのが精いっぱいだった。

 受けきるのには重かった。全身のエネルギーを全て防御に回したというのに茜はあっけなく後方に二メートル程吹き飛ばされて、北野の車に背中をぶつけてそのまま前のめりに倒れそうになる。

 その隙にリチャードは全力で茜に突っ込んで腹部に拳を放ってきた。そんなものを食らえば衝天必至なのでその場を転げるように回避する。リチャードの拳が北野の車に文字通りめり込んだ。十センチ程の穴ができる。

 茜はぞっとする。バケモンだ。

 お行儀の良い競技の世界の世界では全国ベスト16位を誇る上坂深紅も、卑怯卑劣が売りのケンカの世界では茜に負けた。だがリチャードの生きた世界はさらにその上『戦争』だ。殺し合いなのだ。それも相当な百戦錬磨と来ている。まともに戦って勝てる道理はない。胡桃は良く持っ た方だ。

 茜は必死の身のこなしでその場を立ち上がりリチャードから距離を取った。何に自信があるって全身を柔らかく機敏に使ってちょこまかと動くことだ。リチャードに接近を許す前に、飛び上がって虹川憩の車のボンネットによじ登る。

 「オーっ!」

 リチャードは興奮した様子でそれを追いかける。リチャードがボンネットに手をかけたところで、茜は向かいの車に乗っている北野と目を合わせた。

 「ゴー!」茜は叫んで親指を地面に向けた。

 エンジンがかかるや否や北野の車が虹川の車に向けて突っ込んだ。両者の車の距離はほんの一メートル強しかなく、ボンネットに手をかけている体勢のリチャードにそれは躱せない。あっけなく全身を挟まれてしまう。アバラの圧し折れるパンという音が生々しく響き渡った。

 「アウチ! グァアア!」

 北野が作戦を理解してくれるかどうかが肝だったが、彼女は絶妙のタイミングでエンジンをかけてくれた。例え殺し合いだと理解していたとしても相手を車で跳ねるという発想はなかなか持てるものではない。奴もなかなかアタマが切れている。とにかく、ファインプレイだ。

 茜はその場で腰を落として衝撃に耐えると、苦痛のあまりその場で悶絶しているリチャードの顔面に、必殺のアルティメット・メテオスフォーム・アカネスペシャルをお見舞いした。ようするに全力のかかと落としだ。

 どんな巨漢でも鍛えられない場所というのがある。リチャードの巨体が地面に倒れ伏し、口から泡を吹きだした。完全に気絶している。勝負ありだ。

 北野が車を降りて来る。こちらにケガはなさそうだ。

 茜が地面に向けていた親指を天に向けると、北野はぐっとサムズアップを返した。


 △


 虹川憩の車を降りて、茜はまず胡桃の方に駆け寄った。

 「大丈夫だよ。ごめん茜さん、役に立てなかった」

 胡桃は気丈に言った。口から血を流しているから何かと思ったが、投げられた拍子にちょっと口の中を切っている程度らしい。茜が防御しながらあれだけ吹っ飛ばされた程の相手に二分間も耐え抜くとはこいつもタフだ。

 「あらあらー。負けちゃいましたかー」虹川憩はのんきな少女のように首を傾げると、車にはねられた挙句眉間にかかと落としを食らって気を失っているリチャードの前に膝を降ろす。「この若さで大尉まで行った人なんですけどねぇ……。捕虜にされた時の拷問でちょっとバカになっちゃったのが難点なんですぅ」

 「治療でもして差し上げたらいかがです?」茜は挑発した。「お医者様なんでしょう?」

 「嫌ですよぅ。こんな汚いの」虹川憩は唾液塗れのリチャードの顔面を見ながら言った。「梢ちゃんのならおむつだって代えてあげるんですけどねぇ」

 「……その方はあなたの為に戦ってこうなったんでしょう?」

 「でも梢ちゃんじゃありません」虹川憩はそう言って肩を竦めた。「ねーえ。本当にいいんですかー、さんびゃくまんえん。これただの前金ですので後から十倍でも二十倍でもお支払いしますよ? 何をそんなに断る必要があるのか分からないんですけど」

 「あなたが百億払ったとしても妹さんの信用と愛は手に入りません。金銭の限界なんてそんなものです。私は友情を取りますね」

 「……アハ」虹川憩はほほ笑んだ。「そこの胡桃南さんってぇ……さっき病院の受付の子に『緑子さんのお友達』って言って電話かけて来た人ですよねー。聞きましたよーあたし、気を付けた方がいいですって教えてくれましたぁ。ふふふ……」

 「……?」その場の流れとは言え、迂闊に名前を言ったのは良くなかったか? いや、今更こいつに何ができるという話ではあるが……。

 「あなた達の目的ってなんですかねー? 緑子さんのお友達ならあたし達が街の動物殺してるってことは勘付けるだろうし、それでリチャードさんの携帯電話をスって証拠にしようっていうのは理解できるんですけど……口止め料受け取らないってのは解せないですね? ……まさか、あたしが西浦姉妹に嫌がらせしてご近所さんとのトラブルとか煽ってるのバレてる?」

 「……!」茜は目を剥いた。「貴様、そんなことまで……」

 「梢ちゃんのお友達って聞きましたからねー。あたしを差し置いて梢ちゃんと仲良くするだなんて、許せませんよね?」くすくすと、虹川憩は握った拳同士をくっ付けて顔の前に持っていくという媚びた動作をした。「アパートに落書きしたり、ご近所さんに出鱈目を吹き込んだり、そのくらいの低能な嫌がらせですけど……ちょっとずつ壊れていくあの子達を見るのが楽しかったです。だってあんなに仲の良い姉妹なんですもん、見ていると腹が立ちますよね。あたしも梢ちゃんとあんな風に一緒に暮らしたかった! もう憎くて、憎くて憎くて……」

 茜の頭に血がのぼっていく。それを見て取ったのか、虹川憩は頬を捻じ曲げて茜に挑発的な視線を注いだ。

 「あ、怒っちゃいました? ってことはやっぱりあなた達、あの子達姉妹の為にあたしを追ってたんですねー。あの子達のお友達ってことですかー理解しましたー」

 勘が良い。しかも茜を挑発して怒らせて、それによって裏付け取った。普段どんなに間抜けた言動を取ってはいても、その内心にこいつは蛇を飼っている。

 「じゃあー……あの子達を攻撃すればあなた達とあの子達、両方に報復できるってことですね。良いことが分かりました」

 「させるものですか。待ちなさい」

 車に乗り込もうとする虹川憩に、茜は追いすがって手を伸ばす。

 「動かないでくださいねー」

 そう言って虹川憩は懐から真っ黒いものを取り出した。それが正真正銘の拳銃なことに気付いて、茜は思わずその場で伏せた。

 その判断は正解だった。銃声が鳴り響いて、銃弾が地面に着弾する音が耳朶を打つ。何の躊躇もなく発砲した虹川憩の狂気に冷や汗をかく。こいつなら打ちかねないと思ったがそのとおりになった。イカれてる。

 「『オルカ』って名前なんですー。特注ひーん。すっごく早く打てるし、あたしでも使えるくらい反動がないんですよー」虹川憩は車の扉を開けて、中に乗り込む。「バイバイ」

 扉が閉じてエンジンがかかる。北野は戦闘要員ではなく胡桃は負傷しているので、逃げていく虹川憩を止められるものは、最早どこにもいなかった。

 完全に油断した。あんな細っこい女一人で何ができる訳もないと思っていたら、まさか本当に拳銃なんぞ持っているとは。しかも躊躇なく発砲して来た。妹の梢が『悪魔』と表現したのも頷ける。あれはまともな人間ではない。ただイカれているだけではなく、自分がイカれていることを知りながらそれを抑え込もうとしない類の狂人だ。

 「……どうする?」胡桃はよろよろと立ち上がりながら言った。「とにかく紫子さん達に警戒するよう電話すべきかな?」

 「どう警戒するというのです?」茜は言った。

 「誰が来ても扉を開けないように。いやいっそ近所のどこへでも身を隠してもらおうか。虹川憩は拳銃を持っていたから警察に通報して捕まえてもらう。これでどう?」

 「警察が機敏に動いてくれる保証はありませんね。北野さん車を出してください。紫子ちゃん達のところへ向かいますよ。保護します」

 『それなんだけど』北野はノートに文字を走らせる。いつも以上に気の早った悪筆だ。『車、さっきのでこわれた。エンジン、かからない』

 「ああもう! こんな時に!」茜は地団太を踏む。「警察なんぞにあの子達を託さないといけないだなんて……」

 その時、茜のポケットの中で携帯電話が鳴り響いた。聞きなれない着信音。自分が設定したものでないということは他人の携帯で、つまり虹川梢のスマホが鳴っているということだ。すぐに出る。

 「誰!?」

 「東条さん。ボクだよ」虹川梢の声だった。「姉さんが銃を撃ったね」

 「虹川さん? ちょっと待ってくださいよあなたいったいどこに」

 「ここさ」

 車の走行音が茜の背後で響いた。思わず振り返ると、虹川憩が乗っていたのと負けず劣らずの外国車が向こうから走ってきている。

 「今通り過ぎるところだ」茜の正面を走り去っていった車の後部座席で、スマートホンを耳に当てた妹の方の虹川梢と目が合った。「君達と対峙した姉さんが何をやらかすか心配で、近くから様子を見守っていたんだ。こんなことにまでなろうとはね」

 「どこに行くつもりで?」

 「姉に会いに行く」

 「姉上とは会わないつもりだったのでは?」

 「初めて父に逆らう」その声音は以前会った時程無感情ではなかった。「ボクの大切な人同士が傷つけあうのを見たくはない」

 「……任せていいので?」

 「君のことなど知ったことではない」虹川梢は言ってから、少しだけ間を置いて「君の友達のことなら任せておくんだね」

 そう言って電話を切った。

 このエピソードは次で最終回です。

 長かったねごめん。

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