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東条茜、魔法少女に振られる 2

 ◇


 「やっぱりゲームセンターかいな」「あかねちゃん好きだもんね。でもそれだときっと一人で遊んでるだけだよ」「じゃあ服とか靴とか見るんはどうや? コーコーセーってそういうことするイメージあるで」「ユニ○ロとかしま○らとか?」「ウチらと違てもっとおしゃれな店行くんとちゃう?」「おしゃれな店かぁ……知らないなぁ。どこかあるかな」「ウチあっこ好きや。寅○」「おしゃれ……では、ないかな。とても良いお店だけれど」「あとはホームセンターとかどうや? おもろいで」「お姉ちゃんが好きなお店の話になってない?」「釘とか槌とか刃物とかウチ好きやねんな」

 同じ顔を突き合わせて囁き合っている姉妹はとんでもなく愛らしい。今は脱線しているがとても真剣に自分のデートを成功させようと話をしてくれている。

 二人が口にする「あかねちゃん」の響きには暖かい親しみが込められている。どういう経緯で茜と仲良くなったのかを尋ねると「ウチらが小さい頃のガキ大将があん人や」という答えが返って来て、なんだか納得した。この根が優しそうな二人なら、あの東条茜にもなんだかんだ付いて行ってやれたのだろう。

 風が吹いた。夏の欠片は消え去りかける寸前で、薄着をしていると肌寒さを感じることすらある。姉妹にとってもそれは同じだったようで、緑子がそこでくしゅんと可愛らしいくしゃみをした。

 「いけるんかー?」

 姉の紫子が緑子に手を伸ばし、鼻をぬぐってやった。あろうことか素手で。そうされるのが当たり前みたいに緑子はされるがままで、紫子は妹の鼻をぬぐった手をぺろんと舐めてしまうと、最後は妹から受け取ったハンカチで手を拭いて処理を終えた。

 「お姉ちゃんティッシュ使わないと」「みみっちぃやろ」「汚いよ?」「鼻水ごとき」「もう」

 そりゃ胡桃だって人前以外ではこのくらい不潔な振る舞いをすることはある……が、それは自分の鼻水を処理する時だ。その対象を妹とは言え他人に、ごく当たり前に拡大している二人を見ていると、少し常軌を逸した親密さに感じた。

 「ほなもうそろ寒いしウチら戻るわ」

 「あ、うん。ありがとうね。……あ、そうだ」胡桃はスマートホンを取り出す。「また、東条さんについて色々教えてほしいんだ。良かったら、番号を交換してもらえないかな?」

 やり取りを終え、姉妹はおそらく自宅に、胡桃はランニングに戻ろうとする。立ち去り際、緑子にとても緊張した声で、勇気を振り絞ったという風に声をかけられた。

 「あの……」

 「うん? なにかな?」

 「その……魔法少女……」緑子は顔を赤くし、しかし笑顔で言う。「がんばって、くださいね」

 胡桃はその場で身体を緑子に向け、ノーコスチュームながら完璧な『魔法少女☆クルミン☆ミナミン』登場シーンの振り付けをやって見せると、横ピースをぶちかましてこう言った。

 「ありがとう! クルミン☆ミナミンはあなたの夢とドキドキをお守りするよ!」

 緑子は目を輝かせ、紫子はひきつった顔で呆然としていた。

 クルミン☆ミナミンは、いつだって魔法少女を愛する心と共にある。汚れた大人の失われた胸の高鳴りを取り戻す為、戦うのだ。


 ◇


 当日。胡桃は着ていく服に少し悩んでから茜の家に向かった。

 段取りという程のものではないが一応予定は決まっている。『十時からの奴です』としか言わない茜を引き留めて、いついつ出発してどこで待ち合わせで……というのを話し合ったのだ。

 『じゃあ外で待つの嫌なんで迎えに来てくださいよ私寝てますんで』

 などと茜はあっさり住所を教えてくれたが、まさか本当に寝ていないだろうなと思っていたらマジで寝ていた。

 出て来た茜はパジャマだった。体格の出来上がり切っていない時から着ていたみたいなちんちくりんな服で、茜の成長した胸や尻に圧迫され少し不格好になっている。テキトウにあるものを使っているという風情はある意味では茜らしくもあるが、無防備にもほどがあるというか限界まで舐めちぎられている。

 「これは胡桃さん。おはようございます。結構大きな荷物ですね?」

 「おはよう東条さん。僕はいつもこんなもんだよ」黒いリュックを指さす茜に、胡桃は答えた。「準備するまで外で待ってるよ」情け容赦なく乳やら尻やらに視線を注ぎながら胡桃は言った。明らかに向こうが無防備なんだから遠慮することもあるまい。

 「そうですか」そこまで言って、茜はふと思いついたように。「いやいや待ってくださいよ。せっかくの労働力を無駄にする理由はありません。来てください」

 「は?」

 「トーストとコーヒーです。砂糖は少な目ミルクは多め。バターは減塩で、しかしたっぷりと」

 こき使われるらしい。

 キッチンはかなり酷いことになっていて洗い物は積みっぱなし、そして困ったことには食パンもインスタントコーヒーも置いてなかった。

 「パンもコーヒーもないんだけど」

 「じゃあ買って来てくださいよ」

 「マジかよこの女」

 律儀に買いに行くのは惚れた弱みか単なるパシり根性か。これじゃ本当に子分だ、と思いつつ胡桃は注文通りの四枚切り食パンとインスタントコーヒーを棚に補充し、砂糖は少な目ミルクは多めバターは減塩でたっぷりの朝食を茜に用意した。

 「苦しゅうありません」着替えを済ませていた茜はトーストをバリバリ齧る。「しかし一枚で足りるというのは甘い考えですね」

 「何枚焼くの?」

 「五枚で」

 「四枚切りだよこれ?」

 「まさか一つしか買って来なかったなんてことはないでしょうね」

 「まさかパンを一斤食べつくして飽き足らないなんてことはないと思ってね」

 「仕方ないですね。まあ、このスリム&ビューティフルな体格を維持するのに食べ過ぎは厳禁です。四枚くらいで我慢をしておきましょうか」

 「マジかよこの女」

 一口がでかいし咀嚼も少ない。一枚を食べ終えるのに一分くらいしかかかっていない。コーヒーも一杯じゃ足らない。水みたいにごくごく飲む。熱いとか思わないんだろう。「ジョッキとかに入れた方が良かったかな?」と皮肉を言うと、「そうですね。言っておくべきでした」と真顔で返ってきた。

 口の周りパン屑にしてぼりぼり食事している茜を見ていて、『ああ僕はこの女の子が好きなんだな』と、強く思えてしまう胡桃だった。


 ◇


道中、胡桃は西浦姉妹に出会った話をした。

 「へぇ。偶然もあったもんですね」

 「そうだね。なんというか君程じゃないけど変わってたよ。君と違って良い子たちだけど」

 「その言い方だとまるで私が良い子で無いみたいに聞こえます」

 「アハハ笑える。それで、君の話とかも少ししたんだけど……こんなことがあってさ」

 胡桃は紫子が緑子の鼻水を素手で拭ってやって、平気でそれをぺろりと片付けた話をした。ただの無精で片付けられる話だろうか?

 「まああの二人はお互いを区別しませんからねぇ。体液くらいならいくらでもシェアしますよ」

 「シェアって」

 「洋服下着靴、箸やコップは愚か、下手すりゃ歯ブラシの区別も曖昧ですよ、あいつら」

 すごい生き方もあったもんだ。胡桃には両親と姉がいるが服や靴やタオルはもちろん、リビングのソファのポジションや靴箱の縄張りまで厳密に決まっている。互いの部屋に出入りすることすらここ一年近くない。自分自身の領域をそこまで完全に取り去れるというのはある種の狂気にも思える。

 「ご両親はそんな二人をどう扱ってるの?」

 「親なんていませんよあの子ら」

 「は? いや、そういうこともあるんだろうけど、保護者ってものがいるじゃない」

 「いません。郊外の貧乏アパートで二人暮らしです」

 「え? あんな子供が? 嘘でしょ?」

 「ああ見えて一応十六歳ですからね。養護施設を出て行ける年齢にはなってるんです。二人とも中卒フリーターで、力を合わせてどうにか生きます。散髪行く金もない程度の貧乏暮らしじゃありますけど」

 「苦労してるんだ」

 「苦労はしていても」茜は言った。「自分達に必要なものを知り抜いていて、その中で限りなく満ち足りていて、自由で幸福っていうのはああいうのを言うのだと、私なんかは思いますけどね」

 茜のその台詞には、敬意とも憧憬とも愛情とも取れない、複雑な響きが込められていた。きっと茜は彼女らのことが好きなのだろう。

 「君程自由な人もそうはいないと思うけどね。幸せというか、楽しそうな人も」

 「HAHAHA。まあそれはおっしゃる通り」茜はそう言って快活に笑う。「ただ、私の自由は虚無と隣り合ったものでもあります」

 「虚無?」

 「『自分自身』があるのみで、そこに何もくっついていないからこそ、自由なのです。ただ己さえあれば失われて困るようなことは何もなく、自分自身のみで成立するからこその自由なんですよ。あの二人には『お互い』が、胡桃さんには『魔法少女』があります。そういうのが私にはありません。必要ないとも言えますが」

 「君程満ち足りた人はそうはいないと思うけどね」胡桃は言った。「あと、僕の中には『魔法少女』だけじゃなくて『東条茜』もあるんだ。裸の自分自身を誇って愛せるのなら、それは気高いということだよ。君はそれで良いと思うし、そんな君に僕は惚れてるんだよ」

 「HAHAHA。苦しゅうありません」

 「なら僕と付き合ってくれないか?」

 「私に勝てたら」茜はそう言って両手を構える。「今すぐやりますか? 私はいつでもかまいませんよ?」

 「女の子を殴ったりはしないさ」胡桃は曖昧に笑う。

 「だからそういう……」茜は腕を組み、ふうと溜息を吐く。「まあ、良いでしょう。その鼻っ面をいつか圧し折ってやりますからね。覚悟してください」

 なんか琴線に触れたっぽい。女扱いされるのが嫌だという人間なら、中学の時不良の使い走りが嫌で通った道場で何人か見た。だがたとえ有段者だろうが胡桃より強かろうが、それでも女性は女性だから殴ることは許されない。例え何を賭けていたとしても、それを貫くことが『男である』ということなのだと、なよなよして見られる胡桃なりにそう思っていた。

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