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姉妹、イ●ンモールで警備員から逃げる 2

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 「ふんふふんふふーん♪」

 いつもの鼻歌を歌いながらモール内を歩く緑子。

 「今日は楽しいなぁ。お姉ちゃんと二人で買い物して、ごはん食べて、遊んで……」

 などと上機嫌にトイレに向かっていると、通路でうずくまって泣いている五歳くらいの男の子が目に入った。足を止める。

 ……迷子かな? 緑子は考える。一度何かが気になり始めるとそれに全意識が集中して他のことが一切できなくなる性質を緑子は持っており、なので緑子は足を止めて男の子をじっと凝視した。瞬きすらなく一方向のみに注がれる目は据わっており、もともと顔が人形めいた整い方をしているのも相まって、こういう時の緑子は傍から見ると割合不気味である。

 ……辛そうに泣いている。こっちまで胸が締め付けられるような気持ちになる。緑子は自分が独りぼっちになっているのを想像した。そこは何も知らない場所だ。周りには恐ろしい怪物だけが漂っていてるが、自分は『びっこひき』で走ることも逃げることすらできない。たった一人で味方はおらず、周囲からは自分を嘲る声だけが聞こえて来る。

 「あ、あ、あわわわ」緑子は過呼吸になりそうになって自分の胸を押さえる。「かわいそうにかわいそうにかわいそうに」

 緑子は勇気を出してその男の子に声をかけることにした。迷子センターの場所を調べて連れて行くのはハードルが高いにせよ、その辺の従業員に預けるくらいのことはしてあげよう。そう思った。緑子は優しい少女だった、小学校の通信簿にもそう書いてある。

 「ね、ねね、ねぇ、君」緑子は男の子に歩み寄り、膝を折った。「だ、だだだ、だ、大丈夫ですか?」

 男の子は一瞬固まって緑子の方を見る。相手が落ち着いた様子のちゃんとした大人ならこの子もほっとして泣き止んだかもしれない。しかし目の前にいるのは上ずった声で吃音気味で話す挙動不審の女であり、目は虚ろで顔面蒼白、おまけにがくがく震えているという有様で、これで怯えるなという方が無理だった。

 「びぇええええええん!」男の子はさらに声を大きくして泣きじゃくりはじめた。

 「ひ、ひえええええええ」緑子は男の子の鳴き声にびびって震えあがった。「あ、ごめ、わたし、敵じゃなくて。その、えっと……」

 その時、緑子は周囲から複数の視線が自分達の方に向けられていることに気が付いた。

 男の子の鳴き声が大きすぎたのだ。緑子は他人の視線が怖い。こんな風に注目されるなんて恐怖でしかない。ただでさえ今は目の前の男の子が急に泣き始めてパニックになっている。緑子はアタマから氷水を吹っ掛けられたみたいな気分になって身を震わせた。

 「あ、あわわわわわわ」

 今自分はこの人達にどう見えているだろう? 男の子を自分が泣かせているように見えるのではないか? いじめている? 誘拐しようとしている? いずれにせよ悪者に見られているのは間違いない。そんな自分を捕まえる為にきっと誰か来るはずだ。その誰かはきっと自分を責めるはずだ、おまえは何をしようとしたのかと弾劾するはずだ。

 「う、うぅうう」大変なことになった、大変なことになった、大変なことになった。「うぅうう、うぅうう、お姉ちゃん、お姉ちゃん、おね……げっほげっほおろろろろ」

 緑子は嘔吐した。唐突に話しかけて来たかと思ったら意味もなくパニックに陥ってゲロを吐き始める恐ろしい女に、男の子はますます声を大きくして泣き始めた。


 〇


 「……っしゃぁ! 『難しい』クリアーや!」

 これまた一回で決めた紫子は快哉をあげた。

 「ウチ、天才かもしれんなぁ。最初っからノーミスでこれは、ちょっと自分の才能が怖いわぁ」

 などと言っているが、実際のところ紫子のプレイスキルは初見としてはせいぜい十人並といったところである。それでもこれだけスイスイ勝てるのは、おっさんのくれたカードがこのゲームにおける最強の手札の一パターンだったからだ。

 あの男、実は伝説染みた逸話の残る人物であった。曰く収入のほぼすべてをこのゲームに注ぎ込み、カードを少女達にばらまくことでお友達になり、これまでに何人もの幼女たちと生写真を取ったりお手々を繋いだりすることに成功している。2ち〇んねるではスレまである有名人であった。

 「……しっかし緑子は遅いな。道にでも迷とんか?」言いながら、紫子は化石のようなガラバコス携帯を取り出してただ一つ登録されている番号を呼び出そうとする。

 「ちょっと、そこのあんた」そんな時、後ろから声がかかる。さっき倒した二人組の内の一人の声であった。

 「なんやなんや、一回席取ったら何回遊ぶかの権利はウチにあるんやなかったんか?」紫子はとてもいやらしい顔をして振り向く。「まあ、きちんと謝るいうんやったら順番を譲ってやってもええけどな。次からはちゃんとマナー守って……」

 「この人よ、ママ。この人があたしとエリカちゃんに暴力を振るったの」

 少女の隣には母親らしき三十代程の女性が腰に手を当てて立っていた。

 「あかん! 保護者や!」紫子は絶望したような表情で言った。

 それもそのはず、紫子は喧嘩っ早いが喧嘩には弱い。丸腰で安定して勝てるのは小学校の中学年まで。保護者など勝てる相手ではない。見れば別の場所では二人組の内のもう一人が、自分の母親と二人でこちらをちらちら見ながら警備員と話をしているし。

 「あなたですか? 自分が早くゲームをしたいが為にウチのユミに暴力を振るったという人は……」

 多少恣意的だがおおむね正しい。ふつうの常識で考えて、『アイ〇ツ』を遊ぶ少女とマジで順番争いをして暴力に訴えるというのは、かなりヤバいタイプのマジキチである。さらには話を終えた警備員がこちらを認識して向こうから歩いて来た。紫子は覚悟を決めた。

 「逃げるが勝ちやぁあああ! しゃおらぁあああ!」

 「あ、君、待ちなさい!」

 追いかけて来る事務員を振り切って紫子は全力で逃げ出した。幸いにして距離はかなりある。 小さな身体を活かしたルート取りもできる。逃げ果せる可能性は大きいと言えた。

 問題は緑子をどうするかだが……と、思っていると。顔面蒼白で背中を壁に張りつけて、どうやら嘔吐したらしく口元に汚物の付いている緑子の姿が見えた。傍には泣きじゃくる幼児と、壁に緑子を追い詰めている警備員の姿があった。

 「や、やめて、やめて。わたし何もしてなくて。助けて」

 「はーい。怖くないからねー。誰か一緒に来てる人とかいないかなー、その人のところに一緒に来てもらうだけだからねー」

 「はわわわわ。嘘だ絶対嘘だわたしを捕まえていじめるんだあわわあわあわわ」

 「緑子!」ダッシュをいったんやめて紫子は緑子に駆け寄った。「緑子何やっとんねん!」

 「お、お姉ちゃぁん!」緑子はパニックの時の表情で紫子を見る。「助けてぇええお姉ちゃぁん」

 「あなた、この人の保護者?」警備員は紫子の方を見てほっとした表情をする。「だったら、悪いけどこの人連れて……」

 話をしている間もなく、後ろから別の警備員が紫子のことを追ってくる。ヤバい。

 「え? ど、どうなってるのお姉ちゃん?」

 「説明は後や!」紫子は緑子の身体を持ち上げる。お姫様抱っこである。「逃げるぞ緑子! うおおおおおあぁあああ!」

 火事場のクソ力であった。緑子の身体が病的に軽いというのもあったが、それでも人ひとり抱えたままこれだけ走れたのは、なんかそういうアドレナリンが出ていたとしか言いようがない。

 どうにかこうにか警備員に捕まることなく自転車置き場に到達する。自転車をマッハで引っ張り出し、緑子を荷台に乗せ、自分はペダルに足をのっけた。

 「この世の果てまでぇ!」紫子は瞳孔をかっぴらいてそう叫ぶ。

 「え、えすけーぷ!」緑子は困惑しながらも合わせる。

 「「あああああああぁああああぁああ!」」

 顔面蒼白の二人は自転車に乗って矢のように駐車場を突っ切る。往来する自動車達とは接触寸前。稀に見る騒動を引き起こした二人がガチの立ち漕ぎでモールを逃げ出して、この話はおしまい。

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