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東条茜、魔法少女に振られる 1

「君の名は。」見て来たけどおもしろかった。

こんだけいろんな人からもてはやされるような物語を作れれば楽しいだろうに。まあ映画って媒体は一人じゃ作れないし、自分の好きなように描けばいいだけの小説と比べて生みの苦しみは全然違うんだろうな。

 △


 「『白身の苗字』? ですか?」

 学校の帰り道にゼミの抜け殻らしきものを拾い、もう九月なのになと思いながら拾ってみたところなんと中身が入っていた。猶更レアなそれを自慢するため、西浦姉妹のアパートを訪ねたところ肝心のセミは容赦なく黙殺され、流行映画の話題になった。

 「せやせや。あれやろ? 最近話題の映画。『もののふ姫』のこーぎょーしゅーえき抜いたんやって」

 「ははあ。確かに偉く話題ですよね。あの男と女の人格が入れ替わる奴」茜は腕を組んで首を傾げた。「アニメは好きですし、ぶっちゃけ気になってはいるんですけどね」

 「見たらええやん」

 「なんか人気作を尻尾振って見に行くのって愚衆の一人になったみたいでムカつきません?」

 「また性格悪いこと言うなぁ」

 「と、いうのは建前で、本当は一緒に見に行く友達がいないからなんですけどね」

 「え? 茜ちゃんそんなん気にするん?」

 「あ、いえ。一人だと周囲の目が気になるとかそんな不利益なことを言っているのではないです。私はプロのソロプレイヤーです。一人でキャンプ場設営してバーベキューして海で遠泳して肝試ししてガキとかカップル脅かしてから帰って来るくらい余裕です。しかし映画……映画でしょう……?」

 「なんか問題あるん?」

 「途中で筋が分からなくなるので隣に誰かいないと最後まで見られません」

 「分かる!」

 茜と紫子は意気投合する。

 「つまんないシーンとかあるじゃないですか。アクション映画の戦ってないところとか全部つまんないですし、そういう時は素直にゲームしたり散歩行ったりしたいでしょう? すると話に付いてこられなくなって肝心のアクションシーンも楽しめず……なので誰か解説できる人が一緒にいてほしいのですが、引き受けてくれる人なんていませんし」

 「ウチも緑子おらんとアニメとかドラマとか分からんわ。まず登場人物の顔と設定が一致せんねん。難しい言葉とか出て来たらいちいち教えてもらっとる。まあたいていは最後まで見ても分からんから後で筋教えてもらうんやけどな」

 「やっぱり気が合いますね私達」

 「せやな」

 歯を見せて笑い合う二人。こういうのを分かち合える親友がいるのも悪くない。

 お茶を取りに行った緑子が少し微妙な顔でそのやり取りを見詰めていたが、最後には慈母のような顔になって二人に飲み物を出していた。きっとこの子は、アニメやドラマを視聴する姉がどんなに間抜けた質問を繰り返しても、嫌な顔一つしないのだろう。この度量もまた茜の求めるものである。

 「何なら一緒に見に行ってくださいよ。お金くらい出しますよ。三人分なんて楽勝です」

 「あーそれなんやけどなー」紫子はいたわるような眼を緑子に向ける。

 「映画館なんて無理だよぅ」お盆を持って座布団に女の子座りしていた緑子は言った。「人多いし暗いし狭いし絶対変な電波出てるし……」

 「そういう訳や。ウチらはでーびーでー出たら見ようなーくらいの話はしとるで。あれやろ? ようするに男と女がくっつくんやろ? やったらまあまあウチでもわかるわ、目的が一個はっきりしとるしな」

 「なるほど。途中の紆余曲折とかはともあれ、接吻して性行しておしまいってラストが分かってれば、それなりに見やすいでしょう」

 「セップン? セーコー? 何を成功するねん? 節分の鬼退治か?」

 「ああ。接吻っていうのはチューすることです。でもって性行というのはセ……」

 「わあ、わあ、わあ!」緑子が慌てて間に入った。顔を真っ赤にしている。「あ、あかねちゃん、そんなこと平然と……」

 紫子は首を傾げていた。まあ妹が止めたのならよくわかんないけどこの話はおしまいにしておこうみたいな顔だ。「あとで教えるから……」と耳打ちしている緑子の姿が、出来の悪い息子を持った母親をイメージさせ、茜はおもしろかった。

 「それはそうと……『白身の苗字』は結構複雑な話みたいだよ?」と緑子。まだちょっと顔が赤い。「恋愛要素もあるけど、結構きちんとしたSF映画でもあるみたいで……」

 「SFってタコの宇宙人とか空飛ぶ円盤とか出る奴か?」と紫子。「ウチああいうん好きやねんな」

 「そういうのは……出ない、かな」

 「え? ほうなん? じゃあSFってなんやねん」

 「ええと、あのねお姉ちゃん、SFっていうのはサイエンスフィクションの略称で、あんまり明確な定義とかはないんだけどこの場合は……」

 姉に解説してやっている緑子を見ていると、その映画がちょっと面倒臭い話なんじゃないかと思えて来る。思えばそもそも、男女の身体が入れ替わるという設定自体、少し厄介かもしれない。ちょっとカイリュウを捕まえに行ったら、どっちが男で女か分からなくなっていたというのは避けたいところだ。

 しかし映画は気になると言えば気になる。もっと言えば、DVDを視聴するという姉妹より先に筋を知っておいて、からかいたい。さも『重大なネタバレをしてやった!』という顔でまったくの出鱈目を言うのが茜は好きで、高1の時電話番号を交換していた数人にこれをやって縁を切られた思い出がある。

 しかしそのためには茜専属の解説役が必要だ。小さい頃は父親の膝でテレビを見るのが好きだったが、彼が仕事で忙しくなってからというもの、ネット掲示板をチェックしながらの視聴が板に付いていた。流石に映画館でそれをするわけにもいかない。誰か茜に従順でそれなりに利巧なちょうど良い人間は……。

 「いるじゃないですか!」茜は柏手を打った。

 「ど、どうしたん?」

 「映画の解説をしてくれる人間ですよ」茜は胸を張る。「渡りに船とはこのことです! HAHAHA」

 自信満々に笑う茜に、姉妹は怪訝な視線を向けた。


 ◇


 映画に誘われた。

 教室で一人本を読んでいた胡桃は唐突に背後からどつかれて、面倒なのに絡まれたのかと思いつつ振り返ると茜がいた。唐突に表れた意中の人間に少しどぎまぎしつつも要件を聞くと、「映画に行くぞ」とすごくすごく一方的に告げられた。

 「見たい作品があるのです。しかし途中で筋が分からなくなると嫌なので、あなたに解説してもらいます」

 「君に誘ってもらえるのはすごく嬉しいけれど。でもそんなに難解な映画なら、自分で見ながら君に解説するというのは僕も難しいかもしれないね」

 「大丈夫ですよ。ティーン向けのアニメ映画なんで、きっと難解ってことはありません」

 「じゃあ解説役は不要じゃないかな? いや、君と映画には行きたいけどね」

 「私二時間もずっと集中してられないのでたまにポケ○ンGOとかしますから、その間に何が起きたか説明してほしいんです」

 「えぇ……」

 「今から行きます。付いて来てください」

 「今学校!」

 「じゃあ明日」

 「明日……の、放課後? だと、帰る頃には結構遅い時間……」

 「学校なんて休みましょうよ」

 「……週末にしてくれないか」

 という訳でデートの約束をしてしまった。いや、向こうはデートとかじゃなくて、映画の筋を説明させる役どころを本気で胡桃に求めているようだったが。

 とにかく素敵な予定ができた。胡桃の胸は高鳴った。なんやかし胡桃は告白の答えを聞けていない。茜がどういう考えでいるのか聞きたかったし、そういうのを抜きにしても彼女と出かけるのはきっと楽しい。

 翌日の早朝、胡桃は早く目が覚めた。

 今日は金曜日、映画の予定日は明日の土曜だ。だというのに気持ちが高ぶって早く起きてしまった。自嘲しつつ、胡桃は登校までの空き時間の使い方を吟味する。二度寝は得意じゃないし、勉強は学校でする。となると……。

 「ランニングにしとこうか」

 という訳で服を着替えて町へと繰り出す。ナードでギークな胡桃だが身体を動かすのも嫌いではない。体育の時間では意外な活躍を見せるタイプで、それに感心したクラスメイトに話しかけられたこともある。誘われたファーストフード店で何か話をするように振られ、魔法少女について一席ぶってからというもの、話さなくなった。まあ阻害されているという程ではない。特定の友人がいないだけで声を掛けたり掛けられればやり取りはある。

 いつもの公園を通過する時……胡桃は、見覚えのある二つの姿をベンチに発見した。

 同じ顔をした二人の少女だった。これだけ顔が似ているなら双子だろう。小学校の高学年か中学生くらいに見えるが、実際のところは分からない。その面貌はそうは見ない程綺麗に整い過ぎていて、同じ顔が二つ並んでいるのも相まって人形めいて見える。

 一人はベンチに座りゴミ袋の底に穴をあけてそこから顔を出していて、もう一人はハサミを持って相方の髪の前で眉をひそめている。足元には髪の毛が散らばっていた。

 双子姉妹が散髪をしているという状況に違いはない。信頼しきった表情の一人の頭を、ハサミを持ったもう一人がすごく難しい表情で慎重にカットしている。たどたどしい手つきはところどころ失敗しそうで、途中経過を見るに実際それは上手ではなかった。

 「こんにちは」

 通り過ぎ際、胡桃は声をかけた。すれ違うジジババにしているのと同じノリだ。姉妹は顔をあげ、驚いた風に胡桃の方を見た。

 「こんちゃー」ハサミを持った一人が独特なイントネーションで言った。「なんやあんた、こないだの魔法少女か?」

 「名乗る前にお見通しか。そうだよ、クルミン☆ミナミンさ。魔法少女的にはバレちゃまずいんだけどね」

 「こないだはどーも」ハサミの少女はそう言ってハサミをおき、ゆっくりと相方の正面に向かい、囁くように言った。「なんかこの人に言いたいこととかあるか?」

 「え、えっと……」散髪されていた方の少女はたどたどしい口調で、恥ずかしがるか怖がるかしたように目を伏せ、視線を相方と胡桃の双方で行き来させてから言った。「あ、ありがとう、ございます」

 「気にしないで。風船をただ取っただけだから」胡桃は言った。

 「それも……あるけど……」

 「うん? 他に何かあったっけ……?」

 「あかねちゃんの……」

 「茜ちゃん? 茜って……」

 「東条茜っておるやろ? あんたが告ったいう人」散髪していた方が言った。いきなりすごいこと言い当てられて、胡桃は驚いた。

 「なんで知ってるのさ。女子のネットワークって奴?」

 女子のネットワークは広大だが、中学生か下手すりゃ小学生のこの二人にまでそんなことを知られているというのは恐ろしい。

 「ちゃうちゃう。ウチらまともな知り合いお互い以外ビョーインのセンセーとかあかねちゃんくらいやで」少女は笑う。「あかねちゃんの友達なんよウチら。あのクマ倒した生放送、見とったんよ」

 「あ、ありがとう。あかねちゃんを、助けてくれて」散髪されていた少女はたどたどしくそう言って、それを言いきったことにほっとしたように控えめに笑った。

 「あれは東条さんの方が僕を助けに来てくれたのさ。……ところで二人とも、東条さんのお友達なんだってね。僕の本名は胡桃南、君たちは?」

 散髪していた方は姉の西浦紫子、されていた方は妹の西浦緑子というらしい。地面の髪の毛がやたら多いのは既に紫子の散髪が終わっているからで、こちらはプロ級だった。この気弱そうに眼を伏せた少女は手先が器用らしい。胡桃は自分で自分用のカツラ作るくらいだから散髪には一家言持っており、妹の頭をみっともない形にすまいと一生懸命な紫子にいくつか助言をした。

 「何なら僕が切ろうか?」冷や汗かきながらムチャクチャ大変そうに妹の髪を切っている紫子に、胡桃は思わず言った。

 「そらあかん。あんたは妹に好かれとるけど、ほんでもウチがやらな怖がるやろ」

 確かに散髪という行為は自分の大切なものを誰かに差し出す訳で、信頼関係がないと難しい。だが『怖がる』という表現は少し違和感がある気もする。

 髪の毛を片付けて、胡桃は姉妹の隣に腰かけた。紫子が「手伝ってくれたお礼」と言って差し出して来たのは手製のおにぎりで、これから二人でベンチで食べる予定だったものの一つらしい。5つある内形の綺麗なのが二つで歪なのが三つ。胡桃は歪なのを受け取った。どっちがどれを作ったかは容易に想像できる。

 散髪手伝っておにぎり食べて、我ながら社交的になったもんだと思う。もともと生放送なんかやるくらいだから話すのが嫌いな訳でも苦手な訳でもない。ただ継続した人間関係を作るのが面倒なだけだ。知り合いの知り合い同士、或いは視聴者とクルミンミナミンとして会話をするのは苦痛ではなかったが……実のところ、ここまで積極的に振る舞ったのには理由がある。

 「実はね。僕、明日東条さんと映画を見に行くことになっててさ」

 そう言われると、紫子と緑子の姉妹はお互いの顔を見合わせた。それから何か小さな声と表情で囁きとも言えないような交信を行うと、紫子の方がこちらを向いて言った。

 「ほうなんか。あれか、『白身の苗字』」

 「へえ。そんなことまで知ってるんだ」

 「友達いうたやん。あんたも大変やのぉ。あかねちゃんに付き合うん大変やでぇ」

 「アハハ。でも僕はあの人が好きだからねぇ。多少のことは楽しめるさ」

 「ほーん。……なんちゅうか、ホンマに悪い人やなさそうに見えるし、良かったわ」後半の小声は自分でも口に出していることを意識していなさそうだ。

 それを聞いて、当たり前だがいきなり信用はされていなかったことを胡桃は察する。この紫子は胡桃と妹の間に自分を置いて、一定の警戒をするような気配を隠し切れず発していた。緑子の方はいっそ対人恐怖症ともとれる程胡桃とのやり取りに緊張している。緊張しつつも意思表示を楽しんでくれているようだったが、やはり強い警戒心が見て取れた。

 小動物のコンビみたいだなと思う。身を寄せ合って、身体の大きな動物を相手に、恐る恐る対話を試みている。『クルミン☆ミナミン』として彼女らを助けた経緯がなかったら、きっと挨拶をした時点で押し黙られてしまっただろう。

 「まあそれでさ。彼女にとってはただの映画鑑賞かもしれないけれど、僕にとってはデートな訳さ」

 「デートか。アハハっ。あかねちゃんがデートか。おもろいなぁ」そう言って紫子は妹の方を見る。緑子は曖昧に笑う。

 「ふふふ。それでさ。まあ映画見たらちょっと喫茶店で感想を語らうとか、その後できたらどこかに寄るとか、そんな感じで、ある程度成功と呼べる形で一日を終えたい気持ちがあるんだよね」

 「ほーん」

 「それで、どういうところに誘って、どう振る舞えば、東条さんが喜んでくれるのかなとか。そういうことを考えている訳なんだ。何かアドバイスをもらえないかな?」

 茜の友人と聞いて、西浦姉妹と対話を試みたのはこれを聞く為だ。思えば胡桃は茜のことをそこまで良く知っている訳ではない。その天衣無縫な精神性に憧れてはいても、趣味であるとか行動傾向であるとかは全く把握していない。情報収集は貪欲にした方が良い。

 紫子は首を傾げていて、妹の方に視線を向けた。緑子は同じ角度で首を傾げると、姉に向かって何やら囁いた。紫子はちょんと頷くと、胡桃に向けてあっけらかんと言った表情で言った。

 「あかねちゃんのことやけん、目的終えたらさっさと一人で行動しだすんちゃう?」

 割とどうしようもない、しかし納得のできるその答えに、胡桃は表情を引きつらせた。

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