東条茜、魔法少女に告白される 1
○
他人にどう思われるかとか普段あんまり気にしないけれど、それでも身長を聞かれた時は2センチだけサバを読んでしまう。その2センチによって140センチメートルに達するからだ。どちらにしろ『すごいチビ』と見なされるのだから、たったの2センチくらいなけなしの見栄があっても良いと思う。
紫子は同じくらいの年齢で自分より小さい人を見たことがない。妹の緑子すら紫子より1センチ背が高い。部屋の柱に頭のてっぺんで印を付けてそれは検証済みだ。僅差で追い越したり追い越し返したりしながら伸びて来た二人の身長は止まるのも全く同時期で、止まった段階で1センチ負けてしまったことは、少し口惜しく感じていないでもない。
「お姉ちゃん」緑子は木の葉に引っかかった風船に手を伸ばし、背伸びをする。「取れないよぅ」
強く思うのはこういう場合だ。紫子は嘆息する。妹があんまり内職にのめり込み過ぎていたので散歩に連れ出したところ、公園で風船を手放して泣いている幼児を見付けた。幸いにも木に引っかかっていたので取ってやろうということになったが、緑子がいくら手を伸ばしても風船に触れることは適わなかった。
子供社会において、こうした体格を要求する局面で威厳を発揮するのは、『兄』とか『姉』とか言った存在のはずだ。だが妹に身長で負けている紫子にはどうしようもない。ジャンプしたり木に登ったりを試みたが問題解決には至らず、仕舞には泣いている幼児の友達らしき別の幼児二人から『こいつら使えねー』的視線を頂戴するに至った。『舐めるなジャリ共』とは言えなかった。
「うぅ……」緑子は一生懸命手を伸ばしながら目を伏せた。「ごめんねぇ、ごめんねぇ」風船を失って泣いている幼児の悲しみを自身にも伝播させ、どうやっても取ってやれないもどかしさと悔しさに打ちひしがれている。紫子はそんな妹の肩に手を置こうとしたが、その華奢な肩を見て一つの閃きを得た。
「なぁ緑子。ウチな、良ぇこと思いついたで」
「え? 良いこと? なに?」
「肩車や」頬を捻じ曲げて微笑む。「ウチら二人ともチビやけど、足したら並の大人くらいにはなるはずやで。ほら、ウチの首にまたがりや」
「なるほど!」緑子は希望を見出したように笑顔になる。「流石お姉ちゃん!」
妹のケツと太もものぬくい体温を感じながら、紫子は日本の足でどうにか緑子を持ち上げる。きゃっきゃと嬉しそうに笑う声が真上から聞こえた。肩車など数年ぶりで楽しいのだろう。
「お姉ちゃんお姉ちゃん。もうちょっと左だよ」
身を乗り出して手を伸ばす緑子。紫子は妹の言う通り左に移動しようと脚をあげる。
途端、ずしんという重みを全身に感じた。緑子の体格は痩せた十歳児レベルであり体重など30キロを下回るが、紫子もそれとそう変わらない幼児体系だ。いつだって転倒の恐れはある。増して緑子は姉を信用しすぎて少し無茶な角度で体を傾けており、そんな状況で迂闊に片脚をあげたりすればふらつくのも無理はなかった。
姫だっこできるなら肩車なんて余裕と甘く見た。咄嗟に脚を地面に強く着き、すぐに転ぶ事態は辛うじて回避する。しかしそれより緑子のバランスが崩れた。身体を揺られ余計に左に傾く緑子を支える筋力は自分にはない。
「わわ、わ、わわ」「ちょ、うわ、やばい……」
『倒れる』より『崩れる』作戦で咄嗟に膝を折ろうとする紫子。自分が下敷きになれば妹は大けがせずに済むかもしれないという考えだったが、実際にそんなことをすれば両者に危険である。
だがしかし、危機に瀕した二人を、無傷で救出した何者かがいた。
背後から姉妹に近づいたその人物は、まず緑子を両手で抱え上げ、次に紫子を腰と腹部をクッションに受け止める。地面に降ろされる緑子、無傷で尻餅をつく紫子。ぽかんとした姉妹の表情が交差した先には……なんかけったいなピンク色の『魔法少女』がいた。
「呼ばれて参上!」『魔法少女』はフリル塗れのスカートを翻しくるりと一回転、弾けんばかりの笑顔に横ピースを添えてものっそいアニメ声で叫んでいる。「呼ばれなくても登場!」やはりフリル塗れの袖を振り、両手をくるんと回してピンクと黄色で着色されたステッキを掲げた。
「キュートな笑顔で皆のドキドキを取り戻す! 魔法少女☆クルミン☆ミナミンの時間だゾ!」
横ピースを添えたウィンクをかまし、前へ突き出したステッキをバトン回しするクルミン☆ミナミン。本来なら『魔法少女』を応援してしかるべき幼児たちも、突如現れたその不審者に恐れをなして身を退いた。
外見年齢は紫子達より一つ二つ上くらい。背は百六十センチより少し高いくらいだろう。髪の毛はセミロングの桃色で多分ウィッグかなんか、ピンクを基調にところどころ黄色や紫の星だの花だのあしらったフリル塗れのコスチュームは、『子供のごっこ遊び』というより『大人のコスプレ』の完成度だ。もともと整っているのだろう童顔気味の顔に、きゃるんとした濃い目の化粧を施している。一部界隈以外どこに出しても恥ずかしい、『魔法少女』がそこにいた。
「クルミン☆ミナミンが現れたからには、もう安心だゾ☆」魔法少女クルミン☆ミナミンはそう言って改めて横ピース。普段からそういうことをしているのだろうことが一発で見て取れる、洗練され切った動作だった。「この風船を救助すれば良いんだよね。任せて☆」
クルミン☆ミナミンはそう言ってその場で腰を落とすと、両目を閉じてステッキを額に当てた。「マジカルパワー……増幅ぅ」とちょっと意味の分からないことをつぶやいてから、「とうっ」と大きく立ち幅跳びした。
運動神経は良いらしい。助走をつけていないとは思えない程、クルミン☆ミナミンは綺麗に高く飛び、木に引っかかっている風船まで楽々届いて紐を掴んだ。「しゅたっ」とセルフ擬音を発して着地すると、呆然とした幼児達に駆け寄り、風船を渡した。
「はいこれ。今度は手を離さないようにね」
「う、うん」幼児は歯が噛み合わないままそれを受け取った。「あの、ありがとう」
「当然のことをしたまでだよ☆」クルミン☆ミナミンは横ピースをぶちかました。「また困ったことがあったら呼んでね。それじゃあね、バイバイ☆」
そう言って手を振り、クルミン☆ミナミンは公園のベンチに置かれた黒色で無骨なリュックサックを引っ手繰り、やけにしなやかな走りでその場を(おそらく本人的には)颯爽と立ち去った。
残された姉妹はその場で硬直しているしかなかった。はっとした紫子が何か言おうと妹の方を見る前に、緑子がぽつりと言葉を漏らした。
「か……」
「か?」
「カッコ良い……」
「はぁ!?」紫子は目を剥いて妹の方を凝視した。
「魔法少女だよ!」緑子はやけに熱のこもった表情で紫子の肩を掴んだ。「魔法少女だよ、お姉ちゃん! 子供の頃一緒にテレビで見たもんね!」
「そ……そりゃまあ、その、確かにウチらマジカルキューティとか好きやったやんな。でもあれはアニメの話で……」
「本当にいるんだなぁ、魔法少女……」緑子はうっとりとした顔で溜息を吐いた。「すごいなぁ……」
きらきらとしたその視線は立ち去ったクルミン☆ミナミンに向けられている。紫子は表情を引きつらせて「えー……」と呟くより他はなかった。
◇
胡桃南は昼間はふつうの高校生で、放課後になると自宅やビルの屋上、山奥や河原などで魔法少女に変身する。
『魔法少女☆クルミン☆ミナミン』としての活躍は、ネットを通じて全世界へと配信されていた。自作のコスチュームに身を包み、スベり系を中心にしたハイテンショントークを繰り広げる。放送内容は雑談から踊りに歌、ゲーム実況などはもちろん、絵を描いたり裁縫をしたり時に身体を張って見せることもあり、その一つ一つは魔法少女への愛情とこだわりに満ち溢れていた。時には色々やりすぎて程良く炎上することもあり、魔法少女☆クルミン☆ミナミンは、ネット上では良くも悪くも人気者だった。
そんなクルミン☆ミナミンだったが、ここ最近、悩みができた。
いや、『クルミン☆ミナミン』に悩みなどない。彼女は無敵の魔法少女だ。しかしリアルの世界の胡桃南の話は別。マジカルキューティが普段は平凡で多感な女子中学生なのと同じように、胡桃南も思春期と無縁でいられない。好きな人ができたのだ。
意中の相手の名前は……東条茜。勉強の運動もトップクラスで、どこか颯爽とした雰囲気を持つ美少女だった。魔法少女が女の子に惚れてしまうというのも問題だったが、惚れてしまったのだから悩むのだ。
おおよそ完璧超人と言って良い彼女だが、友達は作らず孤立していた。同性の友達すらほとんどおらず、孤立していた胡桃はまずそこに共感したのであるが、その内茜が自分とは違うということに気付き始める。彼女は孤独なのではなく孤高なのであり、上っ面の関係性を拒み天衣無縫、自由自在に振る舞うことを好んでいるだけなのだ。他人の顔色を窺うのに疲れ、魔法少女という自分の世界に閉じこもる胡桃とは似て非なる。
誰にも媚びず遠慮せず我が道を行き、それでいて誰よりも自信満々な茜を疎ましく思う女子は少なくなかったが、しかしそいつらを茜はものともしない。人数にものを言わせる連中を、徒手空拳で見事撃退。時に卑劣な罠をかかることもあったが、茜は飄々とした態度を決して崩さない。
飲料に下剤を仕込まれてさえ茜は笑っていた。『本当に気高い人間はクソを漏らしても気高い』とか意味不明なことを胸張って言い切り、一っ跳びに自らを罠にかけた卑怯者へと突っ込んで即座に組み伏せ、そこから先は地獄絵図だった。何がどう地獄絵図なのか詳しく語るのがはばかられる。そういう類いの地獄絵図で、思い出すだけでいたたまれず気の毒でついでに言うなら気分が悪く、たとえ親を殺されたのだとしてもそれはやりすぎだった。その卑怯者はそれから学校に来ることができず、引っ越したという噂があるがおそらく真実だろう。
その時の容赦のない茜の姿に胡桃は惚れた。クソ塗れで格好良いのなら、それは本当に格好良いことの証左である。『魔法少女』という鎧に身を包んでようやくアイデンティティを主張できる胡桃は、糞を漏らしながらも動じずに東条茜を貫いた彼女に恋をしたのだ。
だが胡桃の目指す魔法少女は全年齢対象で、友情は必要な要素だが同性愛となると時期尚早だ。魔法少女は本来子供のものか、子供のものだということを理解する大人のものだ。友情を超えた百合要素はそれにそぐわない。邪道である。それが恋をしてしまったのだから胡桃は悩み苦しんだ。
しかし胡桃は考えた。純潔にこだわりすぎるあまり進化を見失えばコンテンツには終焉しかない。正道な魔法少女の今の地位は、今時のサブカルに染まったアニオタ向けの邪道な魔法少女によって支えられてもいる。それ自体を否定する必要はないということは、生放送でもさんざん言ってきたことだ。
そんな訳で、胡桃は自らの恋心に素直になることにした。東条茜が決まった時間に出現するというゲームセンターの前で待ちかまえ、ついに現れた彼女の前に出て、「唐突でごめん!」と一言文句を言ってから思いを告げた。
「あなたのことが好きです。交際を申し込ませてください!」
「良いでしょう!」
その返事に、胡桃は信じられない物を見るかのように茜を見詰める。
「ほ、本当ですか?」
「ですが、ドン・アッカーネと並び立とうというのであれば、相応の実力を示さなければなりません」それに対し、茜はどこか愉快そうに、腕を組んだまま自信満々の口調で言った。
胡桃にはその意味が分からない。
「一発でも入れてみなさい」茜は構えを取った。「相手が女だからと遠慮する必要はありません。手加減無用、本気で来ることです。さあ!」
胡桃には、やはりその意味が分からなかった。
茜は胡桃に向かって殴りかかって来た。無敵の魔法少女☆クルミン☆ミナミンならともかく、今の胡桃では手出しができない。防戦一方は劣勢になり、劣勢は敗勢になり、ボコボコにされかけたところで警備員から制止の声が入り、それでも続けようとする茜の首根っこを掴んで一緒に逃げた。
「この続きはまた今度」茜はそう言って微笑んだ「次は本気のあなたを見せてください」
そういう訳で、胡桃南はクルミン☆ミナミンとして、マジカルパワーを鍛えるべく今まで以上に魔法少女活動に力を入れている。




