姉妹、また通報される
最初の何話かは描きダメをばーっと流しますが、それ終わったら不定期になると思います。
11/3 友人からイメージイラストをいただきました。やったぜ。
友人のピクシブ http://www.pixiv.net/member.php?id=8526971
〇
「あークビやぁ、クビになったぁ」
西浦紫子は、昼下がりの公園のベンチで空を眺めながらつぶやいた。
「バイト三日でクビになったぁ」
やっちまったところであった。
いけ好かない客についブリの照り焼きをぶん投げたのがいけなかった。甘辛いたれを被って激しくクレームを入れるそいつの顔面に、情け容赦なく中濃ソースをぶちまけたところ店長から店を追い出されたのだ。残念ながら当然である。
「あいつが悪いんやで。あいつがこっち指さしながらこそこそウチら姉妹の悪口を……」
などとブツブツ言っていると、紫子の顔面に空気のパンパンに詰まったサッカーボールがさく裂した。
「ひでぶっ!」その場に転がって鼻血を噴き出す紫子。
「何やってんだよータカシィ」「ごめんリョーヘイ。ボール返せよオバハン、邪魔なんだよ」
などという、公園でサッカーをしていたジャリ共のやり取りが聞こえてくる。我慢ならない。誰がオバハンか。確かに小学生にとって十六歳はオバハンかもしれない。というより『お姉さん』なんて言い回しをイマドキの男子が使うとは思えない。しかしそうした理解は怒りの感情はまったく薄めはしなかった。
報復だ。報復をするのだ。心に誓った紫子は鼻血を噴いたまま立ち上がり、サッカーをしている小学生の輪の中に乱入すると、ボールを拾い上げてさっき紫子の顔面にシュートしやがったジャリに向けて力いっぱいぶん投げた。
「あぎゃひっ!」
顔を押さえて座り込むジャリ。
「な、なにするんだよぉ」
低学年くらいのジャリ共が紫子に寄ってたかって抗議をする。紫子は跳ね返って来たサッカーボールを拾い上げると、ジャリ共の顔面めがけて投げては拾い投げては拾うのを繰り返した。
「わ、わぁああ」
ボールをぶつけられる痛みというより、いきなりやって来た変な女に襲撃されるという意味不明な事態への困惑で逃げ回るジャリ共。
「あっはっはぁ。ウチはドッチボール二段や。大人に敵うと思うなガキ共。あっはっはっはぁひでぶっ!」
調子に乗っていると、紫子の投げたボールが拾い返されて顔面にぶち投げられた。本気で泣きそうな程痛いその威力に恐れながら敵の方を見ると、そこには140センチの紫子よりも一回り大きな子供がいた。
「け、ケンちゃん!」ジャリ共が救世主を見るような視線を向ける。
「あ、あかん! 高学年や!」紫子は絶望的な声を発した。
さもあらん、この凶悪モンスター、身長は150センチ前後、体重は目測四十五キロ以上にも達する。日焼けしているところから運動部であることも推測でき、状況はますます絶望的と言えた。
「こいつキチガイじゃないのか? おまえらこいつを囲むんだ。逃がすなよ」
『ケンちゃん』と呼ばれた大きなガキの指令により、紫子はジャリ軍団に包囲される。これはフクロにされる予感がする。紫子は恐怖を感じた。
「あ、あわわわわ。ええい。かくなる上は……っ!」
紫子はポケットからカッターナイフを取り出した。ことあるごとに己の手首を切り刻む癖のある紫子にとっては精神的なお守りのようなものであった。
「は? いや、カッターナイフを人に向けるなんていけないんだ? とっととしまえよ。そんな脅しにのらねぇからなっておぉいぃっ!」
紫子が本気で首めがけてカッターナイフを振るったので、ケンちゃんは恐怖した表情であと退った。
「死ねぇ! 死ねぇえ!」
殺すつもりでカッターナイフを振り回す紫子に、ジャリ共はパニックになって逃げ回る。完全にキチガイの所業である。それもそのはずで紫子は中度の情緒不安定を患っており、一度興奮するとまともな判断力を失って暴れまくる悪癖がある。
しかしこのケンちゃんという男、ただものではなかった。おそらく柔道か何か武道的なものをやっているのだろう。やみくもにカッターを振り回す紫子の斬撃をかわすと、その腕を持って地面に組み伏せた。
「あ、あわわわわ」手足を拘束された紫子は恐怖したように瞳孔かっぴらいて脂汗をかきまくり、明後日の方を向いて狂ったような声で叫んだ。
「や、やめていじめんといてパパァーっ! えぇ子にするけぇええん! タバコの火はやめてぇええうわぁああああ!」
羽交い絞めにされるとトラウマスイッチが作動する紫子は、幼き日の思い出をフラッシュバックさせながら子供みたいに泣きじゃくりまくった。
「こいつ、絶対アタマおかしいって……」
正しい。これにはさすがのケンちゃんもドン引きである。とっととこんな変なお姉さんにはお引き取り願いたいところであろう。
「でも手を離したらまた暴れだすし、こうしてずっと押さえつけるのも無理だし、どうしようかな……?」
「そこの池に捨てれば?」ジャリ共の一人が提案した。
「……そうするか」ケンちゃんは紫子の軽い身体を持ち上げて池に運ぶ。
「うわぁあああ! なんでもするからぁあ! なんでも言うことするからぁああ! ××××だってちゃんと上手にやるから助けてぇええうわぁあああ」
水面にたたきつけられる紫子の身体。
「あぎゃひ。ごぼごぼごぼ」
逃げていく小学生。
×
「ふんふふんふふーん♪」
上機嫌な鼻歌である。そのアパートの一室では、部屋中を埋め尽くす程の造花が床に並べられている。その真ん中では、女の子座りをした少女が段ボールからパーツを手に取って、造花を組み立て続けていた。
「いやぁ。今日は内職がんばったぞい♪」
少女はニコニコしながら言った。
「お姉ちゃん、褒めてくれるかなぁ」
この少女、名を西浦緑子と言って、先ほど公園で小学生たちと骨肉の争いを繰り広げていた紫子の、双子の妹にあたる。部屋の真ん中で造花を組み立て続けること『十七時間』。この少女は単純作業なら何時間でも延々と行うことができ、不眠症の気を持っていることから就寝の必要もない。珠玉の内職モンスターであった。
「先生からもらったお薬も効いてて気分がいいし、今日はお外に出かけてみようかなぁ。でももうすぐお姉ちゃんがバイトから帰って来る時間だから……お出迎えしなくちゃだなぁ」緑子は神業めいた手つきで造花を組み立てる。「お姉ちゃん、お外で働いてるなんて偉いなぁ。わたしにできないこと全部やってくれるし、尊敬だなぁ」
その姉・紫子はなけなしの収入源であるアルバイトを派手に解雇された上、ジャリ軍団に敗れて池に投げ捨てられていた訳なのだが、そんなことは露知らず、自分より若干(あくまで若干)症状の軽い姉を無邪気に尊敬する緑子であった。
チャイムの音がした。
緑子の手が止まった。
「あ、あわわわわわ」緑子はあからさまに狼狽して手にしていた造花を取り落とす。「誰? 誰? 誰? 誰? 誰誰誰誰だれだれだれだれぇえええ!」
緑子は頭を抱えてその場にうずくまりがくがく震え始めた。
「郵便? なんて来ないよね、何も頼んでないもん。勧誘? それとも市役所の人とか……。どうしようかな無視しようかな、でも無視したら機嫌悪くするかな、怒らせたら報復されるかなでも出る勇気なんてないしな。じゃあどうしたらいいのかな……。わかんないわかんないよぉ!」
緑子は過呼吸になりそうになりながら喚くように言う。自閉気味の緑子にとって来客対応など不可能で恐怖しか感じず、不眠不休の作業が知らず知らず心身を疲弊させていたこともあり、パニックに陥ったのだ。
「……そそ、それとももしかして、敵? わたしを殺しに来た? ……そ、そうだ。同い年くらいの子が働いたり学校に行ったりしている間に、引きこもって造花なんか作ってるダメなわたしを……殺しに来たんだ。殺しに来たんだ」
整合性も糞もあったもんじゃない空想だが、いかんせんドアの向こうのことなので悪い妄想は止まらない。町で誰かと目が合えばそいつが自分を狙っていると空想し、テレビでニュースが流れれば電波を通じて自分の脳がジャックされていると空想する、緑子はたいへん想像力豊かな少女であった。小学校の頃の通信簿にもそう描かれている。
「こ、怖いよぉおお助けてお姉ちゃあああんうわぁあああ」
しかしここには姉はいない。いつも自分のことを守ってくれる紫子は今はバイト中であり助けを乞う訳にはいかないのだ。嘔吐寸前の精神状態である。
再びチャイムの音がした。
「あわわわわわわ」緑子はペンキで塗ったんじゃないかと思うくらいに顔を真っ青にする。「こ、殺される! 戦わなくちゃ戦わなくちゃ戦わなくちゃ!」
緑子は部屋の押入れを開けて中から『グングニル3』を取り出す。半分に折れて程よい長さになった竹竿の先端に、『料理包丁二つ』をガムテープで巻きつけたという代物だ。どこに出してもおかしくない立派な『凶器』である。
なんでそんな危険なモンが家にあるのかというと、こないだ『壁の中に誰かがいて、自分を襲ってきそうで怖くて夜眠れない』とすすり泣いた緑子の為に、紫子が作ってくれたのである。『3』というナンバリングであることから分かるように、似たようなものを紫子はたまに作っていて、『1』は児童養護施設時代紫子がいじめっ子との闘いで使った際にへし折れており、『2』はふつうに警察に没収されている。
「はははは、入って来たら、入って来たらこここここれでこれでこれで!」
緑子は『グングニル3』を構えてぶるぶる震える。チャイムの音がする。緑子は来るなら来いとばかりにドアの方に向けて感覚を研ぎ澄ます。
すると、ドアから遠ざかる足音がした。
「い、行った? 行った?」
ぶるぶる震えながら目から涙を流す緑子。おどおどしながらドアの方へ歩み寄り、のぞき穴を見る。誰もいない。
「良かった……」
緑子はその場をへたり込む。ふうと息を吐いて、手足を投げ出したその時、視界に入った窓の向こうに人影が見えた。
「ひ、ひぃ!」
さらに緑子は恐ろしいことに気が付く! なんとその窓の施錠を忘れていたのだ。きっと先ほどチャイムを鳴らしていた『敵』が窓から侵入を試みているに違いない。襲ってくるのは最早確実だ。殺される!
「ここここ殺さなくちゃ殺さなくちゃ殺さなくちゃ……」
緑子はグングニル3を窓の方へ向けた。敵が窓を開けたらすかさずこいつで刺し殺してやるのだ。緑子は覚悟を決めた。
〇
「……あー。酷い目にあったわぁ。体中どろどろや」
ジャリ軍団に敗北し、池に放り投げられ、パニック状態で泳げるわけもなく泡を吹いて暴れまくった末、五分ほどしてようやく膝くらいまでしか水がないことに気付いた。憐れむような視線を向ける人々と目があっては逸れ、紫子は『その心笑っとるな!』と怒声をあげてその場を逃げ出した。
アパートへ帰りつく。鍵を開けて中に入ろうと思ったところで、鍵を忘れて外出していたことに気が付いた。しょうがなく、紫子はドアのチャイムを鳴らす。
返事がない。さらにチャイムを鳴らす。
「ううん?」
中には妹がいるはずなのだが……。三度目のチャイムを鳴らしてから、どうにも様子がおかしいと思い始める。
「沈静剤でも飲んで寝とるんかな?」紫子は首をひねる。「ならチャイムくらいなら起きんわな。どないしょ。窓の鍵とか開いてへんかな」
紫子は部屋の窓に手をかける。ダメ元で動かしてみると意外にすべらかにスライドした。なんと鍵が開いていたのだ。これで助かった、入れるじゃん、と思って窓を開け放った途端……。
「うわぁああああああああ!」
開いた窓の隙間から、妹の緑子が必死の形相で料理包丁を巻き付けた竹竿を突き出して来た。
「ぎゃぁああああああああ!」
紫子は本能的に体をよじり、間一髪その場を転がってそれを回避する。頬を若干包丁がかすめた気がした。
「お……お姉ちゃぁあああん?」
緑子が窓からこちらを見下ろしつつ目を剥いた。自分が刺し殺そうとした相手が姉だったことに気付いて驚愕している。
「なにずんねぇえん……っ!」
妹からの強烈な一撃で死にかけた紫子は、地面に座り込んで泣きじゃくりついでに失禁した。泥だらけの涙塗れで失禁までしてなんかもうものすごいことになっている。
「あ、あの、その、敵が、その、わたしを、その、狙ってるのかと思って……」緑子はおどおどと弁明しながら号泣し始める。「お姉ちゃぁあああんごめんねぇええええふわぁあああああん。怖かったよぉおおおお」
「来客対応はまだ無理かぁ、ほんなら怖がらしてごめんなぁ。でも一番怖かったんはウチやぁ……。死ぬかと思ったぁ……死ぬかと思ったよぉ。ふぇえん」
窓の内と外で二人して泣きじゃくっている双子姉妹と、誰がどう見ても凶器である『グングニル3』を目撃した隣人が、ついに気が触れて殺し合いを始めたと判断して警察へ通報したところで、この話はおしまい。
読了ありがとうございます。