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ひとりぼっちの少女と、虚影の魔王  作者: 遠野九重
前編 わたしがひとりぼっちだったころ
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第八話 フォール・ダウン

 この世界に神様がいるとして、その視点から見れば、きっとわたしは滑稽なことをしているのでしょう。

 クラスメイトとのすれ違いを拡大解釈して、自分で勝手に傷ついているだけの社会不適合者。


 つまりは自業自得、自己責任。

 悪いのはすべて自分。


「……ごめんなさい」 


 わたしは誰に謝りたいのでしょう。

 それすらもよく分からないまま、ふらふらと宮殿内の森を進みます。

 お城の裏手には小さな螺旋階段があり、それはグルグルと回りながら屋上まで繋がっています。


「開いてる……」


 普段なら鍵がかかっているはずのドアは、なぜか、開いていました。

 見回りの人が閉め忘れたのかもしれません。

 

 わたしは階段を昇りはじめました。

 足元の鉄板がギィギィと不気味な軋みをあげています。

 もし老朽化が進んでいて、途中で穴でも開いたら……そのときは、そのときです。


 わたしは、自分が何がしたいのかよく分からないまま、屋上を目指しました。


 心のなかに風が吹いています。

 「自殺未遂未遂」のたびに少しずつ削れていた、生と死を隔てる壁。

 それが今にも崩れてしまいそうな予感がありました。

 

 あはは。

 ベルリンの壁に似ていますね。

 誤解が重なった末に、ちょっとしたきっかけでなくなってしまうんです。


「まぶしい、な」


 階段を半分弱まで昇りました。

 レベルアップのおかげでしょうか、まだ息はあがっていません。

 高さとしては、ちょうど、寮のわたしの部屋と同じくらい。 

 

 山の端に沈もうとする夕陽が、逆光になってわたしの視界を遮ります。

 とはいえ単調な螺旋階段ですし、それまでと同じように足を踏み出して――。


「っ……」


 うっかり、階段の角に足をひっかけてしまいます。

 ちょうどその先は踊り場だったのでうまく手をつくことができましたが。


「あっ」


 もうとっくに充電の切れたスマートフォンが、ポケットから飛び出したのです。

 普段は部屋に置きっぱなしなのに、なぜか、この時に限っては持ってきていました。

 スマートフォンは、階段を囲う鉄柵をすり抜けて、地上へ。


 幸い、下には誰もいませんでした。

 

「取りに、いかなきゃ」


 どうやって?

 まともに考えれば、階段を降りるべきでしょう。

 それはわかっていました。


 でも。


「……落ちた方が、早いかな」


 明らかに間違っている答えなのに、わたしは、そうすべきだと確信していました。


 いつだったか読んだ本に、


『人間はまっすぐな感性によって自殺を検討し、歪んだ理性によって自殺を実行する』


 そんなことが書いてありました。

 

 今のわたしは、もしかするといい典型例なのかもしれません。


 やがて、屋上に辿り着きました。

 学校みたいに金網で覆われてはいません。


 風が吹いています。

 強く強く、背中から。

 まるで後を押すように。


 わたしは考えます。

 ここで引き返した場合の、先を。


 笹川さんに使い潰されるだけの毎日。

 その果てに命を落としても、感謝されることもなく、馬鹿にされるだけ。


 クラスの誰かに相談すればいいのでしょうか?

 けれど。


『笹川と組むのを選んだのはお前だろ、自業自得だ、自業自得』

『本当に辛いならソロを選ぶこともできたはずだ。そうじゃないってことはまだ大丈夫なんだよ、自分だけが辛いと思うな』

『みんないろんなことを我慢してるんだよ、ワガママを言うな』


 そんな風に反論される未来しか、頭に浮かんできません。

 

 だいいち、自分でも分かってるんです。

 こういう状況を招いたのは、ほぼ10割、わたし自身の責任だ、って。


 きっとわたしは、ひとの中で生きていくのに必要な何かが欠けているのでしょう。

 だから皆と同じような考え方や感じ方ができなくって、いつも疎外感ばかり。


 人間とは社会を形成する生物ですから、つまり、わたしは生物として劣等種なのでしょう。

 なら、淘汰されることは自然の摂理に沿っていて、ああ、そっか。


 だから()()()()()()()()()()()()()んですね。


 まるでジグソーパズルの終わり際みたいでした

 バラバラだったピースが次々に噛み合い、ひとつの絵へと変わっていきます。

 そこに描いてあるのはきっと、ぐちゃぐちゃに潰れたわたしの亡骸でしょう。


 自分の人生が、(ただ)、その一点に向けて収束していくのが感じられました。

 

 感情だけで自殺を試みるなら、きっと、恐怖もあったでしょう。

 けれどそういう気持ちはとっくに擦り切れていて、残っているのは、ただ、澄み渡るような納得だけ。

 

 わたしは屋上の縁を、とんっ、と蹴りました。

 城の裏手ですから人目に付かないでしょう。

 もしかするとなかなか見つからないかもしれませんが、別に構いません。


 どうしてこうなってしまったのでしょう。

 異世界に来たばかりのころは、あれだけ希望に満ちていたのに。

 結局、どこに行こうがわたしはわたしのまま。


 ねえ、お母さん。

 お母さんはわたしに生まれてきてほしくなかったみたいだけど。

 

 わたしも、自分が生まれなければよかったと、思ってるよ。






* *






 地上に落ちるまでの時間は、ひどく緩慢でした。

 ふと、物陰から誰かが出てきます。

 その人は、地面で落ちて砕けたスマートフォンを手に取ると、上を向きました。

 

 わたしと目が合います。

 

 有沢くんでした。


 彼に自分の死体を見られるのは恥ずかしいな、と思いました。


 けれど、魔法スキルを持たないわたしにはどうしようもありません。


 落ちて、落ちて、落ちて――。


 行き着く先は、有沢くんのすぐ目の前。


 逆光の西日のせいで彼の顔が見えません。

 ただ長い長い人影が伸びています。


 

 その影が、両手を広げました。

 まるでわたしを受け入れるように。


 きっと幻覚でしょう。

 最後の瞬間に見る、不思議な夢。


 

 衝撃はやってきませんでした。

 わたしはそのまま、有沢くんの影の中に沈み込んで――。


 やがて、何も、分からなくなりました。




重苦しい内容でしたが、お読み頂きありがとうございます。

ここまでで前半は終了です。

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