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ひとりぼっちの少女と、虚影の魔王  作者: 遠野九重
前編 わたしがひとりぼっちだったころ
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第六話 有沢くんが少しだけ感情を露わにした時のこと

 わたしたち勇者は大きく二つに分けられます。


 ダンジョンの最深層を目指して突き進む「前線組」。

 彼らが取りこぼしたモンスターを狩って、地上に出てこないようにする「後衛組」。

 有沢くんは「前線組」、笹川さんやわたしは「後衛組」に所属しています。

 今回亡くなったのは有沢くん……ではありませんでした。




 最上秋彦(もがみあきひこ)くん。


 日本にいたころは定期テストでいつも5位以内をキープしていた秀才で、休み時間も東大や京大の過去問で勉強していました。

 笹川さんあたりに言わせると、


「あんなんタダのポーズっしょ、ゼッタイ理解してないって」


 ということですが、それは穿ち過ぎではないでしょうか。


 さてそんな最上くんですが、とても線の細い身体つきでした。

 筋肉も少なそうで、いかにも「後衛組」という雰囲気だったのですが――ユニークスキルが、それをひっくり返したのです。


 【オーバードーズ・オーバードライブ】。


 特殊なポーションを体内で生成し、自分自身を強化するスキルです。

 要するにドーピングで、発動させるとプロレス選手みたいなマッチョ体型に変わります。

 重さ100kgを超えようかというハルバートを振り回し、「前線組」でも安定した好成績を叩き出していました。


 けれどやっぱりドーピングはドーピング、やっぱり身体に無理が来ていたのでしょう。

 最近はあまり活躍できておらず、彼なりに悩んで、悩んで――昨夜、単独でダンジョンへ向かってしまったそうです。

 そして【オーバードーズ・オーバードライブ】を限界以上に使用し、大型モンスターと刺し違える形でその人生を終えています。


 前線組の何名かは急いで後を追いかけました。

 けれども間に合わず、できたのは遺体を回収することだけ。

 その後、最上くんの部屋からは数名に宛てた遺書が見つかったそうです。




 * *




 葬儀はまず今日の午前中にクラスメイトだけで行われました。

 王族・貴族の参列する国葬はまた別の日に予定されているそうです。


 棺の中の最上くんはとても穏やかな顔で眠っています。

 死因は【オーバードーズ・オーバードライブ】の副作用だったのでしょう、その身体には傷ひとつありません。


「最上くんってさ、貴族の人と不倫してたんでしょ」

「えっ、相手は未亡人って聞いたけど」


 葬儀のあと。

 宮殿内の礼拝堂からの帰り道は、最上くんの噂話でもちきりでした。

 

「――重たい病気で、最上くんが治療費を出してて、でも……」

「知ってる。先週、亡くなったんでしょ?」


 あちらこちらで繰り返される、ヒソヒソ話。

 それは死者を悼むというよりも、単に、自分の知的好奇心を満たしいだけにも思えます。


「ああいうガリ勉って、すぐ異性にのめり込むっしょ。後追い自殺とかマジ重すぎじゃん」

「だよねー。イケメンならまだいいけど、キ最上(もがみ)だし……」

「誰にも相談できずに悩んでたというより、単に友達がいなかっただけでしょうね」


 すぐ近くを歩く笹川さんたちの言葉が、まるで、ナイフのようにわたしの心を抉りました。

 自分の悪口を言われているわけじゃないのに――なぜか、息が詰まりそうになります。


 最上くんが何をどう悩んでいたかは分かりません。

 けれど断片的に聞こえてくる内容だけでも、彼の苦しみを想像するには十分なはずです。

 それなのに、どうして、こんなひどいことが言えるのでしょう。

 

 わたしは、自分がまるで得体の知れない獣の集団に囲まれたような心地になりました。

 

「――つーかさ、皆もっと本音で喋ろうぜ?」


 そんな風に大声をあげたのは、先頭を歩いていた男子です。

 大田荘司くん。

 ちょっとこわい感じの、不良っぽい男子です。鯛谷さんの恋人でもあります。

 彼はクラス全員の方を振り返り、こんな風に呼びかけてきます。


「ぶっちゃけ、キ最上が死んでも悲しかねーだろ? アイツと仲良かったヤツっているか? いねえよな? だってあのバカ、ネクラじゃん?」


 何人かのクラスメイトが「ソウジくんぶっちゃけすぎー!」と笑い交じりの野次を飛ばします。

 すると大田くんはますます得意になってこう続けるのです。


「つうかさ、オレ、マジでムカついてんだよ。キ最上のヤツ、一人でさっさと楽になりやがって。逃げてんじゃねえぞ、あの根性なしが。心弱すぎだろ、なあ?」


 ――そうだそうだ!

 ――残されたあたしたちの苦労も考えてよ。

 ――ガリ勉の自己中とかマジ最悪だよね。


 もともと大田くんはクラスでも中心的な人物のひとりでした。

 そのせいでしょうか、彼の発言ひとつで皆の空気がガラリと変わりました。

 いつの間にか話題は噂話から、最上くんへの罵倒へ。


 異世界に来て二ヶ月。

 魔物との戦いですさんだ日々を送っているにしても、これは、あまりにも無情ではないでしょうか。


「キ最上はよぉ、ロクに連携も取れねえし、そのくせここんトコは大した成果もあげてねーし。その上、昨晩なんて死体の回収に駆り出されたんだぜ? こっちの睡眠時間を返せってんだよ、クズが! ……っ!?」




 それは、一瞬の出来事でした。


 

 

 後ろから黒い人影が走り抜けたかと思うと、大田くんの身体が、すぐそばの大樹に叩きつけられていたのです。


 わたしを含めたクラスメイトのみんなは、突然のことに歩みを止めていました。

 何が起こったのか、といえば。


「僕はいま友達が死んで悲しいんだ。邪魔しないでくれないかな」


 一人の男の子が、右手を握ったり開いたりしていました。

 有沢くんです。

 彼はひどく悲しげな表情を、その端正な横顔に浮かべていました。


 一方で大田くんは右の頬を押さえていて……おそらく、有沢くんに殴られたのでしょう。 

  

「こんな時に『タブーを破れるオレ様』アピールとか、きみ、どんだけ自尊心に飢えてるんだい? ワル自慢はツイッターでやろうよ、炎上するのを眺めてるからさ。ま、この世界にネットはないんだけどね」


「テメェ……! ナメやがって……!」


 大田くんはペッと血交じりのツバを吐くと、有沢くんに掴みかかろうとしました。

 ですが、その前に。


「黙れ、口を閉じろ」


 機先を制するように有沢くんが距離を詰め、槍のように鋭い蹴りを放っていました。

 彼の長い足先は、立ち上がった大田くんの首ギリギリのところで止まっています。

 

「じゃないと喉を潰す」


「……っ!」


 へたり、と。

 大田くんはふたたびその場に座り込みました。

 腰を抜かした、と言った方が正確かもしれません。


「ねえ、大田くん」


 有沢くんは少しだけ前かがみになると、そのまま大田くんの寄りかかっている木に片腕をつきました。

 まるで、獲物を追い詰めるように。


「僕はそれなりに最上くんと親しくてね、このところ宰相さまの依頼であちこち飛び回っていたけど、キャンセルしておけばよかったと後悔してるんだ。いずれにせよ、彼は自分の恋に殉じた。きみが踏み躙っていいものじゃない。

 というかさ、いくら他人を叩きたいからって捏造はよくないよ。大田くん、昨夜はほとんど働いてないだろう? 僕が最上くんの死体を地下80層から運んできた時、きみはまだ5層あたりでまごついてたじゃないか」

 

「そ、それは……」


「僕も普段ならスルーしていたけど、ちょっと度が過ぎてないかな。異世界に来ても日本人は日本人だろう? 相手が知り合いでもなんでもないとしても、せめて、両手のシワとシワを合わせて静かに祈ろうよ」


 

 この時わたしたち2年3組一同は、息をすることも忘れて目の前の光景に見入っていました。


 大田くんはレベル80台、「前線組」でかなりの実力者です。

 なのに有沢くんに対しては手も足も出ず、今はただ怯えた表情を浮かべるばかり。


 恐ろしいまでの力量差に、みんな、圧倒されていたのです。



「それにさ、僕のほかにも最上くんの死を悲しんでいる人はいるはずだよ。その子のことも気遣ってほしいな」



 有沢くんは(きびす)を返し、ひとり、寮の方へと足早に歩いていきます。


 ただ。

 

 一瞬だけ、わたしの方を見たような気がしました。


 自意識過剰、でしょうか。


登場人物紹介2


最上秋彦:秀才。とある伯爵夫人に恋するも、病気によって先立たれる。

     彼の悲恋とその最期についてはまた別の機会に。


大田荘司:クラスで1、2を争う不良系イケメン。やや自己顕示欲が強い。


有沢慎弥:現時点ではまだ詩月と付き合っていない。

     女子からの評判は「静かにしていれば格好いい」

    基本的にマイペースで生きている

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