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ひとりぼっちの少女と、虚影の魔王  作者: 遠野九重
前編 わたしがひとりぼっちだったころ
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第五話 自殺未遂未遂

 『特訓』のあと、わたしたちは小休止をはさんでダンジョンに向かいます。

 そうして夕方まで探索を続け、地上に戻ります。


「今日の戦闘だけど」


 帰り道、パーティの回復役である鯛谷さんはいつもと同じ淡々とした声で告げます。


「笹川さんは4回、半田さんは3回、私は5回もダメージを受けたわ。以前の取り決めどおり、生命力"だけ"の回復でいいかしら」


「……はい」


「あっれー、もしかしてシヅキさん文句あるのー?」


 横から話しかけてくるのは半田さんです。

 彼女は、頑丈そうな黒いガントレット(籠手)に覆われた腕を掲げました。


「わたしさー、さっきゴブリンにぶつかられたときはメチャクチャ痛かったんだー。これ、シヅキさんのミスなんだよ? トモダチなのに申し訳ないとか思わないわけ?」


「ごめん、なさい……」


「まあ人間だれしも間違いはあるからさー、合計で3回までは許すってことにしたじゃん? それを2倍以上越えてるワケだし、やっぱセキニン取るのがスジっしょ?」


 詰め寄ってくる半田さんに、わたしは否と言えません。

 このルールが制定されたときに反対しなかったのは事実ですから。




 有沢くんと喋った次の日、鯛谷さんが提案したのです。

 彼女にしては矢継ぎ早な口調で、こんな風に――。


「どうせ手足がボロボロになるなら、わざわざ回復するのは精神力の無駄と思うのだけれど」

「この世界は生命力さえ残っていれば死なないのだし、別に構わないわよね」

「別にあなた、親しい男子もいないのでしょう?」

「だったら見た目にこだわる必要はないわね」

「納得してくれるわよね、シヅキさん」


 あのときの鯛谷さんを思い出すだけで、息が詰まりそうになります。

 表情のない顔がまるで般若の面みたいに見えて、わたしは頷くことしかできませんでした。


 もしかすると彼女は、わたしの、有沢くんへの気持ちに気付いたのでしょうか。

 

 けれどそもそも異世界に来てすぐに有沢くんと鯛谷さんは別れてますし、それを切り出したのは鯛谷さんの方です。


 どういうことなのでしょう。

 同じ高校生なのに、鯛谷さんが何を考えているのか、まったく分かりません。

 ただ、今までにない敵意を向けられていることだけは何となく伝わってきて――。

 

 

 

 近いうちに、わたしは死ぬかもしれない。




 そんな妄想じみた予感が、ときどき、頭をよぎるようになっていました。




 * *




 わたしは人前に出る時、長袖の服を着ています。……着るように、言われています。


「あんたの手足、ボロボロっしょ? ちゃんと隠しなよ、じゃないとキモがられるし。だいいちあたしらの評判も悪くなるじゃん。空気読んでよ、空気」


 ダンジョンから帰って、晩ごはんを食べて――そのあとは、数少ないわたしだけの時間になります。

 

 他の人たちは談話室でおしゃべりをしたり、娯楽室でダーツやビリヤードを楽しんでいるそうですが、とてもその輪に入っていける気がしません。


『友達を作るには、まず、自分の心を開きましょう』


 いつだったかネットで読んだアドバイス。

 けれど、わたしがそれを実行したところでいったい何になるのでしょう。


 だって心を開いたところで、そこは空虚なガランドウなのですから。


 小さい頃からずっと、誰かの顔色を窺ってばかり。

 もはやそれが「真川詩月」という人間そのものなんです。


 裏側に「本当はものすごく素敵で魅力的な女の子」が隠れているわけでもない、薄っぺらい人間性。

 そんなものを見せつけられて、いったい誰が友達になってくれるでしょう。

 有沢くんだって、こんな人間から想いを寄せられても嬉しくないはずです。


 あえて本音めいたものを探すなら、「笹川さんたちのパーティを抜けて、もっといいところに行きたい」という漠然とした不満だけ。


『最近の若いヤツは我慢ができない。だから何もモノにならない』

『すぐに転職したがる。根性なしばっかり』

『逃げるヤツはどこに行ってもダメ』


 ワーッ、と。

 今までに見聞きしてきたコトバが、誰ともつかない音声をともなって頭の中にあふれてきます。

 耳を塞いでも意味がありません。

 これはわたしの思考の中での話ですから。

 

 小さい頃からずっとそうでした。

 とても辛かったり悲しかったり、気持ちがひどく追い詰められたとき。

 わたしの心を、心ないコトバが埋め尽くします。


『いじめは、いじめられる方にも原因がある』

『世界がつまらないのはお前がつまらない人間だからだ』

『精神的に向上心のない者は生きている資格がない』


 自分で自分に追い撃ちをかける、思考の自家中毒。

 他の人はこれをどう乗り越えているのでしょうか。

 それともわたしだけの事で――脳や心が異常をきたしているのでしょうか。


「…………っ! ――――――っ!」


 最近、わたしは鏡の前で泣いてばかりいます。

 ベッドから引き剥がした布団を抱き締めて、ずっと、ずっと。

 声を押し殺しながら、けれど同時に、誰か気付いてくれたら、なんて甘いことを考えています。


『笹川さんたちの言うことに反対てこなかったじゃない。自業自得でしょ?』

『もう義務教育は終わってるんだ、未成年だからって甘ったれるな』

『社会に出てもおかしくない年齢なんだから、自分の選択にはちゃんと責任を持て』


 聞こえてくる声、声、声――!


 いつの間にかわたしは手にダガーナイフを握っていました。

 普段、ダンジョンで使っているものです。

 自分でも自分が何をするつもりなのかよくわかりません。

 

 リストカットしたいのか。

 頚動脈を切り裂きたいのか。

 あるいは、この『声』の原因である頭そのものをぐちゃぐちゃにしてしまいたいのか。


 ただ。

 刃を手にしていると、不思議と心が落ち着いてくるんです。

 

 ――いざとなったら、いつでも死ねる。


 その認識だけが、わたしにとっての精神安定剤でした。

 いえ、麻薬やドラッグと呼んだ方が正しいかもしれません。

 だって行き着く先にあるのは、この身の破滅ですから。

 

 

 ダガーナイフを握ったり、そっと首元に当ててみたり。

 そういう「自殺未遂()()」を重ねるたび、わたしの中にある、生と死を隔てる壁が少しずつ崩れていきます。

 死に親しみが湧いてくる、と言えばいいのでしょうか。


 かつては恐ろしくて考えもしなかった「自殺」という行為。

 それが自分の中で当たり前になりつつあって、ちょっとしたきっかけがあればヒョイと向こう側へ行ってしまいそうな気がします。


 意味が分かりませんよね。

 昼はダンジョンでなんとか生き延びようとしているのに、夜になると消えてしまいたくなるんです。


 そう。

 自殺はあくまでも手段で、本当は、消えてしまいたい。

 わたしという存在を最初からいなかったことにしてほしい。


 異世界にきても、わたしは、わたしのままでした。

 何も変わらないまま、ただ、惰性で生きているだけ。


 どうせ死んだって、誰も悲しまないし。

 笹川さんたちも、わたしを本当に必要としてくれてるわけじゃありません。メンバーの補充なんて簡単でしょう。


『ウジウジ言って、どうせ実行しないんだろ?』

『ただのかまってちゃん』

『こういうのがネットで手首画像とか晒すんだよ』


 ほら。

 わたしの中の誰かだって、こんな風に背中を押してるじゃないですか。

 ……押してますよね? 




 * *




 そして次の朝、わたしは床の上で目覚めます。

 

 たぶん昨夜は泣き疲れて眠ってしまったのでしょう。

 いつものことです。

 首元にはナイフが転がっていて――もし刺さっていたらそれはそれで仕方ないかな、と思いました。


 

 身だしなみを整えて、食堂に向かいます。

 

 すると皆が揃ったあたりで、クラス委員長の角田さんが壇上にあがってこう告げました。


「……昨晩、前線組から死者が出ました。午前中のダンジョン探索は中止、葬儀を執り行います」


 と。


 最前線組。

 そう聞いてわたしの頭をよぎったのは、有沢くんのことでした。

 


クラス転移ものの裏では、こういうことが起こっているのかもしれません。

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