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ひとりぼっちの少女と、虚影の魔王  作者: 遠野九重
前編 わたしがひとりぼっちだったころ
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第四話 囚人と看守たち

 わたしは牢獄に閉じ込められている。

 そんな気持ちを抱えて、ずっと生きてきました。


 他のみんなは鉄格子の外にいて、おたがい楽しそうに笑っています。

 この冷たい独房には見向きもしません。


 話しかけてくれるのはお母さんや笹川さんくらいです。

 もしもあの人たちに見捨てられてしまったら、わたしは本当のひとりぼっちになってしまいます。

 それが恐くって。

 嫌われたくなくって。

 わたしは笑顔を浮かべます。

 毎朝、鏡の前で笑う練習を続けています。

 きっと傍から見れば、わたしは、看守に媚びる囚人のようなものでしょう。


 そんな自分がたまらなく気持ち悪くて、何度も鏡を割りそうになりました。

 でも、ほんとうに砕いてしまいたいのはわたし自身。

 

 それが実行できない以上、この現状は自己責任というものでしょう。

 自業自得として受け入れるべきで、それに、全体的な環境はそう悪くありません。

 王宮内にはきれいな寮がありますし、食事まで出してもらっています。

 奴隷や乞食といった身分に比べれば、ずっとずっと恵まれているはずです。

 


『感謝してよ、感謝』


 

 お母さんの言葉は、いまもずっと心に残っています。



『世界にはあんたより辛い目に遭ってる人がたくさんいるの』



 だから、我慢しないと。


 若い頃の苦労はあとで役立つ。

 何かから逃げる人間は一生何もできない。


 本やインターネットで見かけたコトバ。

 そういうもので心にフタをして、わたしは自分の部屋を出ます。

 寮の前でパーティメンバーの三人と合流して、ダンジョンに出発する、その前に。


「シヅキ、今日も先に【魔法誘導】の特訓やるから」


 脱色した長い綺麗な金髪を指でいじりながら、リーダーの笹川さんが言いました。


「あっ、いいねいいね。ヒナ、ウォーミングアップしたかったんだー」


 隣で半田さんがニヤリと笑みを浮かべました。

 わたしはほとんど反射的に身を強張らせてしまいます。

 

「これもパーティ全体の生存率を上げるためよ。トモダチどうし協力しましょう、シヅキさん」


 さらに鯛谷さんも同意して、これで賛成三人。

 

「……わかり、ました」


 わたしたちは王宮の裏手、岩場の影に向かいます。


 


 【魔法誘導】の特訓。

 ちょっと前に笹川さんが提案して有耶無耶(うやむや)になったそれは、結局のところお流れにはなりませんでした。こうして毎朝のように繰り返されています。

 内容はとてもシンプルです。


 三人があてずっぽうに撃った魔法に対し、私が【魔法誘導】を発動させます。

 そうしてこちらに向かってきた《ファイア・ボール》や《アイス・ランス》を、どうにかこうにか回避するのです。


_________________________


【魔法誘導】

 本スキルは「攻撃魔法の発動時」に発動可。

 そのターゲットを自分に変更する。

 有効範囲は「スキルランク×5」mまで。

 次回発動までの間隔は「60-スキルランク×3」秒

_________________________


 

「シヅキ、なんであんたってそんなにトロいの?」


 十分ほど「特訓」を続けたあと、笹川さんは苛立たしげにため息をつきました。


「ヒナ、ミク、あと20本追加してやって。――ほらシヅキ、嬉しいでしょ?」


「……ありがとう、ございます」


「はぁ」


 笹川さんは、カンカンカンと魔法杖(マジック・ワンド)で手近な岩を叩きながら言います。


「なーんかココロ籠ってなくない? 別にうちらのパーティから外れてもいいんだよ? でも、あんたみたいに使えない盾役なんて行き場あんの? ないよね? もっとあたしらに感謝しなよ、感謝」


 わたしは、反論できません。

 もともと運動は苦手でした。盾役としても失敗ばかりです。

 仮にこのパーティから追い出されたら、もうどうにもならないでしょう。


 そもそも笹川さんは女子の中でもリーダー的な存在です。

 彼女がひと声かければ、クラスのみんなはすぐさまわたしを爪弾きにするでしょう。


「ほらほらシヅキさん、もっと頑張りなよー」


 半田さんの放った《ファイア・ランス》がわたしの左足を焼きます。

 肌と肉の焦げる匂い。……それでも動けるのは、勇者の加護とレベルアップのおかげでしょう。


「……まだこの魔法は難しいわね」


 鯛谷さんの手の中で、雷が弾けました。

 なんらかの光魔法を使おうとして暴発させたようです。

 そのせいで両手をケガしてしまったようですが――彼女は【高速再生】というユニークスキルを持っています。どんな傷でも10秒以内に消えてしまう、とても羨ましい効果です。


「やっぱりまだ低ランクの魔法で我慢すべきかしら。――《タイダル・ショット》」


 猛烈な水流が、わたしの全身を殴りつけました。





 

 わたしは必死になって駆け回りながら、頭では別のことを考えています。

 

 有沢くん。

 彼とはじめて喋ってから7日が経ちました。


 ――あの時みたいに通りかかってくれないかな。


 心のどこかで、いつもそう期待しています。


 あなたの顔を見せてください、声を聞かせてください。

 笹川さんたちと親しくしている様子でも構いません。

 

 

 わたしが身体を焼かれても凍らされても平気でいられるのは、もしかすると、前みたいに有沢くんが来てくれるかもしれないから。

 

 自分でもありえない話だとわかっています。

 

 けれどその「もしも」を思うたびに胸がとくんと鳴って、わたしの心を支えてくれるのです。


 変ですよね。

 おかしいですよね。

 きっと有沢くんだって、わたしがそんな人間だと知ったら、きっと心の底から不気味がるでしょう。


 だから。

 わたしと関わらない形で構いません、遠くからあなたのことを見つめさせてください。


 もしわたしがダンジョンで命を落としたら、「あの時の子かな」と少しだけ思い出してください。

 それだけで、きっと、わたしは満足できますから。

 

 


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