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ひとりぼっちの少女と、虚影の魔王  作者: 遠野九重
前編 わたしがひとりぼっちだったころ
4/25

第三話 わたしが有沢くんと出会った時のこと

「――あれっ、みんな揃って何してんの?」


 この時わたしたちはダンジョンのなかの一室にいました。

 広さは学校の教室ほどで<奥には下の階層へ繋がる階段があります。

 そこから男の子がひとり、軽やかな調子で姿を現したのです。

 

「有沢じゃん。うわ、なんかめっちゃ久しぶりじゃない?」

 

 わたしに対する時とはうってかわって、笹川さんはにこやかな表情を浮かべます。


「またダンジョンに籠ってんの? ひきこもりとかカラダに悪いしたまには帰りなよ?」


「ありがと、笹川さん。ちょうど僕もそう思ってたところなんだ」


 有沢くん――有沢慎弥くんはにこやかに答えます。

 彼はある意味ですごい有名人でした。

 一ヶ月ものあいだほとんど地上に戻らず、ひたすらダンジョンでモンスターを狩り続けていたレベルアップの鬼。

 パーティを組んでいないから成長も早く、もうレベル100を突破しているそうです。


「そろそろ全身の葉緑素が悲鳴を上げてるし、太陽光でも浴びようかなー、って」


「は? 意味わかんなすぎなんだけど」

 クスリと笹川さんは笑います。

「なに、あんた植物だったわけ?」


「実はむかし、脳にダメージを受けてしまってな……」


「う、うん……うん?」


 よく分からなかったのでしょう、笹川さんは曖昧な表情を浮かべました。

 半田さんも頭に?マークを浮かべ、鯛谷さんも少し戸惑っています。


 わたしはすぐに理解できました。

 植物状態という単語にひっかけたジョークで、言い回しとしてネットスラングを混ぜているのでしょう。

 

 いままで有沢くんとはほとんど喋ったことはありませんが、なんだか少し親近感が沸きました。


「ところでさ、ここに集まってるみんなに伝えたい耳寄り情報があるんだ」


 ずずい、と思わせぶりに身を乗り出してくる有沢くん。

 なんだかちょっとイタズラっぽい表情です。

 両手を頭の上へと載せました。掌を立てています。

 ウサギの耳のジェスチャー、でしょうか。

 それぞれを内側に傾けて、左右の親指どうし、人差し指どうしをくっつけます。

 えーと。

 つまり、「耳寄り」を動作で表現してみたということでしょうか。

 

 ……整った顔立ちに似合わず、なかなか愉快なひとみたいです。


 ちなみに笹川さんたちはますます混乱していましたが、有沢くんは気にせず話を続けます。


「実はさ、下で転送石を拾ったんだよね。よかったら地上まで相乗りしない? 僕だけだと勿体なくってさ。一緒に帰る人を募集してるんだ」





 

 * *





 

「どうする、ヒナ?」

「どっちでもいいですよー。ミクちゃんは?」

「今日はもういい時間だし、いいと思うわ」


 笹川さんたちの意見は割と早くまとまりました。

 

「つーわけで有沢、よろしく」

「んー、ちょい待ち」

 

 ここで有沢君は、クルリと後ろを振り返りました。

 ちょうど、わたしの真正面に立つ形です。


「真川さんもそれでいいかな?」


 にこり、とやわらかく微笑んで、問い掛けてきます。


「……っ」


 わたしは、なぜか、すぐに答えられませんでした。

 息が詰まるような感じがして、心臓がどきっ、と跳ねました。

 これまでに経験したことのない、はじめての動揺。

 なんだか有沢くんの顔を見ていられなくなって、つい、目を逸らしてしまいます。


 彼がわたしの名前を知っていた。

 いつも教室のすみっこにいるわたしのことを、把握してくれていた。


 そう思うだけで、なんだか、胸が熱くなりました。

 

「どしたの、真川さん?」


「た、だいじょうぶ、です」


 わたしは震える声を押さえつけながら答えます。

 

「お、おねがい、します……」


「オーケー、もし転送酔いとかしちゃったら言ってね。なんかこう、いい感じに配慮するし」


 転送酔い。

 初めて聞く単語です。

 海外のカードゲームで「召喚酔い」という用語がありますけど、それに近いものでしょうか。

 ワープによる三半規管の混乱、とか。

 何にせよ――。

 彼にとっては何でもないことと思いますが、その小さな気遣いが、とても嬉しく感じられました。


「それじゃあ地上まであいのりしようか。前にラブワゴンってあったけど、あれって今でいう婚活列車だよね」


 どうやら有沢くんはインターネットだけじゃなく、深夜番組のネタもカバーしている人のようです。

 彼は両手を広げました。


「悪いけどさ、とりあえず皆で手を繋ごうか。直接触れてないと一緒にいけないんだよね」


「マジで? 有沢それ完全にセクハラじゃん。ま、いーけど」


 さすが笹川さんです。少しもためらわずに有沢君の左手を握っていました。


「って、ココ、ミクに譲った方がよかったり?」


「……どうでもいいわ」


「あれー、もしかしてミクちゃん、けっこう引き摺ってますー?」


 クスクスとからかい笑いを上げる半田さん。

 そういえば昔、鯛谷美玖さんは有沢くんと付き合っていたはずです。

 異世界に来てからは別れてしまったそうですが、いったい何があったのでしょう。

 

 ともあれ、わたしたちはこんな風に手を繋ぐことになりました。



 (左) 鯛谷さん―半田さん―笹川さん―有沢くん―わたし (右)


 

 最初に立っていた位置関係でこうなったのですが、有沢くんの手は、まるで氷のように冷え切っていました。

 

 

 ――後から考えれば、どうしてそんなことをしたのか自分でもよくわかりません。


 

 ただ、こんなに冷たい手だとかじかんで辛いんじゃないかな、と思って。


「……!」


 わたしはこっそり、ユニークスキルの【分度系】を発動させていました。

 体温を有沢くんの手に分けたのです。


 



 ほどなくして浮遊感が訪れ、わたしたちは地上に戻っていました。

 おひさまが燦々と照りつけていて、少し、めまいめいた感覚がします。

 これが転送酔いでしょうか。


「ジョウント完了、と」


 今度のネタ元はSF、アルフレッド・ベスタ―の『虎よ、虎よ!』ですね。

 独特のタイポグラフィ (活字の配列による表現法)は今でも話題にされていて、よくネットの掲示板だと「最近のライトノベルはひどい」みたいなジョークに使われています。

 もしかして有沢くんも読書家だったりするのでしょうか。……そうだったら、いいな。


「よし、みんな大丈夫っぽいね。それじゃあ僕、ちょっと宰相さまに呼ばれてるし先に行くよ」


 わたしたちがお礼を言う間もあればこそ、あっという間に有沢くんはその場を去っていきます。


「……なんか、相変わらず独特だったねー」


 苦笑しながら半田さんがそう呟きました。


「ミクちゃん、前に有沢くん付き合ってたっけ。二人っきりの時ってどんな感じだったの?」


「……あんまり変わらないわ。ずっとあの調子よ」


 鯛谷さんは長い黒髪をかきあげました。

 その横顔はいつもどおりクールなものです。


「顔はいいけど、性格が、少し……」

「黙ってればイケメンなんだけどねー」

「あたしも、アレさえなければ付き合ってもいいんだけどさー」


 そのあと三人はキャイキャイと有沢くんの話で盛り上げっていましたが、私はほとんど聞いていませんでした。



 

 有沢くん。

 有沢慎弥くん。

 とても優しく笑う男の子。


 彼はここを去る前、小さな声ですけれど、わたしにこう囁いたのです。


「手、あったかくなったよ。ありがとう、優しいね」


 

 たぶん、それは有沢くんにとって何でもないことなのでしょう。

 してもらったことに対して、お礼を言っただけ。

 けれど私にとっては、その「当たり前」がとても暖かく感じられたのです。



 それに。



 気が付くといつのまにか「特訓」や「土下座」が有耶無耶になっていました。

 きっと有沢くんは、たまたま笹川さんたちのいる部屋を通りかかって声をかけただけ。

 でもわたしは「助けてもらった」と思っていて、ええと、その、だから。


 

 

 有沢くん。


 今日のこと、ずっと覚えていても、いいですか?










 お読みいただきありがとうございます。

 (ここまでで全体の1/3ほどです)


 もしよろしければ本作の二ヶ月後、ふたりが恋人になってからの話「虚影の王は彼女をあいしている」(http://ncode.syosetu.com/n4464dg/)も合わせてお楽しみ頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。

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