第二話 囮、盾、土下座
わたしたち勇者にはそれぞれユニークスキルという特殊な力がひとつずつ備わっています。
笹川さんの場合、それは【鑑定眼】というもので、他の人や魔物のステータスを自由に見ることができるそうです。
「シヅキ、レベルアップしたらちゃーんとみんなに相談して。勝手にスキル取ったら放り出すからね。あたし、定期的にチェックするから」
こうしてわたしのスキル構成は笹川さんたちに管理されることになりました。
「大丈夫、あたし、ゲームとかけっこうやる方だし。ヒナは?」
「お兄ちゃんとかとモンハンで遊んだりするよー」
「私も、弟とマリオカートで対戦したことがあるわ」
一方でわたしはあまりテレビゲームというものに縁がありませんでした。
本当はいろいろと遊んでみたかったのですけれど、お母さんを見ているとねだることもできなくって、そのまま。
中学生になってからは親戚のおばさんのところで暮らしていましたが、スマートフォンだけで満足していました。
インターネットで『青空文庫』を読んだり、あるいは無料の投稿サイトに行ってみたり。
ともあれゲーム経験に乏しいわたしとしては、他の三人に任せるのが正しいと考えました。
この世界では、レベルひとつ上昇するごとにスキルポイントがひとつ手に入ります。
それを消費して新しいスキルを取得したり、すでに持っているスキルをランクアップさせるのです。
わたしはまず【ウォー・クライ】をⅢにするよう指示されました。
必要なスキルポイントは、ランクⅠ→Ⅱで2ポイント、ランクⅡ→Ⅲで3ポイント。
合計で5ポイントになります。
今はレベル2なので、レベル7まであげないといけません。
その次は【カバーリング】、仲間のダメージを代わりに受けるスキルでした。
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【カバーリング】
味方が攻撃のターゲットにされたとき発動可。
そのダメージを代わりに引き受ける。
有効範囲は「スキルランク×2」mまで。
次回発動までの間隔は「30-スキルランク×2」秒
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「本当ならランクⅢでいいけどさー、ぶっちゃけシヅキってノロマじゃん。ランクⅤにしてよ。仕方ないよね、自業自得だし」
リーダーである笹川さんにそう言われると、もう、逆らうことができません。
このパーティを追い出されたら、きっと、どこにも行き場はないでしょう。
わたしはもともと地味でネクラで友達もいませんし、ユニークスキルも微妙すぎます。
【分度系】。
触ったものに体温を分け与えて、ちょっと暖かくするだけの力。
戦闘ではまったく役に立ちません。
だからわたしには【カバーリング】を覚える以外の選択肢はなかったのです。
ランクⅤまでに必要なスキルポイントは、
1+2+3+4+5 = 15
これを達成したときには、もう、レベル22になっていました。
異世界に来てから一ヶ月半が経っています。
それからさらに数日が過ぎてレベル23になった時、わたしは笹川さんに言いました。
「あの、魔法スキル、取らせてもらえませんか……?」
「はぁ?」
笹川さんはとても苛立たしげな様子でした。
手に持った杖でコツコツとダンジョンの床を叩いています。
「シヅキ、ホントに自己中すぎない? うちらのパーティ、ちゃんと把握してる? あたしも、ヒナも、ミクも、みんな魔法で戦ってんじゃん。後衛のスキル構成だよ? あんた以外に誰が前衛やんの? つうかもう【ウォー・クライ】も【カバーリング】もかなりのランクなんだし、魔法とか諦めなよ」
「でもっ――」
わたしは挫けそうな気持ちを奮い立たせながら、いままで疑問に思っていたことを口にします。
「そもそも、笹川さんたちって魔法スキルがツリーにないはずじゃあ……?」
「後からそーゆー枝が生えてきたの。文句ある? まさかトモダチなのに疑う気? 自分の思い通りにならないからって言いがかりをつけるとか、マジで終わってない?」
「えっと、わたし、別にそんなつもりじゃなくって……」
「だったらなに? ショージキ、今のであたしかなりキレてるから」
「ご、ごめんなさい。その――」
「反省してんの? だったらセイイ見せてよ。次のスキルは【魔法誘導】、いい? いちおうこれも魔法だし文句ないっしょ」
「うん……」
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【魔法誘導】
本スキルは「攻撃魔法の発動時」に発動可。
そのターゲットを自分に変更する。
有効範囲は「スキルランク×5」mまで。
次回発動までの間隔は「60-スキルランク×3」秒
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「あと、今日は地上に戻ったら特訓するから」
「特訓、ですか」
「あんたグズだし、【魔法誘導】ミスりそうじゃん。だから練習。イヤならパーティ抜けてくれていいけど」
「……やります」
「シヅキ、なんか勘違いしてない? あたしらは、あんたのために、わざわざ、手を貸してあげようとしてんの。だったらほら、スジってのがあんじゃない?」
ガン、ガン、と。
笹川さんは杖の先で二回、ダンジョンの床を打ち付けました。
「ヒトにモノを頼むときってどーすんの? 知ってるよね?」
鋭い視線で、睨みつけてきます。
わたしは思わず目を逸らしていました。
笹川さんのすぐ近くには半田さんと鯛谷さんが立っています。
どちらもニヤニヤと笑みを浮かべていました。
助けてくれる様子は……ありません。
本当は嫌でした。
他のパーティに行けたら……とも思いますが、もう皆それぞれメンバーは固まっていますし、コミュニケーション下手なわたしが馴染めるはずもありません。
笹川さんたちと組むことを決めたのはわたし自身ですし、スキル取得を任せたのも自分の選択です。
だからきっと、これは自己責任というものなのでしょう。
わたしは一歩下がると、土下座をするために床へと膝をついて――つこうとして。
ちょうど、その寸前。
「――あれっ、みんな揃って何してんの?」
なんだかひどく場違いな、明るい声が響きました。