第十九話 二人の温度
さすがに人前でお姫様抱っこは恥ずかしすぎるので、途中からは自分で歩くことにしました。
まるで迷路みたいな薔薇の庭園を抜けて、レルネ城へ。
中に入るのは、二ヶ月前の召喚以来の事です。
「わたし、こんな格好でいいんでしょうか……」
お城の中は高級そうなフカフカの絨毯が敷かれ、蔦を象った燭台や、いかにも値が張りそうな花瓶なんかが飾ってありました。
わたしはというと気軽な普段着のまま、薄青色のチュニックワンピースなので少し気後れしてしまいます。
うう。
周囲から「なにあの貧乏くさい格好」なんて思われてはいないでしょうか。
「大丈夫だよ、真川さんは元がいいし。ほら行こう」
有沢くんに連れられ、魔導エレベーターに乗り込みます。
「部屋は20階だし、かなり眺めはいいと思うよ。向こうもあと少しで片付くし、そうしたらお昼ごはんにしようか」
「寮よりも豪華なんでしたっけ」
「しかもルームサービスだよ。高級ホテルに泊まってる気分になるね」
「ホテル……。一緒の部屋、なんですよね」
「別々のほうがよかったかな?」
「いえっ、そうじゃなくって――」
昨夜はまだ“有沢くんの家でお世話になった”という認識でした。
けれど、今夜は……有沢くんが「ホテル」なんて言うから、なんだか妙に意識してしまって……つい、そっぽを向いてしまいます。
エレベーターは途中の階に止まることなく動き続け、いま、5階を過ぎました。
あまり速度ははやくありません。
「ねえ、真川さん」
「は、はいっ!?」
「どうしたの、そんなに緊張して」
ふっと 微笑む有沢くん。
「手、握っていい?」
「ど、どうぞ……」
「ありがとう」
有沢くんの左手がゆっくりと近づいて、わたしの右手を包むように握りました。
まるで氷のように冷え切っています。
わたしを助けるため、色々とスキルと使ったせいでしょう。
「有沢くん、手、暖めてもいいですか……?」
「うん、お願い。――昔はどれだけ冷たくても平気だったんだけどね、うん、真川さんのせいだよ。君の手がとても暖かいから、僕はもう寒さに耐えられない」
「じゃあ、その」
【分度系】を発動させつつ、わたしは。
「これから先もずっと、有沢くんのこと、暖めてあげますね」
自分でも照れくさくなるようなことを、口にしていました。
かあっと頬が熱くなります。
彼のほうを見ていられなくなって、視線を足元に落としました。
「……うん。ずっと、側にいてくれたら嬉しい」
有沢くんの左手が――細い指がそっと動きました。
ちょっと閉じぎみだったわたしの右手を開いて、指を絡めてきます。
恋人つなぎ。
【分度系】で体温を共有しているせいでしょうか、密着した互いの手はその境界線を失っています。
とても甘い時間でした。
* *
やがてエレベーターが20階に到着して、廊下に出ると。
「げっ……」
いつもやわらかな表情の彼にしてはめずらしく、引き攣った表情を浮かべていました。
その視線の先には。
「よお、シンヤ……と、もしかして恋人さんかな?」
有沢くんよりもさらに長身の、なんだか小洒落た雰囲気の男性が立っていました。
「オレはラギル・リア・ハイドラ。この国の第三王子なんかをやってます」
その人はわたしの目の前にやってくると、ごくごく自然な動作でその場に膝をつき、そして。
「どうぞよろしく、可憐なお嬢さん」
有沢くんと繋いでいないほうの手――わたしの左手に、そっとキスを落としました。
……えっ?
「へえ、なかなか初心でかわいいじゃない。なるほど、シンヤの好みはこういうのか、そりゃオレなんか望み薄だな、うんうん」
一方で、ラギル王子は何事もなく平然としていて。
「お近づきのしるしに耳寄り情報をひとつ。シンヤのやつ、キミが危ないからって窓をブチ破って外に――」
「ラギル王子」
混乱するわたしを庇うように、有沢くんが前に出ます。
「王子はたしか剣の腕も達者と聞いていますし、ここで一手指南願えますかね」
彼の顔は見えませんでしたが、全身からはものすごい威圧感が漂っていました。
足元の影がざわざわと蠢き、狼や竜のかたちに変わっていきます。
今にも飛び出してきそうなほどの存在感でした。
「おお恐い恐い、冗談だよ、冗談。さすがにキミの恋人を盗る趣味はないさ」
肩をすくめるラギル王子。
「ま、オレもこういう子が好みだし、シンヤに親近感は沸いたがね。 それじゃあ失礼するよ」
ハハッと軽い調子で笑い声を上げると、すり抜けるようにしてエレベーターに乗り込んでしまします。
そのドアが閉まる寸前にウインクしたのは、わたしに向けてでしょうか、有沢くんに向けてでしょうか。
ともあれ。
「あの王子、いっそ暗殺されないかな……」
いつもは泰然とした様子の有沢くんが、めずらしく拗ねたような表情を浮かべていて。
なんだかちょっと可愛いな、と思いました。
ゲストルームは廊下の奥にあって、、寝室、リビング、応接間の三部屋がひとつに繋がっていました。
リビングからは王都全体を見下ろす形になっていて、ちょっとした絶景でした。
「素敵、ですね」
「このままお城に済むのも悪くないかな」
応接間はまんなかに黒塗りのテーブルが置かれていて、座り心地のよさそうなソファが両側を挟んでいます。
そして、寝室。
ここからは別の角度で王都を眺めることができるのですが、その。
「ベッド、ひとつですね……」
部屋には天蓋付きのベッドがひとつだけ。
キングサイズなので二人で寝転がる分には支障ないのですが、えっと、わたしたちはまだ付き合って1日も経ってないわけで……。
「ごめん、真川さん。宰相さまにツインの部屋がないか聞いてくるよ」
そういって有沢くんは急いで出て行こうとします。
わたしは。
「……待ってください」
咄嗟に、その左手を、強く、握っていました。
「有沢くん、スキルの副作用で、手が冷えちゃうんですよね。夜、寝る時に辛くないですか」
「ああ、まあ、それなりに、ね」
「だ、だったら――」
わたしは彼の眼……を見るのは恥ずかしかったので、うすい唇を見ながら。
「これからは寝る時、わたしが【分度系】で暖めますから、あの、一緒のベッドでも、別に――」