第十七話 命懸けの恋
《現実世界 太田荘司》
「前からテメエのことは気に食わなかったんだ。スカした顔でフラフラしやがって」
「君に比べるとさわやか系の容姿だよね、僕って」
「クソが……! ナメやがって……!」
太田くんは手に持っていた拳銃 (僕はあんまり詳しくないので、それがベレッタなのかデザートイーグルなのかよく分からない) を放つ。
「恐いなあ。当たったらどうするのさ」
「死ねよ」
笹川さんやら角田さんやらは虚影領域に引きずり込んだ。
この岩場に残っているのは、僕と太田くんのふたりだけだ。
「テメエがどんだけレベルを上げてるか知らねえがな、結局、どんなチートを持ってるかって話なんだよ」
パイナップルのような黒い物体が飛んでくる。
手榴弾だ。
空中で破裂し、轟音と爆風があたりを揺らす。
地面に落ちてくれれば影で回収できたんだけどね、残念。
「【ステータス異常無効】だったか、しょっぺえよなあ? そんなんだから美玖にもフられんだよ」
太田くんは武器をマシンガン (これは知ってる。FN P90、丸いフォルムがちょっと可愛い)に持ち替えていた。
銃弾がキュンキュンと岩を削り、あちらこちらで火花を散らす。
僕は物陰に隠れつつ、疑問に思っていたことを口にした。
「ねえ、太田くん」
「ははっ、今更命乞いか? 聞けねえなあ!」
「そういうつもりはないんだけどさ、なんで僕ら、戦ってるワケ?」
正直なところ、ちょっと戸惑っているのだ。
友好的に話をしようと思ったのに、太田くんは最初から聞く耳なし。
殺意マックスでいきなり襲いかかってきたのだ。
「テメエを生かしておいたら、オレたちのやったことがバレちまうからな……!」
「ああ、寮を爆破したこととか? その程度の倫理観はまだ残ってるんだね」
「っ、いつもいつも人を見下しやがって、偽善者が……!」
「否定はしないよ。でもさ、世の中、できるだけたくさんの人が幸せな方がいいんじゃない? 自分に被害が及ばない範囲ならさ」
「そういうのがムカつくんだよ!」
おお、次の武器はロケットランチャーだ。バイオハザードで見たことある。初代のやつ。
ちなみに今は亡き最上くんはオープニングの「バァァイオ、ハァザァァド」のモノマネがとても上手だった。
ま、細かくて伝わらないよね。
「ねえねえ、太田くん。こんだけハデにやってたら、近衛兵の人たちがやってくるんじゃないかなあ」
「だからなんだ!? オレは勇者様なんだ。文句ヌかすんなら吹ッ飛ばしてやる!」
「そういうことしてると、いつか後ろから刺されるよ」
僕はあちらこちらを飛び回りながら、太田くんの銃撃もとい砲撃をかわす。
いちおう言っておくと、加速系のスキルを三重くらい同時発動しているからできる芸当だ。
素の身体能力だけならとっくにケシズミになっていただろう。
「同じ言葉、そっくりそのまま返してやるぜ。テメエがオレに殺されるのは自業自得なんだよ!」
「……本気で分かんないんだけどさ、どうして太田くんってそんなに殺意高いの? 人殺しはよくないことなんだよ?」
「はっ、殺人の何が悪いんだよ。殺す覚悟もできねえヤツの言い訳だな!」
「別に覚悟とかそういう問題じゃないと思うんだけどなあ」
人殺しとか基本、デメリットだらけだよね。
恨まれるし後味悪いし悪評も広まるし。
あと、真川さんが悲しむじゃないか (一番重要) 。
『覚悟』やら『決意』みたいに見栄えのいい言葉で自分を誤魔化したがる人は、殺しなんてやるべきじゃないよ。
要するにそれって、責任能力の欠如なわけだしさ。
「チョコマカと動きやがって……!」
「どうでもいいけど、チョコマカってオトナのお菓子っぽいフレーズだよね。
そういえば鯛谷さんと付き合ってた頃に、うなぎパイのブランデー入りを一緒に食べたっけ」
「――このゴミクズがっ!」
おおっと。
これは失敗、ロケットランチャーの直撃を食らってしまった。
ま、別に問題ないんだけどね。
僕のユニークスキルは【ステータス異常無効】なんだけど、適応範囲がものすごく広い。
「死」とか「四肢欠損」、「内臓破裂」、「脳損傷」――そういうものを全部なかったことにしてくれる。
一応クラスメイトの皆には伏せてるんだけど、ま、今のじゃバレないかな。
ロケットの爆炎でなにも見えなかっただろうし。
それよりも、だ。
僕が鯛谷さんを話題に出したとたん、太田くんの顔色が変わった。
もしかすると彼がやったらめったらやる気いっぱいなのは、鯛谷さんが関係しているんだろうか。
「太田くん、このごろ鯛谷さんとうまく行ってないの?」
「っ、やっぱテメエ、美玖のヤツと――」
「浮気はしてないよ、異世界に来てからスッパリ別れたしさ。未練もない。真川さんに夢中だしね」
「だからなんだってんだ! おまえがどう思おうと、美玖のヤツはまだ……!」
なるほど。
太田くんが僕を排除したがっている理由がよく分かった。
鯛谷さんも幸せ者じゃないか、形はどうあれ命懸けで愛してもらってるんだから。
……懸かってる命が太田くん自身じゃなく、なぜか僕だったりするのが困りものだけど。
でもまあ、愛なんてちょっと歪んでる方がむしろ純粋だと思う。
「なんというか、難儀だね」
こういう時、とってもいい言葉がある。
「それはそれとして、真川さんに乱暴しようとした報いを受けてもらうよ」
ここまでで太田くんのクセはすべて見抜いた。
僕は岩陰から飛び出す。
「もらったァ!」
太田くんは再びFN P90に持ち替えていた。迫る銃弾。
けれどこっちの方が早い。
僕の影から無数の腕が伸びる。
それを足場にして、跳躍。
「なっ……!?」
驚愕の声を漏らす太田くん。
銃を仰角に構え直すけれど、遅い。
懐に潜り込んだ。
「太田くん、ガン=カタって知ってる?」
「……は?」
これは残念。
15年くらいのSFガンアクション映画に『リベリオン』ってのがあるんだけど、「近接戦闘における拳法じみた高速銃撃戦」という新ジャンルを開拓した素晴らしい作品なのだ。
異世界で銃を使うなら、個人的には基礎教養だと思う。
「知らないならいいよ、お休み。――前に、喉を潰すって言ったよね」
太田くんの首を掴み、握り込む。
その身体を持ち上げた。
「ガァッ……!」
苦しげに四肢をバタつかせる太田くん。
僕も拷問は趣味じゃないのだけれど、真川さんにしようとしたことを考えればそれこそ声帯を焼いてもいいかなと思う。
ただまあ、やりすぎると復讐の連鎖が始めるしね。
こっちに関わる気をなくす程度で押さえておきたい。
そういうわけで電撃魔法を流し込み、コロリと気絶してもらう。
ああ。
これは完全に余談だけど、僕のふだんの戦闘スタイルについて。
今みたいに影を足場にして距離を詰め、インファイトで魔法をブチ打ち込んでいく高速戦闘だ。
発動時間を短縮するため、魔法のイメージはすべて「手からいろいろ出る」で統一している。
いちいち火の球とか氷の矢とかを想像するのは時間の無駄だしね。
FN P90は本来「個人防衛火器」に分類されますが、有沢くんはさほどミリタリーに詳しい方ではないので……