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ひとりぼっちの少女と、虚影の魔王  作者: 遠野九重
後編 わたしはあなたのことをあいしています
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第十六話 道なき道の暗夜行路

《虚影領域Ⅱ 角田律》


 角田律は真っ暗な空間に浮かんでいた。

 どこまでも暗黒が広がり、遠近感というものがまるで機能しない。

 手足をバタつかせてみたものの、四肢はひたすら空を切るばかり。

 

 ここがどこなのか分からない。

 ここからどこに行けばいいか分からない。


 彼女はとても便利なユニークスキルを持っている。

 【任意転移】。

 要するにテレポートだ。

 

 しかし、残念ながら今は使うことができない。

 スキルの発動には、二つの条件を満たす必要がある。

 

 ・自分がどこに居るのか。

 ・自分がどこに行きたいのか。


 これらを言語でもって明確に定義せねばならないのだ。

 

「まさかこんな形で【任意転移】を封じられるなんてね……」


 律は呟く。

 彼女は決して愚鈍ではない。

 この空間が有沢慎弥によるものと推測していた。

 だが確信が持てないのだ。そうなるとスキルの発動は不可能となる。


「有沢くん、出てきなさい!」


 だから角田律は叫んだ。

 何としても有沢慎弥を引きずり出し、ここがどこなのか口を割らせるために。

 

 定期テストや模試の成績ではいつも負けていたが、地頭ではこっちの方が上のはずだ。

 なにせ自分は、勇者を戦争に用いようとするハイドラ王のもくろみを看破し、先んじて『勇者条約』を締結させたほどの策士なのだから。


「クラス委員の言うことが聞けないの! 男のくせに卑怯よ!」


 彼女はそんな風に呼びかけた。

 何度も、何度も。

 だが、自分自身の声に対する()()()すら返ってこない。


 やがて喉が枯れ、諦めの色が強くなりはじめたころ。


『ば、馬鹿なこと言わないで!』


 電子機器に特徴的な、ざらついたノイズ交じりの声が聞こえてきた。


『折角助けてあげたのに、なんでそんなに恩知らずなの!? 私の苦労も考えてよ!』


 それはつい先程、律が真川詩月に対して放った言葉である。

 彼女は気付く。 

 胸ポケットに入れていたはずの音声メモが消えていることに。


『善意には善意で返す、人間として当たり前のことじゃない!』


 律は歯噛みした。

 彼女は、決して、愚鈍ではない。


 少し時間を置けば、自分がどれだけ無茶苦茶な主張を押し付けていたかも理解できる。

 だが、高すぎるプライドゆえに反省という選択肢を取ることができず、


「仕方ないじゃない。有沢くんを何とかするのが一番重要だったんだから……」


 後ろめたい気持ちを押さえつけるように、自分への言い訳を呟いていた。

 そう。

 それは己に向けた言葉のつもりだったのだ。

 誰かに聞かれている可能性など全く考慮していなかった。

 だからこそ。 


「――やっぱり真川さんを助けることなんて二の次だったんだね」 


 耳元で有沢慎弥にそう囁かれた時、心臓が飛び出そうなほど動揺してしまった。


「あ、あ、有沢くんっ!?」

「はいどうも、有沢慎弥です」


 律にとって不倶戴天の敵とも言えるその青年は、いつもどおりの穏やかな表情を浮かべていた。

 ただし、その右手にはハンディサイズの四角い機械を握っていた。

 録音装置である。


「有沢くん、それ、返してもらえる? 私のよ」

「断る。今回の件について宰相様に報告しないといけないしね。証拠として提出させてもらうよ」

「あなた、それ泥棒よ!?」

「だったら君はテロリストだね。寮の一室を爆破してるんだから」

「あれは真川さんを助けるために必要なことだったわ! それに爆弾を仕掛けたのは太田くんよ! 私は悪くない!」

「そのへんは王様とか宰相様とか、人生経験豊富なオトナに判断してもらおうかなー、と。僕たちまだ子供だしね」

「王宮の人間はみんな有沢くん寄りじゃない、私たちを嵌めるつもりなの!?」

「嵌めるって……えっとさ、僕からすると角田さんが自爆しまくってるだけに見えるんだけど。この録音装置だって、元々はそっちが用意したものだよね?」

「……っ」


 律は言葉に詰まった。

 振り返れば振り返るほど、(アラ)だらけの言動に気付かされる。

 ここで反省し、立ち止まることができれば良いのだろうが、


 ――今までの頑張りをムダにしたくない。

 ――たくさん努力したんだから、それに見合った結果が欲しい。


 そう思い詰めてしまうのが角田律という少女であった。


 もし彼女が順当に学生生活を送っていれば、いくつかの摩擦を経たあとに精神的な成長を遂げていただろう。

 明晰な頭脳とリーダーシップを兼ね備えた、とても面倒見のいい女性に育っていたかもしれない。 


 だが、運命はそれを角田律に許さなかった。

 異世界への召喚。

 血(なまぐさ)い戦いの日々。 


 多大なストレスのなかで己を保つため、彼女は「クラス委員」という役割に固執せざるを得なかった。


 角田律が望む成果とは、とどのつまり、それである。

 クラス委員として皆の中心的な存在でありたいのだ。


 だからこそ有沢慎弥が邪魔だった。

 前線組でも頭一つ、いや、五つほど抜けた存在。

 クラスメイトの誰も無視できないトップランナー。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だから律は笹川優花に対し、下げたくもない頭を下げたのだ。

 本当に、それでよかったのだろうか?

 とても大きな本末転倒をやらかしてしまったような気がする。



 ……やがて録音機器から流れ出したのは、彼女の心を深々と抉るような台詞だった。


『リツ、あんた自分の立場分かってんの? あんまりギャーギャー言うなら他のみんなにシカトさせるよ? このまま平和に委員長してたいっしょ? ちゃんと空気読みなよ』


 角田律の思考が、真っ白に染まる。

 それはもっとも触れられたくない部分だった。

 もし有沢慎弥を排除できても、今後、律は「クラス委員」としての権威を保てないだろう。

 考えないようにしていた未来予想図が、絶望の色合いとともに脳内を覆い尽っていく。

 

 そこに。


「角田さん、頑張りすぎなんだよね」


 まるで狙いすましたかのごとく、甘い蜜のような言葉が垂らされた。


「クラスのみんなを引っ張って、しかもダンジョン探索もやるとかさ、はっきり言って過重労働だよ。委員長はしばらく休んだ方がいいと思うな」


 声の主は有沢慎弥である。

 律にとっては天敵に等しい相手であり、彼の話など聞き入れる余地もないはずだった。

 

 だが人間、自分のかけてほしい言葉には耳を傾けてしまうものである。

 精神的に追い詰められていれば、尚更に。

 今がまさにそのような状況であった。


「王国の北にね、リベラ公爵って人がいるんだ。僕の幼なじみの天原正樹がお世話になってるんだけど、事務の得意な人を探してるらしいんだ。わりと部下のひとりひとりに気を遣ってくれる人らしいし、ちょっと話を聞きに行ってみたらどうかな?」


 ゆっくりと、言い含めるように。

 有沢慎弥は話を続ける。


「今の角田さんはね、たぶん、迷子になってるんだ。自分がどこにいるのかも、どこに行きたいのかも分からない。目の前のことに忙殺されて、ひたすら磨り潰されるばっかり。……まずは角田さんらしさを発揮できる場所を探した方がいいんじゃないかな」






 * *




 

 

 実際、角田さんってほんと頑張り屋だと思う。

 『勇者条約』の中身はちょっとアレだけど、クラスメイトたちをまとめるきっかけにはなったしね。

 

 ただ、僕と彼女はどうにも相性が悪いらしい。

 顔を合わすと口論になるし、僕はついつい辛辣な接し方になってしまう。

 仲良くできればよかったんだけどさ。

 人付き合いって難しい。


 ともあれ録音装置を宰相様に提出して、角田さんにはしばらく謹慎という名の休暇を取ってもらおうと思う。

 で、うまいこと北のリベラ公爵と接触してもらって……二ヶ月後くらいに配置換えかな。

 別に王宮の寮に住んでなくてもダンジョン攻略はできるしね。


 こうなると角田さんも自分のことで手いっぱいになるし、こっちにちょっかいを掛けてくる余裕もないだろう。

 


もしかして:マッチポンプ


角田さんの行く末については拙作「虚影の王は彼女をあいしている」をご覧ください (ダイレクトマーケティング)

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