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ひとりぼっちの少女と、虚影の魔王  作者: 遠野九重
後編 わたしはあなたのことをあいしています
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第十三話 公開処刑

 ドアを叩きつけるようなノック。

 そこからの展開はあまりに急激でした。


「有沢くん、いないみたいね」

「んじゃ、やっちまうか」


 廊下から聞こえてきたのは、角田さんと太田くんの話し声。

 やがて二人の足音が遠ざかっていきます。

 諦めてくれたのでしょうか?

 これで一息つける、かと思いきや。


 ――爆風と轟音が、狭い部屋の中に炸裂しました。


 その衝撃でわたしは気を失ってしまい。ここからの記憶は途切れ途切れです。





「感謝してよね。貴女なんかのために探索をサボってあげてるんだから」

 ブツブツと毒づく角田さん。

  

「オラオラ、もっと抵抗してみろよ、なあ?」

「ニィ……ィィッ!」

 血塗れになりながらも抵抗する黒猫と、その身体を踏み抜く太田くん。


「あははっ、オータ、やっちゃえー!」

「この猫も経験値入るのかなー?」

「ねえソウジ、私、動物が焼け死ぬところを見てみたいわ」

 それを眺めてケタケタと笑う、わたしのパーティメンバー三人。

 笹川さん・半田さん・鯛谷さん。

 

 



 やがて意識がはっきりしてきた時、わたしは宮殿裏の岩場に寝かされていました。

 いつも【魔法誘導】の「特訓」で使っている場所です。


「やっと目が覚めたのね。ひとりでグースカ眠ってた気分はどう?」


 角田さんは最初からやたらとトゲのある調子で話しかけてきました。


「あなたを有沢くんの部屋から連れ出してくるのは大変だったのよ。感謝して、感謝。――太田くん、アレ、出してもらっていい?」

「はいよ。――『我が手に現れよ、我が願いしもの』」


 太田くんの左手が輝き、一昔前のPHSみたいな機械が現れます。

 彼のユニークスキルは【創造者の左手】で、現代日本の物品を取り寄せられるのですが……これはいったい何でしょう?


「さて、始めましょうか」


 角田さんは機械を受け取ると、真ん中の丸いボタンを押しました。


「ここからの発言は録音させてもらうわ。真川さん、昨夜、有沢くんにどんなことをされたか話してもらえないかしら」

「……どうして、ですか」

「彼のやったことを暴露して、この国から追い出すのよ。昨日だって太田くんに暴力を振るってたじゃない。どれだけ前衛組で活躍してても、集団の輪を乱すような人はいなくなるべきだわ」

「キチガイに刃物、アリサワにレベルってな」


 太田くんはなぜか得意げな表情でした。

 「俺、面白いコト言ったろ? 褒めろよ。なあ、褒めろよ」とでも言いたげな様子です。


「つうかアイツは勝手すぎるんだよ。ソロであんなにガンガン探索を進めやがったら、王国からの報酬を釣り上げられねえじゃねえか。真川だってゼータクしたいだろ? な?」

「…………」


 わたしは答えず、今日までのことを思い返します。

 王国からは定期的に生活費が支給されているのですが、何度か増額になったことがあります。

 それはもしかして角田さんや太田くんが交渉を行っていたからでしょうか。

 だとすると、わたしはずっとその恩恵に(あずか)っていたわけで……彼らを批判する資格はないのかもしれません。


「そういうわけだから真川さん、有沢くんのことを教えてくれる? 言いづらいことも色々とされたでしょうけど、正義のために力を貸して」

 

 角田さんは、まるで無遠慮なレポーターみたいに録音機を突きつけてきます。


「さっさと喋りなよ、シヅキ」


 この場には笹川さんたちの姿もありました。


「ウチらも聞く権利はあるっしょ。わざわざ助けに来てあげたワケだし」

「そうそう、笹川さんの言う通りだよねー」


 半田さんが追い打ちをかけるように言葉を重ねてきます。

 その一方で、鯛谷さんだけは少し離れたところであさっての方向を眺めていて――ふと、わたしと目が合いました。

 彼女はゆっくりと立ち上がると、こちらに近付いてきて。


「……どうして貴女なの」


 まるで呪詛のような、低い声。

 鯛谷さんはわたしの右肩を掴んでいました。

 そのツメを強く、強く、肌を抉るように突き立ててきます。

 

「死ねばよかったのに」


 彼女の言葉に、わたしはただ呆然と震えることしかできませんでした。

 

 以前、鯛谷さんは有沢くんと付き合っていました。

 けれど彼女のほうから別れを切り出して、今は太田くんの恋人になっています。

 なのに、どうして?

 まるで底なしの深淵を覗いているような心地でした。

 鯛谷さんの抱える暗闇がジワジワと広がって、わたしを呑み込もうとしている。

 そんなイメージが頭をよぎり、思わず背筋が震えました。


「……コホン」


 場を仕切り直すように咳払いする角田さん。


「とにかく真川さんが話してくれないと困るの。これは貴女の、クラスメイトとしての義務よ」


 そんなことを言われても困ります。

 角田さんが期待しているであろうこと――男性向け週刊誌じみた事件は何ひとつ起っていないのですから。

 けど、わたしはそれをはっきり告げることができなくって。


「角田さんとだけ話をするわけには、いきませんか……?」


 はぐらかすように、そう提案しました。


「ええっと」

 

 すると角田さんは困ったように視線を彷徨わせ、笹川さんの方を振り向きました。


「……リツ、まさかうちらにあっち行けとか言わないよね」

「で、でも、真川さんも話しにくそうだし――」

「うちらとシヅキはトモダチなの、大丈夫に決まってんじゃん。つうかリツ、あんた自分の立場分かってんの? あんまりギャーギャー言うなら他のみんなにシカトさせるよ? このまま平和に委員長してたいっしょ? ちゃんと空気読みなよ」

「そ、そうね……」

「だいいちさー、今日だってリツひとりで何ができたワケ? オータ呼んであげたのもウチらじゃん。あんたヒトに感謝が足りないとか言うけど、自分も大概だよね。ま、いーけど」


 はぁ、と嫌味たっぷりにため息をつく笹川さん。

 そして、さらに。


「シヅキもさあ、何かこう、いろいろ分かってないよね」


 矛先をわたしの方に向けてきました。


「昨日さ、あんたが居ないせいで大変だったんだよ? 事情があるのは分かるけど、やっぱケジメってあんじゃん。これからも同じパーティでやっていきたいっしょ? だったらやらしいことでも全部話してもらわないと納得できないし、トモダチとして当然だよね?」

「笹川ー、それってオレも聞いちゃっていいわけ?」


 太田くんがニタニタと笑いながら問いかけます。


「もしデリケートな話題になっちゃったとしたら、オレ、ちょう気まずいんですけど?」

「いいのいいの、オータもシヅキ助けるのに頑張ったじゃん? それにほら、アリサワの()()()()()()()()()()してもらうかもしんないし? ミクもいいよね、それくらい」

「……そうね」


 表情を変えないまま、鯛谷さんが頷きます。


「別に構わないわ」

「えー、マジかー、困っちまうなー」


 太田くんはまったくそう思っていなさそうな口調で答えると、舐めるような視線をわたしの身体に向けてきました。


「ほら、シヅキ、さっさと話しなよ。言いづらいならオータに手伝わせるけど?」





 * *





 わたしには、人間というものが分かりません。

 




 ――やらしいことでも全部話してもらわないと納得できないし、トモダチとして当然だよね?

 笹川さん。


 ――そうそう、笹川さんの言う通りだよねー。

 半田さん。


 ――死ねばよかったのに。

 鯛谷さん。


 ――どれだけ前衛組で活躍してても、集団の輪を乱すような人はいなくなるべきだわ。

 角田さん。


 ――ソロであんなにガンガン探索を進めやがったら、王国からの報酬を釣り上げられねえじゃねえか。

 太田くん。

 


 みんな、有沢くんを追い出そうとしています。

 みんな、わたしを追い詰めようとしてきます。

 

 それはやっぱり、わたしたちが周囲とズレているからでしょうか。

 同じようにできないから、異物として排除されてしまうのでしょうか。

 

 だったら。

 せめてわたしだけは、有沢くんの味方でいたいと思います。

 たとえ世界のすべてが敵であろうと、わたしは彼に寄り添っていたいと思います。



 








 

 


「――みんなが期待してるようなことは、何ひとつ、ありませんでした」


 その言葉は、自分でも驚くくらいスッと出てきました。

 ここにいる全員を敵に回すと分かっていましたし、足だって震えています。

 泣きたくなるほど不安でした。

 恐ろしくて仕方がありませんでした。


 けれど。


 有沢くんを。

 大好きな人を踏みにじるようなマネをするよりは、ずっと、マシです。


「ば、馬鹿なこと言わないで!」


 角田さんがヒステリックに声を荒げたのは、数秒の空白を置いてからのことでした。


「折角助けてあげたのに、なんでそんなに恩知らずなの!? 私の苦労も考えてよ!」


「嘘をついたらいいんですか。『有沢くんに襲われた』って」


「っ、そうよ! 善意には善意で返す、人間として当たり前のことじゃない!」


「角田さんのしたことの、どこが、善意なんですか。――説明してください」

 

「この分からず屋……ッ!」


 角田さんは右手を振り上げました。

 わたしは顔を背けていました。

 数秒後に来るであろう痛みを予感し、すでに涙が零れそうになっています。

 けれど実際は何も起こらず、おそるおそる瞼を開いてみると、そこには。



「――ひとの彼女に手をあげないでもらえる? わりと不快なんだけど」


 

 わたしの大好きな人が。

 有沢慎弥くんが、立っていました。


 

 

 





補足:事態の概要


1.角田律、有沢慎弥を追い出そうと画策する。

2.自分一人では困難なので、真川詩月のパーティメンバーである笹川優花に声をかける

3.女子カースト的に、笹川>>>角田。

4.状況の主導権が、笹川に移ってしまう

5.笹川、肉体的にも精神的にも真川詩月を嬲ろうとする

 



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