有沢慎弥 (3) 閉じきれない世界
やたらと脱線する話をそのつど修正しつつ、僕はテリオス様に相談事項を伝える。
まず、真川さんの待遇について。
「『条約』からの脱退については書類を用意しておこう。卿と同じく、我が国との直接契約に切り替えるのだな」
「お願いします。彼女の討伐・探索ノルマについては、僕が代替する形でもいいですか?」
「承知した、契約条項に入れるとしよう。卿のこれまでの貢献を考えれば十二分に彼女を養えるだろう。……いっそ結婚してしまえばどうだ」
「お互いまだ16歳ですよ」
「我が国の場合、貴族なら12歳から婚姻が成立するが?」
「だとしても気の早い話です。恋人になって1日も経ってませんし、向こうだってまだそこまでは考えられないと思います」
「私は出会って3日で籍を入れたがな」
フッと気障な笑みを浮かべ、窓の向こうに視線を向けるテリオス様
「我が妻はなかなかグラつきやすい性情でな。……夫婦という鋳型によって、精神の均衡を得る者もいる。覚えておくことだ」
とまあそんな感じで結婚を勧められたりしたけれど、いわゆる「外野ゆえの強気」というものだろう。
続いて、ふたつめの相談事項。
「ちょっと図々しいお願いかもしれませんけど、今度、テリオス様の家に伺わせてもらっていいですか?」
「構わんとも。……ふむ。ならばシヅキという少女のこと、我が妻にも話しておいた方がよいだろうな」
「ええ、是非」
テリオス様の奥さん――セレン様はとても優秀な魔導士だけれど、かつては人間嫌いを極限まで拗らせていた。人里離れた山中で「自分ごと世界を滅ぼす魔法」について研究を重ね、あと少しで実現できるところだったとか。
それを阻止したのが若き日のテリオス様で、紆余曲折を経た末、今はふたりで仲睦まじく暮らしている。
このあたりの経緯を考えるに、セレン様と真川さんはいろいろと話が合うんじゃないかな、と思うのだ。
「しかし意外だな。若者と言えばこう、『ふたりだけの世界』に閉じこもりたがるものだろうに」
それは実体験なのだろうか。
宰相さまの言葉にはどこか昔を懐かしがるような気配があった。
「確かに閉じた世界みたいなシチュエーションには憧れますけど、人間、一緒に過ごしてたらどうしても不満が出てくるじゃないですか。そういう時に真川さんが相談できる相手って、絶対に必要だと思うんです」
「卿はずいぶんと大人びているな。本当に十代かね?」
「親からは『おまえはなにかがおかしい』『人間として大事なものが欠けている』って言われ続けてきました」
「さすがの私も家庭の事情に口を出すつもりはないが――」
テリオス様は僕のほうを向き直る。
重ねてきた年月を感じさせる、鷹揚な表情だった。
「愛しい少女のために尽くそうとする卿は、むしろとても人間らしいと思うがね。困ったことがあればいつでも訪ねてくるといい。公人としても、私人としても力を貸そう。」
* *
その後は最上くんの国葬について少し話をして、僕はテリオス様の執務室を出た。
「よお、遅かったじゃないか」
廊下には大理石の柱が立ち並んでいる。
その陰から、いかにも軽そうな雰囲気の青年が姿を現した。
ラギル・リア・ハイドラ第三王子。
さっき僕がボディブローをかました相手だ。
「待ってたんだ。いい時間だし、一緒に昼メシでもどうだい?」
「申し訳ありませんが――」
僕は断ろうとした。
真川さんと食べる約束があるからだ。
けれど最後まで言い切ることができなかった。
突如として異様な感覚が訪れたのだ。
まるで、普段意識していない心のどこかを削られたような気持ち悪さ。
そこから一拍遅れ、理解が訪れた。
――僕の影が、痛めつけられている。
真川さんのそばにいるはずの、黒猫。
【影分体】で生み出したモノなら五感の共有ができるけれど、【影群体】由来じゃボンヤリしたことしか分からない。
ともあれ真川さんが危ないのは確かだ。
急いで戻ろう。
「ラギル様、ちょっといいですか」
「もしかしてオレに興味を持ってくれたのかい、だったら立ち話も何だし、部屋で――」
「修理費はあとで請求してください」
僕はいくつかのスキルを発動させると、影をハンマーの形にして、廊下の窓ガラスをブチ破った。
「お、おいっ!? 危ないぞ!」
制止するラギル様の声。
僕はそれを無視して、窓から飛び降りる。
地上12階。
マトモにやれば即死だろう。
けれど地面には影がある。
自分の影で、自分の体を受け止める。
衝撃はほぼゼロ。
そのまま寮に向けて走り出す。
けれど僕は間に合わない。
ドアは、周囲の壁ごと吹き飛んでいた。
爆裂魔法、あるいは爆薬か。
寝室の廊下側半分はススで真っ黒になっていた。
真川さんの姿は、ない。
「ニ……ィ……」
汚れた床には、血達磨と化した黒猫の姿。
僕はその身体をゆっくりと抱えあげ、自分の影に戻す。
黒猫の記憶が流れ込んでくる。
ああ、なるほど。
やってくれるじゃないか、委員長。
それから笹川、半田、鯛谷、大田。
5人か。
RPGの定番は4人パーティだろうに、まあ、そんなことはどうでもいい。
お前ら、ラスボスと戦わないままゲームをクリアしようだなんてムシのいいことは考えてないよな?
・どうでもいい設定
勇者条約:
この世界に召喚されてすぐの時期、委員長の角田律をはじめとした「意識の高い生徒」が中心に制定した条約。
その内容は「勇者召喚なんて行う国はどうせ腹黒いことを考えていて、俺達を戦争か何かに利用したがっている」という妄想に根ざしており、結果として王国からのサポートも阻害している。