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ひとりぼっちの少女と、虚影の魔王  作者: 遠野九重
中編 わたしはもうひとりじゃない
13/25

有沢慎弥(1) 魔王を装う者は魔王となる

有沢慎弥の独白です。

 真川さんが寝静まった後、僕はリビングで本を広げた。


 表紙は青色、京都大学の過去問だ。

 もともとの持ち主は最上くんで、今は彼の形見になっていた。

 適当にページを開いて、問題を解いてみる。


 ……サッパリ分からなかった。


 解答を開いてみてたけど、眼が滑ること滑ること。

 誰かこの問題を解説してください!

 

「最上くんって、やっぱり賢かったんだなあ……」


 僕にできるのは、せいぜい、ページ隅のラクガキを楽しむことだけ。


『今年の問題は難しすぎだ、食べられないよ』

『この難問を作ったのは誰じゃあ!』

『二次元はロリに限る』


 最初のふたつは究極VS至高なグルメ漫画のパロディとして、三つめはさすがにアレだろう。

 故人の知りたくない一面を知ってしまったというか、今の最上くんとはちょっと結びつかない。

 なにせ彼は15歳も年上の伯爵夫人にベタ惚れし、後追い自殺まで遂げている。


「恋は人間を変えるって言うけど、ここまで来ると別人だ」


 僕はひとり呟いて、パラパラと参考書をめくっていく。

 最後のページ。

 どうやら紙面が余ったらしく、そこはほぼ白紙になっていた。[MEMO]と題されている。


 

 挿絵(By みてみん)


 最上くんは丁寧な字でそんな数式を書き加え、下にグラフを記していた。

 綺麗なハート形だ。

 

「君ってカタブツそうだったけど、あれでなかなかロマンチストだったっけ」


 僕はクスリと笑って参考書を閉じた。

 長椅子のソファに寝転がる。

 最上くんについては昨日のうちに心の整理を済ませたつもりだったけれど、いまだに吹っ切れていないらしい。

 どうにも人恋しい気持ちが胸のあたりにわだかまっていて、ふとすると寝室へ駆けこんでしまいそうになる。

 真川さんに会いたい。

 

「……黒猫のやつ、いいなあ」


 【影群体】で生み出した、僕の一部。

 あいつはいまごろ彼女と同じ布団で眠っているのだろう。

 自分で自分にジェラシーを感じるとかジョークみたいな話だけど、いつかあのプヨプヨのお腹を引っ張ってやろうと思う。


「はぁ……」


 いつしか僕は、両足でソファの腕置きをポコポコと蹴りまくっていた。

 物音で真川さんが目を覚まして、リビングに来てくれたらいいのに。

 そんな女々しいことを考えていた。

 

「――今日はもう寝ようかな」


 独り言がやけに多いのだって、君に気付いてほしいから。

 けれど同時、「今夜は穏やかに眠らせてあげたい」とも思っていて、ああもう、まったく人間のココロってのはややっこしい。


 僕は瞼をかるく閉じる。

 これですぐに眠れたら楽なんだけど、今日のことが次々に浮かんできた。


 最上くんのお葬式……大田の心ない言葉……悲しげな真川さんの横顔……。

 落ちてくる真川さん……どうしたらいいか分からなくって、ひとまず自分の部屋に寝かせることにした。

 彼女が目を覚ましたあと、その場の勢いで告白して、受け入れてもらって、そして。


 ―― ははっ、まるでRPGじゃないか。僕が魔王で、真川さんがお姫様だ。

 ―― 監禁された彼女を救い出すか、見捨てるか。選択肢はふたつにひとつだ。


 角田さんへの、宣言。

 やばい今思い出すとものすごく恥ずかしい。死にたい。

 いくら真川さんと恋人になれたぜヒャッハーな気持ちだったからって、ちょっとロックすぎるセリフを吐いてしまったと思う。

 

 ――真川さんにはここで暮らしてもらうから。

 ――だって僕は君を拉致監禁してるんだからね。


 誰だよおまえ何様のつもりだよ。

 あ、僕ですね。

 ごめんなさい。


 というか真川さん、ドン引きしてないよね? 

 すっごい不安なんだけど。

 嫌われてたらどうしよう。付き合い始めて1日で破局とかかなりキツいです、はい。

 鯛谷さんのときは別れても平気だったし、むしろ「身軽になった」なんて思ったんだけどな。

 

 どうやら僕は自分が思う以上に、真川さんに入れ込んでいるらしい。



 真川詩月。


 とてもきれいな名前だと思う。

 「名は体を表す」と言うけれど、実際、彼女はとても繊細だ。

 他人の痛みを想像し、自分のことのように傷ついてしまう。

  

 この世界で生きていくには、あまりにも優しすぎるのだ。


 勇者として召喚されて二ヶ月。

 クラスメイトたちは随分と擦れてしまった。

 「戦う覚悟」だの「殺す覚悟」だのといった薄っぺらい言葉を振りかざして、自分にも他人にも鈍感になっている。


 そうした中で真川さんだけが、前と変わらないままだった。

 仲間のことを――クラスメイト(最上くん)の死を悲しんでくれていた。

 

 

 だから。

 これは徹頭徹尾ただのエゴだけど、真川さんには生きていてほしい。

 ダンジョンになんか潜らなくっていいし、辛いならクラスメイトと関わらなくていい。

 僕のすべてを差し出しても守りたいんだ。



 って。

 ずいぶん重たい男になってるな。

 危ない、危ない。

 さっき委員長に対して「ヤンデレストーカー」を自称してみたけど、さ。


『狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり』


 あるいは。


『心せよ、亡霊を装いて戯れなば、亡霊となるべし』


 そういう言葉があるんだよね。

 ひとつめは古典の教科書にも出てくる『徒然草』、ふたつめは寺山修二の本だったと思う。

 

 よし。

 僕はあたまがおかしい。

 そのことを自覚した上で、自嘲しつつ自重していこう。

 ちなみに次長課長のネタだと「不動産屋」がオススメ。

 久しぶりに動画を見たい気分だけど、そういうユニークスキルの持ち主はいないんだろうか。

 

 

 

 ――そんな下らない思考を走らせているうちに、いつしか僕は眠りに落ちていた。


すでにお気づきの方も多いと思いますが、本作は「虚影の王は彼女をあいしている」(http://ncode.syosetu.com/n4464dg/)と表裏一体になっております。


(「詩月は病んでいるわけでもなく狂っているわけでもなく、繊細なだけ」の独白などなど)


もしよろしければそちらもご覧くださいませ。

本作より時系列は後なので、色々と有沢くんが自重しなくなっております。

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