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ひとりぼっちの少女と、虚影の魔王  作者: 遠野九重
中編 わたしはもうひとりじゃない
11/25

第十話 虚影の魔王と、囚われの姫君

 

 キミノコトガスキナンダ。


 

 はじめ、わたしはその言葉を理解できませんでした。


「えっ……・?」


 “スキ”って、ええと、農具の? (鋤)

 それとも茶室の建築様式の? (数寄屋造)

 ライクとかラブの“好き”なんて、わたしなんかに使う言葉ではないでしょうし、ええと、ええと。


「ああ、いや、その――ごめん、真川さん」

 

 有沢くんの顔は、月明りの中でもはっきり分かるくらい真っ赤になっていました。

  

「急にそんなことを言われても困るよね、うん」


 照れたように前髪をかきあげながら、わたしから身を離します。

 ――いつの間にかお互い、吐息がかかりそうな距離まで近づいていたのです。


「と、とにかく、さ」


 コホン、と一息つく有沢くん。

 それから黒曜石のように冴え冴えとした瞳で、再びわたしを見据え――

 

「僕は真川さんに生きていてほしい。ここにいるのが辛いなら、遠いどこかへ駆け落ちしたって構わない。……君のことが、好きなんだ」


 聞き違えようもなくはっきりと、そう口にしたのです。


 


 わたしは、夢でも見ているのでしょうか。

 好きな男の子から、こんなに優しい言葉をかけてもらえるなんて。

 自分には勿体ないくらいの幸福で、すべてが幻想ではないかと疑いたくなるほどです。


 右手て頬をつねってみます。

 思いっきり、ぐっ、と。

 痛みはちゃんとありました。


 頬をつまむ指に、熱い雫がポタポタと落ちてきます。

 それは涙です。

 痛いわけでも苦しいわけでもないのに、どうして、わたしは泣いているのでしょう。



「……やっぱり迷惑だったかな」


 有沢くんは自嘲気味に笑いました。


「ごめん。僕みたいに変なヤツから好かれてたって、嬉しくなんかないよね」




 違います。

 本当は嬉しいんです。

 とてもとても嬉しくって、その気持ちが溢れているだけなんです。

 

 けれどそれを伝えようにも、嗚咽に(むせ)ぶ喉は言葉を紡いでくれません。

 わたしはもどかしい思いを抱えたまま、彼の冷たい手をそっと握ります。


 ――【分度系】。


 それは自分の体温を分け与えるユニークスキルです。

 今日まで何の使いみちもないと思っていましたが、もしかすると、有沢くんを暖めるためのものだったのかもしれません。


「……ありがとう、真川さん」


 おそらく、わたしの想いは伝わったのでしょう。

 彼は、ぎゅ、と手を握り返してくれました。  

 体温を共有しているせいか、まるで指先が融け合っているような感触でした。

 

「涙、()くよ?」


 空いた左手を器用に使い、有沢くんはズボンの右ポケットからハンカチを取り出しました。  

 目元を、優しく(ぬぐ)ってくれます。


「真川さんの眼、キラキラしてるね。星空みたい」


 有沢くんはそう言うと、わたしにそっと唇を近づけて――けれど。




 ……ドンドン! ドンドン!



 

 乱暴なノックが、廊下から聞こえてきました。


「有沢くん! ちょっといい!? クラス委員長の角田だけど!」


 ドア越しでもよく聞こえる、とても大きな声です。


「緊急の用件があるの! いい!?」


 ドンドン! ドンドン!

 よほど焦っているのでしょうか、遠慮のないノックが繰り返されます。

 有沢くんは、困ったように肩をすくめると、


「ごめん真川さん、ちょっと待っててもらっていいかな」


 とんでもなく億劫そうな足取りでドアの方へ向かいました。


「はいはい、こちら地球防衛軍の異世界支部。ここは地球じゃないんで無期限の活動停止中です」


「有沢くん!? 起きてるなら開けてちょうだい!」


「ごめん、それはできないよ」


 そう答える有沢くんは、ドアを背に座り込んでいました。


「夜間に女性と会うのは禁止されてるんだ、宗教上の理由でね」


「もう、またわけの分からないことを言って……」


 ドアの向こうから嘆息が聞こえてきます。

 

 ――この時、有沢くんの影からピョコンと小動物が飛び出しました。


 まるで毛玉のカタマリみたいな太っちょの黒猫で、けれど、図体に似合わずなかなか俊敏でした。

 タタタタッと素早い動きでデスクに駆け登ると、口にペンを加えて何やら手紙を書き始めます。

 ほどなくして黒猫はそれをわたしのところへ持ってきました。

 曰く、


『いま部屋に入られると話がややこしくなりそうだし、どうにかこの状態で凌いでみるよ。

 普段から意味不明の言動をしてると、こういう時に便利だよね ( ^-^)b』


 とのこと。

 読み終えた後に有沢くんの方を見ると、顔文字そっくりのポーズをキメていました。

 ついでにわたしの足元で、黒猫くんもサムズアップをしています。

 ちょっとほんのり。


 一方で、クラス委員の角田さんはというと。 


「じゃあこのままで聞いてちょうだい。真川さん――真川詩月さんってわかる? 彼女、いなくなっちゃったの」


 どこか苛立った調子で、わたしにとっては耳を塞ぎたくなるような内容を口にします。


「昨日は昨日で最上くんが勝手なことをするし、もうウンザリ。後衛組がひとりくらい消えたって大して変わらないけど、有沢くん、人を探すの得意でしょ? 笹川さんたちがギャーギャー騒ぎ出すと鬱陶しいし、パパッと探してきてもらえない?」


 


 * *



 

 わたしはどうするべきなのでしょうか?


 模範解答は分かりきっています。

 このままドアを開け、角田さんに会えばいいのです。


 きっとお小言や嫌味を言われるでしょうし、それなりの騒ぎになっているとすれば、あちこちで悪いウワサが立つかもしれません。

 とはいえ元を辿れば自業自得、自分がしでかしたことの結果なのです。 

 逃げずに受け入れるべき、なのでしょう。

 

 けれど、わたしは立ち上がることができませんでした。

 どうして?


「フシャー!」

「ニャゴー!」


 それは物理的な要因です。

 いつのまにやら二匹に増えたでぶ猫が、わたしの両腕にしがみついていました。

 まるでボウリングの球みたいな重さで、なのにふわふわ。不思議な手触りでした。


 ゆっくりと有沢くんに目を向けると、彼は声を出さず、口の動きだけで「まかせて」と伝えてきます。

 それからドアの向こうの角田さんに対し、(あお)り立てるような調子でこう言い放ちました。


「あのさぁ、委員長。――真川さんなら、いま僕のベッドで寝てるよ?」


「……はぁ!? ちょっと有沢くん、だったらここを開けて! 開けなさい! どういうつもりなの!?」


「どうもこうもないよ。真川さんってすごい可愛いし、つい、攫っちゃったんだよね。てへ」


「攫ったって……犯罪よ、それ!」


「へえ、それはどこの法律かな? まさか日本のヤツを持ち出してきたりしないよね?」

 

「当たり前よ! この国の法にだって、きっと――」


「僕たちの召喚ってわりと突貫工事だったらしくってさ、勇者に関しては法律が整ってないんだよ。知らなかった? ま、とにかく真川さんは僕のものだから。彼女、笹川さんたちとパーティ組んでたんだっけ。引き抜かせてもらうから伝達ヨロシク」


「あなたねえ、そんな勝手が通じると思ってるの!?」


「文句があるなら奪い返しに来なよ」


 有沢くんの口調は、もはや挑みかかるというか、宣戦布告じみていました。


「ははっ、まるでRPGじゃないか。僕が魔王で、真川さんがお姫様だ。さてさて勇者役は誰だろうね?」


「ふざけないで!」


「僕は大真面目だよ。角田さんはどうする? 真川さんを助けに来るかい? aああでも、『後衛組がひとりくらい消えたって大して変わらない』なんてコトいってたよね? だったらリタイヤかな? ま、何がどうなろうと彼女を渡す気はないけどね」


「……有沢くん、あなた、狂ってるわ。いくらレベルが高くっても、そんなんじゃ人間としておしまいよ」


「話をはぐらかすなよ委員長。今の問題は真川さんについてだろう? ヤンデレストーカーに監禁された彼女を救い出すか、見捨てるか。選択肢はふたつにひとつだ。――さあ、どうする?」


 

 有沢くんの問いかけに対し、角田さんは、しばらくの沈黙を挟んで答えました。


「こ、今回の件は宰相さまに報告させてもらうから! 覚悟しておくことね!」


 世間ではそれを負け惜しみというのではないでしょうか。

 彼女はもうそれ以上何も言わず、憤怒に塗れた足音と共に去っていきました。


「国への貢献度を考えると、たぶん、宰相さまはこっちについてくれると思うんだけどなあ」


 有沢くんは小さく呟くと、ゆっくりと立ち上がりました。


「まあいいか、あれだけ煽っておけば大丈夫だよね」


「……ごめんなさい、有沢くん」


 わたしは謝らずにいられませんでした。

 だって彼は、結果として三重もの泥を被ることになったのですから。


 ひとつ、昼からずっと失踪していたことの理由づけ。

 ふたつ、角田さんやみんなの前に出て行かなくていい理由づけ。

 みっつ、笹川さんのパーティを離れる理由づけ。


 そのすべてを、自分が悪者になることで引き受けてくれたのです。


「いやいや、真川さんは気にしなくていいんだよ。僕が勝手なことを喚いているだけだしね」

 

 有沢くんはニヤリと笑みを浮かべます。

 ちょっと悪者ぶった、けれど優しい――素敵な表情でした。



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