第四話「ごめんなさい!」
―――どこかの小屋
目が覚めると、既に日が落ちた後だった。しかもどこかの暗い小屋の中。まだ頭はボーとなってハッキリしていない。
「ああ、…そうか」
とりあえず少しづつだが意識がはっきりしてきて自分があの後夜まで気絶していたのだろうとまでは理解した。
しかし夜だというのに窓からは明るい灯火が差込み、うるさい音が響いている。気になって小屋から出て様子を見てみると村人と兵士たちがドンチャン騒ぎに宴会を行っていた。
自分が目を覚ました事に気づいた人たちは食事を持ってきて自分に感謝の言葉等を述べきた。
「話を聞きました。貴方のおかげで我々は助かりました」
「村を救って下さって有難うございます」
「素晴らしい策だった」
「見かけによらずすごい奴だな」
多くの賛辞や礼を言われるがまだ寝ぼけているのか今は空返事と空笑顔で相槌をして誤魔化す。そんなに一気に来られれば逆に混乱する。
「すみません。まだ頭がボーとしてますから、少し落ち着かせて下さい」
そう言って集まってきた人の集まりから抜け出した。今は独りになりたかった。
自分は食事を持って人気のない入口近くまで移動して感謝の言葉を思い返していた。不思議なことにそれらの言葉には欠片程にも自分の心には届かなかった。まさに虚無の心地と言うのだろうか?
違う。
今、生きているというのに嬉しいという思いが湧き上がってこない。おかしい。気絶している間に何かあったのだろうか?でも、すぐに答えを見つけた。
それは先程戦闘が行われた場所を見たからだ。
食器を地に置き、自分の両手を見て、先程敵が死んだ場所まで歩いてじっと地面を見る。流石にもう死体は片付けられて、今は何にも無い。
だが、まだ微かに残る血の匂いが残っていて先ほどの戦いが鮮明ににフラッシュバックしてくる。
――――自分は人を殺した。それも10人以上
直接殺した訳では無いが、間違いなく自分が彼らを殺したのだ。それも無残に残酷に。
彼女は言った。「これは君の戦いだ」
改めて地面を見る。死んだ彼らのことを考えた。彼らにも家族が居たのではないか?命令をされたから仕方なく襲おうとしたのではないか?本当は話が分かる優しい人間なのではないか?
そんな風に思っていけば止めどなく悲しみが溢れてくる。彼らの死んでいく光景を思い出し理不尽に自分が命を奪った。そう思うと自然と涙が溢れてきた。
「ち、ちくしょう!何がファンタジーだ!何がざまぁみろだ!!クソ!クソー!」
その場に座り込んで涙を流して地面に拳を叩きつけた。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい!………ううっ、うぁあっ!」
頭を何度も擦りつけただただ謝った。たとえ生き残る為とはいえその代償は大きく、取り返しのないことをしてしまった。これから自分はどう生きていけばいい?今まで教えられた倫理等はぶち壊されて、一線を超えてしまった。もう、どうすればいいかわからない。
「………優しいのだな。でも、もう十分に謝ったよ」
その様子を見ていただろうキルシェが優しく声をかけ木陰から歩いてきた。
彼女も村人から感謝の言葉を述べられ、良い気分で宴会を楽しんでいた。たとえ小さい村であろうと守れた者達から礼を言われる。これほどの肴は他には無い。美味い酒とともに皆と軽く酔いしれていた。
だが、偶然に宮國が村の入口の方に移動するのを目撃した。ようやく目覚めたのかという安心と共に語り合おうと思ったところだ。
だが、この宴会の主役が人気のない場所へと移動していく。何処に行くのかと気になった為後をつけたがある不安が過ぎった。
「まさか……」
村を救ってくれたのに、本当にどこかの国の間者ではないか?今まで全部嘘だったのか?そんな疑心暗鬼が彼女に心に芽生えてくる。
でも違った。
彼は涙を流し、頭を擦りつけ死んでいった賊に謝っている姿を見てしまった。
彼女に言葉は無かった。衝撃だった。
この世界、少なくともこの国では何度かこういう戦はあり、そこでは幾人も人が死ぬ。それが当たり前。無論人が死ねば涙は流し悲しむのは当然のこと。
だが戦場では多くの敵将を討ち取ることが誉れであり自慢になり、そこでは笑いが出ることもある。彼女はそれしか知らず宮國も喜んでいるのだと思っていた。少なくとも生き残った事に。
だがそうではなかった。彼は自分がしでかした事に苦しみ嘆いている。まるで罪人であるかのごとく。その姿は彼女にとって初めての光景であり。あまりにも心打たれる姿であった。
なんという慟哭。殺そうと迫った相手にここまで涙を流せるものなのか。その嘆きは一体何処からは出ているのか?何に対して?その答えは彼女にはわからない。
ただ一つ。キルシェは恥じた。例え一瞬とはいえ疑い、最悪の時は手にかけることまで考えた自身に。
彼に合わす顔は無いと立ち去ろうとしたのだが、何度も謝っている痛々しい姿に耐え切れず遂に声をかけてしまっていた。
「もういい。これ以上は君の心が壊れてしまう。だから、もういいんだ」
「でも、俺が、俺が殺してしまった。俺の身勝手な我が儘のせいで」
「………」
「俺は、人殺しになってしまった。どうしたら良いんだ?償えないんだ」
涙で顔は歪みこれ以上ないほど無様を晒している。そんな事お構いなしに悲しんでいた。頭は考えることをやめて、心はむき出しになっている。
キルシェはそんな自分を悲痛な顔で見て、
「君が人殺しだと言うのなら私もそうだ。私は、もっと多くの人を殺している。この手で。しかも殺してそれを自慢にしてきた、私のほうが罪深き人間だ。でも、私は守ってきた!。国を、民を。それが私の誇りなのだから!」
自分の肩を掴み真っ直ぐに瞳を見て強く訴えてくる。キルシェの瞳には後悔など一切なく力強い。
「だから今は、罪に心を囚われないで。君はこの村を救ったんだから!………それに、彼らは敵で、戦士だった。覚悟あっての戦いだった。償う必要はない!それは死んだ彼らにも、ここの村人達にも、生き残った君に対する侮辱になる!」
「俺は、……生きて良いのかな?」
「良いに決まっているじゃないか。そうじゃなきゃ君が報われない。それは、悲しすぎる」
その言葉を聞いたとたん涙が止まらず後は気が済むまで泣き続けた。
こんなに泣き続けたのは、そう、両親と祖父が死んだ時以来かな。
「落ち着いたか?」
「………ありがとう。少しだけど楽になった」
気持ちが落ち着き今は夜風に当たっている。この夜風がなんとも気持ちよく優しかった。
「なあ、キルシェ……姫様は」
「キルシェでいいよ」
「んじゃ、キルシェはこの後どうすんだ?」
これからの事を考え、どうするのかと訪ねた。とりあえず生活は保証されるんだろうがこの世界で一人で生きていくのは自信がなかった。
「明日の朝には王都に戻るさ。できれば一緒に来てもらいたい。事の説明と紹介をしたいから。それに、王都なら……とりあえずは安全だから」
その間が余計に不安なのだが今は誰も頼れる者もいないのでキルシェを信じることにした。そして国の首都なら色々情報が掴めるかもしれない。望みは低いが自分が帰れる何かがわかるかも知れないと僅かな期待を胸に決意し決断した。
「わかった。俺も王都に行く。いや、連れてってくれないか?」
「ああ、君を我が国に正式に招待しよう。では、明日は早い。今はゆっくりと心と体を休ませるんだよ」
そう言ってキルシェは自分の隊へと戻っていった。
自分は泣き疲れ少し腹が減ったのでもらった飯を食べた。明日は王都に行く。体力はできる限り回復させる必要があると判断したからだ。
ふと空を見上げれば星が、まるで天の川のようにキラキラと連なり光っていた。
言葉が出なかった。通常は異常とも思える星の数だろうが、唯唯美しかった。真に美しいものを見た感想は例えようがなかった。
でも、やっぱりここは違う世界なんだ。と、改めて認識した。
村の方に戻ろうとして立ち上がった。最後に彼らが死んだ方へ向いて手を合わせて心で念仏を唱えて冥福を祈った。
こんなことをして成仏してくれるかわからなかったが、気持ち的にそうしたかった。
村の人から先ほどの空家を借りベットに横たわった。さっきは気づかなかったが、ベッドは固く埃もまだ取れていない。お世辞にも上質とは言えない。
(よくこんなベッドで休めたな。俺)
が、この世界に来て初めてちゃんとした寝床だ。今は贅沢は言えない。意外に、横になってみると眠たくなってきた。まだ疲れが残っているらしい。身体は正直だ。先ほどの号泣での影響もあるからな。
それに、こんな寝床だが今は心地良く初めて安らかに眠れると思った。
朝が来て、軽く朝食を取り準備をし、キルシェ達と合流する。ちなみに朝飯は昨日と同じような固いパンとミルクだった。
村の人たちに挨拶をし自分は騎兵の後ろに乗せてもらう。
乗ってみると馬の上は意外と高く、恐く、バランス感覚もちょっと難しい。ので前の人にしかっりと掴む。鎧がゴツゴツして、相手が男なので嬉しくない。
(絵的に男×男は無いだろう。こんなの誰が喜ぶんだよ)
などと不満を考えていたが、ここは我慢するしかないので諦めた。
「出発!」
声高らかにモルトが号令を発しキルシェを筆頭に王都へと進んでいく。
自分はあれだけこの世界に文句を言ったというのに向かう先の王都がどういうものなのか、やっぱりドキドキが止まらなかった。
住んでる人々、王族の人が住んでいる城などの建物、それらを想像すると気分は高揚する。やっぱりワクワクは止められない。
ああ、楽しみだ。早く見てみたい。行ってみたい。
自分は一時帰りたい気持ちを忘れて王都へ向かう。