第三話「もう、目を瞑っても良いよね」
「なんで?」
疑問を口に出した。この状況がいまいちピンとこなく理由が分からなかったからだ。
先ほど自分が出した作戦を伝え、村の男達の協力を得ることが出来た。話をした当初は怪訝な顔をされ、協力にも否定的だったのだが、村の危機を救ってやる、褒賞金も出すと半ば強引に説得を行うことで、渋々ながらも納得してくれた。
ともかく、これで兵達の合計が30人から60人にまで増員できた。それぞれの配置場所に移動しスタンバイする。残りの女子供や年寄りは、村の奥の森に隠れてこちらの合図を待つように伝えた。もし万が一のときは、そこから脱出してもらうことになる。
本当なら、自分もその森に隠れるはずっだたのだが……何故か村の入り口付近でキルシェ達と共にいる。
(理由がわかんねーよ。ちくしょー)
―――10分程前
「姫様。準備が整いましたので先に行きます。しかし、最後にこれだけはお聞きください。私には、あの者を完全に信用することはできませぬ。今でもやはり、貴女のお命のほうが第一です」
モルトはハッキリと言った。しかもわざわざ聞こえるような声で。当然と分かっているのだが、やはり少しムッとなる。
「わかっている。その件については私も考えている。今は武運を祈る」
「有り難く。では!」
モルトは一礼をすると、馬に乗りバッと駆けていく。キルシェはそれをしばし見守っていたが、突然こちらに振り向くとつかつかと近づき、
「さて、ミヤグニ。一緒に来てもらう」
おもむろに自分の右手を握り、歩き出した。……いや、訂正しよう。あれは手を握って歩いたというより、掴んで引っ張ったというのが正しい。しかも強引にだ。おかげで右肩が痛い。
そして現在、自分はここにいる。なぜなのか理由が分からず。
(まさか、共に戦えと!?)
そんな事を考えた。もしそうなら馬鹿げた期待だ。自慢にもならないが、自分は貧弱だ。
今まで自分の部屋でアニメや漫画を楽しんできた半引きこもりの生活をしてきたのだ。力は生活と仕事が出来るぐらいしかない。
剣なんて持ったことはないし、いやおそらく持てて振れるが体力がなくすぐ息が上がるだろう。キルシェのクレイモアは一回振っただけでギブアップ確実。
しかも仮に持って戦えたとしても、自分は決して人を斬り殺すことができないだろう。これはもう確信できる。
恐らく頭と心で躊躇してしまい体が硬直する。そしてその間に相手に殺されるか逃げられる。いや、ほぼ結末は前者だろう。
だから出来ない。そう教育されてきたのだ。子供の頃から『殺人は最も重い罪です。人の命は何よりも重いのです』この道徳観をすり込まれてきた。それをいきなり壊すことはできないし、する気もない。
そんな役立たずに、いったい何を期待しているのだろうか?はっきり言って、お荷物以外何者でもない自分に。
そんな風に自虐的に考えていると、キルシェがとんでもない事を口にした。
「この戦闘を逃げずに見届けるんだ。隠れるのも目を閉じることも許可しない。あ、瞬きなら許可する」
「――――は?」
その言葉を聞いた時は耳を疑いたくなった。が、彼女の目は真剣にこちらを見据えており、それが嘘ではないと告げている。
それはある意味死ねと言っているのと同じだ。もし負ければ関係者と思われてしまい賊達に襲われてしまう。いや、失敗する確率のほうが強い分確実に死ぬと言っていい。しかも殺し合いの状況を見聞きしろと言っているのだ。お互いの首が飛び、断末魔や血しぶき臓物が飛び散るところを。
何故好き好んでそんなものを見なければいけないのか?この女はおかしいんじゃないか?という疑問が膨らんでいくが、次の一言で止めを刺された。
「当然だろ?君が考えた策なのだから。それに、モルトが言った通り君はまだ疑われいる。残念だがこればかりはどうしようもない。それなのに君は言うだけ言って無責任に逃げるのか?それだと策が成功しても安全は保証はできないよ」
「ぐっ……」
痛い所を突いてくる。正論だけに言い訳の余地もなく、渋々承諾するしかない。この世界に来ても人生は甘くないと痛感した。
「それに、この策は君が提唱したもの。私たちはその通りに動く。いわばこれは君の戦いだ。だから、責任を取って見届けるんだ」
「……わかった」
正直納得なんてしていなかった。したくもなかった。が、いくら考えてもこの要求を飲まざるを得ない所に足を突っ込んでしまった。
ヤケクソであろうと、あれだけ啖呵をきったのなら責任も取らなければならない。今更だが、関わってしまった事への後悔と、感情のままに突っ走った自分に反省する。
だが仕方ないとはいえ今は生きて帰る。この思いだけが今は糧であり動力であり目的であるのだから覚悟を決めるしかない。正直に言えばそんなものはしたくはない。
「よし。念の為君には見張りを付けさせてもらう。……心配しないで。これはあくまで一時的な処置だ。これが成功すれば疑いは晴れ、君は自由だ」
そう優しく諭すようにキルシェは言った。
が、無理。そんな風に言われても自信など湧いてこない。目を瞑らずに人が無残に殺されるのが見られるだろうか?
これはアニメやドラマ。まして映画でも無い本物の殺し合いだ。
そう映画。ああいうのは作り物やCGで出来ており、本当に死んでいないから自分達も安心して楽しく面白く鑑賞できるのだ。
だから役者の死に様の演技や演出に感動したり、舞台のセット、小道具の出来栄えに驚嘆したりする。
無論ホラーやスプラッター系も基本は同じだ。あれは「死」を見せてなんぼなものなのだが所詮はフィクション。原作を再現しても偽物がほとんど。
日本のTVドラマだって、探偵ものや刑事ものなんかの死体はキレイなままで映される事が多く、断面図やちぎれた四肢や臓物なんかは見せない。
勿論、ニュースで流れるような本当の殺人事件の状況を下手に映せば、倫理だ道徳だの問題が発生するからと理解しているし、見たくない人が大半だろうし(中には例外が居るかもしれないが)、無論自分も苦手だ。
(心配するな?)
これから殺し合いを見るなんて心配以前の問題だと思った。理解したのは、これが責任を取るということだけ。
「では、またあとで会おう」
キルシェはそう告げると笑顔を向け、準備をするために持ち場に去った。その足取りはなぜか軽く、今からの殺し合いを楽しみにしているようにも見えたが、さすがにそれは勘違いだろうと思った。
それからすぐ一人の兵士が自分の傍にやって来た。見張りらしい。兵士の武器は槍を一本持っているだけで、どうやら残りの武器や馬は他に渡したか置いてきたらしい。
でも、たとえ槍一本の装備でさえ今の自分に不安と恐怖を出させるには充分効果があった。
(そりゃ本物の槍ですよ!そんな物が向けられてくると思ったらマジで恐ろしいわ!)
だが支配する恐怖は完全ではなかった。よく見るとその兵士の一部が気になったからだ。それは兜からピョコりと出ている長い耳でしかも少しピクピクと動いている。どうやら兵士はエルフ人らしく。人間とは違ったからだ。
(エルフ!本物だ!何ともファンタジーじゃないか。ぜひ耳を触りたい)
と若干ではあるが感動したからだ。
エルフなんて漫画やゲームの世界のキャラしか知らないので初めて間近で実物を見れた事は本当に嬉しかった。が、全体的によく見るとがっかりする。なぜならこの格好はいただけない。普通エルフは美しい顔で弓を持ち森でハープ奏で神聖なオーラぽいもの放っているものがデフォルトだが。
なんかこの兵士は鎧に所々泥を付けているし、神聖さも全く感じさせてない。まあ、顔はそれなりに美形で合格。がそれを差し引いてもなんかエルフに見えなかった。
(これがゲームなら、見分けられないそこらへんのモブ兵士Aだな……)
一言で言うなら残念極まりない。まさに上げて落とされた感じだった。激しくがっかりです。
ともあれそんな感情を抱いたままその兵士と共に村の入口近くまで移動し邪魔にならないよう兼戦闘が見える場所で敵を待つ。
自分はその場であぐらをかいて座り状況を整理する。本当なら逃げ出したいが、立っていると本当に逃げ出しそうなので座ることにした。
敵の数は約100人らしく真っ直ぐこちらに向かってくる。ここからはまだ見えないが遠くの方から確かに複数の足音らしき音が聞こえて近づいてくる。
村の入口には急遽木材で作った簡易型のバリケードを3つ設置している。が所詮は気休め程度である。
こちらの兵の数は突撃する為待機している騎兵9人+役立たずを見張る兵1人の計10人。戦力的にあまりに絶望的。このまま戦えば全滅は確実。無謀を通り越して自殺と言ってもいい。
「ん?」
などと考えていたら異変に気づいた。周囲の空気が変わったのを感じたからだ。見張りの兵士の顔を見上げて見てみると顔は強ばっていて視線は一点を向いて殺気立っている。待機していたキルシェ達騎兵を見ても同様に殺気が満ちていく。
自分は顔を少し前のめりにし目を細めて恐る恐る同じ方向を見て確認する。
人だ。人が歩いてくる。一人じゃない。村に近づいてくる一団が見えてきた。その為に皆に緊張が走ったらしい。座っているため全部は見えないが少なくとも10人以上は確認できる。
先程自分を襲った連中と似たような格好をしている。間違いないあれが敵だ。ふと敵がこちらに気付いたらしく先頭を歩いた男が手を上げて一団を止める。あれがリーダーらしい。
こちらとの距離を目測してみた。だいたい約300mぐらいの距離だろうか?それぐらいの間が空いている。それでも怖くて泣き出そう。とっとと逃げ出したい。
(こんなのもうファンタジーじゃねーよ。なんだこれ?やっぱこの世界おかしい!助けて下さい!)
頭を下げまたブツブツと泣き言を言を言い始めたが何故か正面から笑い声が聞こえてきた。もう一度敵を見るとに何か指差して笑っている。声も広がり大きくなっている。
何だ?何が可笑しい?ここからでは何を喋っているのかは聞き取れずただ笑い声しか聞こえない。
(ああ!そうか)
憶測だが、おそらく彼らはこちらの戦力を見て笑ったのだ。余りにも数が少ないくて。
当たり前だ。たとえ騎兵であろうとも戦いは数が基本。どんなに強かろうが人数で押し潰せば勝てると彼らは語っているのだろう。
(そうだ。それで良い。お前たちは間違っていない。だから、今からそっちに餌が行くよ)
心臓の鼓動が高鳴っていく。それを目に入れてから少しずつ。
恐怖だけで、ではなくむしろ楽しむような、興奮に近い感じで彼女の心臓は音を高くする。呼吸も同じ。
これから彼女は死地に飛び込むというのになぜそんな心持ちなのだろうか?ちょっとした特異な性癖の持ちなのか?いや、そうではない。ただ彼女は嬉しいのだ。
戦える事ではなく、自分の愛したものを守るという事に。言わずもがなそれは自国の民に他ならない。
元々、盗賊とその紛いを探るために王都から来た彼女は、戦うという事を想定していなかった。あくまで目的は、情報収集と村々の様子確認。護衛の親衛隊の数は最低限の自衛のためで、多くを連れてきてはいない。下手に軍や数を連れてきてしまえば民が不安がり、あらぬ疑いや噂を流してしまう。また、敵等にも気取られてしまうからだ。
だからこそ最低限の数で来たというのに、なんでこの状況になる事を思い至らなかったのかとキルシェはあの時ひどく後悔した。
「見捨てる」……わざわざ来たというのに戦いもせず、ましてや民の安全も確保出来ないまま。しかし、キルシェも子供ではない。モルトが言ったように己の立場は十分に理解している。だからこそ深く反論せず不本意ながらも撤退という苦渋の決断ができたのだ。
なのに、状況は変わった。「何とかなるかも知れない」そう彼は言った。偶然。本当に偶然に助けを求める声を聞き拾った一つの命。
見た目は女のキルシェよりも貧弱で頼りにならない。でも、見たこともない服と荷物を持ち、話してみれば色々不思議な事を語る青年。名はミヤグニ・リュウイチ
彼は異世界から来たと言った。その世界はまるで神話のようだと、壮大な想像を思い浮かべて聞いていた。無論、半信半疑ではあったが。
そんな彼が、一つの希望をもたらした。彼は策を示したのだ。その内容を聞いてみると誰も思いつかなかったもので、素晴らしいと思わず感心してしまった。
何処からそんな事を思いついたのか?やはり疑問は残った。だがそれでも、撤退という愚断を犯さずに済んだことは、本当に感謝してもしきれない。
なぜなら本当の所、彼女が守りたかった物がもう一つあってそれも守れるからであったからだ。
(感謝する。ありがとう)
一度深呼吸をし、身体全体に力を入れ敵に剣を向け高らかに宣言した。
「突撃!」
キルシェが声高らかに叫び敵に向かって馬を走らせる。その瞬間、全身に力を入れ目を見開く。始まってしまったからにはもう逃げられない。後は運に身を任すだけ。
(でも、出来るなら勝って!)
などと思いながら、恐怖には負けてはいけないと強く自分を奮い立たせる。
そこからは重々しい剣戟と叫び声、そして不快な断末魔音が大きく聞こえてくる。これだけで気絶しそうになるが、唇を強く噛み締め意識を保つ。まさに自分との戦いだ。
唯一の救いはまだこの場所からは血しぶき等はよく見えていないという事ぐらいか。
(音も聞きたくないけどな!)
だがそんな状況でも自分の目線はキルシェからは離さない。なぜなら彼女こそが戦の要なのだ。死んでしまったら困る。
いの一番に突撃したキルシェはクレイモアを片手に囲まれて敵の剣を防ぎながら馬を上手く御していた。その姿はまさに流石と言わざるを得ず人馬一体とはまさにこのことだった。
だが、それは褒めるのには値しない。彼女の戦闘能力を知っている者ならむしろ不調ではないか?と心配される程の戦いぶりであった。
本来ならば敵の斬撃をわざわざ受けてやる必要などなく彼女のひと振りは2人の首を一気に刎るものであり、無茶をやれば馬も止まることもなく一気に駆け抜け一人で10人は軽く斬殺できるほどの猛者である。
にも関わらず彼女は敵の遅い攻撃を受けてやり、相手の隙を見逃しているのだ。しかも殺した人数はまだたった5人程度で、本来の実力と斬り結んだ回数を考えれば少なすぎると言ってもいい。
が、そんな彼女に付き従っている兵士はそれを疑問とも思わず、ただ言われた通りの任務に没頭するだけ。
―――そして、
「退却だ!」
その号令とともに長く感じた殺し合いに終わりがやってきた。いや、実際は終わりではない。戦いが終わったのだ。
キルシェ達は生きて村の入口まで引き返してくる。敵はまだ90人以上は健在でやはり追ってきている。
だがこちらは馬に乗っているのでスピードに大きく差が出ており、キルシェ達が先に入口にたどり着く。そして入口前のバリケードの後ろに皆急ぎ隠れる。敵も当然こちらに狙いをつけ、怒号とともにやって来る。
自分にとっては、ここからが最後の山場だ。いや、真の戦いとでも言おうか。そう思えば先ほどの剣戟の音なんぞ優しいものだと思えてきた。
敢えてもう一度言おう。この作戦には自信が無かった。失敗すると思っていた。だが思いと違い全てが自分の作戦通りになっていた。ここから先戦いはない。ここから始まるのは一方的な虐殺だ。
さて、ここで唐突だが疑問が浮かび上がる。何故たった9人で向って行かなければならないのか?村人と合わせ60人になったというのに残り50人が消えているのはなぜか?
ではこの村の、正確には村の入口から賊の場所までの状態を見てみる。森に囲まれた小さな村であるが入口からは木々などなく整備された道ができている。これは村から王国等に行き来するために作られたものだろう。しかし元々森だった為道の幅はおよそ10m位でそこから先はまだ森のまま。隠れるに相応しい木々が立ち並んでいる。
普通に考えれば、たった9人程度で向って来るのは何かおかしいと誰か一人くらいは思うだろう。だが彼らはそんなことは考えなかった。それはなぜか?
元々彼らの目的は村の破壊であり蓄えてある食料等を祖国に持ち帰ること。盗賊に身を扮して行えば言い訳も経つのだから。だがここにボーナスが付いてたらどうだろうか?しかもキルシェ姫という特上のボーナス。生け捕りだろうが殺そうが間違いなく破格の報酬が手に入る。うまくいけば貴族に昇格し一生安泰に暮らせるのだ。相手はたった10人で向ってくるのだ賊達は決して逃がさないと目的より欲望に心を移す。故に彼らはこの心理を利用されそこまでの考えを封じられたのだ。
まさに宮國の計画の一部である。彼はキルシェが姫ということを利用し餌にしたのだ。勿論彼はキルシェが簡単に死なないこと考慮して策に組み込んだ。
賊は道なり真っ直ぐに向って走ってくる。更に、彼らの不幸はこの行動にあった。もしこれが本職の盗賊なら決して正面からはぶつからない。仮に向かってくる盗賊がいるならそんな奴は盗賊失格かど素人だ。
この場合、戦うなら森を味方にし罠を仕掛ける絡めてな戦い方が有効である。
故に本来兵士である彼らは愚直の正面突破を行ったのだ。最も彼らにはそれだけの余裕があった。
兵数は当たり前だが、実はもう一つこの行動を上手く誘発させる要因があった。
それこそが、キルシェの戦いぶりであった。いくら彼女が強いといっても先の戦闘では防戦一方でまるで満身創痍といった感じに映ったのだろう。
やはり数が上で、しかも所詮は姫でか弱い女と認識させれば余裕という隙が全体に広がっていくもの。油断と満身というウィルスが心を侵し、止めどなく彼らを蝕んでいく。
最後に彼らの敗因はこちらの武器が十分に揃っていたこと、兵数、情報収集をきちんと調べていなかった事を今となっては知る由も無かった。
―――数十分前
「この突撃をあんたにやってもらいたい。出来る?」
「なるほど私を、囮に使うのだな」
作戦の内容を聞いていたキルシェが自分の役割に納得し首を縦に振ったところで、いきなり怒号が走った。
「き、貴様ぁー!こともあろうに姫様に囮だとー!しかも先程から何だその口の利き方はー!」
「え!?ご、ごめんなさい!で、でも敵の心理から言って、キ、キルシェ、姫様が一番適任なんです」
いきなりの怒号、そして殺気すら放つモルトの前では震えて今にも泣きそうな状態であったが、ここは譲れないと踏ん張る。でなければ成功率が一気に下がってしまい失敗してしまうからである。
「やめるんだ!彼の言う通りここは私が行くべきだろう適任だ。モルト副長、貴殿は策の通りに他の兵の指揮を任せる」
「い、いけません!この突撃はあまりに無謀です。貴女のお命が危険です。行くと言うなら私が!私が突撃を!」
「だめだ。この役は私が一番適していると言っただろう。私が正面を率いる。もう一度言う。モルト・アルバテル・ガ・ソレル、お前には他の兵の指揮を命ずる」
「………かしこまりました」
やはり納得はしていない様子だがモルトは無理矢理受諾した。心の中では宮國に溢れんばかりの呪詛を唱えていた。
(これで姫様に何かあれば、こいつを切り刻み殺してやる)
それはあまりにも醜く騎士にあるまじき心情だろう。が彼にしてみればキルシェとはそれ程までの存在なのである。故に彼にとって彼女の命令は王の勅命よりも最優先となる。
「あ、あの、すみません。もう一ついいですか?」
「ん?ああ、良いぞ言ってくれて構わない」
(まだこれ以上姫様に無理をさせようと言うのか?許さん!)
「できれば、その、あまり殺さないで下さい。……殺し過ぎると敵が逃げたり、広がって策が成功しなくなるので、5人~10人位までにして下さい。あと、苦戦しているような演技もお願いします」
「それは、中々難しい注文だ……わかった。やってみよう」
賊達が村の眼前にまで迫り、自分が指示した場所に入った瞬間。
「構え!」
その怒号に気を取られ何事かと一斉に走るのをやめて後ろに振り向く。賊たちの後ろから、モルト率いる20人の兵士たちが弓を構え立ち並び退路を塞いだ。
しかし賊たちにはまだ余裕があった。たとえ正面と後ろに挟まれようとまだ数はこちらが上、どちらか一方を突破すれば良い事だと思ったに違いない。だが、
「放てーッ!」
突如縦横三方から無数の矢が襲って来たのだ。彼らは驚き慌てふためいている。当然だ。三方から無数の矢が飛んでくれば後はもう死ぬしかない。キルシュ達もバリケード隙間から槍を突き出し前に来させないよう威嚇している。
これこそ自分が考えた策。敵をおびき寄せ囲みに入った所に、後ろから30、両側に10ずつの兵士と村人による三方の弓矢地獄。
が、実はこの策は漫画からパクった策で実際は考えたではなく思い出した策で胸を張れたものではない。
しかもこれには弱点があり完全ではない。それは兵と村人による練度の差だ。
本来ならば囲んだ敵を逃がさない為、絶え間ない矢を内側の敵まで浴びせ続けるのだが、村人は素人の為次の発射に時間がかかる。
その為タイミングが合わなくなりでスキができてしまう。それを防ぐためにこれを一発限りに限定した。
それでも策が上手くいき、矢はドスドスと刺さっていく。賊達は断末魔を叫びながらバタバタと倒れていく。
ああ、それにしても嫌な光景だ。彼らがいる場所は入口から目と鼻の先で、充分死に様がよく見える。頭から矢が刺さり即死した者がいれば、身体中、顔にまで内から出たように刺さって死んだ奴もいる。
一番可哀想なのは何本も刺されているのに死んでいない奴だ。なまじ中途半端に生きている為に、痛い!痛い!と喚き散らしてその場で倒れている。
「うっ!」
そんなもの見ればやはり強烈な吐き気が襲ってくる。先程食った物が胃からものすごい勢いで逆流してくる。口を手で抑えながら必死に飲み込み、更に目に力を入れ最後まで結末を見届ける。
弓矢による殺しが終え外側の10~15%位の賊が死んだ。しかし敵の内側には弓矢が届かずある程度はまだ生き残っている。
だがそれでも弓矢で数が減り、残るはあと少し。最初にあった余裕が消え賊達の顔には焦りと困惑のが見える。なかには涙を流して、こんなはずじゃなかった、助けてくれと懇願している者もいる。
「再突撃だ!獣共を狩りとれ!」
しかし無情にもキルシェから再突撃の号令が響き、彼らの顔は絶望に染まった。
最後に自分が指示したのは、全方位からの突撃だ。無論村人はその場で待機。
弓矢による殲滅が出来ないため、あくまでも戦意の喪失等による精神的ダメージを与えるために変更した。
そして、この効果を残したままでは上手く戦えるはず無いと思い、間髪入れずの再突撃は有効だと考えた。
結果は大成功と言っても良い。敵はやはり上手く対処ができずに次々と斬られ死んでいき最後に残った一人も断末魔と共に地に沈んでいった。
(ざ、まぁ……み………ろ)
人が無残に死んでいく光景、むせ返る程の血の匂い、体力と気力の限界で自分はヨロヨロと中指を立て、それを最後に意識を失った。
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賊が全滅し周りに敵の気配が無くなった頃、一人の男がキルシェの元に心配そうに駆け寄ってくる。
「姫様ご無事で?」
「大事無い。………終わったな」
剣を鞘に収め、深く息を吐き全身の力を抜く。辺りを見渡し敵がいない事の確認をして事の惨状を目の当たりにしたとき、ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
この惨状は確かに自分たちが作り出したもの。戦いを知る戦士ならば慣れている。だが、思い通りに戦場図面を描くことは出来ない。要は結果。最後まで多く生き残っていた者が勝ち。なのにこの圧倒的な逆転勝利と予測はなんだ?
それを異世界の人間が、まして戦場を知らない者が言った通りの場に仕上がっている。あの短時間でこれほどまでの知略を見せられれば、驚嘆を超えて恐れすら抱く。
だが、今は村を守れた事に感謝の念を込めて恐れを退ける。
「流石モルト副長。良き指揮であった。おかげで事を成すことが出来た」
「いえ、姫様こそ見事な剣さばきでありました。………ところであやつは?」
それを聞いてキルシェは宮國の元に向かっていく。モルトもそれについて行く。
「彼はどうだった?最後まで見届けたか?」
見張りの兵に改めて問う。
「は、ハッ!最後まで見届けておりました。しかし、終わった直後にまた…」
結果に満足したのか気絶している宮國を見た。
「ふふ、よく頑張ったな。しかしまた気絶してしまったのか?。……今回は吐かなかったな、偉いぞ」
そう微笑みながら宮國の方を眺める。その顔はまるで慈母のように慈しみに溢れ、先ほど殺し合いをしていたとは思えないほどだった。
その様を見ていたモルトは、再び一瞬殺意溢れた顔をしてしまったがすぐに戻す。今回はお前の手柄だ、特別だと。そんな理由を付けて、自分の心に無理矢理納得させる。
「では、我々は事後処理に行きます。姫様は少しお休みになって下さい」
そうして兵達に死体の確認等の指令を出すと、足早に去って行った。
「彼を、何処か休ませてくれ」
そう見張りに言いキルシェもまた事後処理に戻っていった。